26話 クレーンゲームと不意打ちの「デート」
ダンスゲームでのちょっとしたハプニングの後、俺たちはようやく詩織先輩のお目当てであるクレーンゲームコーナーへとやってきた。
色とりどりの景品が詰め込まれたガラスケースがずらりと並び、独特の電子音とアームの駆動音が鳴り響いている。
「おお……! これが……!」
先輩は、目を輝かせながら、一台一台のクレーンゲームを食い入るように見つめている。
その姿は、やはり初めておもちゃ屋さんに来た子供のようだ。
「先輩、欲しい景品ってどれですか?」
俺が尋ねると、先輩はハッとした表情で、ある一台のクレーンゲームを指さした。
「これだ! これだよ、秀一くん!」
興奮した様子で、俺の袖をぐいぐいと引っ張る。
その台の中には、様々なキャラクターのアクリルキーホルダーが、山のように積まれていた。
どうやら「文豪ストレートドッグス」という、文豪たちが異能力を使って戦う人気漫画のグッズらしい。
俺はタイトルくらいしか知らないが、詩織先輩はこの作品が大好きなのだと、以前熱く語っていたのを思い出す。
「私が欲しかったのは、これなんだ! この、探偵の太宰さんの、描き下ろしイラストのアクリルキーホルダー!」
先輩は、ガラスケースに額を押し付けんばかりの勢いで、特定の景品を指さしている。
その目は、完全に「欲しい」という欲求で燃えている。
「しかし……どうやって取るんだ、これは? この……アーム? を操作するのか?」
先輩は、クレーンゲームの操作レバーとボタンを、不思議そうに見つめている。
「あはは、そうですね。まずお金を入れて、このレバーでアームを動かして、ボタンで掴む、って感じです。ちょっとやってみますね」
俺は、財布から100円玉を取り出し、投入した。そして、レバーを操作してアームを太宰さんのキーホルダーの上へと移動させる。
「おお! 動いた!」
先輩が隣で感嘆の声を上げる。
「で、ここでボタンを押すと……」
アームが下降し、キーホルダーを掴もうとする。よし、いい感じだ!
アームはキーホルダーをしっかりと掴み、持ち上がり始めた。
「おおっ! 掴んだぞ!」
「いけるか……!?」
しかし、景品が持ち上がった頂点付近で、アームの力がふっと弱まり……。
ぽとん。
キーホルダーは、無情にも元の場所へと落下してしまった。
「ああっ……!」
先輩が残念そうな声を上げる。
「くそー、惜しかったな……。アームが途中で弱くなるタイプか……」
俺は少し悔しがる。
「なるほど、こうやって操作するのか。よし、次は私がやってみよう!」
先輩は、目を輝かせ、早速100円玉を投入した。そして、俺が教えた通りにレバーとボタンを操作する。
初めてとは思えない、なかなかスムーズな操作だ。しかし、やはりアームの力が弱いのか、景品を掴んでもすぐに落ちてしまう。
「むむむ……難しいな、これは……」
先輩は、3回ほど挑戦したが、うまくいかなかったようだ。少しだけ悔しそうに唇を噛んでいる。
「でも、持ち上がりはするんですね。だったら、何度かやれば取れるかもしれないですよ」
俺は、先輩の様子を見て、そう言った。
「ちょっと代わってもらっていいですか? 俺もちょっとムキになってきちゃって」
そう言って、再び100円玉を投入した。
先輩は、少し戸惑ったような顔で俺を見た。
「え? 秀一くん、君もこれが欲しかったのかい?」
「え? あー……うん、そうですね! このキャラ、かっこいいし!」
俺は、咄嗟にそう答えていた。なぜか、先輩が欲しがっているものを、俺が取ってあげたい、という気持ちが強くなっていたのだ。
それから、俺は何度か挑戦を繰り返した。惜しいところまではいくのだが、なかなか景品の穴へと落ちてくれない。
気づけば、投入した金額は2,000円近くになっていた。
「す、すまない、秀一くん……。私のせいで、こんなにお金を使わせてしまって……」
先輩が、申し訳なさそうな顔で言う。
「いや、大丈夫ですよ! ここまで来たら、意地でも取ります!」
俺は、完全にクレーンゲームの沼にハマっていた。
そして、次の1回。慎重にアームを操作し、角度を調整してボタンを押す。
アームがキーホルダーを掴み、ゆっくりと持ち上がる。頼む、今度こそ……!
