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第20話 休日のオタ活と蘇る記憶の欠片

休日の昼下がり。俺、神崎秀一は、友人の和泉と一緒に路線バスで揺られていた。

昨夜の衝撃(主に玲奈の全裸突撃と鼻血事件)と、今朝の気まずい土下座イベントから解放され、俺の心はようやく平穏を取り戻しつつあった。

まあ、鼻血の件で玲奈に「ドスケベお兄ちゃん♡」と散々からかわれたのは余計だったが、母さんの鉄拳制裁のおかげで事なきを得た(?)。


今日の目的は、隣町の大型ショッピングモール内にあるアニメショップ「スイカブックス」。

俺のお気に入りのラノベ作家の新刊が発売されたのだが、スイカブックス限定の描き下ろし特典が付くらしく、わざわざ足を運ぶことにしたのだ。

近所の本屋でも買えるが、オタクたるもの、特典は絶対に逃せない。

和泉も、特に用事はないが「暇だから付き合う」と言ってくれた。

持つべきものは、なんだかんだ付き合ってくれる友人である。


「うおー、久しぶりにスイカブックス行くの、テンション上がるな!」


バスの窓の外を流れる景色を見ながら、俺は隣の和泉に話しかける。


「ああ。最近、色々あったからな、お前ん家」


和泉は、どこか遠い目をして言う。この前の昼休みの玲奈の豹変ぶりは、やはり彼にとっても衝撃だったらしい。


「う、うるせえな! うちのことは忘れろ!」

「忘れたくても忘れられねえよ、あの光景は……。妹さん、本当に大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫だって! たぶん!」


俺は、若干自信なさげに答えるしかなかった。


バスが目的地に到着し、俺たちはショッピングモールへと足を踏み入れる。

休日のモールは家族連れやカップルで賑わっていたが、俺たちの目的地はそんなリア充空間とは一線を画す、聖域サンクチュアリだ。


エスカレーターで三階へ上がり、フロアの奥に進むと、見えてきた。

「スイカブックス」の看板。その瞬間、俺のオタク魂に火がついた。


「キタキタキターーー!」

「お、おい、神崎、落ち着けって」


和泉に呆れられながらも、俺は逸る心を抑えきれず、足早に店内へと吸い込まれていった。


店内は、アニメや漫画、ゲーム関連のグッズで埋め尽くされており、まさにオタクの楽園だ。

新刊コーナー、画集コーナー、キャラクターグッズ、フィギュア、そして魅惑のガチャガチャコーナー……。どこを見ても目移りしてしまう。


「はぁ……最高……。ここに住みたい……」

「お前、毎回それ言うよな」


まずは目的の新刊と特典を無事にゲット。これで今日のミッションは半分達成だ。

その後は、店内を自由に散策する。


「おっ、このイラストレーターさんの新しい画集出てるじゃん! やべえ、表紙だけで神……」

「こっちの漫画、いつの間にか新刊出てたのか! 前の巻、どこまで読んだっけ……?」

「うお、このガチャ、ラインナップが俺得すぎる! ちょっと1回回してくるわ!」


最近、玲奈絡みのトラブルで心身ともに疲弊していた俺にとって、こうして友人と好きなものに囲まれて過ごす時間は、何よりの癒しだった。

和泉も、最初は俺のテンションに若干引き気味だったが、彼自身も好きなジャンルの棚を見つけると、目を輝かせて物色し始めた。

やっぱり、オタクはこうでなくちゃな。


色々なコーナーを見て回り、俺はある漫画の棚の前で足を止めた。


「ん? これって……!」


平積みされた新刊コミックの表紙に、俺は見覚えのあるキャラクターを見つけたのだ。


それは、俺がまだ小学生の頃、夢中になって見ていた魔法少女アニメ「マジカル☆ドリーマー ミユキ」のコミカライズ版だった。

確か、アニメ放送終了後に連載が始まったはずだが、まさかまだ続いていて新刊が出ていたとは。


「うわー! 懐かしい! ミユキじゃん!」


俺は思わず声を上げ、そのコミックを手に取った。

表紙には、主人公のミユキと、そのライバルキャラであるアニエスが描かれている。

キラキラした瞳のミユキと、少し意地悪そうに笑うアニエス。ああ、この構図、アニメのオープニングを思い出す……!


