第39話 持つもの持たざるもの
「まあ、とりあえず座ってくれよ」
俺は、リビングに通し、ソファを指さす。
美月は「はい」と小さく頷き、少し緊張した面持ちでソファの端に腰掛けた。
玲奈は、その隣に当然のように陣取る。
俺はキッチンに向かい、電気ポットのスイッチを入れた。
紅茶でも淹れよう。美月ちゃんは、確か昔はアールグレイが好きだったっけな。
お湯が沸くのを待つ間、リビングの方から玲奈と美月の会話が聞こえてくる。
「玲奈の家、久しぶりだなぁ。なんか懐かしい感じ」
美月の、少し弾んだ声。
「そうだねぇ。美月が最後に来てくれたのって、中学入る前くらいかな? それからは、美月の家に行くか、外で遊ぶことの方が多くなったもんね」
玲奈が答える。
「ふふ、そうだね。この家で、お兄さんも一緒に、かくれんぼとか鬼ごっことかしたなぁ。あの時、お兄さん、いっつもわざと見つけやすいところに隠れてくれたよね」
美月の声に、楽しかった記憶を懐かしむ響きが混じる。
(ああ、そうだったな……。懐かしい……)
俺は、キッチンのカウンターに寄りかかりながら、目を細めた。
あの頃、美月ちゃんはまだ小さかったけど、芯のしっかりした、賢い子だった。
二人で俺の隠れ場所を見つけた時の、嬉しそうな顔が忘れられない。
そんな風に、俺が昔を懐かしんでいると、リビングから玲奈の声が聞こえてきた。
「あ、そうそう! 美月、面白い物見せてあげる!」
楽しそうな、悪戯っぽい声色だ。嫌な予感がする……。
「じゃーん!」
玲奈の、何かを披露するような声。
「えっ!? な、何これ……玲奈……え!?」
続く、美月の、明らかに動揺し、驚愕している声。一体、何を見せたんだ……?
「ふふふ♡ このページとか見てよ、エッッッッぐくない?♡ ほら、ここ、他のページよりちょっと開きグセがついてるでしょ? これ絶対、お兄ちゃんのお気に入りのページなんだよ、きっと♡ ぷーくすくす♡」
玲奈の、完全に楽しんでいる笑い声。
「うわっ……そ、そうなんだ……。結構……おっきいのが、好きなんだね……お兄さん……」
美月の、引きつったような、困惑した声。
お気に入りのページ? おっきいのが好き?
そのキーワードで、俺の脳内に、最悪の可能性が閃いた。
まさか……いや、しかし……!
俺は、嫌な予感を振り払うように、リビングを勢いよく覗き込んだ!
そして、目に飛び込んできた光景に、俺は絶句した。
ソファの上で、玲奈と美月が、二人で顔を寄せ合って、一冊の雑誌を読んでいる。
その雑誌は……俺が少し前に部屋のどこを探しても見当たらなくて、半ば諦めていた……。
「…………あっ」
それは、俺が隠し持っていた、ちょっと過激な内容が満載の、いわゆる「エロ漫画雑誌」だったのだ!!!!
「おいおいおいおいおい!!!!!」
俺は、ダッシュでソファに駆け寄り、二人からその禁断の書物をひったくった!
「こ、これはどういう事だよおい! なんでお前がこれを持ってるんだ! しかも、なんで美月ちゃんに見せてるんだ!!!」
俺は、顔をリンゴのように真っ赤にしながら、玲奈に向かって絶叫した!
しかし、玲奈は、悪びれる様子など微塵も見せず、ニヤニヤとした顔で言い放った。
「えー? お兄ちゃんの『秘蔵コレクション♡』 みんなで共有しなきゃ、もったいないじゃーん♡」
「もったいなくないわ!!!!」
俺は、本を胸に抱きしめ、その場に膝から崩れ落ちた。
「お、お前が盗んでたから、部屋から無くなってたのかよ……! そして、それをよりにもよって、美月ちゃんに見せるなんて……! お前、マジで、ライン越えすぎだろ……!!」
妹に、しかもその友達にまで、決して人様には見せられない、俺のプライベートが暴露されてしまった……!
