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第42話 恐怖のバスルームと兄の受難

昼間のドタバタ騒ぎと、美月ちゃんの爆弾発言による混乱の後、俺たちの「お家デート」は、なんだか微妙な空気のまま夜を迎えていた。


夕食の時間。

キッチンに立ったのは、またしても玲奈だった。


「夜ご飯も、玲奈が作ってあげる♡ お兄ちゃんは、座って待ってなさいよね!」


そう言って、昼間と同じように、手際よく調理を始める。今日の玲奈は、やけに甲斐甲斐しい。まあ、料理が美味しいのは大歓迎だが……。


そして、テーブルに並べられたのは、きのこたっぷりのクリームパスタと、彩り豊かなシーザーサラダ。

これもまた、見た目からして食欲をそそる、本格的なものだった。


「……いただきます」

「いただきます♡」


フォークでパスタをくるくると巻き、一口。


「……んんっ!」


濃厚なクリームソースときのこの香りが口の中に広がる!

パスタの茹で加減も絶妙だ。サラダのドレッシングも、市販のものとは違う、手作り感のある深い味わい。


「……うまい……」


俺は、思わず呟いていた。


「玲奈、お前、本当にどうしたんだよ……。これも、めちゃくちゃ美味いぞ……!」


「えへへー♡ だから言ったでしょ? 玲奈様は、料理も完璧なんだって♡」


玲奈は、満面の笑みで胸を張る。平たい。


「いや、マジで……。その辺のレストランより美味いんじゃないか……?」


俺は、夢中でパスタを食べ進めながら、素直な感想を口にした。


「母さんには悪いけど……もういっそ、毎日玲奈に作ってほしいくらいだわ、これ」


俺としては、本当にただ、その美味しさを最大限に表現しただけの、何の気なしの一言だった。

しかし、その言葉は、玲奈にとって、全く違う意味で受け止められたようだった。


「!!!!」


玲奈は、食べていたパスタのフォークをカタンと落とし、目を大きく見開いて固まった。

そして、次の瞬間、テーブルに身を乗り出すようにして、俺に詰め寄ってきたのだ!

その顔は、期待と興奮で真っ赤になっている!


「そ、それって……!」


玲奈の声は、震えている。


「そ、それって……もしかして……プロポーズ!?♡♡♡」


「ぶーーーーーーーっ!!!!!」


俺は、口に含んでいたパスタを盛大に噴き出しそうになった! 危ない!


「ぷ、ぷろ!? ち、ちちち、違うわ、馬鹿!!!!」


俺は、顔を真っ赤にして、激しく咳き込みながら否定する!

なんでそうなるんだ!? ただ飯が美味いって言っただけだろ!


「えー? でも、『毎日作ってほしい』って……それって、そういう意味じゃないのぉ?♡」


玲奈は、唇を尖らせながら、じっと俺の顔を覗き込んでくる。その目は、明らかに期待している。


「違う! 断じて違う! 言葉の綾だ! ただの比喩表現だ!」


俺は、必死に言い訳をする。こいつの思考回路は、本当にどうなっているんだ……!


「ちぇー……。まあ、いいけどぉ♡ いつか、本物のプロポーズ、待ってるからね♡」


玲奈は、あっさりと引き下がったが、最後に不穏な一言を残していく。……聞かなかったことにしよう。


そんなこんなで、波乱含みの夕食を終え、食後の片付けも(俺が)済ませた頃。

玲奈が、にこにこしながら俺に言ってきた。


「ねー、お兄ちゃん♡ お風呂、先に入ってきていいよ?♡ 玲奈、ちょっと見たいテレビあるから、後で入るね♡」


「え? ああ、そうか」


俺は、特に何も考えずに頷いた。まあ、両親もいないし、順番はどっちでもいいか。


しかし、脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ向かおうとした時、ふと、嫌な予感が頭をよぎった。


(……待てよ? 今日の玲奈の暴走っぷりを考えると……まさか……)


昼間の、あのキス未遂事件。そして、全裸突撃事件。こいつなら、今回もまた何かをやりかねない……!


