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第5話 罰ゲームは隣で「おやすみ」

「さーて、お兄ちゃんには、何をお願いしよっかなぁ~♡」


玲奈は、俺の絶望に染まった顔を覗き込みながら、それはそれは楽しそうに、そして意地悪く笑っている。

スト6対決に完敗した俺には、もはや抵抗する術はない。

まな板の上の鯉、いや、コントローラーを握りしめたまま抜け殻になった兄だ。


(くそっ、一体何を要求してくるんだ……? やっぱりSNSで赤点答案拡散か? それとも、一週間パシリとか……?)


俺は最悪の事態をいくつも想定し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

玲奈のことだ、きっと想像の斜め上を行く、とんでもなく恥ずかしい罰ゲームを要求してくるに違いない。


玲奈は、しばらく俺の反応を楽しんだ後、ポン、と手を叩いた。


「よし、決めた♡」


その顔は、悪戯が成功した子供のようにキラキラと輝いている。

さあ、来るぞ……! 俺はぎゅっと目を瞑った。


「玲奈の言うことは、なーんでも一つ聞く……だよね?」


念を押すように確認してくる玲奈。


「……ああ、そうだ。約束は約束だからな……。で、なんだよ、その罰ゲームってのは」


俺は覚悟を決めて、目を開けた。

すると玲奈は頬をほんのり赤らめ、少しだけ照れたような、それでいてやっぱり嬉しそうな表情で、こう言ったのだ。


「じゃあ、お兄ちゃん……」

「……今日は、玲奈と一緒に寝て?♡」

「………………は?」


予想外すぎる言葉に、俺の思考は完全にフリーズした。

い、一緒に、寝る? え? どういうことだ?


「いやいやいやいや! 何言ってんだお前!?」


我に返った俺は、思わず立ち上がって叫んでいた。


「一緒に寝るって……お、俺たち、もう高校生だぞ!? 兄妹だぞ!? いくらなんでも、それは……!」


ないないない! 絶対にない! どんな罰ゲームだよ! 小さい子供かよ……いやいやいや、違う!

そういう問題じゃない! 倫理的にアウトだろ! 常識的に考えて!


しかし、俺の必死の抗議も、玲奈にはまったく響いていないようだった。

玲奈は、わざとらしく、やれやれといった感じで首を横に振ってみせる。


「あーあ……」


大きなため息とともに、玲奈は心底呆れたというような表情で俺を見上げた。


「『なーんでも言うこと聞く』って、威勢よく啖呵切ったのはどこのどなたでしたっけぇ?♡」


ぐっ……!


「舌の根も乾かぬうちに、もう約束破るんだぁ。へぇー……」


じとーっとした、侮蔑の色すら含んだ視線が俺に突き刺さる。


「はぁ~……ダメダメなんて言葉も生ぬるいねぇ。口先だけで、約束も守れないなんて……ほんっとうに、どうしようもないダメお兄ちゃんだねぇ~お兄ちゃんは♡」


玲奈は心底がっかりした、というように肩を落としてみせる。

その演技がかった仕草が、妙に俺の罪悪感を煽ってくる。


「うぐ……っ!」


い、言わせておけば……! だが、確かに俺は「なんでも言うこと聞く」と約束してしまった。

ゲームに負けたのは事実だし、ここで拒否するのは男として、いや兄としてあまりにもカッコ悪い……のか?

いや、でも、これは……!


俺が葛藤していると、玲奈は追い打ちをかけるように、うるうるとした瞳で(おそらく演技で)俺を見つめてきた。


「玲奈……お兄ちゃんと一緒に寝たいだけなのに……。そんなに嫌……?」


上目遣いで、少しだけ唇を尖らせて、そんなことを言われたら……!


「……わ、わかったよ! わかったから!」


俺は、観念して叫んだ。もうどうにでもなれ!


「寝ればいいんだろ、寝れば! 一緒に!」


半ばヤケクソだった。ああ、俺の理性と常識が音を立てて崩れていく……。


「やったぁ♡」


玲奈はぱあっと顔を輝かせ、満面の笑みで飛び跳ねた。

さっきまでのしょんぼりした態度はどこへやら。変わり身早すぎだろ、こいつ。


「じゃあ、早速準備しよっか!」


玲奈は嬉々として、ベッドに足を運ぶ。

俺は部屋のクローゼットから来客用の布団セットを引っ張り出してきた。

そして、てきぱきとそれを床に敷き始める。


「お、おい、玲奈?」

「んー?」

「いや……その、ベッド、お前が使っていいぞ? 俺はこっちの布団で寝るから」


いくら一緒に寝るとはいえ、まさか同じベッドで寝るわけにはいかないだろう。

兄としての最低限の配慮のつもりだった。


しかし、俺が布団を敷き終えると、くるりと玲奈は俺の方を振り返り、無言で俺の腕を掴んだ。


「え? おい、なにす……うわっ!?」


次の瞬間、俺は玲奈にぐいっと引っ張られ、いとも簡単にベッドの上に引き上げられた。

小柄な体のどこにそんな力が……!?


