第26話 封印の奥へ――光が導く道
封印内部へ向かう準備は整った――はずなのに、胸の奥はずっと落ち着かなかった。
森の中を進みながら、わたしは何度も右手を見てしまう。
紋は表に出ていない。でも、確かに“そこにいる”。
(……緊張してるの、わたしだけじゃないよね)
横を歩くユリオの黒髪が、木漏れ日に揺れる。
普段より無口で、でも歩幅はきちんとわたしに合わせてくれている。
「……寒くないか?」
急にそんなことを聞かれて、思わず肩をすくめた。
「え? あ、うん。大丈夫……たぶん」
「“たぶん”は信用できないなぁ」
そう言いながら、さりげなく前に出る。
守る、というより“一緒に巻き込まれる覚悟”みたいな距離感が、なんだかユリオらしかった。
◆ ◆ ◆
封印の入口は、昨日よりもはっきりと裂けていた。
青と赤の光が、交互に脈打つ。
まるで巨大な心臓が、ゆっくり呼吸しているみたいだ。
「ここが……封印の内部?」
「本来は、もっと静かな場所じゃった」
魔術師のおばあさんが杖を構える。
「今は……世界そのものが、息苦しくなっておる」
杖の先が入口に触れた瞬間、光が水面の波紋のように広がった。
一歩、足を踏み入れる。
――空気が、変わった。
音が遠ざかり、温度の感覚が薄れる。
寒いのに、冷たくない。
不安なのに、嫌悪感がない。
(……止まってる。時間が)
壁も床も、白くなめらかで、
“古い”というより、“使われ続けてきた”感じがした。
「……ここ、本当に建物の中?」
「遺跡というより、空間そのものが封印装置じゃな」
ユリオの声が、少しだけ反響して聞こえる。
そのとき――
右手が、ふっと温かくなった。
何も見えないはずの空間に、淡い光の線が浮かぶ。
「あ……」
「リリアの紋が、光で……道を描いてる?」
おばあさんが目を見開く。
「“導きの紋”……やはり、生きた封印と同質じゃ。
瘴気を祓う“核”へ向かう経路を、本人にしか分からぬ形で示しておる」
「じゃあ……」
わたしはごくりと息をのんだ。
「迷ったら……詰み?」
「詰む、というより――迷いながら進め、じゃな」
(なにその仕様。世界、スパルタすぎない?)
内心ツッコミつつも、胸の奥に覚悟が生まれる。
(……わたしが前に立つしかないんだ)
◆ ◆ ◆
通路を進むと、影だけの小さな魔獣たちが、道をうろついていた。
形は獣。でも、色も質感もない。
ただの“抜け殻”。
「影だけ……これ、本体どこ行ったの?」
「瘴気に溶けすぎて、魂の殻だけが残った状態じゃ」
ユリオが剣を振るう。
斬れる。でも、すぐに形を取り戻す。
「……再生、早いな」
「リリア、光を!」
「了解……!」
右手を前に出すと、淡い光が流れ出した。
影が、ふっと色を取り戻す。
一瞬だけ、元の姿――小さな獣や鳥が浮かび上がる。
「……戻れた」
次の瞬間、影は霧のように消え、空気が少し澄んだ。
「やっぱり……リリアの光じゃないと、完全には祓えん」
「え、わたし専用ダンジョン?」
「……そういう言い方をすると、急に軽くなるな」
ユリオが小さく息を吐き、でもすぐ言った。
「でも、大丈夫だ。僕もいる」
その一言で、足取りが軽くなる。
◆ ◆ ◆
やがて、広間に出た。
中央には台座と、ひび割れた封印石。
黒霧が渦を巻き、床が低く震えている。
(……いる)
「来るぞ!」
ユリオが前に出た瞬間、
影でできた番犬が姿を現した。
巨大な体。
背には黒い結晶の角。
目は深紅――苦しみを宿した色。
「封印の守護獣じゃ……本来は、世界を守る存在じゃった」
「……でも今は、壊れてる」
鎖を引きずる音が、空間に重く響く。
◆ ◆ ◆
戦闘は激しかった。
ユリオの剣が影を裂き、
わたしの光が道を切り開く。
でも、再生が早い。
「このままじゃ……!」
「リリア、無理するな!」
「でも――」
そのとき、ユリオがそっと手を重ねた。
「一緒に、やろう」
胸の奥で、何かがほどけた。
光が糸のように伸び、影を包む。
攻撃じゃない。
“戻す”ための光。
結晶が砕け、
赤い目が、穏やかな青に変わる。
影が消え、そこに残ったのは、本来の守護獣。
一度だけ、頭を下げて――光となって消えた。
◆ ◆ ◆
その直後、奥の石扉が動き出す。
ゴゴゴゴ……
白い光と黒い風が混ざり合い、吹き出してくる。
「ここが……封印の核」
右手が、激しく脈打つ。
「リリア……」
「うん。行こう、ユリオ」
怖い。
でも、逃げない。
「どこへでも、ついていく」
その言葉を背に、
わたしは光と闇の境界へ、一歩踏み出した。
(世界が……待ってる)
右手の紋が、淡く、確かに輝いた。




