第21話 月曜昼休み、秘密のオタクトーク
月曜日の昼休み。
賑やかな教室で弁当を広げようとした俺の元に、生徒会所属であるクラスメイトの一人がひょっこり顔を出した。
「神崎、生徒会長がお前を呼んでるぞ。生徒会室まで来てくれってさ」
「え? 俺が?」
思いがけない呼び出しに、俺は首を傾げる。生徒会長……つまり、和泉の姉さんか。
何か用事だろうか。まあ、大方予想はつくが。
「わかった、すぐ行くって伝えてくれ」
俺は食べかけのパンを鞄にしまい、席を立った。
(久しぶりの呼び出しだな……)
和泉の姉さん、和泉 詩織先輩は、三年生にしてこの学校の生徒会長を務める、まさに才色兼備を絵に描いたような人だ。
成績優秀、スポーツ万能、リーダーシップ抜群で、先生や生徒からの信頼も厚い。
黒髪ロングの清楚な美人で、男子生徒からの人気も絶大……らしい。
そんな完璧超人みたいな先輩に、俺のような平凡なオタク高校生が呼び出される理由は、ただ一つしかない。
生徒会室のドアの前に立ち、軽く深呼吸をしてからノックする。
「失礼します、二年の神崎です」
「どうぞ」
中から、凛とした、よく通る声が聞こえた。
ドアを開けると、そこには予想通りの光景が広がっていた。
生徒会室の中央の大きなテーブルでは、詩織先輩が数人の生徒会役員に囲まれ、何かの書類を指さしながらテキパキと指示を出している。
その姿は、まさに生徒会長という肩書きにふさわしい風格と威厳に満ちていた。
真剣な横顔は美しく、長い黒髪がさらりと肩に流れている。
そして……やはり、制服の上からでもわかる、その豊かな胸の膨らみ。
(……いやいやいや! 俺は何を見てるんだ! 失礼だろ、俺の馬鹿!)
俺は慌てて首を振り、不埒な視線を霧散させる。
いかんいかん、相手はあの和泉の姉さんで、しかも学校のトップだぞ。
俺の気配に気づいた詩織先輩が、ふっと顔を上げた。
そして、俺の姿を認めると、さっきまでの厳しい表情から一転、人懐っこい笑顔になった。
「おお、秀一くんではないか! よく来てくれたね」
先輩は気さくに手を振ってくれる。そのギャップが、彼女の魅力の1つでもある。
先輩は、周りにいた生徒会メンバーに向き直ると、パンッ、と軽く手を叩いた。
「よし、それでは今伝えた通りの手筈で行こう。各自、よろしく頼む。それでは、今日はこれで解散! お疲れ様」
その声には、有無を言わせぬリーダーの響きがある。
「「「お疲れ様でした!」」」
生徒会メンバーたちは、一斉に立ち上がり、先輩に一礼すると、足早に部屋を出ていった。
あっという間に、広い生徒会室には俺と詩織先輩の二人だけが残された。
「まあ、座ってくれたまえ」
詩織先輩は、そう言って俺に椅子を勧め、自分は給湯スペースでお茶の準備を始めた。
その手際の良さも、さすがという感じだ。
やがて、湯気の立つ緑茶が2つ、テーブルに置かれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
俺が礼を言うと、先輩は俺の向かいの席に座り、にっこりと微笑んだ。
「さて、今日秀一くんを呼んだのはね、他でもない。昨日、うちの愚弟と一緒に、私の本を買ってきてくれたそうじゃないか。そのお礼を言いたかったんだ。本当にありがとう」
詩織先輩は、そう言って丁寧に頭を下げた。
(こういうところが、本当にすごい人だよな……)
俺は感心する。生徒会長という立場でありながら、後輩の、しかも弟の友人である俺に対して、こんなにも律儀に礼を言うなんて。
普段、俺を散々パシる玲奈にも、少しは見習ってほしいものだ。
「いえ、そんな! 俺はただ自分が行きたかっただけなんで、全然気にしないでください。和泉にはいつも世話になってますし」
俺は慌てて謙遜する。
「ふふ、秀一くんは謙虚だね。それでも、ありがとう」
先輩は、柔らかく微笑む。その笑顔を見ていると、なんだか心が和む。
そして、先輩は一度咳払いをして、少しだけ姿勢を正した。
いよいよ、本題に入るようだ。その目は、さっきまでの穏やかなものから、少しだけ熱を帯びたものに変わっている。
「それでは本題だが……秀一くん」
「は、はい」
俺は、少しだけ身構える。
「昨日の夜、観たかね? 『機動戦士ガンダリア・ジークソード』、第二話を!」
キタ! やっぱりそれか!
俺は、待ってましたとばかりに、自信満々に頷いた。
「もちろんです! リアルタイムで視聴しましたよ! 先輩もですか?」
「当然じゃないか!」
詩織先輩は、パッと顔を輝かせ、ぐっと身を乗り出してきた。
その瞬間、さっきまでの完璧な生徒会長のオーラは消え去り、ただのアニメ好きの「同志」の顔になっている。
「いやあ~、素晴らしかった! 実に素晴らしかったね、昨日の第二話は!」
先輩の目は、キラキラと輝いている。お茶を飲むのも忘れて、興奮気味に語り始めた。
「キャラクターの掘り下げも良かったし、今後の展開を匂わせる伏線も巧みだったが……何よりも!」
先輩は、ぐっと拳を握りしめる。
「MSの戦闘シーンだろう! あの作画! あの演出! 特に、主人公機ジークソードが、新型の量産機相手に無双するシーン! たまらなかったねぇ!」
「わかります! あのビームサーベルの薙ぎ払いからの、シールドでの防御! そして、カウンターのビームライフル! 一連の流れが神がかってましたよね!」
俺も、興奮して応じる。
「そう! それだよ! あの重厚感! そしてスピード感! 近年のロボットアニメの中でも、群を抜いていると言っても過言ではない!」
「ですよね! 来週の新型ライバル機との対決も、めちゃくちゃ楽しみです!」
「ああ、予告を見ただけでも鳥肌が立ったよ! あの黒い機体……間違いなく強敵だ!」
こうなると、もう止まらない。
隠れオタクである詩織先輩は、普段、学校では完璧な生徒会長を演じているため、大好きなアニメや漫画について熱く語れる相手がほとんどいない。
だから、こうして時々、俺のような「話がわかる」後輩を人気のない生徒会室に呼び出して、溜まりに溜まったオタクトークを炸裂させるのが、彼女にとっての数少ない楽しみなのだ。
そして俺も、そんな先輩の「秘密」を知っていることに、どこか特別な優越感のようなものを感じていた。
学校のアイドル的存在である生徒会長と、二人きりで、誰にも知られずに共通の趣味について語り合う。
それは、ちょっとした秘密の関係っぽくて、正直、嬉しい気持ちもあった。
「それにしても、あのパイロットの少年、いいねぇ。普段は気弱そうなのに、MSに乗ると覚醒する感じが……」
「わかります! 王道ですけど、そこがいいんですよね!」
俺と詩織先輩の熱く、そして誰にも邪魔されないオタクトークは、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで、途切れることなく続いていくのだった。
この時間だけは、俺も日頃の妹絡みの悩みや昨日の鼻血事件のことなど、すっかり忘れることができた。やっぱり、オタ活は最高の癒しだ。