俺は、念には念を入れて、浴室の内側にあるロック機構――小さなつまみをカチッとスライドさせて、中折れドアに鍵をかけた。

これでよし。このタイプは外からじゃ開けられないはずだ。


熱いシャワーを浴び、湯船に浸かって、ふぅーっと息をつく。


(まったく、今日は本当に疲れた……。料理は美味かったけど、精神的な消耗が激しすぎる……)


早くこの三日間が過ぎて、両親に帰ってきてほしい、と心から願う。


そんな風に、湯船でぼーっとしていた、その時だった。


ガチャ! ガタガタッ!


突然、中折れドアの脱衣室側にある取っ手が、外から激しく動かされた!


「!?」


俺は、びくりとしてドアの方を見る!


「あれー? お兄ちゃーん? なんでロックしてるのー?」


ドアの向こうから、玲奈の甘ったるい声が聞こえてくる!


「ひょっとして、玲奈と一緒に入るのが恥ずかしいのかなぁ?♡ うぶなんだからぁ♡」


やっぱり来たか!


「おーい、玲奈だよー! 開けてよー! 一緒に入ろ〜♡ 背中、流してあげるからさぁ♡ ね?♡」


声と共に、ドアがガタガタと揺さぶられる!

取っ手をガチャガチャさせたり、ドア本体を押したり引いたりしているようだ!


俺は、湯船の中で、背筋が凍るのを感じた。

浴室のドアは、半透明の樹脂パネルでできている。

そのため、シルエットは透けて見えるのだが……。


(……うそ、だろ……)


ドアの向こうに見える玲奈のシルエットは……明らかに、何も身に着けていない! 全裸だ! こいつ本気で一緒に入る気だ!


「ちょっとー! なんで開けてくれないのー!? お兄ちゃんのイジワル! ケチ! スケベ!」


玲奈は、諦めずにドアをガタガタと揺さぶり続ける!

その音は、もはやホラー映画の一場面だ! まるで、シリアルキラーや怪物がドアを破ろうとしているかのようだ!


(こ、怖い……! )


俺は、湯船の中で身を縮こまらせる。


しばらくすると、ドアを揺さぶる音と声が止んだ。


(……諦めて、行ったか……?)


俺は、ホッと息をついた。さすがに、ロックがかかっていれば、どうしようもないと悟ったのだろう。


しかし、その安堵は、長くは続かなかった。


カリカリ……。

キリキリ……。


ドアのロック機構があるあたりから、何か、金属をこするような、妙な音が聞こえ始めたのだ。


(……な、何の音だ……?)


俺は、恐る恐る、ドアに近づいてみる。

半透明の樹脂パネル越しに、玲奈がドアの隙間かロック部分あたりで何かをごそごそとやっているのが見える。

その手には……ドライバーのようなものを持っている……!?


(うそだろ!? あいつ、ロックをこじ開ける気か!?)


中折れドアのロックはそこまで頑丈じゃないかもしれない!

ゾッとした俺は、ドアに向かって叫んだ!


「お、おい! 玲奈! お前、何やってんだ!? まさか、ドアを壊す気か!?」


「あ、バレた?」


ドアの向こうから、玲奈の呑気な声が返ってくる。


「や、やめろ! それ以上何かするなら……! この事を母さんに言うからな! 全部バラしてやる!」


俺は、最後の切り札を切った!


「ひっ!?」


その言葉は、効果てきめんだったようだ。ドアの向こうから、玲奈の小さな悲鳴が聞こえ、ガタッという音と共に、ドライバーらしきものが床に落ちる音がした。

そして、バタバタという慌ただしい足音が遠ざかっていく。


「………………」


静寂が戻った浴室で、俺は、ドアに背中を預け、ずるずると床に座り込んだ。

心臓が、恐怖と安堵で、まだバクバクと音を立てている。


「……はぁ……はぁ……」


荒い息をつきながら、俺は天井を見上げた。


(……なんで……なんで、俺は、自分の家で、こんなに怯えなきゃならないんだ……)


風呂に入ってリラックスするどころか、ホラー映画並みの恐怖体験をする羽目になるとは……。

俺は、心身ともに、どっと疲れていた。


(……もう、寝るときは絶対に近寄らないよう言い聞かせよう。鍵も、絶対にかけよう……)


そう固く決意しながら、俺は再び湯船へと向かう。

両親が帰ってくるまでの、あと二日間が、果てしなく長く感じられた。

どうか、これ以上、何も起こりませんように……。俺の切実な願いは、浴室の湯気の中に、虚しく消えていった。

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