第21話 魔獣たち
第21話 魔獣たち
その夜、村は不自然なほど静かだった。
結界の青白い光が風に揺れ、まるで村全体が息をひそめているように見える。
わたしとユリオは眠れず、外に出て結界のゆらぎを眺めていた。
「赤い光、まだ……点滅してるね」
「うん。あれ、ちからを貯めているのか、回復中なんだよきっと。」
ユリオの声にも、少し焦りが混じっていた。
右手がときどきじん、じん……と熱を持つ。
落ち着かない。胸の奥のほうがざわざわする。
そのとき――
ドンッ!!
地面が強く揺れた。
「えっ……!? い、いまの……」
「封印の方向だ。なにか来る!」
遠くの森の木々が慌ただしく揺れているのが見えた。
次の瞬間、旧遺跡の方角が真紅の光に包まれた。
バキィィィン!!
空気が引き裂けるような音が響き、結界がビリッと震えた。
村の家々から村人たちが驚いて飛び出してくる。
「結界が揺れてるぞ!」
「冒険者は持ち場に!」
「子どもたちは屋内へ急げ!」
みんなの声に、わたしの鼓動もどんどん早くなる。
◆ ◆ ◆
森の奥の方から――
ガサガサガサ……!
無数の足音が近づいてくる。
「第一波が来るぞー!」という叫び声が聞こえた直後、
ドンッ! ガンッ!
結界に何かがぶつかった。
「きゃっ……!」
「これは……随分と数が多いね」
結界越しに見えたのは、小型の魔獣たち。
丸っこいハムスターのような魔獣、うさぎ型、鳥型――
普段なら可愛いとすら思える魔獣たちが、全員、赤い目で結界に体当たりしている。
しかも黒いもやをまとって。
「こんなに暴れてるなんて……完全に正気を失ってるよ」
「封印の瘴気のせいだよ」
ユリオの声の優しさが胸にしみた。
わたしも決めた。逃げる気にはなれなかった。
「……わたしもやるよ」
右手を前に出すと、紋様がうっすら浮かぶ。
ひゅっと前方に光が飛び、黒いもやを浄化することができた。
「よし……効いてる」
「リリア、落ち着いて。からだは大丈夫?」
「うん……大丈夫……いけると思う」
正直、狙いは完璧じゃない。
でもそれを言うとユリオが余計に心配しちゃいそうで、そこは胸にしまう。
◆ ◆ ◆
そのとき、魔術師のおばあさんの声が響いた。
「結界が……ひび割れてきた!」
見ると、結界の端に細い亀裂が入っている。
そこから黒い霧が少しだけ入り込み、地面がじわっと黒ずむ。
「瘴気が……ここまで……」
「おばあさん、支えられますか!?」
「やるしかないじゃろ……!」
おばあさんの額に汗がにじむ。
結界がみしみしと軋むたび、胸が締めつけられた。
(まずい……このままだと……!)
さらに追い打ちをかけるように、森の奥から――
ドス……ドス……
重い足音が響き始めた。
「ユリオ……あれ……」
木々の間から、大きな影が近づいてきていた。それは牛のようなバッファローのような人の数倍はありそうな、大きな魔獣だった。
二足歩行の獣型。体の一部が黒く染まり、赤い目がぎらりと光る。
その魔獣が結界に触れた瞬間――
ギ……ギギギ……!
結界が大きくへこんだ。
「やば……! 割れちゃう……!」
「リリア、下がって!」
けど――結界が破られるのが怖くて、足が勝手に前へ出た。
「お願い……持ちこたえて!」
結界に触れた瞬間、
バチィッ!!
右手が青白く輝き、光が結界へ広がった。
へこんでいた部分がふっと戻り、牛の魔獣が押し返される。
「な……!? その子の魔力、結界の光と……」
「リリア、結界と混ざってる……?」
「う、うん……なんか、勝手に……!」
本当に、わたしもよく分からない。
でもいまは、考えてる余裕なんてない。
力のかぎり結界へ手を押し当てた。
◆ ◆ ◆
その後、小型の魔獣たちは黒いもやが消えたことで混乱し、次々森へ逃げていった。
牛の魔獣も唸り声を上げながら後退する。
「第一波……退けたようじゃな」
村長が息をついた。
「封印が壊れた以上……次はもっと大きなのが来る。結界も……そう長くはもたんじゃろう」
村人たちは不安げに空を見上げていた。
(次……もっと大きな……)
鼓動が速くなる。
右手はまだじんじんと熱を持っていた。
◆ ◆ ◆
そのとき――
ゴ……ゴゴゴ……!
大地が低く震えた。
森の奥で、木々がまとめて倒れていく。
もっと大きな何かが、ゆっくりこちらへ向かっている。
「……来る」
「本番はこれからみたいだ」
ユリオの言葉に、わたしは小さく息を吸った。
そして、ユリオがわたしの右手を見て目を丸くする。
「リリア……右手……新しい紋が……増えてる」
「え……?」
右手には、知らない細い線の模様のようなものが増えていた。
(なに……? どうして……)
胸の奥の方で強く脈打つ気配がした。
逃げない。みんなを守る。
そう思った瞬間、風が冷たく吹き抜けた。




