第16話 初めての村
第16話 初めての村
遺跡の出口から差し込むオレンジ色の光が、緊張に縮こまっていた体をふっと緩ませてくれた。
「はぁぁぁ……生き返った……!」
わたしは地面に手をつき、大げさでもなんでもなく本気のため息を吐いた。魔法弾の嵐、妙に凶暴なハムスター魔獣たち……初冒険でこれは難易度高すぎる。
「そんなに疲れたか?」
横のユリオが苦笑している。
「疲れたよ!! 怖かったよ!! 心のHPはもう残り1!!」
「でも、ちゃんと倒してただろ。光も出てたし」
「いやあれはほぼ偶然だから! 泣きながら撃っただけだから!!」
言いながらも、少しだけ胸の奥がふわっと温かくなる。褒められ慣れてないせいか、照れくさいけど嬉しい。
「ねぇ……お腹が空いて動けない……何か食べたい」
「う~ん。そうだなぁ。手持ちの食べ物は無いし、俺の村に行くか?」
「行く!! 即決!!」
もしかして、この世界で好きな言葉ランキング1位は「ご飯」かもしれない。
◆ ◆ ◆
森を抜けて村へ向かう道を歩く。木漏れ日の間から見える家並みに、胸がそわそわした。
転生してからバタバタしていたけど、ユリオに出会えてよかった。
「村あったんだぁ~」
「そういえば、リリアのこと村のみんなに伝えるからね」
「伝えるって、何を?」
「森で出会った迷子の女の子って。……実際そうだし」
「う……確かに。否定はできない……」
転生なんて言っても信じてもらえるわけないし、そもそも自分でもまだ整理できてない。
でも、ユリオが隣にいると、不思議と心が軽くなる。
そうこうしているうちに村の入り口に到着した。
「おお、ユリオ帰ってきたか!」
見張りのオジサンが嬉しそうに手を振る。
「怪我はないか?」
「怪我はないけど心のダメージは大きいです! でも元気です!」
ユリオの返事に村人は苦笑した。
「どういう状態なんだそれは……」
村の人たちの明るい笑い声が、じんわり嬉しい。とリリアは思った。
「ところでその子はどこの子だい?」
「森で出会ったんです。迷子らしいです」
「あ~そうなんだ。大変だったねぇ~。この森はたまに迷子の人が現れるんだよな。記憶がないとか。お嬢さんもその感じかい?」
他にも似たような人がいることに、リリアは少し驚いた。
(転生のバーゲンセールかな?)と内心思う。
◆ ◆ ◆
村長の家に行き、遺跡の記念石を渡すと、村長は目を細めて頷いた。
「今日は遺跡に行っていたのか」
ユリオが村長へ簡単にいきさつを説明する。
わたしは何か食べ物をいただけないか……と思いながら、ぼんやり話が終わるのを待っていた。
「リリア、これが今日の遺跡の記念石の報酬だったよ」
ユリオはそう言って、布袋に入った銀貨と、干し肉・蜂蜜・ジャムなどを渡してくれた。
「わあ……! 異世界で初のお給料……!」
ほっぺが緩むのを止められない。
「それから――そちらがリリアか。森で見つかったんだってね」
「はい……記憶もあまりなくて。ご迷惑かけるかもしれませんが……」
「困ったらすぐ言いなさい。ここは小さな村だが、人の手の温かさだけは大きいからね」
胸の奥がじんとした。
こんなふうに受け入れてくれるなんて。
◆ ◆ ◆
「じゃ、うちに行って何か食べよう!」
「やったー!」
体の幼さに気持ちが引っ張られているのか、無邪気な返事が出てしまい、少し恥ずかしくなるリリアだった。
ユリオに案内され、村の端にある小さな木の家へ向かう。
「ここ……ユリオの家?」
「うん。まあ……誰もいないけどね」
「誰もいない……?」
思わず訊ねると、ユリオは少し戸惑った顔で視線を落とした。
「リリアには……まだ言ってなかったけど。
俺、小さい頃の記憶がほとんどないんだ。気づいたら森の中で倒れていて……村の人たちが助けてくれた」
空気が一瞬だけ静かになる。
「それからずっとここで生活してる。両親とどこで暮らしていたのかも、分からないんだ」
「……ユリオ……」
「でも、村の人達が少しずつ世話してくれてさ。
ご飯も、日替わりで誰かが置いていってくれる。だから誰の家でもないけど、いまは俺の家なんだ」
その言い方が、なんだかすごくユリオらしかった。
「今日はパン屋のおばさんがスープを置いていってくれた日だ。温めるね」
鍋が火にかけられる。
ぐつぐつとスープが温まる音が、妙に心に沁みる。
ユリオに何て声をかけたらよいのか分からないリリアだった。
◆ ◆ ◆
「いただきますっ!」
スープを口に入れた瞬間――
「……天国の味がする……!!」
「大げさだって」
「いや違う! 生きてて良かったって思う味!!」
ユリオは笑いながら、少し安心したように肩を落とした。
お腹が落ち着いた頃、二人で家の前に出た。
夜風がとても気持ちいい。
「……さっきの紋様。やっぱり、リリアの力だと思うんだ」
ユリオが静かに言った。
「わたし、あれ……全然制御できてないんだよ。……でも、ユリオを守ろうとして光った。だから悪いものじゃないとは思うんだよね。」
ユリオに聞かれて、リリアは胸の奥がぽっと熱くなった。
「……これからも、助けてくれる……かな?」
ユリオは、軽く冗談めかして言いつつも、視線がすっと横にそれて、耳の先がほんのり赤く染まっている。
(完全に本気で聞いてるときの声だ……!)
リリアは思わず笑みがこぼれた。
「もちろんいいわよ!」
胸をふんすと張って答えると、ユリオはかすかに息を飲んで、小さくうなずいた。
「……そ、そうか。なら……よかった。」
その言い方が、どこかほっとしていて、
でも少し照れていて——
リリアの胸もあたたかくなるのだった。
◆ ◆ ◆
村広場に戻ると、ざわざわした空気が漂っていた。
「魔獣が出たらしいぞ」
「最近、妙に凶暴だ」
「森の手前で見たって人もいる……」
寒気が背中を走る。
「浅い遺跡の魔獣でもあれなのに、もっと近くって……!」
と村人が言っていた。
あのかわいいやつのこと?ひっくり返っていたあれのこと?
凶暴だったけど強いのか弱いのかはリリアには分からなかった。
(あれも元々は穏やかなのかも……)とリリアは思った。
村長が険しい顔で冒険者風の人たちに指示している。
「旧遺跡の魔力が漏れてるって噂もある。……本格的に変だ」
ユリオの声が低い。
その瞬間、わたしの右手が、またじんわりと熱を帯びた。
◆ ◆ ◆
夜。ユリオの家で借りた布団に入り、天井を見上げる。
(男の子の一人暮らしの家でお泊まりって……異世界転生なかなかハードね)
とリリアは思った。
今日は初めての遺跡。
初めての報酬。
そして――初めての村……男の子のうちにお泊まり。
変なことを考えて顔が赤くなるリリアだった。
右手を持ち上げて見つめる。紋様は出ていない。でも、何かが胸の奥でわだかまりとなっている。
「……ほんとうになんなんだろう……。それに、あのハムスターみたいなのは優しい種類なら飼えるかな」
と、不安ななかで、どうでもいいことを考えているリリアだった。
浅い遺跡はいつもと違うと言っていた。
ここから先に、もっと大きな何かがあるのか。
風が小さく窓を鳴らし、明日の冒険を予告するみたいだった。




