第31話 勘違い兄とお家デート計画
「じゃ、おじゃましまーす♡」
宣言通り、玲奈は俺の部屋へとやってきた。
いつもと違うのは、その手にポップコーンとコーラの入ったボウルとグラスを持っていることくらいか。
……いや、服装も、いつものモコモコパーカーじゃなくて、少しだけ体のラインが出るような薄手のニットにショートパンツだ。
まあ、部屋着の範疇だろうけど。
玲奈は、俺がいつも座っているローソファの前のクッションに、当然のようにどかっと腰を下ろした。
そして、持ってきたボウルとグラスをローテーブルに置く。
「さーて、お兄ちゃん♡ 記念すべき玲奈様との初お家デートの始まりだよぉ♡」
「だから、デートじゃないって……っていうかいつもお前が遊びに来てるのと何が違うんだ……?」
俺は呆れて言い返す。こいつは本当に、俺をからかうのが好きだな。
「じゃあ、まずは〜……」
玲奈は、俺の返事などどこ吹く風といった様子で、テレビのリモコンを手に取った。
「玲奈が最近、友達に『面白いよ』ってオススメされたアニメを観てみよっか〜♡ お兄ちゃんも、どうせ暇でしょ?」
そう言って、テレビの電源を入れ、手際よく動画配信サイトのアプリを起動する。
「え? アニメ? 別にいいけど……。俺が見ようと思ってたやつは……」
「却下♡ 今日は玲奈が主役なんだから、玲奈が見たいものを見るの♡」
こいつ、本当にわがままだな……。
玲奈は、目的のアニメを見つけ出し、第一話の再生ボタンを押した。
オープニング映像が流れ始める。キラキラした、いかにも少女漫画原作っぽい雰囲気のアニメだ。
タイトルは……星屑センチメント? 聞いたことないな。
「ほら、お兄ちゃんもこっち来て座ってよ」
玲奈は、自分の隣の床をポンポンと叩き、もう1つのクッションをそこに置いた。
「……なんで隣なんだよ」
「いいからいいから♡ ほら、早くしないと始まっちゃうよ?」
有無を言わせぬ笑顔で促され、俺は仕方なく玲奈の隣にクッションを置いて腰を下ろした。
肩が触れ合いそうな距離だ。近いな、おい。
アニメが始まった。どうやら、平凡な女子高生が主人公で、彼女を取り巻くイケメンたちとの恋愛模様を描く王道の学園ラブストーリーのようだ。
少女漫画は普段まったく読まないし、アニメもこういうキラキラ系はあまり見ないのだが……。
(……あれ? これ、意外と……)
作画は綺麗だし、キャラクターも魅力的だ。ストーリー展開もテンポが良く、思わず引き込まれてしまう。
「……結構、面白いな」
俺は、無意識のうちに呟いていた。
「でしょ〜?」
隣で、玲奈が嬉しそうに相槌を打つ。ポップコーンを頬張りながら、彼女も真剣な表情で画面に見入っている。
「漫画を好きな友達が『絶対ハマるから!』って言うんだから、面白いだろうなって思ってたんだ〜♡」
玲奈も、このアニメを楽しんでいるようだ。まあ、こいつはこういうキラキラした少女漫画とか好きそうだしな。
俺たちは、そのまま黙々とアニメを観続けた。
主人公の女の子は、クールな幼馴染、チャラい先輩、ミステリアスな転校生など、様々なタイプのイケメンたちから好意を寄せられ、その間で揺れ動く。
まあ、よくある展開だ。俺は、どのイケメンと最終的にくっつくんだろうな、なんてことを考えながら観ていた。
しかし、物語が中盤に差し掛かったあたりから、雲行きが怪しくなってきた。
主人公が、一番心を開いている相手……それは、彼女をいつも優しく見守り、支えてくれる1つ年上の実の兄だったのだ。
(……ん? なんか、この兄貴、主人公への態度が妙に……)
最初は、妹思いの良い兄貴、くらいにしか思っていなかった。
だが、話数が進むにつれて兄の妹への視線や言動に、ただの兄妹愛ではない別の感情が込められていることが、徐々に明らかになっていく。
そして、主人公の方も、数々のイケメンたちからのアプローチを受けながらも、心のどこかで常に兄のことを意識している描写が増えてきた。
(……ま、まさか、このアニメ……そういう系のやつか……?)
俺は、嫌な予感がしてきた。俺自身も妹を持つ兄という立場だ。
兄妹間の恋愛を描く作品というのは、正直、どうにもこうにも居心地が悪く、いたたまれない気持ちになってしまう。
ちらり、と隣の玲奈を見る。彼女は……相変わらず、真剣な表情で画面に見入っている。
え? こいつ、この展開、何とも思わないのか? それとも、気づいてないのか?
いや、違う。
よく見ると、玲奈は俺の方をチラチラと窺い、俺の反応を見て、口元を微かにニヤつかせている……!
(こ、こいつ……! わかってて、このアニメを選んだな!? 俺を気まずい気持ちにさせて、その反応を見て楽しむつもりだ!)
俺は、玲奈の魂胆に気づき、内心で舌打ちした。
やっぱり、こいつの「お家デート」は、俺をからかうための罠だったんだ!
