第2話 加藤、止まる気配がない
俺の名前は渋田。夜にしか存在を許されない傭兵集団――『マーセナリィ』の一員だ。
そして、隣を疾走するこの男が、俺の相棒。名前は加藤。
(狂ってる。心の底から戦闘を楽しんでやがる)
けど、誰より速く、誰より確実に『悪魔』を仕留める。この夜において、こいつほど信頼できる奴はいない。
今、俺たちの目の前にいるのは、人間のような姿をした悪魔だった。腐った肉が剥き出しになった腕、口元には犠牲者のものだろうか、人間の皮膚が張りついたままだ。その目は濁りきって、光を失っている。まるでゾンビのような、死者が動いていると錯覚させる異様な雰囲気を放っていた。
だがこいつらは、ただの死体ではない。再生するのだ。首を斬っても、心臓を貫いても、黒い靄が傷口を瞬く間に包み込み、あっという間に元通りになってしまう。死を恐れず、痛覚もない。ただ本能のままに、生者を喰らうため襲いかかってくる。
そんな化け物の群れを前に、加藤が歓喜の雄叫びを上げた。
「ッッッヒャハァァアッ!! 渋田ァ、こいつら最高だな! ゾンビっていうよりさ……何度でも壊せる『おもちゃ』って感じ!」
両手に構えた鉈で、腐りかけた顔面を躊躇なく笑いながら叩き割る。血と膿の混じった黒い液体が周囲に飛び散るが、加藤はまるで気にも留めない。
俺はその隣を並走しながら、肩越しに訊いた。
「加藤、お前……休む気あるのか?」
「へ? 何それ、『狩り』中だぞ? 夜が明けるまで、俺らは命燃やすって決まってんだろ?」
「そっか、じゃあ俺も燃やすわ」
「そうこなくっちゃぁあああああッ!!」
俺たちは、スピード型の傭兵コンビだ。力で真正面から押すタイプじゃない。研ぎ澄まされた神経と反射、そして殺意のすべてを連動させ、悪魔の急所を正確に、連続で破壊し、再生する暇すら与えずに仕留める。
「渋田ぁ! こっちは先に頭潰しとくわ!」
加藤が言うが早いか、悪魔の一体の頭上へと高く跳躍し、両手の鉈でその正中線を挟み撃ちにする。爆ぜるように頭蓋が砕け、ねじれた骨が四方へはじけ飛んだ。
すかさず俺がその背後から滑り込む。膝蹴りで股間を砕き、体勢を崩した膝裏へナイフを深々とねじ込んだ。動きが鈍ったその一瞬を見逃さず、喉元へ蒼い残光を纏わせた刃を叩き込む。
――テンポがいい。まるで呼吸をするように、俺たちは殺しを重ねていく。俺と加藤の、完全なコンビネーションだ。
腐肉を踏み越えながら、加藤がふと、ぼそりと呟いた。
「なあ、渋田……」
「なんだ」
「この夜、ずっと続けばいいのになぁ……」
「それは困る。昼にならなきゃ、俺たちの体がもたねえ」
俺の返答に、加藤は心底楽しそうに喉を鳴らした。
「ふっふーん、体が壊れるまで狩り続けんのが本望なんだけど?」
「やっぱお前、ちょっと壊れてんな」
「ちょっとじゃねえよォ……完全にだよォおおお!!」
俺たちは夜の狩人。この狂気と殺意とスピードが絶え間なく交差する戦場こそが、俺たちの生きる意味だ。
(そして加藤。こいつがいる限り、俺はまだ死ねない)
だってこの男――あまりにも楽しそうに殺しすぎるんだ。その隣は、存外に悪くない。
今日の狩りは、残り一時間ほど。日が昇る、その瞬間まで。俺たちはただ、走り続ける。
夜が明けるその時まで、加藤が止まる気配は、まるでない。