ベッドに倒れ込んだ俺が状況を理解する間もなく、玲奈はさっさと自分の布団として俺のベッドの掛け布団に潜り込んだ。

そして、スペースの隣をポンポン、と楽しそうに手で叩く。


「お兄ちゃん?」


ニヤニヤと、それはもう楽しそうな、そして意地の悪い笑みを浮かべて、玲奈は言った。


「『一緒に』寝るって、言ったでしょ♡ ここ、空いてるよ?♡」

「~~~~~~~~っ!!」


俺の顔は、カッと音を立てて真っ赤になった。こ、こいつ……! 本気で同じベッドで寝るつもりか!


「い、いやいやいや! さすがにそれはダメだろ! あのな玲奈、いくら兄妹だってな、年頃の男女が同じベッドで寝るなんて、普通やらねーんだよ! わかれ!」


俺は必死の形相でベッドから起き上がろうとした。このままでは、俺の何かが終わってしまう!


だが、俺が身を起こそうとした瞬間、隣に寝ていたはずの玲奈が、まるで予測していたかのように、素早い動きで俺の体勢を崩してきたのだ。

え? なに? どういう原理? まるで合気道の達人のような、流れるような動きで、俺の重心をずらし、腕を取り……気づいた時には、俺は再びベッドの上に押し倒されていた。

しかも、玲奈にがっちりと押さえつけられる形で。


「な……!? おま……なんでそんな動き……!?」

「ふふん、これも秘密特訓の成果だよ♡ お兄ちゃんが無駄な抵抗できないようにね♡」


玲奈は俺の上で、勝ち誇ったように笑っている。

嘘だろ!? 格ゲーだけじゃなくて、護身術まで習得していたのか!?

こいつの執念、恐ろしすぎる……!


完全に無力化された俺は、もはや抵抗する気力も失っていた。力でも敵わないんじゃ、どうしようもない。


「……うぅ……もう、好きにしてくれ……」


情けなさで涙が滲んできた。俺、兄なのに……。シクシク……。


俺が完全に諦めたのを確認すると、玲奈は満足そうに頷き、俺の隣にそっと体を滑り込ませた。そして、次の瞬間。


ぎゅーーーーっ!


「!?」


玲奈は、両手両足を使って、まるでコアラかナマケモノのように、俺の体にがっちりと抱きついてきたのだ!

柔らかい体(胸以外)が密着し、玲奈の体温と鼓動がダイレクトに伝わってくる。

すぐ耳元で、玲奈が深呼吸するかのような音が聞こえる。甘いシャンプーの香りが、俺の理性をギリギリと削っていく。


「えへへ……♡」


俺の胸に顔をうずめるようにして、玲奈は心底幸せそうな、とろけるような声で笑った。


「あったかい……♡ お兄ちゃんの匂い……♡ 今日は、すっごく良く眠れそう……♡」


その声には、いつものような揶揄う響きは微塵もなく、ただただ純粋な喜びと安心感のようなものが満ちているように聞こえた。


(……こ、こいつ……!)


俺の心臓は、限界突破レベルでバクバクと音を立てている。腕の中にいる妹の存在感が強すぎる。

意識しないようにしようとしても、どうしても意識してしまう。これはまずい。非常にまずい。


「そ、そりゃあ……良かった、ね……」


俺は、なんとかそれだけ絞り出すのが精一杯だった。声が上ずっていないだろうか。

顔はきっと、茹でダコみたいに真っ赤になっているに違いない。


(落ち着け、俺……! これは罰ゲームなんだ! 玲奈は、俺をからかって、俺が慌てふためくのを見て楽しんでるだけなんだ! そうに決まってる! だから、変に意識する必要はない! ないんだったら、ないんだ!)


俺は必死に自分に言い聞かせ、ぎゅっと目を瞑った。そして、できるだけ何も考えずに、ただひたすら寝ようと努力する。

羊を数えるんだ……羊が1匹……羊が2匹……玲奈が3匹……いや違う!


腕の中で、玲奈はすぅすぅと穏やかな寝息を立て始めているように聞こえる。

本当に、ただ一緒に寝たかっただけなのか……? いや、だとしても、この状況は……。


(それにしても……こいつは本当に、俺を揶揄うことに関しては、常に全力全開だな……)


俺は、玲奈の真意に全く気づかないまま、そんな的外れな結論に至っていた。

ゲームに勝ち、罰ゲームを仕掛け、物理的に抵抗できないようにし、そしてこうやって密着してくる。

すべては、この純情な兄を困らせて楽しむための、手の込んだ嫌がらせなのだ、と。


……そうでも思わないと、このドキドキと、腕の中の温かさと、甘い香りに、俺の心臓がもたない気がした。


結局、その夜、俺がすんなりと眠りにつくことはできなかった。

隣で幸せそうに眠る妹の存在を意識しすぎないようにしながら、早く朝が来ることをひたすら願い続ける。


長くて、そして心臓に悪い夜は静かに更けていくのだった。

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