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第4話 ゲーマー兄 vs 隠れ猛者 ~罰ゲームを賭けたスト6対決~

カチカチカチ……タンッ!


「くっそぉぉぉぉぉっ!!」


深夜の自室に、俺、神崎秀一の盛大な叫び声と、アーケードコントローラー(通称アケコン)のレバーを激しく操作する音、そしてボタンを叩きつける音が響き渡った。

モニターには、無慈悲な「YOU LOSE」の文字と、地面に倒れ伏した俺の愛用キャラクターの姿。

これでオンライン対戦、まさかの5連敗だ。

 

「なんでだよ! 今の絶対ガード間に合ってたって!」


 コントローラーを握りしめたまま、俺は画面に向かって吠える。

対戦格闘ゲーム「ストレートファイター6」通称スト6。最近家庭用が発売されたばかりの人気タイトルで、俺も例に漏れずドハマりしていた。

……のだが、どうにもこうにも勝てない。ランクマッチに潜れば格上にボコられ、カジュアルマッチですら連敗街道まっしぐら。俺の格ゲーセンス、もしかして壊滅的なのでは……?


「はぁ……もう一戦……いや、今日はもうやめとくか……」


連敗のショックで完全に心が折れかかっていた俺は、深いため息をついてコントローラーを膝の上に置いた。

壁に貼られたアニメポスターのヒロインが、気のせいか憐れむような目で見ている気がする。

うるせえ、こっちは真剣なんだよ。

その時だった。背後で、またしてもノックなしに部屋のドアが開く気配。

この遠慮のなさ、このタイミングの悪さ、間違いなくアイツだ。


「ぷーくすくす♡」


背後から聞こえてきたのは、予想通りの、しかし今は聞きたくなかった悪魔の笑い声。


「お兄ちゃーん、なんか呻き声が聞こえるなーって思ったら、またゲームで負けてんのぉ?」


振り向けば、そこには案の定、部屋着姿の玲奈が立っていた。

モコモコ素材の可愛らしいパーカーにショートパンツという、家でしか見せないリラックスした格好だが、その表情はいつものように兄をからかいたくて仕方がないといった感じの意地の悪い笑みで彩られている。

ピンクのツインテールが、からかうように左右に揺れている。


「もしかしてぇ、勉強だけじゃなくて、ゲームでもクソザコだったりするぅ~?♡」


追い打ちをかけるような煽り文句。ぐっ……! 事実だけに反論しづらい……!


「……うるせえな。別に負けてねえし」


俺はムスッとした顔で、そっぽを向きながら言い返す。見栄っ張りなのは百も承知だ。


「へぇー? 負けてないんだー? じゃあ、さっきの『くっそぉぉぉぉぉっ!!』っていう断末魔みたいな叫び声は、喜びの雄叫びだったのかなぁ?♡」

くっ……! 聞かれてたか! 壁薄いんだよ、この家は!


「ち、ちげーし! 今のは、その……キャラ相性が、悪かっただけだ! あんな性能差押し付けてくる相手に勝てるわけねーだろ!」


苦し紛れに、格ゲーマーが使いがちな言い訳ナンバーワン、「キャラ相性」を持ち出す。我ながら情けない。

すると玲奈は、待ってましたとばかりに、さらに楽しそうな声を上げた。


「うっわぁ……出た、キャラのせいにするやつぅ」


わざとらしく両手で口元を覆い、信じられない、といった表情を作る。演技が上手いな、こいつ。


「自分の腕前のなさを棚に上げて、キャラのせいにするなんて……なっさけなーい! かっこ悪すぎだよ、お兄ちゃん♡ ぷー♡」


人差し指で俺をビシッと指差し、舌まで出して挑発してくる始末。ぐぬぬぬぬ……! こいつ、本当に俺の神経を逆撫でする天才だな!

