第24話 揺れる心
第24話 揺れる心
大型魔獣は穏やかな表情になって、ゆっくりと森に帰っていった。
わたしは安心と同時に張りつめていた気持ちが緩んだのか、視界がふっと暗くなった。
「リリア!? おい、リリア!」
ユリオの声が耳の奥で揺れる。
(あ、まずい……力が……)
右手の光は完全に消え、体から糸が切れたように力が抜けた。
「ごめん……ちょっと……」
言い切る前に膝がかくんと落ちた。
倒れかけた身体をユリオが抱きとめてくれる。
「大丈夫、大丈夫だから……寝てていいよ」
その声を最後に、意識がほんの少しだけ遠のいた。
◆ ◆ ◆
気がつくと、木の天井が見えた。
(……知らない天井だ……?)
横には椅子に腰かけたユリオがいた。
眠っているわけじゃなく、ものすごく心配そうな顔をしている。
「あ、リリア……! 良かった、目が覚めた」
「……うん。ごめん、びっくりさせて」
「謝るのは僕のほうだよ。負担をかけた」
ユリオが微笑む。
安心したような、でもどこかまだ緊張している表情だった。
胸が、ちくりとした。
(守ってもらったのは、わたしのほうなのに……)
◆ ◆ ◆
外はもう少し騒がしい気配がしていた。
しばらくすると、村長や冒険者たちが順番に訪れてくる。
「リリア嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「お前さんの光、すごかったぞ!」
「瘴気を祓ったなんて、にわかには信じられんが……」
みんな心配してくれている――。
……だけど、その中にほんの少しだけ怖れが混じっているのを感じた。
「……わたしの力、怖かった?」
つい小声で聞いてしまう。
村長は少し困った顔をしてから、ゆっくり首を振った。
「怖いのは魔獣や瘴気じゃ。あんたは村を救ったんじゃよ」
その言葉に胸がじんと温かくなった。
けれど、別の村人がぽつりと言う。
「でも……あれ、封印の光に似てる気が……」
「まさか、封印が反応した理由が……」
空気が少しだけ重くなる。
ユリオがすっと立ち上がり、きっぱりと言った。
「リリアを疑う必要はありません。彼女は僕たちを守ってくれたんです」
それを聞いた瞬間、胸が熱くなる。
(……ありがとう、ユリオ)
◆ ◆ ◆
しばらくして、魔術師のおばあさんがやって来た。
「起きとるか。右手、見せてみなさい」
言われるままに差し出すと、おばあさんは紋様をじっと見つめた。
「ふむ……形が変わっておるな」
やっぱり、わたしも気づいていた。
「この紋……何なんですか?」
「昔、むかしの伝承に導きの紋というものが書かれていた。
大きな封印と関わる光の系譜……そんな話じゃよ」
「……封印と……関係?」
思わず息をのむ。
「ただな、わしも細かいところまでは覚えておらん。古い文献を探してみるつもりじゃ」
そう言って、おばあさんは去っていった。
(封印と関係……。わたしの力って……いったい何なの?)
◆ ◆ ◆
しばらくベッドで体を休めたあと、わたしは外の空気を吸おうと家の前に出た。
ここは村長の家だった。
風は冷たいけれど、村の空気はどこか穏やかだ。
大型魔獣は浄化されて、もとの草食獣の姿に戻って眠っているらしい。
村人たちも、その姿を見て驚いていた。
(あれは……元々そんなに悪い存在じゃなかったんだ)
封印が狂ったせいで、悪しきものになってしまっただけ。
そう思うと、胸が少し痛んだ。
そのとき――右手が、ふっと熱を帯びた。
「え……?」
まるで、どこか遠くの何かが呼んでいるみたいな感覚。
風が森の奥から吹いてくる。
木の影が揺れ、その向こうに黒い影を見た気がした。
(……まだ……いるの?)
「リリア」
振り向くと、ユリオが立っていた。
「また……何かを感じたの?」
「分からない。でも……終わってない気がするの」
ユリオはわたしの手をそっと握る。
「大丈夫。今度も……一緒に行くから」
その言葉に、胸がじんわり温かくなる。
「……ありがとう」
◆ ◆ ◆
静かな夜の森。
しかし――その奥。
封印のさらに奥深くで、瘴気とは違う別の気配がゆっくりと目を覚まし始めていた。
細い裂け目から、黒くも白くもない奇妙な風が漏れ出している。
リリアが浄化した光を、まるで観察するかのように。
(封印の奥には……まだ本命が眠っている)
村の夜は静かに過ぎていく。
けれど、嵐の前の静けさのように思えた。
リリアは右手を握りしめ、そっと空を見上げた。
(大丈夫。わたしは……逃げない)
光の紋は、かすかに、温かく輝いた。




