第22話 森に響く音
第22話 森に響く音
わたし、転生してからまだ何日も経ってないよね?
まだ夜明け前、大きななにかが近づいてくるのを感じながら、村を包む青白い結界を見上げ、そんな現実逃避がふと頭に浮かんだ。
普通、転生序盤ってチュートリアルじゃないの……?
スライム倒して、果物拾って、ポーションの作り方覚えて……
そんな平和な展開じゃないの……?
でも現実は、遺跡、瘴気、魔獣暴走、封印崩壊――。
RPGだったら絶対「序盤ではありません」って表示されるイベントの真っ最中だと思った。
これ……難易度ハードモードどころか初見殺しなんじゃ……。
思わずため息がこぼれそうになった。
けど。
胸の奥でドクンと脈打つものがあった。
右手はじん……じん……と熱を持ち、まるで何かが呼び起こされているようで。
でも……逃げられないよね。
ユリオの顔が浮かぶ。
助けてくれた村人たちの顔も、温かい言葉も。
こんな状況でも、みんな守ろうとしてる。わたしも……守りたい。
深く息を吸い、小さく頷いた。
「……行こう、ユリオ」
「うん。離れちゃだめだよ、リリア」
その瞬間――森の奥で、木々の折れる轟音が響いた。
◆ ◆ ◆
空気が震え始めた。
低く、重く、地面そのものを揺さぶる音。
ゴ……ゴゴゴ……ッ!
村の人たちが結界のそばに集まり、息を呑む。
「なんだ……あれは……」
「影が……大きすぎる……!」
木々が左右に倒れ込み、巨大な影が森から姿を現し始めた。
まだ全体像は見えないのに、
その存在だけで村全体がすくみ上がるような圧力があった。
(大きい……。こんなの、わたしたちで……?)
足元の土がかすかに持ち上がり、
地面にひびが走っていくのが分かる。
「リリア、下がろう。まだ離れちゃだめだ」
「う、うん……」
そのとき。
◆ ◆ ◆
森を割って現れた影は――
元の姿が分からないほど変質した魔獣だった。
四足の巨体。
肩から背にかけて黒い結晶のようなものが突き出し、
身体中から薄い瘴気が流れ出ている。
目は、深紅。
その視線が結界へ向けられた瞬間、
わたしの背筋がびくっと震えた。
「これが封印されてたの!?デカすぎじゃない!?」
旧遺跡のサイズ感ではない。これが異世界なのかとリリアは思った。
「分からない。でも、普通じゃないのは確かだ」
ユリオは眉をひそめ、剣を握る手に力をこめた。
(マジですか……。怖い……。でも、逃げちゃだめだ)
右手がまた熱を帯びる。
さっきまでより強く、深く、体の奥に響く。
◆ ◆ ◆
大型の魔獣が、結界へ突進した。
――ドガァンッ!!!
結界が大きく波打ち、光の破片が弾け飛んだ。
倒れそうになる体をユリオが支えてくれる。
「大丈夫か!」
「う、うん……結界が……!」
魔術師のおばあさんは結界維持のために杖を突き、
額に汗を流している。
「この力……! 結界がもたん!崩れるぞ……!」
冒険者たちも応戦するが、
放った魔法はすぐ瘴気に飲まれて消えてしまった。
「魔法が通らない!」
「瘴気が濃すぎる……!」
どうしよう……このままじゃ……村が……。
◆ ◆ ◆
そのとき。
わたしの右手が、息をするように脈を打ちはじめた。
「……あっ……!」
「リリア!? 大丈夫か!」
紋様が浮かび上がり、淡い光がじわじわと広がる。
結界と共鳴するような感じではない。
もっと直接的で、もっと強くて――
あの魔獣に……向かってる?
けれど、光が段々と薄くなっていく。
「ダメ……消えないで……!」
必死に願う手が震える。
「リリア、落ち着いて……僕がいるから」
ユリオがそっと手を重ね、わたしの手を強く握った。
その温もりが、一瞬だけ恐怖を押し戻してくれる。
「……ありがとう、ユリオ」
大丈夫。わたし、まだ動ける。
◆ ◆ ◆
しかし、大型魔獣は待ってくれなかった。
――グオオオォォォッ!!!
咆哮ひとつで、結界の半分が砕け散った。
「ひっ……!」
「結界が……欠けたぞ!!」
「もう持たない……急げ!」
村人たちの叫びが飛び交う。
魔獣が再び身をかがめ、跳躍の体勢を取った。
次で……結界が完全に壊れる!。
「リリア、逃げ――」
「ユリオ。……わたし逃げない!」
胸がふるえながらも、はっきり言えた。
魔獣が地面を蹴る。
空気が震え、巨体が飛び上がる。
守りたい。絶対に。
右手が――限界まで光り輝いた。
視界が、白く染まる。




