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第13話 運命の一回戦

 観客席は、空だった。

 七十メートルほどの円形闘技場。

 石の床は乾き、風がゆるく抜けていく。


 一回戦は同時進行。

 無数にある面白みのない試合のひとつに、わざわざ足を運ぶ物好きはいない。


 ……だからだろうか。

 胸の奥が妙に熱い。戦いが楽しみで仕方がないのかもしれない。

 静寂が鼓動を増幅させる。

 歓声がない分、自分の呼吸音だけがやけに大きい。


 悪くない。


「久しぶりだね、宮田くん。……で、合ってるよね?」

「そうですね、2ヶ月ぶりです。会ったのは数秒だけですが」


 “大海原”のキャプテン、小山夏帆。

 懐かしさ……と呼べるようなものがあるような、ないような。

 2ヶ月前の記憶の欠片には顔にモザイクがかかったようにぼんやりと覚えている。


「それにしても頑張ったみたいだね」

「これでも世界最強を目指してるんで」

「大きく出るね」


 彼女は軽く笑う。

 そして一歩下がる。


「でも、手加減はしないよ。申し訳ないけど、その夢はもう少し先にしてもらうからね」


 その声色が変わる。

 同時に、拡声機が鳴る。


「───両チーム、所定の位置へ。3分後に始めます」


 3分間。

 本来であれば短い。だが、この緊張した空間ではあっという間だ。

 反対側へ戻ると、速水が小声で言う。


「宮田、多分だが初手の土壁はマズい」

「何でだ?」


 理由によっては一分を切った今からでも対処の方法がある。


「多分だが、それぐらいは読まれる。別にノータイムで撃てるわけじゃない。壁を出す瞬間が一番隙だ。そこを狙われたら終わるし、魔力も全て無駄になる」


 確かにそこで(いたずら)に魔力を使ったら2人すらも倒せない。

 その通りだ。


 ……だが。


「なら俺が先に撃つ」

「は?」

「フラッシュだ。視界を切ってから壁を出せば壁の効果も格が違う」


 速水が一瞬黙る。


「削られるぞ」

「削られないと勝てない相手だ」


 如月が小さく笑う。


「決まりだな」


 審判がカウントを始める。


「───5、4、3……」


 三人で目配せをする。短剣とナイフを構え、前傾姿勢になる。全ての感覚を研ぎ澄ませる。


「2、1───開始!!!!」


「フラッシュ!!」


 閃光が走り、視界を白く塗りつぶす。

 そこまで強くない光だったが、初動の隙を作るには十分だった。

 直後。


 ゴッ、っと音とともに地面が隆起。

 速水が即座に土壁を展開し、敵の隊列を分断する。


 俺は分離した2人組を確認して、そっちへダッシュ。

 右手のナイフに雷を纏わせる。

 半魔力宿り。

 それは一撃で沈めるための切り札。


 だが、その瞬間。肩のすぐ横を何かが風を裂いた。

 ナイフだ。


 直後───


 シュッ、グサッ!


 そのナイフが背後で何かに突き刺さる。反射的に振り返った、その先で。


「ウィンドブレード!!」


 圧縮された空気の見えない刃が風を裂いて速水を襲い、そのまま土壁の縁を抉る。

 壁が揺れ、速水の姿が吹き飛ぶ。


「速水!!」


 叫ぶが、返事はない。

 速水に風魔法を叩きつけた張本人が目の前で言い放つ。


「無駄だよ。だってね──」

「速水昴、脱落! ”無名の騎士”残り2人!」


「ほらね、それでもやるかい?」


 審判の声が闘技場中に響き渡る。

 こっち側の状況は最悪だ。

 だが、答えは決まっている。


「もちろんだ!」


 狙うは市川。見た感じナイフはそこまで持ってなさそうだ。それなら、距離を取れば優位はある。


 そして魔力がようやく溜まった。

 雷を込めると同時に発動させる。


「サンダーショット!!」


 ビリビリビリビリッ!

 ナイフが閃光の尾を引いて突き進む。だが──


「甘いな」


 突如、金属の響きとともに光の中から盾が現れた。


 半田翔。

 重厚な鉄盾が雷を正面から受け止めていた。

 電撃が弾け、床を焦がす。


「チッ、盾で防ぎやがって」

「これが戦いってもんだ。反則じゃなきゃ何でもありだろ?」


 想定していた中で最悪のケースだ。

 半魔力宿りが失敗した。初期の作戦行動とは大きく外れて修復不可能なほどな状況になった。

 だが、効かなかったわけじゃない。盾持ちの半田さえ剥がせば市川は倒せる。おそらく残りの魔力を見る限り出せるのはあと一回。タイミングさえ掴めば市川、そしてスピードで翻弄して半田も倒せる。

