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作者: 藻ノ かたり

僕は、ビルの屋上に立っている。しかし、時間は真夜中だ。何日もかけて、管理の甘いビルを探し出し、今ここにいる。


寒風吹きすさぶ中、僕は柵を越えて、屋上の端へと進み出た。眼下には街灯が灯るのみで、人かげはない。そういう場所を、選んだのだ。これなら、誰かを巻き添えにする心配はないだろう。


学校での度重なるイジメ、教師たちの無理解・無関心。かつての友人たちは後難を恐れ、僕から離れて行った。もう、自らの命を絶つしか道はないのだ。だが、只では死なない。イジメの証拠となる動画や録音を、予約投稿でその手のサイトにアップしておいた。加害者、傍観者、いずれも無傷では済まないだろう。


だがそうなっても、本質は何も変わらない。僕は、この世に絶望したのだ。よって、僕の決心は変わらない。


”さぁ、これで全て終わり。僕がいつも望んでいた「永遠の静寂」へと旅立とう”


希望への第一歩を踏み出そうとしたその時である。僕の目の前に、青紫色の光の球が現れた。


戸惑う僕に、光が語りかける。


”君はどうやら、この世界に絶望したらしいね。それなら、私の願いを聞いてくれないだろうか?”


僕は戸惑った。死への恐怖は既にないと思っていたが、やはりそれは存在し、こんな幻を見せているのだろうか。


”断っておくが、これは夢や幻ではない。現実だ”


光りは、僕の心を見透かしたかのように、そう言った。


「あなたは、誰だ?」


僕が間の抜けた質問をすると、光はこう答えた。


”私は宇宙人だよ。地球を破壊しに来た”


突拍子もない話だが、なぜだが僕はそれを否定する気にはなれなかった。光が僕の心に直接話しかけているせいか、光の方の心もこちらへと伝わって来る。


「その宇宙人が、僕に何の用?」


冥土の土産に、話を聞いてみるのもいいかなと、僕は話に乗ってみた。


”地球を破壊する許可をくれないか?”


光りは、おもむろにそう言い放った。


地球を征服したり、破壊する宇宙人の話なんぞは腐る程あるわけで、僕は大して驚かない。でも、なんで僕にそれを聞くんだろうか、という疑問は残った。


「悪いけど、僕はこの星の代表じゃない。僕がOKと言ったって、どうなるもんじゃないよ」


荒唐無稽の話に対して、僕は理路整然と答える。


”いや、それはどうでもいい。これは、言い訳というか手続きなんだ。地球の様な未開の星を破壊する時は、この程度の大雑把な話で許されている”


光は、事もなげに答えた。


破壊する目的を聞いてみると、破壊した後、宇宙人に有用な資源を回収するのだという。その方が、侵略するよりも効率的なんだそうだ。


僕は少しだけ考えた後、彼の頼みを受け入れた。今まで阻害され、無視され続けた僕が、地球の運命を決するなんて楽しいじゃないか。大切な人なんかいない。怨み重なる連中ばかりの世の中だ。


”もちろん、君には特別な報酬が与えられる。何か望みはあるかい? もちろん、地球が破壊される事が前提になるわけだがね”


光の思いがけない申し出に、僕は暫し戸惑った。これから死のうとしていた僕の望みって何だろう?


あぁ、そうか。僕は何事もない静かな世界を望んでいた。そしてそれが、永遠に続く事を……。


僕は光にそう伝えると、光はそれを了承した。


”じゃぁ、地球を破壊するぞ。いいな?”


光は念を押したかと思うと、その輝きを急激に増していった。僕は光に包まれながら、今までの人生を振り返った。もちろん、嫌な事ばかりではない。楽しい事も沢山あった。でも、どこかで分かれ道を間違えてしまったのだ。


じゃぁ、間違えなけなければ良かったのか? 今から、修正は出来ないのか?


僕の中へ、急に希望の輝きが差し込んでくる。


僕はその可能性を、自分で否定しようとしていないか?


自問する僕の中に、”やりなおしたい”という思いが芽生え始めた。


「おい、やっぱり駄目だ。許可は取り消す」


光りは一瞬、更に大きく輝きだしたかと思うと「それは残念だ」と言って、瞬時に僕の前から消失した。


辺りは先ほどと変わりなく闇夜につつまれ、僕はあいかわらず屋上の端にいる。


「もう一度、頑張ってみよう」


そう心に決めて、屋上の入口へ向かおうとした時、にわかの突風が僕を襲った。


「あ……」


よろめいた僕のか細い声は闇に掻き消され、その身は地上へと向かってまっすぐに落ちて行った。



「はっ!」


僕は、そこで目を覚ました。夢だったのだ。窓から差し込む朝日が、僕の顔を照らす。


「最近、この夢を見る事が多いな。やっぱり、心のどこかに後悔があるんだろうか」


僕は、窓から見える紫色の地平に目を向けた。


夢というのは、全くの架空の場合もあるが、疑似的な現実の場合も多い。あの時、こうすれば良かった、ああすれば良かったと、いわば違う選択肢を夢の中で選ぶのだ。


今、僕が見た夢。それもそんな中の一つであり、途中までは紛れもない現実だ。どこまでが現実かだって? それは光が最初、急激に輝き出した所まで。


夢の中の僕は、思いなおして許可を取り消すが、実際の僕は、そんな事はしなかった。地球は瞬時に破壊され、見るも無残な瓦礫の山と化したのだ。


そして僕は”約束通り”、永遠の静寂を手に入れた。


光は僕を最果ての無人惑星へと連れて行き、見晴らしの良い場所へ小さな施設を建てた。そして永遠の命を得るために、僕の頭部は切り取られ培養カプセルの中に入れられる。カプセルは窓のすぐ近くに置かれ、僕はこの小さな瓶の中で、誰にも邪魔される事のない永遠の静寂を楽しむのである。


僕の選択は、間違っていたのだろうか?


僕は、時々そう思う。だけど、まぁいいだろう。考える時間は、この先、無限にあるのだから。


【終】



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