第29話 深淵の門――光と影の境界で揺れるもの
深影の分身体――“影のかけら”との戦いが終わったあと。
空間の霧は薄くなり、気配も静まっていた。
けれど静けさは、“終わり”ではなく“嵐の前”の気配だった。
深影が消えた先に残ったのは、巨大な門。
白と黒――光と影が編み込まれるようにして作られた、異様な構造の門。
門の中央には、淡く白い紋章が輝き、そしてその裏側では、黒い影が脈動している。
(ここが……封印の最奥)
胸の奥がざわつき、右手が熱を持ち始めた。
◆ ◆ ◆
「……この奥に、本体が眠っとる」
おばあさんが震える声で告げた。
「影の源流……すべての瘴気の根っこ……それが封じられておる場所じゃ」
村を襲った魔獣たち、封印のひび割れ、小さな影たち。
その全てに関係する“影の本体”。
その言葉に、冒険者たちは息を呑んだ。
「じゃ、じゃあ……あの化け物よりもっと強いのがいるってことか……?」
「さっきのだけであんなにやばかったのに……あれより……?」
恐怖で声が震えるのは当然だった。
(でも……怖いのは、わたしも同じ)
ただひとつだけ違うのは――
右手の紋が、確かにこの奥へと“呼んでいる”こと。
◆ ◆ ◆
「リリア」
ユリオがわたしの手を取った。
その手は温かくて、少し汗ばんでいた。
緊張しているのは、彼も同じなんだと思った。
「君の紋が、この扉に反応してる。
でも……これ以上、危険なところへ行かせたくない」
「行かせたくないって言われても……」
わたしは苦笑した。
「行かなきゃだめなんだよ。たぶん……わたしが行かないと、封印が壊れちゃう」
「でも……!」
ユリオが言葉を詰まらせた。
「僕だって……ずっと守りたい。
ずっと君のそばにいたい。
だけど……ここは、あまりにも危険だ。影の源流なんて……」
普段強気で冷静なユリオが、声を震わせている。
――それが、胸に刺さった。
(守りたいって……そんなふうに言われたこと、ない)
心が、じんと温かくなる。
「大丈夫。ユリオがそばにいれば……わたし、逃げないでいられる」
そう言うと、ユリオは何かをこらえるようにして目を伏せた。
そして――わずかに微笑んだ。
「……うん。絶対に一緒に行く」
◆ ◆ ◆
おばあさんが門の近くへ杖をつきながら進む。
「リリア……右手を門に向けてみなさい」
「こう……?」
右手を掲げた瞬間――
門の白い紋章が、ぱっと輝いた。
そして同時に、黒い影もざわりと揺れる。
門全体が、生き物のように“呼吸”を始めた。
「ひえっ……!?」
「動いた!? 扉が勝手に……!」
冒険者たちが後ずさる。
門の光が、わたしの紋に反応して伸び、絡みつく。
まるで“同じ力”であると認めているようだった。
「やはり……リリア、お前さんの紋は封印術者の系譜じゃ」
「封印術者……?」
「大昔、光の力で影を封じた者たちの一族。
その者らは、“導きの紋”と呼ばれる特別な紋を持っておった。
その紋を受け継いだ者だけが、封印を開き、修復できる」
(受け継いだ……? わたしが……?)
そんなはずはない。
わたしはただの迷子で、転生してきたばかりで――
でも。
胸の奥で、あの白い空間で聞こえた声がよみがえる。
――ヒカリノ……ウツワ……
――トキガ……キタ……カエレ……
(……やっぱり呼んでる)
◆ ◆ ◆
突然、空気が急に冷たくなった。
門の奥から、黒い霧が一気に吹きつけ――
わたしたちの前に、影がうごめき始めた。
前よりも濃く、深く、触れたら消えてしまいそうな“深闇”。
「まさか……また来るのか!?」
「構えろ!!」
深影の残滓――
影の源流の“第二のかけら”が現れた。
先ほどの分身体より大きく、明確に“意志”を持っている。
影なのに、目のようなものがあり――その中心には深紅の光。
「くっ……大きい……!」
「前のやつとは比べ物にならんのう! 気をつけるんじゃ!」
影は形を変えながら迫ってくる。
四足獣から触手の塊、風の竜巻のような姿へと変形し――
影の波が押し寄せる。
「来るよ!!」
◆ ◆ ◆
影の触手が襲いかかる。
ユリオが剣を振り、冒険者たちが魔法を放つが――
影に触れた瞬間、すべて飲み込まれた。
「ま、また……効かない……!」
「力を食われておる……!」
触手がユリオに迫る。
「ユリオ!!」
わたしの右手が反応し、光の障壁が自動的に展開された。
ガァンッ!!
影は弾かれたが、すぐ形を変え、再び襲い掛かる。
「リリア、すごい……! でも無茶は――」
「無茶しない! ……でも、負けられないんだよ!」
光を集中させる。
右手が強く脈打ち、光の糸が浮かび始める。
(浄化……する!)
しかし――
――グアアアアアッ!!!
影が叫び声を上げ、床から巨大な影柱を立ち上げた。
「やばっ……!」
柱が壁を砕き、天井へ向かって伸びる。
影が空間そのものを削っていく。
「リリア!! あれは止めないと……!」
「分かってる!!」
光を集中――
でも影の圧が強すぎて、手が震える。
(このままじゃ……負ける……!)
その瞬間、ユリオが横から手を添えた。
「リリア、一緒に!」
「ユリオ……!」
「ひとりじゃなくていい。僕がそばにいるから!」
ユリオの魔力が光に混じり、紋が一気に輝いた。
「いっけぇぇぇ!!」
光の奔流が柱を貫き、影を切り裂いた。
闇が霧散し、深影が絶叫する。
――アアアアアアア……!
光に追い詰められ、深影は門の奥へと退散していった。
門の前に、静寂が落ちた。
◆ ◆ ◆
「はぁ……はぁ……っ……」
わたしは膝をつき、肩で息をした。
ユリオも隣でへたり込みながら笑っている。
「は……はは……リリア、すごすぎるよ……」
「ユリオだって……支えてくれなきゃ無理だったよ……!」
二人で小さく笑い合う。
けれど、心の震えは止まらない。
(この奥……本当に、引き返せない場所なんだ)
右手を見ると――
紋に新しい線がまたひとつ、増えていた。
「また……増えてる……?」
「リリア……君は、本当に……」
言葉を続けられないほど、ユリオは驚いていた。
◆ ◆ ◆
おばあさんが門を指さす。
「行くなら今じゃ。
影の源流は弱っておる。次に動けば……封印が完全に壊れる」
そう言われても、足は震える。
でも――
(怖いけど……行くしかない)
ユリオがそっと手を握ってくれた。
「リリア。……怖いなら、怖いって言っていいよ」
「言ったら、止まっちゃいそうだから言わない」
「じゃあ……僕が代わりに言う。
めちゃくちゃ怖い。でも一緒に行く」
「……うん、ありがとう」
わたしたちは門を見上げた。
光と影が交わり、脈を打つ巨大な門。
その奥には、影の源流――封印の中心。
(行こう。逃げないよ)
そう心の中でつぶやき、わたしは一歩踏み出した。
――光と影の境界、その先へ。




