第9話 遺跡の奥へ
第9話 遺跡の奥へ
遺跡の奥へ続く細い通路に一歩足を踏み入れた瞬間、空気がひんやり変わった。
息が吸い込まれるたびに冷たくて、肩がぶるりと震える。
「……さ、寒っ。外とぜんっぜん違うんだけど!」
後ろから軽い足音が近づき、ユリオがすっと隣に並んだ。
壁に反射する淡い光で、彼の髪がふわりと揺れる。
(なんか……サラサラしてそう……いや、触らないけど!)
それにしても。
「ねぇ、ユリオって、背……高くない?」
「急だな。」
「いやほら、私より……十五センチ、いや二十センチくらい?」
「そこまで差はないと思うけどな。」
と言うわりに、やっぱり頭ひとつ分くらい高い。
しかも静かに歩くから、剣士っぽい雰囲気がある。
同年代とは思えない落ち着きがある。ちょっと上かな。
(……なんか、頼りになる。)
「……頼りになるよね。」
「そう見せているだけだ。」
「えっ、謙虚?」
「謙虚じゃない。自信がないだけだ。」
予想外の返しに、胸のあたりがザワッとする。
(そんな言い方……なんか気になるんだけど。)
しん、とした通路に、ぽつぽつと二人の声が響いた。
しばらく歩いたあと、私は意を決して聞いた。
「……さっきの話。ユリオは何でここに?」
ユリオは足を止め、壁に刻まれた紋様に手を触れた。
「よく森の調査を頼まれているんだ。村で暮らしているからな。」
「村の人なんだ?」
「ああ。……拾われた方が正しいけど。」
その一言で胸がちくっとした。
「拾われた……?」
ユリオは静かにうなずく。
「気づけば森に倒れていたらしい。
名前も、住んでいた場所もわからなかった。
覚えていたのは……剣を握る感覚だけだった。」
「……え?」
「幼い頃の記憶がない。気づいたら十歳くらいだったらしい。」
息が止まる。
(そんな大事なこと……さらっと言う!?
ていうか私のほうが動揺してるんだけど!?)
「だ、大丈夫だったの……? 怖かったとか……」
「……どうだろうな。覚えていない。」
淡々とした声。
でも、その奥に何かが沈んでいる気がした。
けれど、
「今は村で暮らしている。助けてもらった礼もあるし……あの場所は嫌いじゃない。」
少し照れたように視線をそらす。
(む、むぅ……なんだこの……かわ……いや違う違う今はそれじゃない!)
「じゃあ今日ここに来たのも、その村の依頼?」
「ああ。魔獣の噂もあるし、最近は不審な光も出る。調査にはちょうどいいと思った。」
「不審な光……あの金色の粒?」
「ああ。俺も森で見た。……お前を導いていた光と同じかもしれない。」
(やっぱりあれ……導いてる?私と、ユリオを?)
背中がひやりとしたのに、心は少し温かかった。
「……なんか、運命って感じしない?」
「運命?」
「そう! ゲームの、導きイベント!」
「……イベント?」
「説明むずい! 雰囲気ニュアンスで伝われっ!」
ユリオはふっと笑った。
「お前がそう思うなら……そうなのかもしれないな。」
(うぅ……その優しい返し、人の心に効くんだけど……!)
そのとき、
ゴォォォォォ……
通路の奥から、低い唸り声が響いた。
「ね、ねぇユリオ……今の風……だよね?」
「魔獣の声じゃなければいいが。」
「待って!? 絶対なんか生き物の声だったよね!?」
気づけば私はユリオの袖をぎゅっと掴んでいた。
ユリオはびくっとしてから、困ったように目を瞬かせる。
「……怖いなら、離れるな。」
「うっ……! 言ったね!? 離れないから!」
「ち、近い……!」
「近くないとムリ―!!」
「……はぁ……」
小さくため息をつきながらも、ユリオは剣の柄に手を添えた。
「心配するな。何が出ても、俺が前に立つ。」
「……頼りになる……」
「そう見せているだけだと言ったはずだ。」
でも、その背中は大きく見えた。
安心できる高さもあった。
奥へ進むほど暗くなる。
石の天井がかすかにきしむ。
――カサッ。
「ひゃああああ!? なにか動いたー!」
「石が落ちた音だ。……落ち着け。」
「むりむりむりむり!!」
そんな大騒ぎの中、ふわり。金色の光の粒が現れた。
「……また出た!」
「今度は……前だな」
金の粒はゆらゆら奥へ漂っていく。
まるでこっちだと誘うように。
「やっぱり導いてるんじゃない?」
「……その可能性は高いな。」
「おおー! なんかワクワクしてきた!」
「さっきまで悲鳴を上げていたのに……」
思わず笑うユリオ。
「いや! 怖いけどワクワクもあるの! 人間って複雑なんだよ!」
「……そうか。」
恐怖もある。
けど、それ以上に気になるものがある。
ユリオがこちらを見る。
少しだけ真剣な目で。
「……無理に進まなくてもいい。お前が不安なら引き返しても――」
「行くよ!」
「早いな……」
「だって知りたいんだもん。あの光のことも、この遺跡のことも……ユリオのことも!」
ユリオがピタッと止まった。
耳まで赤い。
「お、お前は……たまに……変に踏み込む……」
「ご、ごめ――」
「……いや。悪くない。」
そう言って前へ歩き出す。
少し照れた横顔のまま。
金色の光を追う二人の影が、遺跡の奥へ伸びていった。
知らない謎と、知らない未来へ。
でも、ユリオとなら、たぶん怖くない。




