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第29話 デート疑惑と妹のジェラシー

翌朝教室に入ると、すぐに和泉が俺の席へとやってきた。

その表情は、どこか探るような、それでいて少しだけ楽しんでいるような、複雑なものだった。


「よお、神崎」

「おう、和泉。どうした?」

「なぁ……お前、昨日、ウチに来て何やったんだよ?」


和泉は、声を潜めながら、単刀直入に聞いてきた。


「……え? 何かって……? どうかしたのか?」


俺は、昨日の神社の出来事を思い出し、少しだけ身構える。何か、和泉の耳にも入ったのだろうか。


「いや、それがさ……」


和泉は、やれやれといった感じで肩をすくめた。


「昨夜から、親父がお前のことばっかり聞いてくるんだよ。『あの神崎とかいう若者はどこの子だ?』『今時珍しい、骨のある若者だ』『今度、うちに連れてこい』だの……。あの頑固親父が、こんなに他人を気に入るなんて、マジで滅多にないぜ?」


(うわ……やっぱり、お父さん、俺のこと相当気に入っちゃったのか……)


俺は、昨日の父親の暴走ぶりを思い出し、冷や汗が流れるのを感じた。

彼氏認定からの嫁発言……あれは本当に心臓に悪かった。


「ま、まあ……その、色々ありまして……」


俺は、何から話したものか少し考え、昨日の神社の境内での出来事をかいつまんで和泉に説明した。

詩織先輩が父親にキーホルダーを叩きつけられたこと、俺が思わず父親に掴みかかってしまったこと、そして父親が自分の過ちに気づき、涙ながらに謝罪したこと……。

ただし、父親に彼氏と勘違いされた件は、さすがに恥ずかしすぎて省略した。


俺の話を黙って聞いていた和泉は、全てを聞き終えると大きく息を吐いた。

その表情には、驚きと、安堵と、そして深い感謝の色が浮かんでいた。


「……そうか……そんなことが……」


和泉は、何かを噛みしめるように呟く。


「ウチの姉さんのために……そこまでしてくれたのか……。だからか、昨日の夜からあの二人、なんだかぎこちないながらも、一生懸命話そうとしてて……。なるほどな、そういうわけだったのか……」


そして、和泉は再び俺に向き直ると、今度は昨日よりもさらに深く、深く頭を下げた。


「神崎……本当に、ありがとうな」


その声は、真剣で、心の底からの感謝が込められていた。


「お前のおかげで……我が家の、長年の、大きな問題が……1つ、解決しそうだ。全部、お前のおかげだ」

「よ、よせよ、和泉!」


俺は、またしても頭を下げられたことに戸惑いながら、慌てて和泉の肩を掴む。


「俺は、別に大したことなんてしてないって。ただ、見てて我慢できなかっただけだ」


俺は、少し照れながらも、自分の正直な気持ちを伝えた。


「俺は……先輩が、お父さんと、幸せそうに笑い合えるようになってくれれば、それで報われるよ。だから、早くそうなれるように、お前も家で頑張ってくれよな」


俺の言葉に、和泉は顔を上げた。その目には、強い決意と、友への信頼が宿っていた。


「……ああ、もちろんだ!」


和泉は力強く頷き、俺に向かって拳を突き出した。


俺も、その拳に自分の拳をコツンと合わせる。

言葉はなくても、お互いの気持ちは通じ合っている。そんな気がした。


その日の夜。

俺は自室で、お気に入りのVtuberのゲーム配信をイヤホンで聴きながら、まったりと過ごしていた。

昨日の疲れもあって、今日はもうゲームをする気力もない。

ただ、可愛いVtuberの声と面白いトークに癒やされたい気分だった。


『あー! またやられたー! このボス強すぎだって!』


配信画面の中で、Vtuberが悔しそうな声を上げている。

うんうん、わかるぞその気持ち。


そんな風に、平和な時間を過ごしていた、その時だった。

ガチャリ、と静かにドアが開く音がした。

振り返ると、そこには玲奈が立っていた。部屋着姿で、腕を組み、じとーっとしたものすごく冷たい視線で俺を睨みつけている。


(うわ……なんだ、その目は……)


まるで、浮気現場に踏み込んできた彼女のような(経験ないけど)、そんな刺すような視線だ。

俺、何かしたっけ?


「ど、どうかしたのか? 玲奈」


俺は、イヤホンを外しながら、恐る恐る尋ねた。


玲奈は、無言のまま部屋に入ってくると、俺の目の前に仁王立ちになった。

そして、腰に手を当て、低い声で言った。


「……お兄ちゃん」

「は、はい」


「昨日……ゲーセンで、生徒会長と『デート』してたって……本当?」


「ぶっ!?」

俺は、噴き出しそうになった。デ、デート!? またその単語か!

しかも、なんで玲奈がそのことを知ってるんだ!?


「デ、デ、デートって……! い、一体、誰に聞いたんだよ、そんなこと!」


俺は、動揺を隠せずに聞き返す。


「クラスの友達」


玲奈は、冷たく言い放つ。


「昨日、駅前のゲーセンでお兄ちゃんが生徒会長と一緒にいるの見たんだって。『なんか、すっごいいい雰囲気だったよ~』って、ご丁寧に教えてくれた」


(うわー……見られてたのか……!)


