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第19話 休日の朝と土下座と鼻血

休日の朝。

昨夜の衝撃的な出来事のせいで、俺は結局ほとんど眠れなかった。

重たい体を引きずってリビングへ向かうと、そこには予想通りの、しかしやはり異様な光景が広がっていた。


テーブルの前で、玲奈がちょこんと正座させられている。その前には、仁王立ちの母さん。

父さんの姿は見えない。おそらく、もう会社へ行ったのだろう。

リビングの空気は、朝の爽やかさとは裏腹に、ピリピリと張り詰めている。


(やっぱり、昨日の件で怒られてるんだな……)


俺は、そっとリビングに入りながら、玲奈の様子を窺う。彼女は俯き加減で、いつものような威勢は全くない。

耳が少し赤くなっているのは、怒られているからか、それとも反省しているからか。


俺の気配に気づいた母さんが、こちらを振り返った。


「あら、秀一、起きたの」


その声は、いつもより少し低い。


そして、母さんは玲奈の背中をポンと叩いた。


「ほら、玲奈。お兄ちゃんが来たわよ!」


母さんに促され、玲奈はびくりと肩を震わせた。そして、正座したまま、ゆっくりと俺の方を向く。

その表情は、なんとも言えない、しょんぼりとしたものだった。


次の瞬間、玲奈は深々と頭を下げ、額を床につけるほどの勢いで土下座をしたのだ!


「!?」


俺は、突然の土下座に面食らって後ずさる。


「お兄ちゃん……!」


玲奈は、土下座したまま、くぐもった声で言った。


「この度は……その……調子に乗りすぎて……誠に、申し訳ありませんでした……!」


その声は、涙声で震えていた。ここまで殊勝な態度の玲奈を見るのは、初めてかもしれない。

いや、昨日のホラーゲームの時もこんな感じだったか……?


「お、おい、玲奈……」


俺は、どう反応していいかわからず、戸惑ってしまう。


「二度と、あのような、はしたない真似は致しません……! なので、どうか……どうか、お許しください……!」


玲奈は、床に額を押し付けたまま、必死に謝罪の言葉を続ける。


(はしたない真似って……まあ、確かにそうだけど……)


昨夜の全裸突撃事件は、俺にとっても衝撃的すぎた。

しかし、こうして妹が土下座までして謝っている姿を見ると、怒りよりも、なんだか可哀想な気持ちの方が強くなってくる。


「……玲奈、もういいよ」


俺は、玲奈のそばにしゃがみ込み、その小さな頭にそっと手を置いた。


「え……?」


玲奈が、驚いたように顔を上げる。その大きな瞳は、涙で潤んでいた。


「なんであんなことしたのかは、正直よくわからないけど……俺は別に、怒ってないから」


俺は、できるだけ優しい声で言った。


「だから、もう謝らなくていいよ。ただ……もう二度と、あんな訳のわからないことはするなよ? 心臓に悪いから」


そう言って、俺は玲奈の頭を、わしゃわしゃと優しく撫でた。柔らかい髪の感触が、手のひらに伝わる。


「……お兄ちゃん……」


玲奈は、ぽかんとした顔で俺を見上げていたが、やがて、その目に安堵の色が浮かんだ。


「……ほら、玲奈」


母さんが、少しだけ和らいだ声で言った。


「お兄ちゃんも、こう言って許してくれたんだから。もうあんなはしたない事は、絶対に、絶対にしないこと! いいわね!?」


念を押すように、しかし先程までの怒気は消えている。


「……はい」


玲奈は、素直に頷き、母さんに手を引かれて立ち上がった。まだ少ししょんぼりとしていて、俯き加減だ。


俺は、そんな玲奈の姿を、苦笑しながら見守っていた。


(まったく、手のかかる妹だよな……。でも、まあ、反省してるなら……)


そう思った、次の瞬間だった。

しょんぼりと俯く玲奈の姿を見ているうちに、ふと、昨夜の光景が脳裏にフラッシュバックしたのだ。

何も身に着けていない、白い肌。少女特有の、華奢な体のライン。そして……。


たらり。


「……へ?」


何か、生温かいものが鼻から垂れてくる感覚。

指でそっと触れてみると、それは紛れもなく、赤い液体だった。


(……鼻血!?)


俺は、慌ててティッシュを探そうとする。まずい、玲奈や母さんに見られたら……!


しかし、時すでに遅し。

俺の異変に気づいた玲奈が、顔を上げた。そして、俺の鼻から垂れる血を見て、一瞬きょとんとした後……。


次の瞬間、その表情が、劇的に変化した!

さっきまでのしょんぼりとした顔はどこへやら、みるみるうちに満面の、そして最高に意地の悪い笑顔へと変わっていく!

目はキラキラと輝き、口元はニィィィィと三日月形に歪んでいる!


「わーーーーーーーーっ♡♡♡」


玲奈は、甲高い奇声を上げながら、俺に駆け寄ってきた!


「お兄ちゃん! 何その鼻血!? なになに〜?♡ もしかしてぇ〜、まさかまさかぁ〜〜〜♡」


玲奈は、俺の顔を覗き込みながら、それはそれは楽しそうに続ける。


「さっき玲奈のこと見ててぇ……昨日の、玲奈の、つるつるぴかぴかのお肌のことでも、思い浮かべちゃったのかなぁ〜?♡ ん〜?♡」


言いながら、俺の頬を人差し指でぐりぐりと突いてくる!


「きゃーーーーっ!!!! このスケベ! ドスケベお兄ちゃんだぁーーーーっ!!!! 私でいやらしいこと考えてたんだぁーーーーっ!!!!♡♡♡」


くっ……! 図星だ! 図星すぎる!


「ばっ! バカ! ちげえよ……! ちょっと疲れてただけだ!」


俺は、鼻を押さえながら、必死に否定する。しかし、顔は真っ赤になっているだろうし、何より事実なので、全く説得力がない!


「へぇー? 疲れてると鼻血が出るんだー? 学年首席の私でも知らなかったなぁ♡ ねぇ、ドスケベお兄ちゃん♡」


玲奈は、俺の周りをくるくると回りながら、さらに煽ってくる。こいつ、反省の色、どこ行ったんだ!?


「お前なぁ……!」


俺が、本気で怒鳴りつけようとした、その時。


ゴツンッ!!!


「いぎゃっ!?」


再び、母さんの鉄拳が玲奈の頭に炸裂した! 今度は、さっきよりも少しだけ手加減されているようだが、それでも十分な威力だ。


「反省しろって言ったでしょうが!!!」


母さんの怒声がリビングに響き渡る。


「うぅ……だ、だって、お兄ちゃんが……」


玲奈は、頭を押さえながら涙目で母さんを見上げるが、母さんの厳しい視線に、それ以上何も言えなくなったようだ。


俺は、鼻血をティッシュで拭きながら、心の中で深いため息をついた。


(……やっぱり、こいつはこうでなくちゃ、なのか……?)


反省したかと思えば、すぐにこれだ。本当に、この妹の思考回路は理解不能だ。

でも、まあ……いつもの玲奈に戻った、ということなのだろう。


俺は、母さんに叱られて再びしょんぼりしている玲奈と、そんな娘に呆れながらもどこか仕方ないなという表情の母さんを見て、なんだか少しだけおかしな気持ちになった。


これが、俺たちの日常。

騒がしくて、面倒で、時々(いや、かなり頻繁に)心臓に悪いけど。


でも、まあ……悪くないのかもしれないな、なんて。


鼻血を出しながら、俺はそんなことを考えていた。

休日の朝は、まだ始まったばかりだ。

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