俺が悔しさで顔を赤くしていると、玲奈はぴょんぴょんと軽い足取りで俺に近づいてきた。

そして、俺が床に胡坐をかいて座っている、その足の間に……すとん、と何の躊躇もなく収まるように座ったのだ。


「なっ!? お、おい、玲奈っ!?」


突然の密着に、俺は思わず声を上げる。背中に玲奈の柔らかな体温と、甘いシャンプーの香りがダイレクトに伝わってくる。近い、近すぎる! 心臓がバクバク言い始めた。


「んー?」


玲奈は、俺の慌てっぷりを楽しむかのように、ゆっくりと首だけをこちらに振り向かせた。

大きな目が、すぐ間近で俺を見上げる形になる。長いまつ毛がぱちぱちと瞬き、上目遣いは反則的な可愛さだ。

……いや、今はそれどころじゃない!


「どしたの、お兄ちゃん? そんなに悔しいならさ……」


玲奈は、にっこりと、しかしどこか企みを秘めた笑みを浮かべて言った。


「この玲奈様が、直々に対戦相手になってあげよっか?♡」

「は……?」


俺は玲奈の言葉に、思わず間の抜けた声を漏らす。対戦相手? 玲奈が? スト6の?


「いやいやいや、何言ってんだお前」


俺は半ば呆れて言い返す。


「お前、普段全然ゲームとかやらないじゃん。格ゲーなんて、ルールすら知らないだろ? 相手になんかなるわけ――」

「へぇー?」


俺の言葉を遮って、玲奈がニヤリと笑う。その目は、「ほら、やっぱりね」と言わんばかりの光を宿していた。


「もしかしてぇ……妹に負けるのが、怖かったりするぅ~?♡」


煽る、煽る。的確に俺のプライドを刺激してくる。


「なっ……!?」


図星、ではない。断じてない。だが、そう言われると猛烈に腹が立つ!

こいつ、俺がこういう挑発に弱いことを完全に理解してやがる!


「ふ、ふざけんな! 誰がお前に負けるかよ! 大体な、格ゲーってのはそんな甘いもんじゃねえんだ! 初心者がちょっとやったくらいで勝てると思うなよ!」


俺はムキになって反論する。そうだ、玲奈はゲーム初心者だ。俺が負けるわけがない。絶対に。


「いいだろう! そこまで言うなら、お望み通りコテンパンにしてやんよ! お兄ちゃんの格ゲーの厳しさ、その身に叩き込んでやる!」


完全に玲奈の挑発に乗せられた形だが、もう後には引けない。


「ふふん、威勢がいいねぇ、ザコお兄ちゃん♡」


玲奈は満足そうに頷くと、悪戯っぽく目を細めた。


「じゃあさ、ただやるだけじゃつまんないし……罰ゲーム、しよっか♡」

「罰ゲーム?」

「そ! 負けた方は、勝った方の言うことを、なーんでも一つ聞くってのはどう?♡」


玲奈は、それはそれは楽しそうに提案してくる。その自信満々な態度……なんだ?

ゲームをやらないはずのこいつが、なんでこんなに強気なんだ? 何か裏があるのか……?

一瞬、警戒心が頭をよぎる。しかし、ここで断れば、それこそ「負けるのが怖い」と認めるようなものだ。

それに、万が一、いや億が一にも俺が負けるはずがない。

もし勝てば、玲奈に何でも言うことを聞かせられる……?

それはそれで、ちょっと魅力的かもしれない。普段の仕返しをするチャンスだ。


「……いいだろう。乗った。ただし、手加減は一切しないからな。泣いても知らねーぞ?」


俺は不敵な笑みを浮かべて(内心は少しだけドキドキしながら)快諾した。


「もちろん♡ 玲奈も、お兄ちゃん相手に手加減なんてしないもんね♡」


玲奈も満面の笑みで応じる。こうして、兄妹による罰ゲームを賭けたスト6対決の火蓋が切って落とされた。


対戦準備はすぐに整った。俺が愛用のアケコン、玲奈は標準のゲームパッドを使う。

キャラクター選択画面。俺はいつものメインキャラを、玲奈はスタンダードで使いやすいと評判の主人公キャラを選んだ。

へえ、一応、基本的なことは知ってるのか?


