第17話 夕暮れの帰り道、交差する想い
ジェラート屋を出て、駅へと向かう帰り道。
夕陽が長く影を落とす歩道を、玲奈と秀一お兄さんが並んで歩いている。
玲奈は相変わらずお兄さんの腕に絡みつこうとしては、「街中だからやめなさい!」と軽く叱られ、それでもめげずにじゃれついている。いつもの光景だ。
でも、今日の私、美月には、その光景がいつもと違って見えた。
私は、そんな二人の少し後ろを、とぼとぼと一人で歩いていた。
頭の中は、さっきのジェラート屋での自分の行動でいっぱいだった。
(なんで、あんなことしちゃったんだろう……)
顔から火が出るほど恥ずかしい。スプーンを差し出すなんて、まるで玲奈の真似みたいで。
しかも、あの流れなら、なんて……とっさの言い訳だったけど、我ながら苦しすぎる。
(あれじゃあ、まるで……「私もあなたのことが好きです」って言ってるみたいじゃない……)
自己嫌悪で胸が苦しくなる。私はもっとクールで、冷静なキャラだったはずなのに。
彼を前にすると、どうしてこうも自分らしくいられなくなってしまうんだろう。思い出すたびに、穴があったら入りたい気持ちになる。
ふと前を見ると、玲奈がお兄さんの腕を掴んで引っ張っている。
「ねーえ、お兄ちゃん、この後ゲーセン寄ってこーよー」
「ダメだ。もう遅いから真っ直ぐ帰るぞ」
「えー、ケチー。ザコ兄ちゃんのくせにー」
「誰がザコだ!」
じゃれ合う二人。その距離感が、妙に羨ましく思えた。
(いいなぁ、玲奈は……。いっつもお兄さんの隣にいられて。あんな風に、ベタベタできて……)
嫉妬心が、むくむくと湧き上がってくるのを感じる。
でも、すぐに別の考えが頭をよぎった。
(……でも、どんなに玲奈が望んだって、あの二人は兄妹だ。血が繋がってる。法律が結婚なんて絶対に許さない)
その事実は、冷酷だけど、確かなものだ。
(……それなら……)
心の奥底で、黒い計算高い考えが浮かんでくる。
(チャンスがあるのは、むしろ、私の方なんじゃ……?)
ハッとして、私は自分の思考に愕然とした。
なんてこと考えてるんだろう、私。親友の好きな人(しかも実の兄)に対して、そんな……。
しかも、玲奈の気持ちを利用するような……。
(最低だ……私……)
自分の性格の悪さに、今度は激しい自己嫌悪が襲ってきた。
ぐるぐると渦巻く感情に、頭が痛くなってくる。俯いて、ぎゅっと拳を握りしめた。
そんな風に自分の世界に入り込んでいたせいか、私は自分が二人から少し離れて一人で歩いていることに気づいていなかった。
そして、そんな私を、別の人間が「一人だ」と認識したことにも。
「ねえ、そこのお嬢ちゃん」
突然、すぐ隣から馴れ馴れしい声がかかった。
見上げると、金髪でピアスをした、見るからにチャラそうな男と、その連れらしき男が、ニヤニヤしながら私の隣に並んで歩いていた。
「一人? 可愛いねぇ。今から俺たちといいことしない?」
「俺たち、結構上手いよ~? 楽しいこと、いっぱい教えてあげる」
下卑た笑いを浮かべながら、男の一人が私の腕をぐっと掴んできた。
「っ……!」
瞬間、全身に鳥肌が立った。恐怖で体が凍りつき、声が出ない。
離して、と言いたいのに、喉がひきつって言葉にならない。
「あれ? 返事しないってことは、OKってこと?」
「だよなー。じゃ、行こっか。いい店知ってんだ」
腕を掴んだ男が、私を無理やりどこかへ連れて行こうとする。
もう一人の男も、私の行く手を阻むように前に回り込んできた。怖い。助けて。誰か――!
