第10話 校舎裏の告白現場とお兄ちゃん
昼休み。俺と和泉は、クラスで出たゴミをまとめた大きなビニール袋を二人で抱え、校舎裏にある焼却炉へと向かっていた。
春の日差しは暖かいが、校舎の影になる裏手は少しひんやりとしている。
「しかし、今日のゴミ当番、なんで俺たち二人なんだかなぁ」
和泉が、眼鏡の位置を直しながらぼやく。
「女子どもが『重いから男子お願い~♡』って押し付けてきたからだろ」
「まあ、そうだったな……。神崎、お前、昨日の寝不足はもう大丈夫なのか?」
「あ、ああ、まあなんとか……」
昨夜の悶々とした夜を思い出し、俺は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。
和泉にはソシャゲのせいということにしてあるが、本当の理由は口が裂けても言えない。
そんな他愛ない話をしながら、校舎の角を曲がろうとした、その時だった。
前方、焼却炉の手前の少し開けたスペースに、見慣れた二人の女子生徒と、見慣れない男子生徒の姿が見えたのだ。
ピンクのツインテールが揺れている。間違いなく、玲奈だ。
その隣には、親友の佐伯美月。そして、玲奈の正面には、少し緊張した面持ちで、同じ一年生らしき男子生徒が立っている。
なんだか、妙な空気感だ。
「ん? あれ、玲奈ちゃんたちじゃないか?」
和泉も気づいたようだ。
俺は、咄嗟に和泉の腕を掴み、角の物陰へと引きずり込んだ。
「わっ!? なんだよ、神崎!」
「しっ! 静かにしろ!」
俺は人差し指を口に当て、小声で囁く。なんだか、見てはいけない場面のような気がしたのだ。
いや、むしろ見ておかなければならないような……? 兄としての妙な勘が働いていた。
「何してんだよ、俺たちゴミ捨てに来たんだろ?」
和泉は怪訝そうな顔をしている。
「いいから、ちょっとだけ様子を見ようぜ。なんか、雰囲気ヤバくないか?」
俺はそう言って、壁の隙間からそっと校舎裏の様子を窺った。和泉も、仕方ないなといった表情で、俺の隣から覗き込む。
ちょうど、玲奈の前に立つ男子生徒が、意を決したように口を開くところだった。
「か、神崎さん!」
男子生徒の声は、緊張で少し上ずっている。
玲奈は、きょとんとした顔で男子生徒を見上げている。
その表情は、普段俺に向けるような小生意気なものではなく、どちらかというと無表情に近い。
隣の美月は、少し不安そうな顔で二人を見守っている。
「あの……俺、一年B組の田中って言います!」
田中と名乗った男子生徒は、ぐっと拳を握りしめ、続けた。
「入学した時から、ずっと神崎さんのことが……好きでした!」
……は?
俺は、耳を疑った。い、今、こいつ、玲奈に……告白したのか!?
「どうか……俺と、付き合ってください!」
田中くんは、深々と頭を下げた。その姿は、青春ドラマのワンシーンのようだ。だが、俺の心境はそれどころではない。
(れ、玲奈に告白!? マジかよ!?)
妹がモテるというのは知っていたが、実際に告白されている現場を目撃するのは初めてだった。
なんだか、自分の知らない玲奈の一面を見たようで、妙に落ち着かない。心臓がドクドクと音を立てている。
隣の和泉も、驚いたように目を見開いている。
「おい、神崎……これって……」
「……静かにしろって」
俺は小声で和泉を制し、固唾を飲んで玲奈の返答を待った。
玲奈は、しばらく黙って頭を下げている田中くんを見下ろしていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
その声は、驚くほど落ち着いていて、丁寧なものだった。
「田中くん、だっけ?」
「は、はい!」
田中くんが顔を上げる。その目には、期待と不安が入り混じっている。
「気持ちは、すごく嬉しいです。私のことをそんな風に見ていてくれたなんて、光栄です」
玲奈は、ふわりと微笑んだ。それは、普段俺が決して見ることのない、まるで天使のような、完璧な美少女スマイルだった。
(な……なんだ、あの笑顔は……!?)
