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07 動き出した劇団と王の書斎


「そんなわけで現在、劇団のメンバーはここにいる八人しかいません。役者が三人、衣装係、脚本家、作曲家、私とハンカルの運営二人、それだけです」

「え、待てよ。ディアナも入れたら役者は四人だろう?」


 ラクスの問いに、私は首を振る。


「私はもう役者として舞台に上がるつもりはないよ、ラクス」

「え! なんでだ? 俺たち役者を引っ張っていってたのはディアナじゃないか」

「演劇クラブでは教える人が最初私しかいなかったから、私も舞台に立って演技したけど、今はもうみんな経験も積んで、十分演じられるようになったでしょう? だから今から私は劇団や、その他のエンタメのプロデュースに力を入れたいんだ。それに、これから劇団ではミュージカルをバンバンやりたいから」

 

 私がそう言うと、ヤティリが「ああ」と頷く。

 

「エルフであるディアナが、舞台の上で歌う訳にはいかないからね」

「そうなんだよね」

 

 歌と踊りは、エルフの象徴だった。かつて敵対し、滅びたエルフのことを、人間はまだ忘れていない。エルフは魔女の使い。魔女は数万年前から二千年前までの長い間、人間を恐怖によって支配していた。その時代に二度と戻りたくない人間たちは、魔女がいなくなったあと、発見した魔石術という魔法の力を使ってエルフたちを狩ったのだ。そして、それまでエルフと人間を繋ぐ役割を持っていた歌と踊り、音楽というものを禁止した。

 

「私の存在は一応認めてもらえたけど、歌に関しては別だから」

 

 エルフが滅びて一千年後に現れた私のことを、学院の六年間で何とか「いてもいい存在」まで持って来れた。けれど、エルフが表立って歌を歌うことは、かつての魔女時代を思い起こさせるという理由で許されなかった。人間の苦難の歴史を思えば、それも仕方ないと思う。

 

 それに、私の夢はエンタメのプロデュースだもんね。

 

 前世で見つけた、二つ目の夢。それをこの世界でも叶えていくつもりなのだ。

 私が舞台に立たない理由に納得したみんなに、私は言葉を続ける。

 

「とにかく、このメンバーで十一の月の公演を成功させなければなりません。そこで考えた演目が、三人で行うミュージカルです」

「三人で?」

「え、出来るの?」

 

 驚くラクスとファリシュタに、私はニコリと笑う。

 

「もちろん、出来るよ。演劇には一人芝居だってあるんだから、三人もいれば立派なミュージカルになるよ」

「俺と、ケヴィンとファリシュタで歌を歌って演技をするのか? 盛り上がるか? それで」

「六年生の時のミュージカルは大人数だったからねぇ。ラクスが心配するのもわかるけど、大丈夫だよ。ヤティリには夏の間その脚本を書いてもらってたから」

 

 私とラクスの会話に、ケヴィンが「ちょっと待て」と手を上げる。

 

「私は二年前に卒業したから、まだミュージカル? というものを見たことがないんだが」

「ケヴィン様にはこの二年でやった劇の脚本を送ったではないですか」

「文章で書かれてあるものと、実際に目で見るものは違うだろう。特に、歌の場面に関してはさっぱりわからなかったんだ」

「ああ、確かにそうですね……ではあとでラクスとファリシュタにやってもらいましょうか。六年生のミュージカルでは二人で歌う場面が多かったですし」

「え……俺も歌うのか? やべぇ、覚えてるかな」

 

 顔をギクリとこわばらせるラクスにくすりと笑って、私はみんなの方を向く。

 

「脚本の内容は、男女三人によるミュージカル・ドラマで、舞台はここアルタカシークの貴族社会です」

 

 この短期間で舞台を作るには、まず衣装がすぐに用意できることが必須だ。この世界と異なる設定では衣装が間に合わないし、初めて演劇を見るお客さんにも内容が伝わりにくい。そこで時代は今、この貴族社会という身近な話にした。

 

「主役は三人。それぞれがある悩みを抱いていて、見ている人にも共感してもらえる作品になってます。まずはこの演目で十一の月の公演を大成功させて、そこで改めて新メンバーの募集をしたいと思ってます」

「まずは実際に観てもらって、客の心を掴むということか」

「そうです、ケヴィン様。まずは演劇、ミュージカルのファンを増やします。一度観れば、きっと好きになってくれる人がいるはずですから」

「それはまあ……演劇クラブで実証済みだな。問題は、本当にこの三人の芝居で成功を収められるのかということだ」

「ふっふっふん、そこは大丈夫ですよ。なんせケヴィン様も、ラクスもファリシュタも、今まで主役経験がある才能ある人たちですから!」

 

 私が胸を張ってそう言うと、みんなが笑い出す。

 

「相変わらず、演劇に関しては自信満々だな」

「だって私がすごいと思ってスカウトしたメンバーだもん。成功する未来しか見えてないよ、ラクス」

「ははは、そっか。ディアナが言うなら、そうなんだろな。よし、もう決まってんならやるしかないか」

 

 ラクスはニカっと笑って、腕ぐるぐる回して気合いのポーズを入れるが、ケヴィンは少し不安げだ。

 

「私はまだ歌を習ってないからな。踊りや演劇をするのも二年ぶりだし」

「なんだ、ケヴィン。今さらビビってんのか?」

「ビビってるわけではない! それにラクス、いい加減呼び捨てにするのはよせ。もう其方も成人したのだろう。貴族としての礼儀を……」

「成人しても、ケヴィンは俺の大事な戦友だからいいだろ。ディアナだって劇団の中では今まで通りでいいって言ってるんだし」

「今までの態度に敬意がなさすぎるんだ!」

「それはもう、諦めてくれよ」

「なんでだよ!」

 

 そのケヴィンのツッコミに、私は思わず吹き出す。

 

 このやりとり、懐かしい!