(くそっ……! だが、ここで動揺を見せたら、思う壺だ……!)
俺は、平静を装い、あくまで「ただのアニメ鑑賞」として、画面に集中するフリを続けた。
しかし、心の中は穏やかではない。兄が妹に抱く禁断の想い、そしてそれに気づきながらも惹かれていく妹……。
そんな展開を、実の妹と肩を並べて観ているという状況が、俺の精神をじわじわと蝕んでいく。
続きは気になる。めちゃくちゃ気になる。だが、気まずい! 気まずすぎる!
そして、物語はついに最終話へ。
紆余曲折の末、主人公の女の子は、自分にとって本当に大切な人が誰なのかに気づく。
それは、数々のイケメンたちではなく……やはり、実の兄だった。
雨の中、兄は妹に想いを告げる。
『ずっと……お前のことが好きだった。妹としてじゃない、一人の女性として……!』
主人公は、涙を流しながら、兄の告白を受け入れる。
『私も……! 私も、お兄ちゃんのことが……好き!』
二人は、雨の中で強く抱きしめ合い、そして……。
場面は変わり、二人がベッドの中にいるシーンへと移行した。
シーツにくるまり、互いの名前を呼び合い、愛を確かめ合う二人……。
所謂、「濡れ場」というやつだ。直接的な描写は抑えられているものの、その雰囲気は十分に伝わってくる。
「…………………………」
俺は、完全に固まっていた。
う、嘘だろ……!? 少女漫画原作のアニメで、兄妹のベッドシーンだと……!?
しかも、それを、実の妹と、二人きりで観てしまった……!?
(む、無理無理無理! 気まずすぎる! 気まずさの限界突破だろ、これは!)
俺は、もう限界だった。この空間に、一秒でも長くいることが耐えられない!
「あ、あの、俺、ちょっと……喉渇いたから、飲み物取ってくるわ! ポップコーンも無くなったし!」
俺は、なんとか平静を装って立ち上がろうとした。
そして、この気まずい空間から一時的にでも脱出しようと試みた。
しかし。
ぐっ。
俺の腕が、玲奈によって強く掴まれた。
玲奈は、俺が立ち上がるのを阻止するように、そのまま俺の腕に抱きついてきたのだ。
「え……? お、おい、玲奈……?」
俺は、動けなくなった。
玲奈は、俺の腕に抱きついたまま、ゆっくりと顔を上げた。
そして、上目遣いで、俺の顔をじっと見つめてくる。その表情は……なぜか、とても嬉しそうだ。
「ふふっ……♡」
玲奈は、悪戯っぽく笑いながら言った。
「ハッピーエンドで、面白かったね、お兄ちゃん♡ いや〜、感動しちゃったなぁ〜♡」
その声には、微塵の気まずさも感じられない。まるで、普通の恋愛アニメを観た後のような、純粋な感想を述べているかのようだ。
「…………え? えっ?」
俺は、玲奈の反応に、完全に混乱した。
(うそだろ!? この、兄妹同士の恋愛からの、まさかのベッドシーンっていう、超絶気まずい展開を観た直後に……この反応!? 気にしてるの、俺だけ!? もしかして、俺が気にしすぎなのか!?)
そう思った瞬間、俺はさらに別の羞恥心に襲われた。
(ま、まさか……俺が、こんなにもこのアニメの展開を気まずく感じているのは……俺自身が、心のどこかで玲奈のことを……『妹』としてだけじゃなく、異性として意識してしまっているとでも言うのか……!? いや!それはない!あ、でもこの前の裸襲撃事件の時……反応して……?うわぁぁぁぁ、俺、キモい! まるで、このアニメの兄貴みたいじゃないか!)
俺は、自分の内面を抉られたような気がして、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。キョドりまくって視線を彷徨わせることしかできない。
そんな秀一の様子を、玲奈はしっかりと確認していた。そして、彼にバレないように、ほんの一瞬だけ口元に勝利の笑みを浮かべる。
(ふふふ……計画通り……!♡)
玲奈の心の中は、ほくそ笑んでいた。
(やっぱり、兄妹恋愛モノのアニメを一緒に観るっていうのは効果抜群だね♡ お兄ちゃん、めちゃくちゃ動揺してるし、気まずそうにしてる♡ これで、『妹』である玲奈のことを否が応でも意識せざるを得なくなったでしょ?♡)
そう、これは全て、玲奈が仕組んだ計画の一部だったのだ。
友達に勧められたというのは真っ赤な嘘。
玲奈は、このアニメが兄妹恋愛モノであり、最終的に二人が結ばれることを知った上で、わざわざ選んで秀一と一緒に観たのである。
兄に「妹」を強く意識させ気まずい空気を作り出し、その反応を見て楽しむと同時に、あわよくば兄の心に「妹も恋愛対象になりうる」という刷り込みを行う……それが、玲奈の狙いだった。
(第一段階は、大成功ってとこかな♡)
玲奈は、きょどり続ける兄を見て、満足げに頷く。
彼女の「お兄ちゃん攻略♡デートプラン」は、まだ始まったばかりなのだ。




