第20話 村を包む影
第20話 村を包む影
翌朝。
空気がどこかざわついていて、村のいつもの静けさが消えていた。
「結界を張るぞー!」
「縄、もっと引っ張ってくれ!」
「子どもたちは家の中に!」
朝だというのに村人たちが大忙しで動き回っていた。
「すご……一致団結感が。」
わたしがぽつりと言うと、ユリオが苦笑しながらも真剣な目をしていた。
「封印が壊れかけてるなら、村を守らないとね」
魔術師のおばあさんが杖を振ると、村全体を包むように淡い光の膜がふわりと立ち上がった。
青白くゆらぐその結界を見た瞬間――胸の奥で、右手がじんと熱くなる。
(この光……わたしの魔法と、どこか似てる)
まるで、わたしの中の何かが共鳴するようだった。
◆ ◆ ◆
「ユリオ、リリア。今いいかい?」
村長の呼ぶ声に振り向くと、いつになく緊張した顔をしていた。
「村の南側の森で、倒れた魔獣が増えている。見回りを頼みたい」
「南側って……旧遺跡の反対方向ですよね?」
ユリオは気になって質問をしている。
「ああ。普段は安全な場所だ。だからこそ異変が起きているのなら、早めに知る必要がある」
昨日、瘴気にやられた魔獣を何匹も見た。
同じことがさらに広がっているのなら――危険度は上がっていると思う。
「……行きます」
ユリオは即答した。
その横で、わたしも小さく拳を握った。
「わたしも。何が起きてるのか、ちゃんと知りたい」
◆ ◆ ◆
村を中心として旧遺跡の反対側にきた。南側の森は、いつもなら鳥の声が響き、小動物が走り回っているはずだった。
でも今日は……。
「静かすぎる……」
足元の落ち葉を踏む音だけが、森の中に響いていた。
風すら止まっているような感覚。
「ユリオ、あれ……」
木の根元に、黒く焦げたような跡があった。指で触れなくても、瘴気が滲み出ているのが分かる。
「瘴気に焼かれた跡だと思う」
ユリオは眉を寄せ、森の奥を鋭く見た。
「なんでこっち側まで瘴気が……」
そのとき、ユリオがわたしの腕を引いた。
「リリア、あっち!」
視線を上げた瞬間――息を飲んだ。
森の奥、木々の影の中で、何かがゆっくり動いた。
低い呼吸音。
土を踏む重い音。
木の幹より太い影。
「な、なにあれ……大きすぎない……?」
「見つかったら終わりだ。静かに、戻ろう」
ユリオの声が震えている。
わたしも心臓が耳のそばで鳴ってるんじゃないかと思うほどバクバクしていた。
(あんなの……倒せるわけないじゃん……!)
慎重に森の出口へ下がっていく。
その途中で――右手がじんッと熱を帯びた。
「っ……!」
「リリア!?」
紋様が浮かび上がりかけては、また消える。
昨日よりずっと強い反応だった。
(いやいやいや、今光ったら危険が増すでしょ! やめて!!)
必死に右手を押さえ、深呼吸して抑えつけた。
◆ ◆ ◆
森の出口にたどり着いた瞬間、わたしの護符がピシッと音を立てた。
「えっ……嘘、割れた!?」
護符には大きなひびが入っていた。
触れると熱く、今にも砕けそう。
「瘴気が強すぎるんだ……。ここまで広がってるなんて」
ユリオの顔が完全に強張っていた。
「急いで村に戻らなきゃ」
◆ ◆ ◆
村へ戻ると、村長は深刻な表情で二人の話を聞いた。
「巨大な影……焦げた地面……護符が割れた……」
村長は唇をかすかにかみしめた。
「封印が……今日にも壊れるかもしれぬ」
その言葉に、周囲の空気が一気に重くなった。
「冒険者をすべて招集する。結界もさらに強化しなければ……!」
村人たちの動きがさらに慌ただしくなる。
顔色は不安で曇り、子どもたちは泣きそうな表情で大人にしがみついていた。
(こんなの……放っておけるわけない)
◆ ◆ ◆
夜。
村には結界の淡い光が揺れ、風はどこか冷たかった。
リリアは家の外に出て空を見ていた。
「リリア、眠れない?」
ユリオの声に振り向くと、彼も同じように空を見ていた。
「うん……なんだか、胸がざわざわしてて」
「僕もだよ」
ユリオがわたしの横に腰を下ろす。
結界の光がふたりを淡く照らした。
「怖いけど……それでも、守りたいって気持ちがあるの」
いつもより素直に言葉が出た。
ユリオは驚いたようにわたしを見て、そして微笑んだ。
「……リリアは強いよ。すごく」
「そんなこと……」
「僕はそう思う。ひとりで背負わなくていいよ。僕も……一緒にいるから」
顔が熱くなり、視線をそらす。
(……ズルい。そんなこと言われたら……余計逃げられなくなるじゃん)
◆ ◆ ◆
そのとき――
遠くの森が、脈打つように赤く光った。
ドクン。
ドクン。
まるで心臓が鼓動しているみたいに、明滅する。
「……封印が」
「……壊れかけてる」
冷たい風が、村の方向へ流れ込んでくる。
わたしは右手をぎゅっと握った。
体の奥で、何かがゆっくりと目を覚ましはじめているような感覚がした。
(逃げない。わたし、この村を守る)
自分で自分に言い聞かせるように、強く思った。




