第27話 封印の核――黒き源流の影
封印の最奥へ続く石扉が、地鳴りのような低音を響かせながら開いていった。
混ざり合う白い光と黒い風が、まるで生き物のように揺れ、こちらへと手招きする。
思わず一歩下がりそうになったわたしの手を、ユリオが強く、しかし優しく握ってくれた。
「大丈夫。リリアが進むなら、僕はずっと隣にいるよ」
その言葉は、不思議と胸へ静かな勇気を落としてくれた。
(……行こう。この先に、本当に答えがあるなら)
わたしは息を吸い込み、足を前へ出した。
◆ ◆ ◆
封印の核の内部は、空間という概念すら揺さぶってくる場所だった。
広大な円形の間。天井はどこまでも高く、白い石の床が淡く脈打っている。
ただ静かなのに、空間全体から圧がかかってくる。
「こ、ここ……何かがおかしい……息がしづらい……」
「封印の中心じゃからな。光と影が長年押し合い続けた場所。空気がねじれとる」
おばあさんの言葉と同時に、わたしの右手がじん、と熱を帯びた。
見ると、紋がゆっくり浮かび上がり、まるで核の中心へ導くように淡く光の道を描いている。
「リリアの……力が共鳴してるんだ」
「導きの紋……本当に伝承のものだったとはな……」
おばあさんが震えた声で呟く。
そのとき――。
ひゅ……
黒い風が、わたしの耳元をなぞった。
――きこえるか……光の器よ……
(また……声……!)
「リリア? どうしたの?」
「う、ううん……ちょっと、また聞こえただけ……」
しかし今回は明確だった。
はっきりと、“こちらへ来い”と呼ぶような気配。
◆ ◆ ◆
封印の核へ近づくと、視界がゆらりと歪んだ。
(え……?)
白い光景が一瞬、過去の風景へと変質した。
巨大な光柱を囲む術者たち。
押し寄せる影の海。
闇を抑え込むために叫ぶ声。
(これ……封印を作ったときの記憶……?)
その最前に立つ人物――その右手が、確かにわたしと同じ紋を持っていた。
その記憶の中で、術者はこう言った。
『……次の“器”が現れるとき、影は再び目覚める……』
(器……? わたし……?)
しかし次の瞬間、記憶の景色は黒い風に引き裂かれた。
――キタレ……ヒカリノウツワ……
黒い囁きがすぐ背後で聞こえた。
「リリア、危ない!!」
ユリオの叫びと同時に、わたしは現実へ引き戻された。
◆ ◆ ◆
核の左側に、黒い風が渦を巻いていた。
「来る……!」
「下がれ!!」
風が一点へ凝縮し、黒い影として形を持ち始める。
獣のような輪郭。
触手のような影。
人影のようにも見える、絶望的な“黒”。
「こ、これ……なに!?」
「影の源流の“影身”じゃ……!! 本体のかけらのような存在じゃ!」
影はうなりを上げながら床を侵食するように進む。
――オマエ……ウツワ……ヒカレ……
わたしの胸が冷たく震えた。
影の意識が、明確にわたしへ向けられている。
(これ……わたしを“奪おうとしてる”……?)
◆ ◆ ◆
影身が床を滑るように疾走した。
ドガァッ!
巨大な影の腕が振り下ろされ、白い床に深い亀裂が走る。
「リリア!!」
ユリオが剣を抜き、影の腕を受け止める――が。
「ぐっ……!! 重……っ!」
影の腕は物理ではない。
剣が触れた瞬間、音もなく“魔力を吸う”ように飲み込もうとする。
「ユリオ、下がって!」
「だめだ、僕が前に出ないと!」
影の腕が二本、三本と増え、ユリオを包むように襲う。
(こんな……強い……!)
右手が脈打つ。
(光……出て……!)
紋がきらりと弾け、わたしの手から光が放たれた。
パアンッ!!
弾けるような音とともに、影がしゅんと縮む。
「効いてる! リリアの光が……唯一の弱点なんだ!」
「なら……!」
光の矢を連続して放つ。
影は避けるように動くが、少しずつ後退していく。
しかし――。
ズズズ……
影が突然分裂し、十数体の小さな影となって広がった。
「う、そ……!?」
「分散して侵食してくるつもりか……!」
一体一体は弱いが、影はまるで生きているように床や壁へ潜りこみながら迫ってくる。
「ユリオ、足元!」
「くっ……速い!」
白い床へ潜った影が、ユリオの足首を狙う。
その瞬間、右手が熱を帯びた。
(ユリオを守る!)
「光よ――広がれ!!」
光が円状に広がり、床から影が弾き飛ばされた。
小さな影は煙のように消えていく。
「リリア……今の、すごい……!」
「まだ……来るよ!」
◆ ◆ ◆
影身が咆哮した。
――ウツワ……コイ……カエレ……
黒い風が再び渦を巻き、影身は元の巨大な姿へ戻る。
その体の中心――
ぼんやりと“目”のようなものが光っていた。
(あれ……弱点……?)
影が飛ぶように跳躍した。
「避けて!」
「リリア、危ない!」
ユリオがわたしを抱えて転がる。
地面が砕け、白い破片が舞う。
影が再び体勢を整え、矢のように突っ込んできた。
(狙われてる……完全に、わたしだけ……!)
影身の腕が大きく広がる。
(奪うつもりだ……!)
◆ ◆ ◆
その瞬間、
「リリアを……渡さない!!」
ユリオの声が響いた。
剣を構え、無謀にも影身の胸元へ突っ込む。
「ユリオ!!」
「僕が前に出る! 光はリリアの仕事だろ!」
影身がユリオを払うために腕を動かす。
(やめて……やめて!!)
右手が勝手に前へ伸びた。
「――光、守って!!」
光が広がる。
透明な壁がユリオと影身の間に突如現れた。
ガァン!!
影身の腕が壁に衝突し、黒い霧が散った。
影身が後退する。
(いま……!)
「ユリオ、横に!」
「わかった!!」
ユリオが横へ飛び退く。
わたしは右手を胸の前に構え――
そこに集まる光を、影身の胸元へ向ける。
「お願い……!」
光が紋の線となって走った。
――パリンッ!!
影身の胸の目が砕け、黒い霧が一気に崩れ落ちる。
影は呻き声のような音を上げ――
やがて煙のように消えていった。
◆ ◆ ◆
静寂。
残されたのは、かすかに揺らめく黒い残滓だけ。
「リリア……勝ったんだ……!」
「はぁ……はぁ……うん……大丈夫……」
膝が震える。
ユリオがそっと支えてくれる。
「ありがとう……ユリオがいたから……倒せた」
「僕こそ……リリアがいなきゃ無理だったよ」
二人で笑うと、封印の核の奥――
さらに深い闇と光が混じる“扉”が音を立てて動き始めた。
ゴ……ゴゴ……
白い光と黒い風が混ざり合う。
(まだ……奥があるの?)
右手の紋がひときわ強く脈打った。
(行かなきゃ……)
胸の奥から、確かな意志が湧き上がる。
わたしはユリオの手を握り、まっすぐ前を見た。
「行こう、ユリオ。次は……もっと、深く」
「うん。一緒に進むよ」
封印の奥――影の源流の眠る領域へ。
わたしたちは一歩、踏み出した。




