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第30話 両親不在の休日 ~お家デート計画発動!~

休日の朝。

いつもより少し早い時間に、玄関には両親の姿があった。

父さんは既にスーツケースを手に持ち、母さんは靴を履き終えたところだ。

今日から二人は、結婚記念日を兼ねた二泊三日の温泉旅行に出かけるのだ。


「じゃあ、秀一、玲奈。家のこと、よろしく頼んだわよ。洗濯物とか、簡単な掃除とか」


母さんが、念を押すように言う。


「わかってるよ。ちゃんとやるって」


俺は、少し眠そうな目をこすりながら答える。両親が旅行でいないなんて、何年ぶりだろうか。

少しだけ羽を伸ばせる気がして、内心ワクワクしていた。


「ご飯は、渡しておいたお金で二人でどうにかしてね。無駄遣いしないように」

「はいはーい」


俺の隣で、玲奈が気の抜けた返事をする。


一通りの連絡事項が終わると、母さんはじっと玲奈の顔を見つめた。

その目には、深い、深すぎる疑念と警戒の色が浮かんでいる。


「……玲奈」

「な、なあに? お母さん」


玲奈は、母さんの視線に気づき、少しだけ身構える。


「……変なことは、絶対にしないと誓って?」


母さんの声は、静かだが有無を言わせぬ響きを持っていた。


「へ……? な、何言ってるのお母さん! 変なことって何よー? 心配しすぎだよぉ〜」


玲奈は、わざとらしく手をひらひらさせ、おどけたように笑ってみせる。しかし、その笑顔はどこか引きつっているように見えた。


母さんは、そんな娘の態度に、全く動じない。ジト目で玲奈を睨みつけながら、はっきりと言い放った。


「いいえ。あんたに関しては、『心配しすぎる』ということは、絶対にないのよ」


そして、母さんはくるりと俺の方に向き直ると、鞄から何かを取り出した。それは……。


「はい、秀一」


「……え? な、なんですか、これ?」


俺の手に握らされたのは、小さな、白い物体。……防犯ブザー?


「何かあったら、これを鳴らすのよ。最大音量でね。近所中に聞こえるくらい、遠慮なく鳴らしなさい」


母さんは、真顔で、しかし有無を言わせぬ迫力で言い放つ。


「な、何かあったらって……何が!? いったい何が起こるっていうんだ!?」


俺は、ギョッとして叫んだ。防犯ブザーって、普通、痴漢とか強盗とか、そういう時に使うものだろ!?

家の中で、一体何に対して……。


俺の視線が、隣に立つ玲奈へと向かう。玲奈は、ぷいっとそっぽを向いて、口笛を吹いている。

……まさか、この「何か」って……。


「まあ、そういうことです。くれぐれも、よろしく頼んだわよ」


母さんは、それ以上は何も言わず、父さんと一緒に玄関のドアを開けた。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃーい!」


バタン、とドアが閉まり、家の中には俺と玲奈、そして不穏な防犯ブザーだけが残された。


「……はぁ」


俺は、手の中の防犯ブザーを見つめながら、深いため息をついた。

母さん、本気で玲奈のこと警戒してるんだな……。

まあ、この前の全裸突撃事件を考えれば、無理もないか……。


「……ま、とりあえず、母さんたちの心配事(主に玲奈)は置いといて」


俺は気を取り直し、リビングのソファに防犯ブザーを放り投げた。


「さーて! 今日から三日間は自由だ! たまってた録画アニメでも観まくるか!」


俺は、ウキウキした気分で、自室へと戻ろうとした。

久しぶりに、誰にも邪魔されずにオタク活動に没頭できる! 最高だ!


しかし、俺のささやかな希望は、あっけなく打ち砕かれることになる。

階段を上ろうとした俺の肩を、後ろからトントン、と誰かが叩いた。

振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた玲奈が立っていた。


「ねえ、お兄ちゃん?」


その声は、猫なで声で、甘ったるい響きを含んでいる。

こういう時の玲奈は、大抵何か企んでいる。


「……なんだよ」


俺は、警戒しながら答える。


「お兄ちゃん、今日、一日中、暇なんでしょ?♡ かわいそーなくらい、予定もないんでしょ?♡」


さっそく煽ってくるのか……。


「……可哀想ではないが、まあ、暇なのは事実だな」


俺は、ぶっきらぼうに答える。


すると玲奈は、待ってましたとばかりに、さらに嬉しそうな笑顔になった。

そして、体をくねらせるようにして、手を後ろに組み、首をこてんと傾ける。

いわゆる「あざとい」ポーズだ。


「じゃあさ……♡」


上目遣いで、俺を見上げながら、玲奈は言った。


「約束の、『デート』、しよ?♡」


「…………は?」


俺は、玲奈の言葉に、一瞬思考が停止した。デート? 約束? ああ、そういえば、そんな話になったっけ……。

ゲーセンデート疑惑の後で、俺が「どこか連れてく」って……。


「えっ!? い、今からか? 突然だな……」


俺は、完全に意表を突かれて動揺する。


「うん♡ 今日! 今から!」


玲奈は、キラキラした目で俺を見つめている。その瞳には「絶対に断らせない」という強い意志が宿っていた。


「ま、まあ……約束は約束だしな……。別にいいけど……。で? どこに行きたいんだ? 言っとくけど、あんまり遠いところは面倒だぞ」


俺は、ため息をつきながらも、了承するしかなかった。

こいつの頼みを断ると、後が面倒くさいのは経験済みだ。


俺の言葉を聞いて、玲奈は、にぱーっと、それはそれは嬉しそうに笑った。そして、目的地を告げた。


「行き先はね……」


「……お兄ちゃんの、お・へ・や♡」


「………………」


再び、俺の思考は停止した。

お、俺の、部屋……? デート場所が?