 

「あははは、やっぱりいいですねぇ。二人の漫才。最高です」

「褒められても嬉しくない」

「今回の脚本にもケヴィン様のツッコミが冴え渡る場面も入れてますから、楽しみにしててください」

「そんなもの入れるな!」

「お客さんをどっかんどっかん笑わせましょうね」

「そんな笑い方をする貴族がいるか!」

 

 止まらないケヴィンのツッコミにお腹を抱えながら、私はみんなに円陣を組むように促す。

 

「これから劇団の始まりの儀式をしましょう」

「おお、いいな」

「演劇クラブを思い出すね」

「四ヶ月ぶりですわ」

「私は二年ぶりだ」

 

 みんなが輪になって、それぞれ手を前に差し出す。少し成長したとはいえ、やっぱり私一人だけ背が低い。

 

「皆さん、こうして劇団に来てくれて、本当にありがとう。ちょっと予想外なことが起こりましたが、才能あるみんながいてくれたら、なにも怖いものはありません」

「ちょっとではないだろう……」

「初公演まであまり時間はないですが、絶対にいいものが出来ると信じて、頑張っていきましょう。二ヶ月後、ここに来たお客さんたちが大満足で帰ってくれることを祈って……今日からディアナ劇団、始動します!」

「「おお!」」

「「はい!」」

 

 気合いの言葉とともに手を上に掲げ、そのあとみんなで拍手をする。

 世界唯一の劇団の始まりだ。

 

 

 

 劇団の練習が始まったその数日後、私の姿は王の書斎にあった。劇団の仕事を終えた夕刻にクィルガーから使いがやってきて、呼び出されたのだ。

 クィルガーは私がこの世界で目が覚めた時に、禁忌のエルフである私を助けてくれた騎士で、彼がアルタカシークの王に使える側近だったことで、この国で貴族として生きられるようになった。私の恩人であり、私の養父だ。王の書斎がある塔に呼ばれる時は、大体彼から知らせが入る。

 

 王の書斎にくるの、久しぶりだなぁ。

 

 六年前学院に入ったあと、とある事件をきっかけに、私はアルタカシークの王であるアルスラン様と密接に関わるようになった。虚弱王と呼ばれ、人前に姿を現さなかったアルスラン様が側近以外入らせなかった王の塔に、私は秘密裏に通うことになり、そこで彼の健康を支える特別補佐の仕事をすることになったのだ。ちなみにここへは私の側近たちも来られない。

 生まれつき体が弱く、毒湧き病を抱えるアルスラン様は、自分のことより民のことを第一に考えてる人で、彼に食事と運動の大切さを知ってもらうのにとても苦労した。

 

 色んなことがあったけど、毒湧き病も無くなって……ようやく健康な体になったんだよね。本当によかった。これからは思う存分ムキムキになってもらおう。うん。

 

 学院を卒業してから彼と会う機会は減っていたが、たまに会うとどこかホッとした表情をして、ご飯もたくさん食べていたので、体調は良さそうだった。運動をして体づくりも始めたらしいので、健康に関しては大丈夫だろう。

 王の間から王の書斎と呼ばれるようになった吹き抜けのある塔の一室は、相変わらず本に埋もれて雑然としている。ここで過ごす時間は減っているはずなのだが、隙あらば本を読み漁るという生活は変わっていないらしい。

 

「んもう〜、また本タワーが増えてる……このままじゃアルスラン様、本に埋もれて動けなくなっちゃうよ」

 

 そう文句を言いながら、いつも通り本を片付け始める。この部屋の掃除をするようになって五年経つので、もう慣れたものだ。ここであった出来事を思い出しながら、私は鼻歌を歌う。

 ここは、居心地がいい。私にとっても特別で、安心する場所だ

 私はそっと胸元に手を当てる。その服の下には、アルスラン様と交換した透明の魔石のネックレスがある。その感触を確かめていると、彼が言った約束の言葉が蘇った。

 

『私の命が続く限り、其方の側にいると誓おう。決して一人にはせぬ』

 

「命が続く限り……」

 

 その言葉にふふ、と声を漏らすと、書斎の外の廊下からコツコツと複数人の足音が聞こえてきた。エルフの耳がピクリと動き、その音がアルスラン様と側近のクィルガーとソヤリであることを告げる。

 持っていた本を脇に置いて、私はサッと立ち上がって書斎の出入り口に向かって軽く恭順の礼をとった。

 

「おかりなさいませ、アルスラン様」

「……ああ、戻った」

 

 ……ん?

 

 頭を下げていた私は、その声にバッと顔を上げた。

 そこには、疲れた表情を隠そうともしない、ぐったりとしたアルスラン様が立っていた。

 

 

 

 

劇団の館での生活がスタートしました。

そして久しぶりの王の塔での再会。

ちなみにアルスランはこの塔に入るまでキリッとしてました。


次は 夕食と本の感想会、です。

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