第4話 さらば、夜の傭兵たち
――七年後。
夜の帳が降りきった戦場に、二つの影が並んで立っていた。
その視線の先では、かつて怯えるばかりだった少女たち――篠原と朝比奈が、すでに傭兵として一人前の顔つきで、『狩り』を遂行していた。
今回の敵は、かつて俺たちが対峙したような、厄介な再生能力を持つタイプではない。だが、それはそれで面倒な相手だった。ゴブリン型の『悪魔』。一体一体は弱く、倒せば塵となって消える。しかし、空に開いた異界の裂け目から、際限なく湧き出してくるのだ。
「よくやってるな、あいつら……」
頭巾を深くかぶったまま、俺が呟く。
篠原は常に冷静に戦況を読み、最適な位置取りから、最短距離でゴブリンの喉を正確に突き刺していく。一方の朝比奈は、かつての怯えた面影を一切見せず、荒々しくも鋭い踏み込みで、一撃のもとに敵を粉砕していた。
スピードも、連携も、状況判断も、もはや文句のつけようがない。
「なあ、渋田……俺ら、もう必要ねえんじゃねぇの?」
隣で手斧を肩に担いだ加藤が、口元だけで笑いながら言った。
「そりゃあ、成長したってことだろ。俺たちが教えたことが、ちゃんと『残せた』ってことだ」
「ハッ。……教えた記憶はあんまねぇけどな」
やがて東の空が白み始めると、不気味に口を開けていた異界の裂け目は、ゆっくりとその向こう側へと閉じていく。それと同時に、あれほど湧き出ていたゴブリンたちの群れも、まるで朝の光に溶けるように消え去っていった。
戦闘を終えた篠原と朝比奈が、静かにこちらへ振り返る。
そして、二人は何も言わず、ただ深々と頭を下げた。
感謝も、別れの言葉もない。だが、それで十分だった。黙って頭を下げ、自分たちの覚悟を示す――それが、七年という月日を戦い抜いてきた彼女たちなりの答えだった。
「……加藤、行くぞ」
「ああ。もう、俺たちの出番はねぇ」
拠点には、顔だけ出した。
オーグは相変わらず鈍重な鎧姿で、俺たちを一瞥しただけ。レティアは眉をひそめながらも、「遅い」と憎まれ口を一つ。エノーラは左腕が肩から先がもげていたが、「また生えるよ〜」といつも通りに笑っていた。
変わらないものも、そして、少しだけ変わったものもあった。それでいい。
俺たちは誰にも何も告げず、無言のまま、北の地方へ向かう始発列車に乗り込んだ。
冷たい風が吹き抜けるホームに、夜明けの光が差し込んでくる。
「なあ、渋田。これからどうする?」
動き出した列車の窓の外を眺めながら、加藤が訊ねてきた。
「会社員でもしてみるか、加藤?」
「……俺にできるわきゃねぇだろ!」
俺が苦笑いすると、隣で加藤がいつものように腹を抱えて爆笑した。
――かつて、俺たちは夜の中でしか存在できなかった傭兵だった。だが今は、夜が来ても、もう誰かが戦ってくれている。
だから、俺たちは次の夜が来るまで、ほんの少しだけ休もうと思う。
夜の傭兵たちの時代は、終わったのだ。
けれど。
またいつか、この世界がどうしようもなく『夜』を必要としたなら――。
そのときは、どこかでまた走り出してやるさ。相棒と一緒に。
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