第12話 美月の初恋と懐かしい記憶
帰り道、美月はまだ頬が熱いのを感じていた。
夕焼けに染まる道を一人歩きながら、彼女の脳裏には、さっきの神崎秀一との会話が繰り返し蘇ってくる。
特に、あの何気ない頭を撫でられた瞬間の感触が。
「なんで、こんなに動揺してるんだろ……」
美月は小さく呟き、自分の胸に手を当てた。
まだドキドキしている心臓を落ち着かせようとするが、うまくいかない。
そして、ふと昔の記憶がよみがえってきた。
――まだ小学生だった頃。
美月が初めて玲奈の家に遊びに行ったのは、確か小学校2年生の時だった。
当時の玲奈は、今とは全く違って、おとなしくて引っ込み思案な子だった。
長いまつげの下から、人を見上げるような瞳で、小さな声でしか話さないような子。
「アイスクリーム、どれがいい?」
「え、えっと……」
「ほら、遠慮しないで。好きなの選びな」
そんな玲奈の兄、秀一が初めて美月に話しかけてくれた時のことを、彼女は鮮明に覚えている。
当時小学3年生だった彼は、玲奈や美月より一つ上というだけで、なんだか頼もしく見えた。
美少女の玲奈の兄だけあって、整った顔立ち。同学年の男子たちとは違う、落ち着いた雰囲気があった。
「メロンアイス……好き」
「そっか。じゃあ、これね」
そうして、初めての玲奈の家での遊びが始まった。
その後も、美月は何度か玲奈の家に招かれた。鬼ごっこをしたり、トランプをしたり、時には宿題を一緒にやったり。
そんな時、秀一お兄ちゃんもよく加わってくれた。
「どうしたの? その問題、難しい?」
「う、うん……」
「ここはね、こうやって考えるんだよ」
宿題を教えてくれる時の、優しく丁寧な説明。
鬼ごっこの時は、わざとスピードを落として捕まえやすくしてくれたり、トランプでもこちらの状況を見て、時々わざと悪い手を出してくれたり。
そんな細かい気遣いに、美月は徐々に気づいていった。
同い年の男子と違って、秀一お兄ちゃんは、自分たちより1つ年上というだけなのに、妹や友達を思いやる優しさを持っていた。
そして時々、ポンポンと頭を撫でてくれる仕草に、美月の小さな胸は、知らないうちにときめいていたのだ。
「今思えば、あれが初恋だったのかな……」
美月は、今日改めて感じた胸のときめきに、ようやく気づいた。
長い間、その感情は忘れられていた。玲奈の奇行に振り回されることが多くなり、彼女のブラコン症状に辟易としながらも付き合っているうちに、自分自身の感情は後回しにしていたのだ。
しかも、小学校卒業してからは、玲奈の兄と直接会う機会もほとんどなかった。
「でも、久しぶりに会ったら……」
美月は、頬に手を当てた。今さっき、あの笑顔と頭を撫でられた感触で、すべてが蘇ってきたのだ。
「まだ……好きなんだ……」
その事実に気づいてしまった美月は、立ち止まり、深いため息をついた。
「あぁ〜……困ったな……これは……」
頭を抱える美月の姿を、沈みかけた夕陽が赤く照らしていた。
玲奈の「お兄ちゃんは玲奈のもの」という断固たる主張。
親友の絶対的なブラコン。そして、自分自身の再確認した感情。
この三角関係は、どうなっていくのだろう。
美月には、まだわからなかった。
ただ一つ確かなのは、玲奈がこの事実を知ったら、とんでもないことになるだろうということだけだった。
「とりあえず……秘密にしておこう」
美月は小さく呟くと、再び歩き始めた。
春の夕暮れは、少女の淡い初恋の記憶と、新たに目覚めた感情を包み込みながら、静かに深まっていくのだった。