「なんだそれ? 神崎、そんなの好きだったのか?」


隣で画集を物色していた和泉が、俺の声に気づいて顔を向けた。

「おう! これ、俺が小学生の頃、めちゃくちゃハマってた魔法少女アニメなんだよ! まさかコミカライズがまだ出てるとは思わなかった!」

俺は興奮気味に語る。


「へえ、魔法少女ものか。俺はあんまり詳しくないんだよな。どんな話なんだ?」


和泉は、あまり興味なさそうに、しかし一応聞いてくれる。


「いや、もう最高なんだよ! 主人公のミユキも可愛いんだけど、俺が好きだったのはこっち!」


俺は、表紙のアニエスを指さした。ピンク色のツインテールをなびかせ、少し吊り上がった目でこちらを見ている、小悪魔的な魅力のあるキャラクター。


「このアニエスちゃんがさぁ! 小さい頃はすげえ好きだったんだよなぁ……」


俺は、懐かしさで胸がいっぱいになりながら語り始めた。


「普段はツンツンしていて、主人公のミユキに対して、いっつも意地悪ばっかり言うんだよ。『ふふん、まだまだ甘いわね!』とか『このアニエス様には敵わないんだから!』とかさ」

「へえ、典型的なライバルキャラって感じだな」


「そうそう! でも、ただ意地悪なだけじゃなくて、たまーにデレたり、ミユキがピンチの時にはなんだかんだ助けに来てくれたりしてな。そのギャップがたまんないんだよ!」


俺は、当時の熱い想いを思い出し、つい熱弁してしまう。


「あと、この見た目! ピンクのツインテで、ちょっと吊り目でさ。身長もミユキよりちょっと小さいんだけど、態度は誰よりもでかいんだよな。で、決め台詞が『ざーこ、ざーこ♡ もっと本気出しなさいよ!』だからな! この、主人公を煽ってくるメスガキムーブが、もう最高に可愛くてさぁ!」


そこまで一気に語り終えたところで、ふと我に返る。

いかん、つい熱くなってしまった。和泉はきっと引いてるだろうな……。


「……と、まあ、そんな感じのキャラなんだよ」


俺は、少し照れながら付け加えた。


しかし、和泉の反応は、俺の予想とは少し違った。

彼は、俺の話を聞きながら、何かを考えるように顎に手を当てていたが、やがてぽつりと言ったのだ。


「……なんか、それ……」

「ん?」


「お前の妹さんに、そっくりだな」


「………………は?」


和泉のその一言は、まるで雷に打たれたかのような衝撃を俺に与えた。


(……妹に? 玲奈に、そっくり……?)


俺は、ハッとして、改めてコミックの表紙のアニエスと、自分の記憶の中の玲奈の姿を重ね合わせた。


ピンクのツインテール。

少し吊り上がった大きな目。

小柄な体格。

そして……「ざーこ♡」と煽ってくる、あのメスガキムーブ……。


(……うそ、だろ……?)


言われてみれば、確かに……そっくりだ。

いや、そっくりすぎる。喋り方、態度、煽り文句……まるで、アニエスがそのまま現実に出てきたかのようだ。


(いやいやいや! そんなバカな! 偶然だろ、偶然!)


俺は、心の中で必死にその考えを否定しようとした。

いくらなんでも、そんな都合の良い話があるわけがない。

玲奈が、アニメのキャラクターを真似てるなんて……。


しかし、否定しようとすればするほど、別の記憶がまるでパズルのピースがはまるかのように、次々と思い出されてきたのだ。


――あれは、小学生の頃。リビングで、玲奈と一緒にこの「マジカル☆ドリーマー ミユキ」を見ていた時のこと。


『うおー! アニエスちゃん、超可愛いよな!』


興奮する俺に、隣に座っていた玲奈が、小さな声で尋ねてきた。


『……こういう子が、好きなの? お兄ちゃん』


当時の玲奈は、まだ引っ込み思案でおとなしい子だった。

俺は、そんな妹に、自分の「好き」を熱く語って聞かせたのだ。


『おう! このさー、ちょっと生意気な感じで煽ってくるところとか、たまんないよな! なんかこう、ゾクゾクするっていうか!』


あの時の、玲奈の表情……。どんな顔をしていたっけ……? 驚いていたような、何かを決意したような……?


