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25話 ゲーセン初心者と聖女の微笑み

「おおっ!」

ゲームセンターの入り口をくぐった瞬間、詩織先輩は感嘆の声を上げた。

その目は、まるで宝物庫に迷い込んだ子供のように、キラキラと輝いている。


「こ、ここがゲームセンター……! 凄い! なんという喧騒、なんという光量……!」


先輩は、色とりどりのゲーム機の光と音に圧倒されているようだ。


「幼い頃、母に連れられて一度だけ来たことがあるが……一体、何年振りだろうか……。漫画やアニメで見た世界が、今、目の前に……!」


そのリアクションは、まるで有名な観光地に初めてやってきた外国人観光客のようだ。


(まあ、そうだよな……)


俺は、そんな先輩の様子を見て、少しだけ納得した。

和泉の話によれば、先輩の家はかなり厳格で、アニメやゲームなどは「低俗なもの」として扱われてきたという。

ゲームセンターなんて、間違いなく禁止対象の最たるものだったのだろう。


「なあ! 秀一くん!」


先輩は、興奮した様子で俺の腕を掴んだ。


「あれが! あれが噂に聞く『クレーンゲーム』というやつだな!? 景品を掴んで取るという……! ど、どうやるんだ!? 私にもできるだろうか!?」


目を輝かせ、矢継ぎ早に質問してくる先輩。

その無邪気な姿は、普段の完璧な生徒会長からは想像もつかないほど可愛らしい。


「あはは、クレーンゲームも良いですけど、せっかく初めて来たんですから、それ以外のゲームも色々見てみませんか? 面白いゲーム、たくさんありますよ」


俺は、そんな先輩に笑いかけながら提案した。


「おお! それは良い考えだ! ぜひ見て回りたい!」


先輩もすぐに賛同してくれた。どうやら、未知の世界への好奇心が勝っているようだ。


俺たちは、色とりどりのゲーム機が並ぶフロアを歩き始めた。

格闘ゲーム、シューティングゲーム、レースゲーム……。

先輩は、見るものすべてが珍しいようで、「これは何だ?」「あれはどうやって遊ぶんだ?」と、目を輝かせながら俺に質問してくる。

その姿は、まるで社会科見学に来た小学生のようだ。


そんな中、先輩があるゲーム機の前で足を止めた。


「む? これは……太鼓?」


そこにあったのは「太鼓の鉄人」という、大きな和太鼓型のコントローラーが特徴的な音楽ゲームだった。


「秀一くん! これ、テレビで見たことがあるぞ! 楽しそうだった! やってみたい!」


先輩は、目を輝かせて俺を見上げる。


「ああ、太鼓の鉄人ですね。流れてくるマークに合わせて、この太鼓を叩くんですよ。赤いマークはドン、青いマークはカッを叩きます」


俺が簡単に遊び方を説明すると、先輩は「なるほど!」とすぐに理解したようだ。


「よし、やってみよう!」


先輩は、慣れない手つきで100円玉を投入し、バチを握りしめる。

初めてということで、まずは「ふつう」レベルの簡単な曲を選んだようだ。


曲が始まり、画面にマークが流れ始める。

最初は少し戸惑っていた先輩だが、すぐにコツを掴んだようで、リズミカルに太鼓を叩き始めた。

ドン、カッ、ドドカッカッ……。その動きは、驚くほど正確で、淀みがない。


そして、曲が終わると……。


「フルコンボだドゥン!!」


画面には、すべてのマークをタイミングぴったりで叩き、最高評価を獲得したことを示す表示が! しかも、ノーミス、パーフェクトだ!


「え……?」


俺は、唖然として先輩を見つめる。初めてプレイしたんだよな……?

しかも、ノーミスフルコンボ……?


「ふむ。思ったより簡単だったな」


先輩は、涼しい顔でバチを置いた。そして、こともなげに続ける。


「次は、もう少し難しいのでやってみよう」


そう言うと、先輩は2曲目の選択画面で、今度は迷うことなく「むずかしい」レベル、しかも超高速で複雑な譜面の曲を選んでしまった!


「え!? せ、先輩! その難易度はちょっと……!」

俺が慌てて止めようとするが、既に曲はスタートしてしまっている!


画面には、滝のように大量のマークが、目にも止まらぬ速さで流れてくる!

ドドドドドカカカカドドカカッ!!! 常人では目で追うことすら困難な譜面だ!


しかし、先輩は……!


「ふっ!」


鋭い気合と共に、バチを振るう! その動きは、さっきよりもさらに速く、正確!

目にも留まらぬ速さで、太鼓の面と縁を叩き分けていく! まるで、熟練の和太鼓奏者のようだ!

途中、何度かミスはあったものの、驚異的な精度でコンボを繋ぎ、見事にノルマゲージを達成してクリアしてしまった!