もうダメだ……俺の社会的な何かが終わった……!
俺は、恥ずかしさと絶望で、そのままこの場から消えてしまいたくなった。
すると、そんな俺の惨状を見て、玲奈はさらに追い打ちをかけてきた。
「っていうかさー、お兄ちゃん?」
玲奈は、俺が取り返した雑誌の、さっき見ていたであろうページを思い出すかのように、顎に手を当てる。
「あの、お気に入りのページっぽかった女の子、めちゃくちゃ巨乳じゃん? もしかして、お兄ちゃんって……巨乳好きなの?」
「なっ……!?」
「へぇー? そうなんだー? 玲奈みたいなスレンダーで美しい体型の美少女が近くにいながら、あんなデカくて知能に行く栄養が胸に集まったかのような巨乳が好きだなんて……。それは、許されざる裏切りだよ、お兄ちゃん?」
エロ本を暴露した張本人が、何を偉そうに憤っているんだ!?
しかも、なんだその巨乳への凄まじいヘイトは!?
俺が反論しようとした時、隣でオロオロしていた美月が、助け舟を出してくれた。
「い、いや、大丈夫ですよ、お兄さん!」
美月は、俺に駆け寄り、心配そうな顔で覗き込んでくる。
「こ、こういう本を持ってるのは、男の人なら普通なんですよね? だから、別に変なことじゃないと思います! なので、そんなに落ち込まないでください! 私は、全然気にしてませんから!」
必死に俺を慰め、気遣ってくれる美月。なんて良い子なんだ……!
しかし、次の瞬間、その天使のような美月に、悪魔の手が伸びた!
「ふーん? 美月は、おっきいから、そんな余裕でいられるんでしょ!」
玲奈が、突然、美月の胸を、両手でわし掴みにしたのだ!
「おのれぇええええ!!!! この恵まれボディめぇええええ!!!!」
そして、あろうことか、そのまま揉みしだき始めた!
「きゃああああああああっ!!!!!!」
美月の悲鳴がリビングに響き渡る!
「ちょっ……! れ、玲奈!? な、何するの!? や、やめて……! あ……ちょっと!お、お兄さんが見てるから!!!!」
美月は、顔を真っ赤にして、必死に玲奈の手を振りほどこうとするが、玲奈は全くやめようとしない!
「うおおおお! 玲奈もこれくらい大きくなりたいぃいいい!」
「い、いやぁああああ!!!」
その、あまりにも衝撃的な光景に、俺は……。
(ほ、ほほう……。なるほど、美月ちゃんは、確かに……恵まれて……)
一瞬、見入ってしまった。いや、ガン見してしまった。
しかし、すぐにハッと我に返る!
(いかんいかん! 俺は何を見ているんだ! 止めないと!)
「何やってんだ、この馬鹿妹が!!!」
俺は、玲奈の頭を、強めに叩いて、美月から引き剥がした!
「いひゃいっ!?」
「す、すみません、お兄さん……! お見苦しいところを……」
解放された美月は、胸元を押さえ、荒い息をつきながら、涙目で俺に謝ってきた。その姿が、なんだか妙に扇情的で……。
(……エッチコンロ点火!!)
俺は、不覚にもよろしく無いネットスラングが頭に浮かんだ自分に気づき、内心でさらに慌てる。
「い、いや、大丈夫か? 美月ちゃん。玲奈が本当にすまん……」
俺は、気を取り直して、没収したエロ本をソファのクッションの下に隠した(後で自室に厳重保管しなければ)。
そして、キッチンに戻り、改めて沸いたポットのお湯で紅茶を淹れる。
美月が持ってきてくれた美味しそうなスイーツも、綺麗なお皿に乗せて……。
(……はぁ……)
俺は、心の中で、どっと疲れたような、深いため息をついた。
両親がいないだけで、なんでこんなにカオスなんだ、我が家は……。
まだ旅行は始まったばかりだというのに、俺の精神はもう限界に近いかもしれない……。
紅茶とスイーツを乗せたトレイを持ちながら、俺はリビングへと戻る。
果たして、この後、平穏な時間は訪れるのだろうか……。
俺の不安は、尽きることがなかった。