俺は衝撃を受けた。いつものメスガキ煽り顔しか知らない俺にとって、その微笑みは破壊力が高すぎた。
和泉も「おお……」と感嘆の声を漏らしている。
しかし、玲奈の次の言葉は、田中くんの期待を打ち砕くものだった。
「でも……ごめんなさい」
玲奈は、綺麗に、そして深々と頭を下げた。
「その気持ちには、応えられません。本当に、ごめんなさい」
その断りの言葉は、非常に丁寧で、相手を傷つけまいとする配慮が感じられるものだった。
だが、その意思は明確で、揺るぎないものに聞こえた。
「……そっか。……わかった」
田中くんは、一瞬、悲しそうな顔をしたが、すぐに無理に笑顔を作った。
「ううん、こっちこそ、急にごめん! ……ありがとう、神崎さん」
彼はそう言うと、少しだけ寂しそうに肩を落とし、トボトボと校舎の方へと歩き去っていった。
その後ろ姿は、なんとも言えず哀愁が漂っている。
(……断った、か)
俺は、なぜか少しだけホッとしている自分に気づいた。いやいや、別に、俺は玲奈の彼氏とかじゃないし!
ただ、兄として、変な男に引っかからないか心配だっただけだ! うん、それだけだ!
田中くんの姿が見えなくなると、隣にいた美月が、やれやれといった感じで大きなため息をついた。
「はぁ……。あんた、また断ったのね」
「うん」
玲奈は、さっきまでの天使スマイルはどこへやら、いつもの少しクールな(というか、興味なさげな)表情に戻っていた。
「しかし、これで今月入って何人目よ? 五人? 六人?」
美月は呆れたように言う。
「さあ? 数えてないから知らない」
玲奈は、まるで他人事のように答える。その口調には、先程の丁寧さは微塵もない。
「ほんっと、モテるわねぇ、あんたは……。まあ、これだけ可愛ければ当然かもしれないけどさ」
「別に」
玲奈は、肩をすくめて、そっけなく返す。
「悪いけど、有象無象にモテたって、しょうがないの」
「う、有象無象って……!」
美月は、玲奈のあまりの言い草に、言葉を失っている。
「あんたねぇ、告白してくれた人に失礼でしょ! もうちょっと言い方ってもんが……」
「だって、事実じゃん? 玲奈には、もう心に決めた人がいるんだから。他の男の子なんて、どうでもいいんだもん」
玲奈は、ふふん、と少しだけ得意げに笑う。その視線は、どこか遠くを見ているようだ。
(心に決めた人……?)
俺は、玲奈の言葉に首を傾げた。
(なんだよ、玲奈にそんな好きな奴がいたのか? 初耳だな……。まあ、俺に言うわけないよな。どうせいつもみたいに俺をからかって、困った顔を見て楽しむだけだろうし)
「はいはい、どうせまたお兄さんのことでしょ。ほんと、あんたのブラコンも大概にしなさいよ……」
美月は、心底うんざりしたように頭を抱えている。
(は? なんでそこで俺の名前が出てくるんだよ。バカか美月。いつもオモチャにされてるだけだっての……)
俺は、内心で呆れた。玲奈にとって俺なんて、からかって遊ぶための「楽しいおもちゃのザコお兄ちゃん」でしかないだろう。
「心に決めた人」なんて、そりゃあ別にいるんだろうなと思っていた矢先の美月の発言だ。彼女も相当疲れているんじゃないか?
玲奈が、満足そうに鼻を鳴らした、その時だった。
ふと、玲奈の視線が、俺たちが隠れている物陰の方へと向けられた。
そして、その大きな目が、俺の目と、ばっちりと合ったのだ。
「!」
玲奈の目が、驚きに見開かれる。
(やばっ!!)
俺は、心の中で叫んだ。見つかった! 最悪のタイミングで!