玲奈の表情は、意味深な笑みを浮かべている。その目に、俺はあの光景――全裸で部屋に突撃してきた玲奈の姿――がフラッシュバックした。

そして、その前の夜、俺のベッドに潜り込んできた時のことも……。


(こ、こいつ……! また何か企んでるな!? 俺をからかうために、また変なことを……!)


俺は、最大限の警戒心を露わにして、後ずさった。


「い、言っとくけどな! 一緒に寝るとか! そういうのは、絶対に! 絶対にしないからな!?」


俺の必死の抵抗に、玲奈は、けらけらと声を上げて笑い出した。


「あはははは! 何想像してるの、むっつりスケベお兄ちゃん♡」


腹を抱えて笑い転げている。


「流石は、絶賛思春期まっただ中の男子高校生! 妹相手に、そんなやーらしーことばっかり考えてるんだぁ?♡ きゃー♡」


楽しそうに俺を指さし、からかってくる。


「~~~~~~~~っ!!」


くっ……! 玲奈の方から仕掛けてきたこととはいえ、変な想像をしてしまったこと自体は間違っていない……!

だから、強く言い返せない……! なんて卑怯な奴なんだ!


俺が言葉に詰まっていると、玲奈はようやく笑うのをやめ、パンッと手を叩いた。


「もー、お兄ちゃんったら、変な勘違いしないでよねっ!」


そして、にっこり笑って、今日の「デート」の内容を宣言した。


「今日はねぇ……玲奈がずーっとやりたかったこと!」

「お兄ちゃんの部屋で! お兄ちゃんが好きなアニメとか! 映画とか! ゲームとかを! 一緒に! 一日中! まったり観るっていう、『お家デート』の日にしまーす♡」


玲奈は、高らかに手を挙げて宣言した。


「…………は?」


俺は、呆気にとられて玲奈を見つめる。


「え……? そ、それで、いいのか……?」


てっきり、どこかお洒落なカフェとか、話題のスポットとかに連れて行けと言われるのかと思っていた。

それか、もっとたちの悪い嫌がらせを計画しているのかと……。


「どこか、特別な場所に行きたいから、デートって言い出したんじゃないのか……?」


俺は、困惑しながら尋ねる。


すると玲奈は、少しだけ真面目な顔になって、俺の目を見つめてきた。


「……違うよぉ」


その声は、いつものような煽る響きではなく、少しだけ、素直な響きを持っていた。


「玲奈は……お兄ちゃんと、一緒にいたいから……デート、したかったんだよ?」

「え……」


「こーんな、宇宙一可愛い美少女妹と、丸一日一緒に過ごせるなんて……お兄ちゃんは、本当に幸せ者だねぇ♡ 感謝しなきゃだね♡」


しかし、すぐにいつもの調子に戻り、ふふん、と得意げに胸を張る。


(……一緒に、いたい、か……)


その言葉が、なんだか妙に心に引っかかった。本当に、ただそれだけなんだろうか……?


その頃、玲奈の心の中は、別の感情で燃え上がっていた。


(ふふふ……お兄ちゃん、ちょろい♡ まんまと玲奈の作戦に乗ってきた!)

(あの生徒会長は、ゲーセンデートなんかで優位に立ったつもりでいるかもしれないけど……甘いんだよねぇ♡ それを超える、もっともっと特別なデートといえば……やっぱり『お家デート』しかないっしょ!)

(兄妹だからこそできる、この近すぎる距離感! 誰も邪魔が入らない、二人きりの空間! この妹としてのアドバンテージを最大限に活かす、最強のデートプランの前では! 生徒会長のデート(笑)なんてもはや、相手にならないんだから!)


玲奈は、心の中で、まだ見ぬライバル(と勝手に認定している詩織先輩)に対して、高らかに勝利宣言をしていた。


そして、そんな玲奈の真意など露知らず、俺はというと……。


(……なるほどな。そういうことか)


俺の中で、一つの結論(勘違い)が導き出されていた。


(こいつ……一日中、俺の部屋に居座って……俺をからかって、俺が慌てたり赤面したりするのを見て、楽しむつもりだな!? きっとそうだ! あの性格なら絶対にそうに違いない!)


俺は、これから始まるであろう、長い長い一日を想像し、深いため息をついた。


(……母さん、防犯ブザー、リビングに置いてきちまったよ……)


こうして、両親不在の休日、俺と玲奈のそれぞれの思惑(と勘違い)が交錯する「お家デート」が幕を開けることになったのだった。

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