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02話 道場

 その後、両親と話し合った結果、俺は道場に通うことになった。

 理由は単純。右も左も分からないまま突き進むより、プロに教えてもらった方が明らかに良い。

 父の知り合いでありこの道のプロである永瀬さんが経営している道場にしばらくお世話になることに決まり、今そこへと向かっている。


 ガチャ。


 扉を開けると、そこには本物の“道場”があった。いや、道場じゃなきゃおかしいんだが......剣道場、柔道場、弓道場......どれも少しその雰囲気を感じるが、それ以外の要素が確実に混ざっている。初めて見る不思議な場所だ。

 ただ、一つだけ妙なことがあった。


 ───誰もいない。弟子も、師匠も。


「すみませーん、永瀬さんはいらっしゃいますかー?」


 問いかけた声は、見事なエコーとなってだだっ広い道場に吸い込まれていく。だが、5分経ち、10分経っても、人の気配は一つも感じない。


(......え?ここ、合ってるよな?)


 不安になり、もう一度叫んだ。


「永瀬さーん!」

「うるさいな......聞こえてるよ、後ろにいただろ」

「うわっ!?」


 背後からぬるっと現れたのは──寝起き全開の人物。

 ぼさぼさの髪に、気だるげな表情。そして信じられないほど細い身体。


「......返事くらい、してくださいよ......」

「寝起きなんだ。耳元で叫ぶなって......」


 どうやらわざと驚かせたわけではなく、本当に今起きたばかりらしい。

 が、それ以上に驚いたのは──女性だ。

 しかも、華奢すぎる。これで冒険者をやってるなら細いどころか、健康診断で必ず医者に呼び止められるレベルかもしれない。


「えーっと......妹さん、ですか?」


 俺が半信半疑で尋ねると、彼女はぼんやりした目をこちらに向けて、さらりと言った。


「いや、お前の父、宮田政憲の知り合いだ。そして、ここの道場の主だよ」

「え、マジで......」

 ......冗談かと思ったが、彼女は真顔だった。

 男女差別をするつもりはないが、想像していた「道場主」のイメージとは、あまりにもかけ離れていた。


「なんだ、私で驚いたか?この華奢な私で?ああ、華奢なのはここ数日あまり食べてないからだけどね」


 なら本来はそこまで華奢じゃないのか。だが......正直、驚いた。この道のプロと聞いていたが、それすらも怪しい。この俺ですら勝てる気しかしない。なんせ細すぎる。


「じゃあさ」


 彼女はあくびを噛み殺しながら言う。


「一本取りでもするか?先に倒れたら負け。それなら信じられるだろ?」


 寝起きの華奢な女性 vs 超元気な男子高校生。


 負ける要素など一つもない。......と、このときは本気で思っていた。


「わかりまし──」

「よし。スタート!」


 言い終わる前に、世界がひっくり返る。

 永瀬さんの姿が視界からかき消え、次の瞬間、天井が広がる。


 ──そう、一瞬で負けた。


 そして床に転がりながら体力テストで万年E判定だったことを思い出す。


「大丈夫か?」


 永瀬さんが覗き込んでくる。その瞳に、わずかな笑みが浮かんでいた。


「......信じてくれたか?」

「......はい」

「それならよかった。これからよろしくな、誠」

「よろしくお願いします......永瀬さん」


 彼女は軽く笑いながら付け加える。


「タメ口でいいよ。どうせ数ヶ月したら呼び捨てするだろうし」

「......じゃあ、師匠で」

「よし、今日は荷解きで終わりかな。部屋は2階の通路付きあたりを右だ。私は久しぶりにまともな食事を摂らなければいけないのでね」


 なるほど、そういう感じか。思ったより距離が近いらしい。




 ◆◆◆◆◆


 しばらくして、俺は負け試合の余韻を引きずりながら、散らかった荷物を片付けていた。

 道場の静けさと、さっきまでの衝撃の落差がえげつない。


「あ、そうだ。一つ聞きそびれていたな」


 不意に、師匠が声をかけてきた。

 さっきまでの痩せ細った姿とは打って変わって一瞬で健康体型に変わっている。

 ......牛丼特盛恐るべし。


「誠は何になりたい?」

「......何になりたいって?」

「そう。将来の夢だよ。冒険者でも、教師でも、なんでもいい」


 俺は少し考えて、口を開いた。


「うーん......トップかな?」

「一番? 冒大で?」


 師匠は口元だけ緩めた。


「欲張るね。なんせBランクも数人いるんだ。2年で追い越せたら誰でもBランクさ」

「いや、世界で」

「......世界?」


 師匠の目が、わずかに細くなった。

 その瞬間、背中に風を感じた──と思った次の瞬間。


「うわっ───!?」


 俺の身体は宙を舞い、ドンッと音を立てて床に落ちた。

 さっきよりも、ちょっとだけ丁寧な投げ技だった。

 師匠は笑って言う。


「あと半年。その時に今の一撃に手も足も出なければ、“世界最強”なんて寝言は終わる。才能の領域だからな」


 そう言って肩をすくめる。


「まあ、言い出したのはお前だからな。手伝いはするから安心しろ。絶対に逃げるなよ」


 その時、俺は嫌な予感がした。


「予定は変更だ。今日から世界仕様のメニューにしよう」


 ......あ、どうやらパンドラの箱を開けちゃったみたいだ。




 ◆◆◆◆◆


「ほら、もっと走れ」


 外周2キロを10周、合計20キロ。

 この無茶なトレーニングを考えたのは、もちろん俺の師匠こと永瀬さん。

 そして、そのメニューに絶対服従するかのように走らされているのが──宮田誠、そう、俺である。死にかけながら。


「む、無茶です......」

「何言ってんだ。まだ始まったばかりだろ。そんなんじゃ世界は遠いぞ?」


(......最初から世界を狙うわけないだろ)


 師匠は散歩中の犬に声をかけるみたいに、さらりと言う。

 ......いや、俺は犬じゃなくて死にかけの高校生なんだが?


「ぜぇ......はぁ......もう......無理......です......」

「まだ3周目だぞ?言っとくが、まだ2キロちょっとしか走ってない」


 ──殺す気か?

 俺自身が貧弱すぎるのもあるが、これはメニューが悪い。馬鹿にしてるであろうお前らは3000m持久走をダッシュで駆け抜けれるか?無理だ!!!


「どうか......今日はこれで......」

「......しょうがない。今日はこれで終わりにするか」


 ようやく解放され、道場に戻ったところで─。


「誠、お前は貧弱すぎる」


 まさか。俺に命令して自分は何もしないやつに言われるほどムカつく言葉はない。......ただ、師匠ならしゃあない。そうやって落ち着かせるしかない。


「わかりました。では具体的にどうすれば良いですか?」

「物分かりが早いね。じゃあ、明日からのメニュー。朝に3キロ走って、腹筋50回、腕立て30回、スクワット5分間。これが基本」


 ──死刑宣告か。


「......それ、死にません?」

「1ヶ月したら慣れるよ」


 このメニューができる気がしない......。


「まあ、これができるようになると、モテるよ?」

「マジすか!?外周行ってきます!」


 青春を捨てたことで女子と話す機会がなく、女子を神格化している俺は再び飛び出した。

 流石、初対面なのにやる気の火の付け方が上手い。



 ──30分後。


「......ただいま......戻りました......」


 全身汗まみれで這いつくばる俺を見て、師匠はただ一言。


「......根性だけはあるな」


 まだまだ先は長いらしい。

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