第19話 封印のひび割れ
第19話 封印のひび割れ
朝日が差し込むより早く、村はざわつき始めていた。
「昨日の光、見たか?」
「青白い光が森から……」
「旧遺跡の方向だったぞ」
家の外に出た途端、そんな声が耳に飛び込んできた。
やっぱり……みんなも見てたんだ。夢じゃないよね、あれ。
右手がまだほんのりあたたかい。
まるであの光とつながってるみたいで、少し怖い。
「リリア、おはよう」
ユリオがいつもより少し険しい顔で近づいてきた。
「村長さんが呼んでる。昨日の続きだってさ」
「うん……分かった」
嫌な予感が背中を走ったけど、逃げられないことも分かっていた。
◆ ◆ ◆
「昨日の光……二人にも見えたか」
村長は机の上に広げた地図を指でなぞりながら、眉を深く寄せていた。
「旧遺跡の方向で間違いないな……。封印が揺らぎ始めているのかもしれん」
「封印って……なにか閉じ込めてるんですか?」
ユリオが質問している。
「むかしの文献に悪しきものを鎮めるための封とだけ書かれておる。詳細は分からんが」
いやいや、詳細が分からないのが一番怖いやつですよ……!。
村長は小さく息をついて言った。
「二人に頼みがある。旧遺跡の入口まで、もう一度向かってほしい」
「えぇ~!」
声が裏返った。わたし見た目は小学校6年生くらいの子供ですよ! 村長、子供に頼り過ぎですよ~。と思ったが言える雰囲気ではなかった。リリアは空気を読める子なのだ。
「入口まででいい。奥には絶対入らんでほしい。ただ……あの光の残滓があるかもしれん。それを確認してきてほしい。」
ユリオは短く息を吸い、真剣な目で頷いた。
「行きます。村のためなら」
ユリオは勇気と行動力だけはある。
「……うん。わたしも行くよ」
リリアはユリオの性格をなんとなく分かってきていた。
本当は怖くて逃げ出したかった。
でも、昨日助けた小さな魔獣のことも頭に浮かぶ。
あの黒いもやを放っておくのは、もっと怖いと思った。
◆ ◆ ◆
「これを持っていきな」
村の魔術師のおばあさんが、小さな石のお守りをふたりに手渡した。
「護符じゃよ。瘴気が近いとチリチリ熱くなって危険を知らせてくれる」
「便利だけど……熱くなるって絶対痛いやつ……!」
「痛む前に戻ればよいのじゃ」
「……はい」
ユリオは苦笑していたけど、護符を握りしめる指が少し震えていた。
(ユリオも不安なんだ……。わたしだけじゃないんだ)
◆ ◆ ◆
森へ入ると、昨日よりもさらに静かになっていた。
「鳥の声、しないね……」
「うん。森が息を潜めてるみたい」
歩くたびに土がかすかに揺れているような気がする。
途中、小さな影が目に入った。
「……また魔獣が倒れてる」
昨日と同じ種類。ふわふわの丸い体がぐったりしている。
かすかな息しか感じない。
「瘴気の影響だと思う」
ユリオがそう呟いたとき――護符がチリ……と熱を持った。
「ひぃっ!? い、痛っ……!」
「リリア、本当に痛む前だよ! ほら、急ごう!」
(おばあさん、痛む前とか言ってたけど、十分痛かったよ!?)
◆ ◆ ◆
そして――旧遺跡の入口が見えてきた瞬間。
胸がドクン、と跳ねた。
「な、なにこれ……!」
昨日見た石碑に、ひびが入っている。
黒く細い裂け目から、薄いもやがゆらゆらと漏れ出していた。
「昨日は、こんなひびなかったよね……?」
「うん。封印が……割れてる?」
ユリオの声が小さく震えていた。
護符が、ジリ……と強く熱を帯び始める。
「わ、わ!! やばい、もうやばいよ!!」
「戻るべきかもしれない……いや、でも光の痕跡だけ――」
そのときだった。
遺跡の奥が、ふわりと青白く揺れた。
「また光った……!」
「昨日のと同じだ……!」
同時に、わたしの右手がじん、と熱くなる。
「っ……!」
「リリア、大丈夫!?」
「う、うん……呼ばれてるみたい……変な感じ」
紋様がうっすら浮かびそうで、でも浮かばない。
鼓動みたいに右手が脈打っていた。
◆ ◆ ◆
突然――
「ギャアアアッー!!」
悲鳴をあげるような鳴き声が響き、小さな魔獣が遺跡の奥から転げるように飛び出してきた。
「また魔獣が……! 目が赤い!」
後ろから、黒いもやが追いかけてくる。
「ユリオ!! どうするの!?」
「守る!! リリア、構えて!」
(構えてって言われても!!)
でも――右手が勝手に動いた。
わたしの手から、ふっと光が漏れた。
弱いけど、優しい光。
「……!」
光が小さな魔獣を包みこむ。
黒いもやがジジッと弾かれ、霧のように消えていく。
その瞬間、奥に潜んでいた巨大な影が動きを止め、ゆっくりと遺跡の奥へ退いた。
「い、今の……」
「リリアが守ったんだ……!」
「わ、わたし……?」
右手の紋様が、ほんの少しだけ光ったまま震えている。
(怖い……けど、これで魔獣を守れたなら……)
◆ ◆ ◆
「ユリオ! もう帰ろう! これ以上は本当にヤバいよ!」
「うん! すぐ戻ろう!」
ふたりで村まで全力で走った。
護符は温かいまま、ずっとチリチリと鳴っていた。
◆ ◆ ◆
村長に報告すると、村長の顔が一気に険しくなった。
「……封印が、破られつつある」
村は一気に緊急事態モードになった。
冒険者たちが招集され、魔術師のおばあさんが結界の準備をし、
村人たちは怯えた表情で家に籠もる。
夕暮れの風が、いつもより冷たく感じた。
「リリア、怖かったら……今日はそばにいるから」
ユリオがそっと言った。
「……ありがとう。わたしも、逃げたくないから」
右手を見つめる。
紋様はもう消えているけれど、胸の奥はざわざわしたままだ。
(あの光……封印……黒いもや……きっと、わたしが関わってる。
だったら――逃げない)
その決意が、胸の中で強く息をした。