俺が咄嗟に身を隠そうとした時には、もう既に遅かった。
玲奈の表情が、驚きからみるみるうちに、それはそれは楽しそうな、悪戯っぽい笑顔へと変わっていく。
ニィィィィィ、と口角が吊り上がり、目が細められる。いつもの、俺を煽る時の顔だ。
「あーーーーーーっ!!」
玲奈は、わざとらしく大きな声を上げ、俺たちが隠れている場所をビシッと指さした。
「お兄ちゃんだぁーーーーっ!!!」
その声に、俺はもちろん、隣の和泉も、そして少し離れたところにいた美月も、びくりと肩を震わせる。
玲奈は、ぴょんぴょんと跳ねるようにして、俺たちが隠れていた物陰から俺を引きずり出した。
「なになにぃ〜? お兄ちゃん、そこでこそこそ何してたのぉ〜?」
玲奈は、俺の顔を下から覗き込むようにして、ニヤニヤと笑っている。その距離が近い!
「もしかしてぇ……玲奈のこと、覗いてたのぉ? うっわぁ、悪趣味〜♡」
くっ……! ち、違う! たまたま通りかかっただけで……!
「そーんなに玲奈のことが気になっちゃうんだぁ? ねぇ? どんだけ玲奈のこと好きなのぉ、この覗き魔お兄ちゃんは♡ ん〜?♡」
玲奈は、俺の腕に自分の腕を絡ませ、ぐいぐいと体を押し付けてくる。甘い香りと、柔らかい感触(胸以外)が……!
「や、やめろ玲奈! ちが、俺は別に覗いてたんじゃ……!」
俺は顔を真っ赤にしながら、必死に弁解しようとするが、玲奈にはまったく効果がない。
「へぇー? 覗いてなかったんだー? じゃあ、なんで物陰に隠れてたのかなぁ? 教えてよ、覗き魔お兄ちゃん♡」
クスクスと笑いながら、俺の頬を人差し指でツンツンと突いてくる。
「………………」
俺は、ぐうの音も出なかった。完全に言い訳できない状況だ。
そんな俺たちのやり取りを見ていた二人の友人は、それぞれ対照的な反応を示していた。
「はぁ……始まったわ、玲奈の病気が……」
美月は、深いため息をつき、こめかみを押さえている。
玲奈のこの「兄限定メスガキ煽りモード」には、もう慣れっこなのだろう。諦めの境地といった表情だ。
一方、俺の隣にいた和泉は……。
「…………え? か、神崎……? あの、神崎の妹さんって……いつもこんな感じ、なの……?」
完全に困惑し、目を白黒させていた。
それもそのはずだ。和泉が知っている玲奈は、成績優秀、品行方正(表向きは)、そして誰にでも優しい笑顔を振りまく、学校のアイドル・神崎玲奈だ。
兄である俺に対してだけ、こんなにも口が悪く態度もでかく、そして煽りスキルがカンストしているメスガキモードを発動するなんて、夢にも思っていなかったのだろう。
普段の玲奈とのギャップに、彼の脳内キャパシティが追いついていないようだ。
「あ、いや、和泉、これはその、なんていうか……」
俺は、友人にどう説明したものかと、さらに顔を赤くしながら言葉に詰まる。
「ねーえ、お兄ちゃん聞いてるぅ?♡ 玲奈のこと、そんなに好きなら、ちゃーんと正面から見に来ればよかったのにぃ♡ 覗き見なんて、変態さんみたいだよぉ?♡ ねぇ、変態お兄ちゃん♡」
玲奈の煽りは、止まることを知らない。むしろ、俺が困惑し、友人の手前で赤面しているのを見て、ますます楽しんでいるようだ。
(くそっ……! なんでこうなるんだ……!)
俺は、心の中で絶叫した。
ただゴミを捨てに来ただけなのに。なぜか妹の告白現場を目撃し、そして最終的には「覗き魔」「変態」呼ばわりされる羽目に……。
校舎裏には、玲奈の楽しそうな煽り声と、俺の情けない悲鳴、そして友人二人の困惑と諦めが入り混じったカオスな空気が満ちていた。
俺の受難は、どうやら昼休みになっても続くらしい……。