「じゃあ、いくよ、お兄ちゃん! 2ラウンド先取ね!」「おう、かかってこい!」


いざ、尋常に……勝負!

【ROUND 1】対戦開始のゴングが鳴る。俺はセオリー通り、まずは牽制技で相手の出方を見る。

玲奈は……棒立ち? あれ? ボタン押してる?


「どうした玲奈、動かないのか? ほらほら、攻撃しないと体力減らないぞー?」


俺は余裕綽々で声をかける。やっぱり、初心者相手じゃ勝負にならないか。

と、玲奈がようやくおもむろにボタンを押し、キャラクターがパンチを繰り出す。

……が、完全に空振り。しかも隙だらけ。


「はは、そこだ!」


俺はその隙を見逃さず、得意のコンボを叩き込む! ダメージ表示が玲奈の体力ゲージをゴリゴリ削っていく。


「うわっ!?」


玲奈の焦ったような声が隣から聞こえる。ふふん、格ゲーの洗礼を受けてるな?その後も、俺は一方的に玲奈を攻め立てた。

玲奈の繰り出す技は単調で、ガードも甘い。

あっという間に体力ゲージを奪い、最後は必殺技でフィニッシュ!


「K.O.!」


モニターにでかでかと表示される勝利の文字。よし、まずは1ラウンド先取。


「……ほらな? やっぱり弱いじゃんか、お前」


俺は勝ち誇った顔で、隣の玲奈を見た。玲奈は、少し悔しそうに唇を尖らせている。


「まあまあ、初めてなんだから仕方ないって。こんなもんだよ、最初は」


俺は、なんだか少し可哀想になってきて、ポンポン、と優しく玲奈の頭を撫でてやった。

柔らかい髪の感触が心地よい。


「次はもうちょっと頑張れよ?」


完全に油断していた。この時の俺は、この後待ち受ける悪夢を、まだ知る由もなかったのである。


【ROUND 2】

「じゃあ、次いくぞー」


俺はすっかり気を良くして、2ラウンド目を開始する。

さっきと同じように、牽制から入ろうとした、その瞬間だった。

シュバッ!

玲奈のキャラクターが、信じられない速度で俺の懐に飛び込んできた。え?


「なっ!?」


俺が反応する間もなく、玲奈のキャラクターが流れるような連撃を繰り出す。

パンチ、キック、特殊技、そして必殺技へと繋がる、淀みないコンビネーション!


「うわっ! ちょっ、まっ……!」


俺の体力ゲージが、一瞬で半分近くまで削られる。なんだ今の!?

さっきまでの動きと全然違う!?

俺は慌ててガードを固めるが、玲奈の攻撃は止まらない。

的確なガード崩し、めくり攻撃、そして完璧なタイミングでの投げ。

俺のガードはことごとく破られ、反撃しようにも、その隙を完全に潰される。


「な、なんで……!?」


俺は完全にパニックに陥っていた。さっきまで棒立ちだった初心者はどこへ行った?

今、俺と戦っているのは、まるでプロゲーマーのような動きをする玲奈だ!

なすすべなく画面端に追い詰められ、最後は超必殺技の演出が炸裂!

俺の体力ゲージはゼロになり、無情な「K.O.」の文字が。しかも……。


「PERFECT!?」


玲奈の体力ゲージは、まったく減っていなかった。完封負けだ。


「……は?」


俺は呆然と画面を見つめる。何が起こった?