「おい」
その時、低く、しかし鋭い声が響いた。
さっきまで私の前を歩いていたはずの、秀一お兄さんだった。
彼は、いつの間にか振り向き、こちらへ歩み寄ってきていた。
その表情は、私が今まで見たことのないものだった。
いつもの穏やかさや、玲奈に煽られている時の困った顔とは全く違う。
眉間に深い皺が刻まれ、その目は、燃えるような怒りの色を宿していた。
まるで、獲物を狙う獣のような、鋭い眼光。
「お前ら……何やってんだ!!!!」
ドスの利いた怒鳴り声が、周囲の空気を震わせた。
男たちは、突然の怒声に驚き、動きを止める。
秀一お兄さんは、大股で近づいてくると、私の腕を掴んでいた男の手を力強く振り払った。
そして、私の体をぐっと引き寄せ、自分の腕の中に抱き寄せたのだ!
「!?」
突然のことに、私は息を呑む。彼の胸に顔が埋まる形になり、ドキドキと速い彼の心臓の音が直接伝わってくる。
彼の匂いと体温に包まれて、恐怖で震えていた体が、少しだけ落ち着くのを感じた。
「この子はな……俺たちのツレなんだよ!」
秀一お兄さんは、私をしっかりと抱きしめたまま、男たちを睨みつけて言い放った。
その声には、有無を言わせぬ迫力があった。
その後ろでは、玲奈が腕まくりをして、シャドーボクシングのようなファイティングポーズを取り、シュッシュッと素早く拳を繰り出していた。
その目は完全に据わっていて、本気でやる気満々といった様子だ。
……いや、なんでファイティングポーズ?
「……なんだよ、ツレがいたのかよ」
「ちっ、つまんねーの」
男たちは、秀一お兄さんの気迫と、その後ろで臨戦態勢に入っている(ように見える)玲奈の姿に気圧されたのか、悪態をつきながらもそそくさとその場を立ち去っていった。
男たちの姿が見えなくなると、秀一お兄さんは、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「おー、怖かった……。行ったか?」
さっきまでの怒りの形相は消え、いつもの少し頼りないような雰囲気に戻っている。
「美月ちゃん、大丈夫だった? 怖かったろ?」
そう言って、俺を抱きしめていた腕を緩めようとした。
「……って、あっ!」
その時、秀一お兄さんは自分が私を抱きしめていたことにようやく気づいたらしい。
顔を真っ赤にして、慌てて手を離そうとする。
「わ、悪い! ご、ごめん、つい……!」
しかし、彼の腕が離れようとした瞬間、私は、ほとんど無意識のうちに、逆に彼の体に強く抱きついていた。
彼の背中に腕を回し、顔を彼の胸にうずめたまま、私は震える声で言った。
「……怖かったです……」
それは、本当の気持ちだった。本当に怖かった。
でも、それだけじゃなかった。
彼の腕の中にいる安心感。彼が守ってくれたという事実。
そして、今、彼に自分から抱きついているという、この状況。
(あぁ……もう、ダメだ……)
私の心の中で、何かが決壊した。
さっきまでの自己嫌悪も、計算高い考えも、すべてが吹き飛んでしまうほどの、強い感情。
(お兄さんのことが……好きだ……)
(大好きだ……もう、抑えられない……)
自分の気持ちが、もうコントロールできないレベルに達してしまっていることを、私はこの瞬間はっきりと自覚した。
「あ、あの、美月ちゃん……?」
困惑した秀一お兄さんの声が頭上から聞こえる。
玲奈の「み、美月……?」という驚いた声も。
でも、今の私には、もう何も聞こえなかった。
ただ、彼の温もりと、高鳴る自分の鼓動だけを感じながら、私は強く、強く、彼を抱きしめていた。
夕暮れの帰り道。
私の心は、もう引き返せない場所へと、足を踏み入れてしまったのかもしれない。