俺は、頭を抱えたくなった。休日のショッピングモールなんて、知り合いに遭遇する可能性は考えておくべきだった。

しかも、よりにもよって、あの「デート」発言連発もしてたし……。


「あー……その……」


俺は、頭をかきながら、正直に答えるしかないと観念した。


「デートってわけじゃ、断じてないけど……まあ、ゲーセンで詩織先輩と一緒に遊んだのは……本当、だな」


その言葉を聞いた瞬間。

玲奈の顔から、サッと血の気が引いた。そして、まるで世界の終わりのような絶望的な表情で、よろめいた。


「……お兄ちゃんが……玲奈以外の女の子と……デート……した……!?」


その声は、か細く、震えていた。


「いや、だからデートじゃないって! なんで俺が誰ともデートできない前提なんだよ、失礼だろ!」


俺は、思わずツッコミを入れる。


しかし、俺のツッコミは、玲奈の耳には届いていなかったようだ。

彼女は、次の瞬間、床に崩れ落ち、まるで子供のように手足をバタバタさせて駄々をこね始めたのだ!


「やだやだやだやだぁーーーっ!!!! ダメダメダメダメ! 絶対ダメーーーっ!!!!」

「お、おい、玲奈!?」


「お兄ちゃんはモテちゃダメなの! 玲奈以外の女の子と仲良くしちゃダメなの! デートなんて、もってのほかぁーーーーっ!!!! うわぁーーーーーん!!!!」


玲奈は、本気で泣きじゃくりながら、床の上で転がり回っている。

その姿は、ただの独占欲の強い子供だ。


「……」


俺は、そんな玲奈の姿を見て、なんだか力が抜けてしまった。


(こいつ、本当に……俺のこと、なんだと思ってるんだ……?)


呆れと、少しばかりの困惑。そして、ほんの少しだけ……。


「……はぁ」


俺は、ため息をつきながら、しょんぼりとした声で言った。

「普通、妹ならさ……兄ちゃんに彼女ができたり好きな人ができたら、とか……応援してくれるもんじゃないのか……? 兄の幸せを、願ってくれてもいいだろ……?」


俺のその言葉に、床で暴れていた玲奈の動きが、ぴたりと止まった。

そして、ゆっくりと顔を上げる。その目は、涙で濡れていたが、どこか真剣な色を宿していた。


「……お兄ちゃんの、幸せ……?」


「……なんだよ、その反応は……」


俺は、なんだか嫌な予感がする。


次の瞬間。

玲奈は、ガバッ! と勢いよく身を起こした! そして、目をキラキラさせながら、俺に詰め寄ってきたのだ!


「……じゃあ! 玲奈とどこか行くのも、お兄ちゃんの幸せってこと!?」

「は……?」


「玲奈とデートするのも、お兄ちゃんの幸せに繋がるってことだよね!? ね!?」


その変わり身の早さと、謎理論!


「い、いや、そういう意味じゃ……」


俺が言いかけるのを遮って、玲奈はさらに迫ってくる。


「連れてってくれるの!? 玲奈のこと!」

「え……?」


「どこか、連れてってくれるんでしょ!? お兄ちゃんの幸せのために!」


期待に満ちた瞳で、俺の答えを待っている。


(……まあ、こいつがこうやって騒いでるよりは、どこか連れてってやった方が、俺の精神衛生上もいいか……)


俺は、半ば諦めの境地で、ため息をついた。


「……まあ、そうだな。この前のジェラート屋も、なんだかんだ美味しかったしな。また、今度の休みにでも、どっか寄るか?」


その言葉を聞いた瞬間!

玲奈の表情が、ぱあっと花が咲くように明るくなった!

さっきまでの絶望的な顔や、駄々をこねていた姿は、もうどこにもない。


「やったぁーーーーーー!!!!♡♡♡」


玲奈は、飛び上がって喜び、俺に抱きついてきた!


「お兄ちゃんだーいすき!♡」

「お、おい、苦しいって……」


俺は、玲奈の突然の抱擁に戸惑いながらも、まあ、機嫌が直ったならいいかと思うしかなかった。


そして、玲奈はすぐに俺から体を離すと、ふふん、と得意げに胸を張った。

さっきまでの駄々っ子ぶりは完全に消え去り、いつものふんぞり返ったメスガキモードに戻っている。


「ふっふっふーん♡ しょーがないなぁ、お兄ちゃんは♡ そんなにこの可愛い可愛い玲奈様と、どこか行きたいのならぁ〜? 特別にお出かけに付き合ってあげよっか?♡ 感謝しなさいよね、このダメお兄ちゃん♡」


(……お前が泣いて頼んできたんだろうが……)


俺は、心の中でそうツッコミを入れたが、口には出さなかった。


(……うん。俺は、空気が読める男なんだ……)


ここでそれを指摘したら、また面倒なことになるのは目に見えている。


俺が内心で自分を褒めている間、玲奈は腕を組み、真剣な表情で考え込んでいた。


(ふふん、お兄ちゃんとのデート、ゲット♡ でも、ただデートするだけじゃダメ……。あの生徒会長とのデートを超えなきゃ意味がない……!)


玲奈の頭の中は、どうすれば兄を「ぎゃふん」と言わせ、自分こそが一番だと認識させられるか、その計画でいっぱいになっていた。


(水族館? 遊園地? それとも、おしゃれなカフェ? いや、もっとお兄ちゃんの心に響くような……そうだ!)


玲奈の頭に、あるアイデアが閃いたようだ。その口元には、再び悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


「ねえ、お兄ちゃん♡ 今度のデート、玲奈にぜーんぶ任せてくれない?♡ 絶対に、お兄ちゃんをメロメロにしてあげるから♡ 覚悟しててよね♡」


「は? デートじゃないって言ってるだろ……。それに、メロメロって……」


俺は、玲奈の不穏な宣言に、一抹の不安を感じずにはいられなかった。


どうやら、俺の平穏な日々は、まだ当分訪れそうにないらしい……。

俺は、目の前で不敵な笑みを浮かべる妹を見て、深いため息をつくのだった。

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