「ふぅ……」


曲が終わり、先輩は額にうっすらと浮かんだ汗を、手の甲で優雅に拭った。


「なかなか良い運動になった。これは楽しいな!」


満足そうな笑顔で、先輩は俺の方を振り返る。


「せ、先輩……なんでそんなに上手いんですか……?」


俺は、完全に度肝を抜かれて尋ねた。初めてプレイしたとは思えない、神業のようなプレイだった。


すると先輩は、こともなげに答えた。


「ああ、私は神社の娘だからな。巫女としての務めで、神楽の奉納舞踊を舞うことがあるんだ。その際に、本物の和太鼓を叩くこともあるからな。これくらいは出来て当然だ」


ふふん、と少しだけ得意げに微笑む。


(いや、奉納舞踊の太鼓と音ゲーの太鼓は、だいぶ違うと思うんだけど……)


俺は内心でツッコミを入れたが、先輩があまりにも自信満々に言うので「まあ、先輩がそう言うならそうなんだろうな……」と無理やり納得することにした。

この人、やっぱり只者じゃない……。


「む! あれは!? あれは何だ!?」


太鼓の鉄人に満足したのか、先輩は次に別のゲーム機を指さした。その視線の先にあるのは……。


「あ、あれは『ダンスダンスプレイ』ですね。画面の上から流れてくる矢印に合わせて、足元のパネルを踏むダンスゲームです」

「ダンスゲーム! それも楽しそうだ!」


先輩は、目を輝かせ、早速ダンスゲームの筐体へと向かっていく。


これも初めてのはずなのに、先輩は躊躇なく100円玉を投入し、ノリの良いアップテンポな曲を選んでプレイを始めた。

操作説明画面が終わると、画面に合わせて、軽やかにステップを踏む先輩。

しかし、太鼓の時とは違い、こちらはあまり得意ではないようだ。

全身を使って飛び跳ねる動きに、すぐに息を切らせ始め、ミスを連発している。


「あはは、これはなかなか難しいな!」


それでも、先輩は楽しそうだ。笑顔で、一生懸命ステップを踏み続けている。


そんな先輩の姿を見て、俺も微笑ましく思っていたのだが……。

ふと、ある一点に、俺の視線は釘付けになってしまった。


先輩が飛び跳ねるたびに……。

その豊かな胸が……。

左右別々に、大きくたゆん、と揺れている……!


その存在を主張するかのように、規則的に、そして魅力的に揺れ動く2つの膨らみ。それは、まるで……!


(ら、楽園は……ここに、あったのか……!?)


俺は、思わずゴクリと喉を鳴らし、その光景に見入ってしまっていた。

いかん、いかんとは思うのに、目が離せない!


しかし、次の瞬間。

ハッ!と我に返った俺は、自分の邪な思考に愕然とした。


(俺は何を見ているんだ! 相手は詩織先輩だぞ! 弟の友人として、純粋に応援しなければならないのに!)


パァンッ!!!


俺は、自分自身への罰として、思い切り自分の頬をビンタした! 鋭い痛みが走り、少しだけ理性が戻ってくる。


「ひゃっ!?」


俺の突然の奇行に、隣でプレイしていた詩織先輩が驚きの声を上げ、ステップを誤った。

そして、そのまま「GAME OVER」の文字が表示されてしまった。


「あ……」

「あはは……」


先輩は、少し照れたように笑いながら、ぜぇぜぇと息を切らせてステージから降りてきた。


「いやぁ、これはちょっと私には難しかったなぁ。秀一くんは上手いのかい?」

「え? あ、いや、俺もそんなに……」


俺は、まだジンジンと痛む頬を押さえながら、しどろもどろに答える。


すると先輩は、俺の赤くなった頬に気づき、心配そうに顔を覗き込んできた。


「……ん? 秀一くん、その頬、どうしたんだい? 何故自分で叩いたんだ……?赤くなっているが……」


「あ、いえ、これは……」


どう説明したものか……。まさか、先輩の胸を見て興奮した自分を罰するためにビンタしました、なんて言えるわけがない!


俺は、苦し紛れに、真顔で答えた。


「いえ……今、俺の心の中に、悪い虫がいたので……罰を与えました」

「……?」


先輩は、俺のよくわからない発言に、きょとんとした顔で首を傾げた。

しかし、すぐに何かを納得したように、ふわりと微笑んだ。


「そうか。よくわからないが……きっと、秀一くんなりの意味があるんだろうね。よしよし」

そう言うと、先輩はそっと手を伸ばし、俺の赤くなった頬を、優しく撫でてくれたのだ!


その手は、ひんやりとしていて、心地よい。そして、その慈愛に満ちた表情は、まるで……!


(せ、聖女様や……! このお方は、聖女様なんや……!)


俺は、心の中で、なぜか関西弁で叫んでいた。


(こ、こんな清らかなお方を、邪な目で見てしまうなんて……俺は、なんて罪深いんや……! ほんまに、すまんやで……!!)


俺が、聖母のような先輩の優しさに打ち震え、内心で懺悔している間も、先輩は心配そうに俺の頬を撫で続けてくれている。


「まだ痛むかい? 無理はしないようにね」


その声は、どこまでも優しく、俺の罪深い心に染み渡る。

ゲームセンターの喧騒の中で、俺は一人、聖女の慈悲に触れ、改心するのだった。

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