そして、思い出す。玲奈の性格が少しずつ、今のようになったのは……ちょうど、あの頃からじゃなかったか……?

最初はぎこちなかった煽り文句も、中学に上がる頃にはすっかり板について……。


ゾクリ……。


背筋に、冷たいものが走った。

まさか……。まさか、玲奈は……俺の、あの時の言葉を聞いて……俺の「好み」に合わせるために……アニエスを、演じて……?


(いやいやいやいや! ないないない! 絶対にない!)


俺は、再び頭を振って、その恐ろしい仮説を打ち消そうとする。考えすぎだ。自意識過剰も甚だしい。

そんなこと、あるわけがない。玲奈が、俺のために、そんな……。


でも……。

もし、そうだとしたら……?

今までの玲奈の言動は……? 俺をからかって楽しんでいるだけじゃなくて……?


(……わからん)


完全に否定することもできず、かといって肯定するにはあまりにも突飛すぎる。頭の中がぐちゃぐちゃになってきた。


(……玲奈に、直接聞いてみるか……?)


一瞬、そんな考えが頭をよぎる。なあ、玲奈、お前、もしかして……って。


いや、ダメだ。

もし「そうだよ♡ お兄ちゃんの好みになるために、玲奈、頑張ったんだよ♡」なんて言われたら……俺は、どうすればいい?

その気持ちに、どう応えればいい?

逆に「はぁ? 何言ってんの、お兄ちゃん? キモーイ♡ 自意識過剰すぎでしょ、ザコお兄ちゃん♡」って笑われたら……それはそれで、めちゃくちゃ恥ずかしいし傷つく……。


(……どっちにしろ、怖い)


俺は、この疑問を、玲奈にぶつける勇気が出なかった。

これは、俺の中にだけしまっておこう。そう、きっと偶然だ。そうに違いない。


俺は、無理やり自分を納得させ、コミックを棚に戻した。なんだか、急にどっと疲れた気がする。


「……なあ、神崎」


俺が一人で葛藤していると、和泉が声をかけてきた。


「俺、ちょっと姉貴に頼まれてるグッズ見てくるわ。BLコーナー、どこだっけ?」

「BLコーナー? ああ、確かあっちの奥の方じゃなかったか?」


俺は、まだ少しぼんやりした頭で答える。


和泉の姉さん……確か、高校三年生で、うちの学校の生徒会長をやっている、才色兼備のすごい人だ。

黒髪ロングの美人で、スタイルも抜群(特に胸がすごい)。そんな完璧超人みたいな人が、まさか隠れオタクでしかもBLも好きだったとは、初めて知った時は衝撃だった。


「姉貴、最近ハマってる作家さんの同人誌が出てるらしくてさ。俺に買ってこいって……ったく、人使い荒いんだよな」


和泉は、やれやれといった感じで肩をすくめる。


実は、俺も和泉の姉さんとは面識がある。

というか、和泉経由で俺がオタクだと知った姉さんに、何度か「オタクトークの相手をしてほしい」と呼び出されたことがあるのだ。普段は完璧な生徒会長を演じている彼女が、俺の前では目をキラキラさせながら、推しカプの尊さや最新のアニメについて熱く語る姿は、なかなかにギャップがあって面白い。


「まあ、頑張れよ。姉ちゃんの頼みじゃ、断れないもんな」

俺が苦笑しながら言うと、和泉は「だよなー」とため息をつきながら、BLコーナーへと消えていった。


一人残された俺は、再びさっきの疑問に囚われそうになる。


(玲奈の、あの性格は、本当に……)


いや、考えるのはよそう。

今は、久しぶりのオタ活を楽しむんだ。そう、楽しむんだ……!


俺は、気分を切り替えるように、別の棚へと足を向けた。

しかし、頭の片隅には、ピンクのツインテールと「ざーこ♡」という声が、こびりついて離れないのだった。

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