 あとはタイミングだけ。油断している内に倒そう。


「……それと、そろそろ壁の向こう側のお仲間が、夏帆と海和にやられてる頃だな。千もいるし、30秒も保たないだろう。諦めたらどうだ?」

「そんな情報ペラペラ喋っていいのか? 今ここでお前を倒したら、状況は変わるぜ?」


 ハッタリが通じるかどうか──驚いた隙に撃てば勝ちだ。

 腰のフックに掛けておいたナイフに少しずつ魔力を詰め始める。


「……そうか。悠長に話してていいのかな?」

「なっ──!」


 背後に気配。

 言葉と同時に背後から飛んできたナイフをギリギリで避ける。

 半田に気を取られている内に市川に後ろに回り込まれる。


 そして、形勢は完全に逆転していた。1対2。

 しかも、1人は俺の上位互換。


 ここで勝てなければ、終わりだ。左手の短剣を腰のフックに掛ける。



 地を蹴り、市川へ突進。

 左手で腰のフックにかけていたナイフを2本、取ると同時に連続で投げ放つ。

 当然、彼女は横に避ける。……そこを狙っていた。


「フラッシュ!!!」


 二度目の白。

 もちろん二度目は何が起こるかわかっている。

 だから視界を潰されないように両目を一瞬瞑る。

 それが一瞬が狙い───


 相手からすれば避けている間に俺の姿が消え、気づく前に死角から半魔力宿りのナイフが飛んでくる。

 俺は腕を大きく振ってナイフを投げる。だが───


 キンッ!


 ナイフは弾かれる。まるで見えていたように、死角に回るよりも速く反応される。


 この瞬間、悟る。──想定よりも、はるかに強い。

 そりゃそうだ。何を勘違いしていたんだ?あの速水が一瞬で倒されたんだ。自分の手に負える相手じゃなかった。


(……如月、耐えてくれ。あと少しでいい)


 壁の向こうがどうなっているかは分からない。

 だが、最悪を考えるより、最良を信じる方がマシだ。

 まだ勝つ方法はある。そう信じた。


 その間に市川が踏み込む。


 速い。

 疾い。

 迅い!!


 視界が追いつかない。音と気配だけが風みたいに迫ってくる。


 考えるより先に、左右の腰フックから2本の短剣を手に取る。

 ……ナイフはもうゼロ。即ち投げ道具は存在しない。


 市川が横に跳ぶ。スピードはわずかに落ちた。そこを狙って──


 キンッ!!


 またも弾かれる。すかさず突きの一撃。

 横に滑って回避。攻防が始まる。


(……重い。速い。キツい)


 金属が何度も擦れる音。

 時間の感覚が狂っていく。5分?30秒?もはや分からない。いや、どっちでもいい。

 腕が重い。

 息が焼ける。

 とにかく、倒れるより先に倒さない限り俺は勝てない。


「君、かなり強いね」


 その言葉で、止まっていた時間が動き出した。


「……それはどうも」


 市川が言う。呼吸一つ乱れてない。

 死闘を繰り広げる相手に褒められた時どう返せばいいか、なんて考えている余裕はない。

 だが、次の言葉がすべてを断ち切った。


「──初心者にしては、だけどね。楽しかったよ」


 その声を最後に、意識が落ちた。




 ◆◆◆◆◆


「おーい、宮田ー! 起きろー!!」


 ぼんやりした視界の中、如月と速水が覗き込んでいた。


 石の床……そうか、試合か。


「結果は?」

「0対5で負けたよ」


 如月はあっさり言う。

 速水は苦笑する。


「俺10秒も持たなかった」

「お前な……」


 責める気はさらさらない。


 ……まあ、予想はしてた。

 不思議と悲しさよりも、“どうすれば勝てたか”の方が頭に浮かぶ。


 連携。

 速さ。

 魔法。


 足りないことが山ほどある。

 悔しい。


 けど、それより。


 ───面白かった。


 その時、視界が金色で覆われる。

 小山夏帆が覗き込んだのだ。


「どうだった?」


 思ってたより何倍も強かった。

 素直に認める。強い。

 圧倒的に。


「新生チームだからって、弱くないでしょ。……これから頑張ってね」

「……はい」


 ───でも遠すぎるとは思わなかった。

 来年までに強くなろう。”大海原”を超えなきゃ、最強なんて夢のまた夢だ。


「あ、そうだ。言ってなかったね。

 私は小山夏帆。いずれ“最強”になるパーティのメンバーだよ」


 ……知ってる。速水のストーカー力の結晶、あのドキュメントに全部まとめてあった。怖いレベルで。


「目標変えるぞ」


 如月が片眉を上げる。


「……校内代表とかか?」

「違うね」


 甘いな。俺を誰だと思っている?

 拳を握る。


「───世界大会優勝だ」


 横を向くと二人とも一瞬驚く。だが、すぐに納得したような顔になる。


「……流石は宮田だな」

「もちろん」


 俺は片手を天に上げ太陽を翳す。


 石の闘技場に、風が抜ける。

 観客はいない。

 だが。


 確かに俺たちは始まった。



 ──運命の一回戦、終了。

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