第16話 ジェラートと間接キスと乙女心
駅前に新しくできたというジェラート屋は、白を基調としたお洒落な外観で、店内は若い女性客で賑わっていた。
ガラスケースの中には、色とりどりのジェラートが宝石のように並んでいる。
ストロベリー、ピスタチオ、チョコレート、マンゴー、抹茶……。見ているだけで心が躍るような光景だ。
「わぁー! きれーい!」
「可愛い! どれも美味しそう!」
玲奈と美月は、ショーケースに顔を近づけ、目をキラキラさせながらはしゃいでいる。
さっきまでの微妙な空気はどこへやら、今は完全にスイーツを楽しむ女の子モードだ。
(ふふ、玲奈もこういう時はちゃんと女の子なんだな)
俺は、そんな二人の様子を少し離れたところから微笑ましく眺めていた。
普段のメスガキっぷりからは想像もつかないが、こういう普通の女子高生らしい一面を見ると、なんだか安心する。
俺が壁に寄りかかって二人を見守っていると、ふいに美月がこちらを振り返った。
「お兄さんも、早く選んでください」
そう言って、美月は俺の腕を軽く引き、玲奈との間に入れてくれた。
「あ、ああ、そうだな」
促されるままにショーケースを覗き込む。なるほど、これは確かに迷う。
どれもこれも美味しそうだ。期間限定の桜フレーバーも気になるし、定番のミルクも捨てがたい。うーん……。
俺が優柔不断に悩んでいると、玲奈がポンと手を叩いた。
「そうだ! みんなで違うのを選んで、ちょっとずつシェアしよ! そしたら色んな味が楽しめるじゃん!」
「お、それナイスアイデアだな!」
俺もその提案に賛成する。美月もこくりと頷いた。
それぞれ好みのフレーバーを選び、注文する。
俺は悩んだ末にラムレーズン、玲奈はストロベリーミルフィーユ、美月はピスタチオを選んだ。
カップに盛られたジェラートは、見た目も華やかで食欲をそそる。
店内は満席だったので、俺たちはジェラートを受け取ると、近くの公園のベンチで食べることにした。
春の午後の公園は、穏やかな日差しと心地よい風が吹いていて気持ちがいい。
ベンチに腰掛け、早速ジェラートを一口。
「ん……! うま!」
濃厚なミルクの風味と、ラム酒の香りが口の中に広がる。
レーズンの食感もいいアクセントだ。なるほど、これは話題になるはずだ。
想像以上の美味しさに、俺は思わず唸ってしまった。
「でしょー? 美月のピスタチオも美味しいよ」
「うん、玲奈のストロベリーも美味しそうだね」
隣で玲奈と美月も、それぞれのジェラートを堪能しているようだ。
和やかな雰囲気でジェラートを楽しんでいた、その時だった。
「ねえ、お兄ちゃん」
玲奈が、俺の方に向き直った。その手には、自分のストロベリーミルフィーユをすくったスプーンが握られている。
「ほら♡ シェアしようって言ったでしょ?♡ あーん♡」
玲奈は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、そのスプーンを俺の口元へと差し出してきたのだ!
「!?」
俺は、咄嗟に身を引いた。
「お、おい、玲奈! あーん、って……自分のスプーンで食べるからいいって!」
いくら妹とはいえ、人前で、しかも美月もいる前で「あーん」なんてできるわけがない!
しかも、玲奈が使ったスプーンで……!
しかし、玲奈は俺の抵抗などお構いなしだ。
「だーめ♡ シェアするって言ったんだから、ちゃんと玲奈のあーん、受け取らないと♡」
「いや、だから……!」
俺が口を開けて反論しようとした瞬間を、玲奈は見逃さなかった。
すぽっ。
「んぐっ!?」
玲奈は、俺の口の中に、強引にスプーンをねじ込んできた!
甘酸っぱいストロベリーの風味と、サクサクしたパイ生地の食感が口の中に広がる。
美味しい、美味しいのだが……!