アームは景品排出口の上までキーホルダーを運び……そして、ついに!
コトンッ。
軽い音を立てて、キーホルダーが排出口へと落下した!
「やったあっ!!!!」
俺は思わずガッツポーズを決めた! 隣では、詩織先輩が、信じられないといった表情で、目を見開いている。
「す、凄い! 凄いじゃないか、秀一くん!! 取れたぞ!」
先輩は、自分のことのように大喜びしている。
「君も、この太宰さんが好きなんだね! わかるよ、彼の魅力は計り知れないからな! 頭脳明晰で飄々としているようで、実は深い闇を抱えていて……ああ、素晴らしい!」
先輩は、取れた景品のことよりも、俺も同じキャラが好きだ(と勘違いしている)ことに興奮しているようだ。
俺は、そんな先輩の姿を見て、少しだけ罪悪感を覚えつつも、景品取り出し口からキーホルダーを取り出した。
「はい、先輩」
そのキーホルダーを、先輩の手にそっと乗せた。
「……え?」
先輩は、きょとんとした顔で、自分の手のひらの上のキーホルダーと、俺の顔を交互に見る。
「あの……秀一くん、これは……どういう……?」
戸惑う先輩に、俺は照れくささをごまかすように、鼻の頭を指先でかきながら、言った。
「いや……その……先輩にあげたくて、取りました」
「え……?」
「ほら、先輩が言ったんじゃないですか? 今日は……」
俺は、少しだけ意地悪な笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「……デート、だって」
冗談のお返し、のつもりだった。さっき、先輩が自爆していたのを、ちょっとだけからかってみたくなったのだ。
しかし、その言葉は、俺の予想をはるかに超える効果を発揮した。
「~~~~~~~~~~っ!!!!」
詩織先輩の顔が、一瞬で、耳まで真っ赤に染まった! まるで、熟したトマトのようだ。
「あ……っ、いや……! そ、そそそ、それは……! じょ、冗談で……!」
先輩は、完全にテンパってしまい、しどろもどろになっている。その狼狽ぶりは、さっきの比ではない。
(あれ? やりすぎた……?)
俺は、先輩のあまりの反応に、少しだけ焦る。
しかし、先輩は、何度か深呼吸をすると、なんとか冷静さを取り戻そうと努めたようだ。
そして、ゆっくりと顔を上げ、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。
その顔はまだ真っ赤だったが、表情は、とても、とても嬉しそうだった。
「ふふっ……」
先輩は、花が咲くような、満面の笑顔を浮かべた。
「……ありがとう、秀一くん」
そして、俺が渡したキーホルダーを、両手で大切そうに胸に抱きかかえる。
「これは……私の、宝物にする」
その笑顔の破壊力は、凄まじかった。
俺は、真正面からその笑顔を受け止め、心臓が大きく跳ねるのを感じた。
照れくささが、一気にマックスまで振り切れる。
「よ、喜んでもらえて、う、嬉しいです!」
俺は、もう先輩の顔をまともに見られなくなり、慌てて視線を逸らした。
「そ、そろそろ、帰りますか! 先輩! もう遅いですし!」
半ば逃げるように、俺はゲームセンターの出口へと歩き始めた。
「あ、ああ、そうだな」
先輩は、少し名残惜しそうな、でもやっぱり嬉しそうな声で答える。
そして、俺の背中に向かって、こう付け加えたのだ。
「……家に、帰るまでが、デート、だな!」
その声は、まだ少しだけ赤みを帯びていたけれど、楽しそうな響きを含んでいた。
仕返し、された……!
俺は、振り返ることはできなかった。だって、振り返らなくてもわかる。
俺の耳も、きっと先輩と同じくらい、真っ赤になっているはずだから。
ゲームセンターの喧騒を後にし、俺と詩織先輩は少しだけぎこちない距離感を保ちながら、夕暮れの道を並んで歩き始めた。
さっきまでの騒がしさとは違う、なんだか甘酸っぱいような、むず痒いような空気が俺たちの間を流れている。
この帰り道も、まだ「デート」なのだろうか。
そんなことを考えながら、俺はただ、赤くなった耳を隠すように、少しだけ俯いて歩くのだった。