隣を見ると、玲奈がコントローラーを握りしめ、ふふん、と得意げな笑みを浮かべていた。

その目は、「どう? 驚いた?」と語っている。


「ま、まぐれだ! たまたま上手くいっただけだろ!」


俺は動揺を隠せずに叫ぶ。そうに違いない。初心者が急にこんな動きできるわけがない。


「へぇー? まぐれかなぁ?♡ じゃあ、次もまぐれが起きるか、試してみる?♡」


玲奈は悪戯っぽく笑いながら、コントローラーを構え直した。


【ROUND 3】


悪夢は、再び繰り返された。開始直後から、玲奈はアグレッシブに攻めてくる。

その動きは2ラウンド目よりもさらに洗練され、俺の癖や動きのパターンを完全に見切っているかのような的確さだった。

俺も必死で抵抗する。持てる限りの知識とテクニックを総動員して反撃を試みるが、玲奈の完璧な立ち回りの前には、すべてが無に帰す。

まるで、手のひらの上で踊らされているかのようだ。

そして、結果は……2ラウンド目と同じ。


「PERFECT K.O.!」


再び、玲奈のパーフェクト勝利。俺、2ラウンド連続で1ダメージも与えられずに負けた……だと……?


「……」


俺はコントローラーを膝の上に落とし、完全に魂が抜けたような顔でモニターを見つめていた。

信じられない。信じたくない。あの玲奈に、俺が、スト6で、パーフェクト負け……?


「はい、玲奈の勝ち~♡ 2対1ね♡」


隣から、玲奈の弾んだ声が聞こえる。振り向けば、玲奈は勝利のポーズでも取るかのように、両手を上げて喜んでいた。


「さてと、お兄ちゃん?」


玲奈はくるりと俺の方に向き直ると、ニィィィィと、それはそれは悪魔的な笑みを浮かべた。


「罰ゲーム、覚えてるよね?♡ 負けた方は、勝った方の言うことを、なーんでも一つ聞く……♡」

「……お、お前……なんで、そんなに強いんだよ……」


俺は震える声で尋ねるのが精一杯だった。ゲームをやらないはずの玲奈が、なぜこんなにも強いのか。

理解が追いつかない。

すると玲奈は、人差し指を自分の唇に当てて、悪戯っぽく笑った。


「ふふん、それはねぇ……」

「この日のために、秘密特訓してたからだよ♡」

「秘密特訓……?」

「そ! お兄ちゃんがスト6にハマってるの知ってたからさ、玲奈もこっそり練習してたんだー。最初は全然ダメだったけど、動画見たり、あと……」


玲奈は少し言い淀んでから、小さな声で付け加えた。


「……近所のゲームセンターで、上手い人に教えてもらったりして♡」

「ゲーセンで!?」


俺は驚愕した。あの玲奈が? 一人で? ゲームセンターに? しかも、見ず知らずの人に教わってまで?

俺に勝つためだけに?


「だって、お兄ちゃんに勝ちたかったんだもん♡ そして、罰ゲームで、お兄ちゃんにあんなことやこんなことを……♡」


玲奈は顔を赤らめながら、もじもじと指を絡ませる。その表情は、先程までの猛者の姿とはかけ離れた、いつものメスガキのものだった。


(こいつ……そこまでして……)


俺は玲奈の執念と努力に、もはや呆れるしかなかった。

そして同時に、少しだけ、いや、かなり感心していた。

兄に勝ちたい一心で、苦手なゲームを猛練習するなんて。その根性は、素直にすごいと思う。

……まあ、感心している場合ではないのだが。俺は、負けたのだ。

そして、罰ゲームが待っている。玲奈が要求してくる「なーんでも一つ」が、一体どんな恐ろしい(あるいは恥ずかしい)ものなのか、想像するだけで背筋が凍る思いだった。


「さーて、お兄ちゃんには、何をお願いしよっかなぁ~♡」


玲奈は、俺の絶望的な表情を見て、最高に楽しそうに、そして意地悪く笑うのだった。

俺の受難の夜は、まだまだ終わりそうになかった……。

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