「……ぷはっ! お、お前なぁ!」
俺が抗議しようとすると、玲奈は満足そうにスプーンを引き抜き、ケラケラと笑い始めた。
「あはははは! やーい、ひっかかったー♡」
そして、勝ち誇ったような顔で、とんでもないことを言い放ったのだ。
「うわぁ〜! お兄ちゃん、玲奈と間接キスしちゃったねぇ♡ もう、ケダモノ! ケダモノお兄ちゃんだぁ〜♡」
人差し指を俺に向け、楽しそうに煽ってくる。
「お前が無理やりやったんだろうが!!」
俺は顔を真っ赤にしてツッコミを入れる。こいつ、本当に俺をからかうためなら手段を選ばないな!
俺と玲奈がそんな騒がしいやり取りをしていると、隣に座っていた美月が、俺の袖を、くいっと軽く引っ張った。
「ん? どうした、美月ちゃ……」
俺が振り向くと、そこには、信じられない光景が広がっていた。
美月が、顔を真っ赤にしながら、自分のピスタチオジェラートをすくったスプーンを、こちらに差し出していたのだ。
その目は潤んでいて、恥ずかしさでいっぱいなのが伝わってくる。
でも、その手は、かすかに震えながらも、しっかりと俺の方に向けられている。
「…………え?」
俺は、一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。頭が真っ白になる。
え? 美月も? 俺に? あーん? なんで?
隣で騒いでいた玲奈も、親友のまさかの行動に、目を丸くして固まっている。
「み、美月……?」
その場の空気が、一瞬で凍りついた。
公園の穏やかな午後の風景とは裏腹に、俺たちのベンチの上だけ、時が止まったかのようだ。
「っ!!!」
最初に我に返ったのは、美月本人だった。
彼女は、自分が何をしてしまったのかに気づき、ハッとした表情で、慌ててスプーンを引っ込めた。
そして、顔をさらに赤くしながら、両手をブンブンと横に振って弁解し始めた。
「い、いや、あの、違うんです! その……! れ、玲奈がああいうことしてたから、その、流れで、私も、なんか、こうするべきなのかなって、思っちゃって……! あの、深い意味はなくて!!」
しどろもどろになりながら、必死に言い訳をする美月。その姿は、なんだかとても痛々しい。
「な、なるほど……!」
俺も、ようやく状況を理解し、慌ててフォローを入れる。
「そ、そうだよな! うん、流れだよな! 気を使わせちゃってごめん! 玲奈も! こんな所で調子に乗りすぎるからだぞ!」
俺は、矛先を玲奈に向け、その頭をわしゃわしゃと撫でて(というか掻き乱して)誤魔化す。
「いひゃい!? お、お兄ひゃん!」
玲奈は、突然の攻撃に抗議の声を上げるが、俺は聞かない。
「み、美月、ごめんね〜、変に気を使わせちゃったかな……?」
頭を撫でられながらも、玲奈は申し訳なさそうに美月に謝る。
「ほ、ほら! 早く食べないと、ジェラート溶けちゃうよ!」
美月は、まだ顔を赤らめたまま、無理やり話題を逸らすように言った。
「あ、ああ、そうだな!」
俺もその言葉に乗り、残りのジェラートを急いで口に運ぶ。ラムレーズンの味が、なんだかよくわからなくなっていた。
その後、俺たちはどこかぎこちない空気のまま、黙々とジェラートを食べ終えた。
玲奈のいつもの煽りも、今日はなんだか控えめだ。
美月は、時折ちらちらと俺の方を見ているような気がするが、目が合うとすぐに逸らしてしまう。
(……なんだったんだ、今の……)
俺は、さっきの美月の行動の意味を考えようとしたが、どうにも腑に落ちない。
流れ? 俺に気を遣って? あの赤面ぶりは、それだけでは説明がつかないような……。
いや、考えすぎか。きっと、玲奈の突飛な行動に付き合ってくれただけなんだろう。そうに違いない。
俺は、そんな風に自分を納得させながら、溶けかけたジェラートの最後の一口を味わった。
甘いはずのジェラートが、なんだか複雑な後味を残しているような気がした。
公園のベンチには、春の午後の日差しと、三人の高校生の微妙な空気だけが、静かに漂っていた。




