第28話 封印深層――揺れる光と、囁く深影
影身を倒したあと――
広間の奥にあった巨大な扉が、低く震えるように開き始めた。
ゴ……ゴゴゴ……
白い光と黒い風が混じり合い、境界が溶けるようにゆらいでいる。
「リリア……行くの?」
「うん。ここまで来たら……行くしかないよね」
怖い。
でも、わたしの右手の紋は、さっきよりも強く脈打っていた。
(進めって……言ってる)
おばあさん、ユリオ、そして残った冒険者数名と共に、深い階層へと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
扉の先は、完全にこの世界ではない場所だった。
空間がたわみ、白い石床は淡く光り、壁は影の霧とともにゆっくり呼吸しているように脈動している。
音はない。けれど、耳の奥で何かが“響いて”いる。
(ここ……封印された世界そのものみたい)
「ユリオ……気をつけて」
「うん。でも、リリアの手……震えてる」
「そ、そりゃ震えるよ! こんな場所、初めてだもん!」
正直、泣きそうなほど怖い。
でもユリオが笑ってくれた。その柔らかな笑みに、胸の奥がじわりと温かくなる。
◆ ◆ ◆
歩くにつれ、空気が重く、黒くなっていく。
影の霧が濃くなり、床の白い光もかすんでいく。
右手の紋はまるで警鐘のように脈打ち、視界が淡く揺れた。
ひゅううう……
黒い風が、誰のものとも分からぬ声を乗せて流れる。
――ヒカリノ……ウツワ……
――モドレ……マタ……アエル……
(また……声……! どんどん近づいてる……)
「リリア、顔色悪いよ。大丈夫?」
「だいじょうぶ……じゃないけど、行く」
ユリオがそっと手を添え、支えてくれた。
「無理するな。僕が前に出るから」
「ううん……これは、わたしが進まなきゃ」
胸の奥で、確かな“呼び声”があった。
誰だか分からないけれど……どこか懐かしい声。
◆ ◆ ◆
やがて道が開け、広い空間に出た。
そこには大きな“裂け目”があった。
白い世界と、黒い世界。
真ん中に走る一本の深い亀裂。
そこから、絶えず“黒い風”が噴き出している。
「こ、これは……!」
「封印深層の“源流亀裂”じゃ……! 瘴気の源がここに……!」
おばあさんの声には震えがあった。
(ここが……影の源流の力が漏れ出してる場所……)
そのとき。
右手の紋が強く輝き、亀裂が反応するように脈動した。
「リリア……亀裂が反応してる!!」
「呼ばれてる……気がする」
怖い。
でも確かに――わたしは何かを思い出しかけている。
◆ ◆ ◆
突然、亀裂の奥から黒い霧がうねり上がった。
ズズズズズ……
「な、なんだ……!」
霧が渦を描き、やがて一つの影へと形を変えた。
さきほど倒した影身とは比べものにならない大きさ。
人型のようでもあり、四足獣のようでもあり、無数の触手を持つ深影。
「こ、これ……本当に倒せるの……?」
「……リリアの光以外、通らんじゃろうな」
「そんな……!」
深影が低く、重く、空間を震わす声を発した。
――ウツワ……ケイフ……カエレ……
――マタ……ヒカリト……トモニ……
(わたしを……戻そうとしてる?)
その瞬間、足が無意識に前へ出た。
ユリオが腕を掴んで止める。
「リリア! ダメだ! あれは……危ない!」
「でも……声が……!」
「声に飲まれないで!!」
ユリオの声に、意識が少し戻る。
(理性が……吸われる……!)
◆ ◆ ◆
深影が動いた。
ドッ!
地響きのような音とともに、影の腕が地面に突き刺さる。
黒い波が床を走り、影が足元へ迫る。
「下がれ!!」
「くっ!」
冒険者たちが魔法を放つが――
影に触れた瞬間、すべて黒に飲み込まれ消えた。
「ま、魔法が……効かない!?」
「影の源流のかけらじゃ……格が違う……!」
深影がうねりをあげ、触手のような影を何本も伸ばす。
「くるよ!!」
わたしは右手を掲げる。
(光……出て! わたしを、ユリオを、守って!)
紋が強く輝き、光の障壁が自動的に展開された。
バガァン!!
触手がぶつかり、激しい衝撃が走る。
光はきしみながらも耐えている。
「すごい……リリアが作った……!」
「このままじゃ、押し負けるよ……!」
◆ ◆ ◆
深影が影の塊を飲み込み、巨大な腕をさらに太くした。
――ウツワ……モドレ……ワレラノ……モトヘ……!
「う、うるさい!!」
わたしの叫びに反応するように、右手がさらに光を強めた。
(負けない……!)
光の矢を連続で撃つ。
深影の身体へ突き刺さるが、大したダメージにはならない。
「もっと……強い光じゃないと……!」
「リリア!」
ユリオが影をかいくぐって走り寄る。
彼の剣が深影の腕に当たると――
ジジッ!
「っ……!? 吸われて……っ!」
深影は、魔力を奪うように力を吸収していた。
「ユリオ!!」
右手が勝手に動いた。
「光よ!!」
眩い閃光がユリオを包み、深影の吸収を断ち切った。
ユリオが膝をつき、息を荒げながらも笑った。
「……ありがとう。リリアがいなきゃ……ほんとにやられてた」
(ユリオが……危なかった……)
胸の奥で何かが弾けた。
◆ ◆ ◆
「リリア! 胸の光が!!」
「えっ……!?」
見ると、右手の紋の中心から、光が“糸”のように溢れ出している。
(これは……前の影身を浄化したときの……)
光の糸がわたしの周囲に広がり、深影へ向かう。
――キエロ……!
深影の黒い体を光の糸が縛る。
影はうねり苦しむように吠えた。
(今……いける!!)
「ユリオ! 一緒に!」
「うん!!」
ユリオが剣を構え、
わたしは右手の光を集中させ、深影の胸元――影の核へ向けた。
「ここ……!」
「リリア、撃って!!」
「――光!!」
放たれた光が深影の核へ突き刺さる。
――パアアアアアアアン!!
深影が大きく崩れ、黒い霧となって吹き散った。
静寂が訪れた。
◆ ◆ ◆
「……はぁ……はぁ……っ……!」
わたしは膝をつき、肩で息をした。
ユリオが隣にしゃがみ、背中を支える。
「リリア……よくやった……!」
「ユリオも……ありがとう……ほんとに……」
深影は完全に消えたわけではない。
しかし、確実に“弱った”。
「今のは……ほんの一部じゃ……」
おばあさんが低く言った。
「本体は……この先に眠っとる」
わたしたちは前を見た。
深影が消えたその奥――
巨大な光と影が交差する扉が静かに揺れている。
右手の紋が、脈打つ。
(進む……! 次で……本当の答えに触れる)
わたしは震える手を握りしめ、ユリオと共に扉へ歩き出した。
「行こう……ユリオ」
「うん。どこまでも、一緒に行く」
光と影の狭間――
封印深層のさらに奥へ。
物語は、次の段階へと進む。




