24話 放課後の待ち合わせと不器用なアシスト
放課後。俺、神崎秀一は、校門の前で少しそわそわしながら立っていた。
今日は、和泉と放課後にゲームセンターへ寄り道する約束をしている。
なんでも、最近入荷したクレーンゲームの景品に、和泉の姉さんである詩織先輩がどうしても欲しい物があるらしく、今日は先輩も一緒についてくることになっているのだ。
(詩織先輩も一緒か……)
正直、少し緊張する。美人で完璧な生徒会長である詩織先輩と、二人きりではないとはいえ、放課後に一緒に遊ぶというのは、なんだか特別な感じがする。
しかも、行き先がゲームセンターというのも、普段の先輩のイメージからは少し意外だ。
まあ、隠れオタクな一面を知っている俺からすれば、そこまで驚きではないが。
そんなことを考えていると、校舎の方から、すらりとした人影がこちらへ向かってくるのが見えた。
長い黒髪を風になびかせ、背筋をぴんと伸ばして歩く姿。間違いなく、詩織先輩だ。
「やあ、秀一くん。待たせたね」
先輩は、俺の姿を認めると、にこやかに手を振りながら近づいてきた。
歩く姿勢も綺麗で、放課後の少し気だるい空気の中で、彼女だけがキラキラと輝いて見える。
本当に、いつ見ても絵になる人だと思う。
「いえ、こちらこそ。俺も今来たとこです」
俺は、少し緊張しながらも、笑顔で答える。自然な笑顔、できてるかな?
すると詩織先輩は、俺の言葉を聞いて、ふふっと悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふ、まるでデートの待ち合わせのセリフみたいだな」
「なっ……!?」
予想外の言葉に、俺の顔が一気に熱くなるのを感じた。
で、デート!? せ、先輩、何を言い出すんだ!?
「な、何言ってるんですか、先輩! からかわないでくださいよ!」
俺は慌てて否定する。心臓がドキドキと高鳴っているのが自分でもわかる。
しかし、次の瞬間。俺はさらに驚くことになった。
「……っ!」
俺が反応するより先に、詩織先輩自身が先に顔を真っ赤に染めていたのだ。
「あ、いや、その、今のは、その……冗談、というか……!」
先輩は、しどろもどろになりながら、視線を彷徨わせている。
さっきまでの余裕綽々な態度はどこへやら、今は完全に動揺しているようだ。
(あれ……? 自分で言っておいて、自分で照れてる……?)
その様子がなんだかおかしくて、俺は思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……あはは!」
「な、何を笑っているんだ、秀一くん!」
先輩は、さらに顔を赤くして、少しだけむくれたように俺を睨む。
「い、いえ、すみません! なんか、先輩もそういう冗談言うんだなって思ったらおかしくて……」
「わ、私はいつでも真剣だし冗談だって言えるぞ!」
「いやいや、今のどう見ても照れてましたよ」
「て、照れてなどいない!」
そんな風に言い合っていると、俺のスマホが震えた。画面を見ると、和泉からの着信だ。
「あ、和泉からだ。もしもし?」
俺は電話に出る。
『お、おう、神崎か? 悪い!』
電話口の和泉の声は、なぜか妙に焦っているようだった。
「どうしたんだよ? もう校門で先輩と待ってるぞ」
『それが……! 急に用事ができちまって……! 今日、俺は行けなくなった!』
「は? 急用? マジかよ……」
なんだよ、せっかく楽しみにしてたのに。
「だったら、今日は諦めて、また後日、都合がいい日に仕切り直すか? 先輩に相談してみる」
『いや、ダメだ!!!』
和泉は、俺の提案を食い気味に否定した。その声は、必死さが滲み出ている。
『今日!行くのは今日が良いんだ! 絶対に今日、二人で行くんだ!』
「は? 二人って……俺と先輩だけでってことか?」
『そうだ!』
「いや、でも……」
『いいから! 俺のことは気にするな! 姉さんのことも頼む! 俺の分まで、仲良く、二人で、楽しんできてくれ! いいな!? 絶対だぞ!』
和泉は、一方的にそうまくし立てると「じゃあ、そういうことだから!」と言って、ブツリと電話を切ってしまった。
「お、おい! 和泉!?」
ツーツー、という無機質な音だけが耳に残る。
「…………」
俺は、スマホを耳から離し、呆然と立ち尽くした。
(な、なんだ今の……? あいつ、めちゃくちゃ必死だったな……。そんなに急な用事なのか? しかも、なんで俺たちだけで行けってあんなに念を押すんだ……?)
「……どうしたんだい? 一樹くんから?」
隣で、詩織先輩が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「あ、はい。それが……和泉の奴、急用ができたらしくて、今日は来られなくなったそうです。で……」
俺は、少し言い淀みながら続ける。
「……俺たちだけで、行ってこいって……」
その言葉を聞いた瞬間、詩織先輩の表情が、また微妙に変化した。驚きと、困惑と、そして……何かを察したような、複雑な色が浮かんでいる。
先輩は、はぁー、と深いため息をつくと、こめかみを押さえた。
「……なるほど……そういうことか……。あの子(一樹)の言っていた『協力』って、こういうことだったのか……」
小さな声で、誰に言うともなく呟いている。
「協力? 何のことですか?」
俺は、意味がわからず首を傾げる。協力って、何の?
「!」
俺の質問に、詩織先輩はハッとして、慌てて首を横に振った。
「い、いや! なんでもない! こっちの話だ!」
そして、無理やり明るい声を作って、言った。
「そうか、一樹くんは来られなくなってしまったか。それは残念だが……しょうがないな!」
先輩は、パンと手を叩き、俺に向き直る。その顔は、まだ少し赤い気がするが、笑顔を作っている。
「よし! それでは、気を取り直して……今日は、私と秀一くん、二人だけのデートだな!」
「で、で、で、デート!?」
またしても飛び出した「デート」という単語に、俺は再び動揺する! せ、先輩、さっき自分で照れてたのに、また……!
「っ……!!」
そして、やはりというか、言った直後に詩織先輩自身が、ぶわっと顔を真っ赤にして、その場にうずくまってしまった!
「……うぅ……だ、だから、これは、その、冗談、というか……!」
両手で顔を覆い、完全に自爆している。
(あー……もう……)
俺は、そんな先輩の姿を見て、なんとなく状況を理解した。
(先輩、俺が和泉抜きで二人きりになるのを気まずく思わないように、わざと慣れない冗談とか言って、場を和ませようとしてくれてるんだな……。優しい人だ……)
そう思うと、なんだか先輩が健気に見えてきて、俺は自然と笑顔になった。
「はは、先輩、面白いですね」
俺は、うずくまっている先輩の前にしゃがみ込み、笑いかける。
「そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。俺、先輩と二人で遊ぶの大好きですから」
俺としては、純粋に先輩とのオタクトークは楽しいし、一緒にいて気まずいなんてことはないよ、と伝えたかっただけなのだが……。
「………………へ?」
俺の言葉を聞いた詩織先輩は、顔を覆っていた手の隙間から、まんまるに見開かれた目で、俺を凝視した。
そして、そのまま、完全に固まってしまった。
その顔は、さっきよりもさらに赤くなっているように見える。
え? 俺、何か変なこと言ったか?
「…………………………」
「…………………………」
沈黙が流れる。
やがて、詩織先輩は、ぷるぷると小刻みに震え始め、次の瞬間、勢いよく立ち上がった!
そして、俺をビシッと指さして叫んだ!
「そ……っ、そういうとこだぞ、秀一くん!!!!」
その声は怒っているような、でも、どこか切ないような、複雑な響きを持っていた。顔は真っ赤なままだ。
「え……? ええ……?」
俺は、完全に意味がわからず、ただただ困惑するしかなかった。
そ、そういうとこって……ど、どういうとこ……? 俺、なんか怒らせるようなこと言った……?
「も、もういい! 行くぞ!」
詩織先輩は、ぷいっと顔をそむけ、スタスタと歩き始めてしまった。その歩き方は、どことなくぎこちない。
「あ、ちょ、先輩! 待ってくださいよ!」
俺は、わけがわからないまま、慌てて先輩の後を追いかける。
「……とりあえず、行きましょう、先輩」
追いついた俺は、先輩の隣に並び、努めて明るく声をかけた。
「……ああ」
先輩は、まだ少しむくれたような顔で、短く返事をする。
こうして、俺と詩織先輩のなんだかぎこちなくて、微妙な空気の漂う「二人だけのゲームセンターデート(?)」が幕を開けたのだった。
和泉の奴、一体何を企んでるんだか……。
俺は、そんなことを考えながら、赤くなったままの先輩の横顔を、ちらりと盗み見るのだった。




