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06 メンバーがいない理由


 バルコニー席から出た私たちは、次にホールの大階段を下りた階の入り口から会場に入り直す。そこは一階席になっていて、入り口のすぐ横に二階席へ上る階段があった。


「本当だ。舞台まで階段状になってるんだな。学院の大教室みたいだ」

「そうそう、客席はみんな大教室を参考に作ってるから」

 

 アルタカシークには椅子に座る習慣がほとんどない。基本的に床に絨毯を引いた上に、ヤパンと呼ばれる厚みのある座布団を置いてそこに座る。学院でもその文化なので、教室の椅子は階段状になっていて、そこにローテーブルを置いて勉強する形だった。

 そのためこの観客席も石で作られた階段に、背もたれ付きのヤパンを置いている。あぐらで座ってもいいし、前の席の方に降ろしてもいいように隙間も確保した。もちろんヤパンも長時間座っても大丈夫なくらい、かなり厚みを持たせている。

 

「うわぁ……いいヤパンだね。刺繍も凝ってるし。高そう」

「高位貴族から特殊貴族までいろんな身分のお客さんを想定してるからねぇ。高位貴族を基準に作るしかなかったんだよ」

 

 ファリシュタにそう説明していると、ケヴィンが首を傾げた。

 

「身分別に座席が決まってるわけじゃないのか? ザガルディの闘技場は身分によって買える席が違うが……」

「それはしませんよ。学院の時と同じく、私はどんな身分の人にも等しく劇を観てもらいたいって思ってますから。ただ、席によって見えやすさ、聞こえやすさは変わるので、チケット代は変わります。いい席ほど高くなるので、必然的に下位の貴族は取りにくくなるかと」

「なるほどな……まあそれは闘技場でも同じだから仕方ないだろう。高位貴族に用意されたエリアの中でも席によって値段は違うから」

「お母様も言ってました。本当は前の方で試合を見たかったのに、そこは高位貴族のエリアだから入れなかったんだ、って」

 

 私の言葉にエルノがくすりと笑う。

 

「姉上は……闘技場が好きだったんだっけ。私は興味がなかったから一度も行ったことはなかったよ」

「お母様は武闘派だからねぇ」

 

 そんなことを言いながら舞台の方へ歩いていき、前方に設置されている大きな横長の穴の手前まで進む。舞台の前にパカっと広がっているその穴に、みんなが目を丸くした。

 

「これはなんですの? 舞台の前にこのような穴があると危ないのでは?」

「これは音出し隊ピットだよ、イリーナ。ここで音出し隊のメンバーが音楽を奏でるの」

「まあ! 音出し隊専用の穴ということですの?」

 

 私たちの会話に驚いたエルノが、前に出てきて穴を覗く。

 

「こ、ここで私が演奏するの?」

「そうだよ、エルノ。貴族劇場は今までの会場とは違って、場所が限られてるから、舞台と客席の間に専用のエリアを作ったの。もちろん音もよく響くように設計してあるよ」

 

 私が作ったのは、前世でいうオーケストラピットのことだ。生演奏で上演するオペラやミュージカルでは、客席面から一段下がった場所にオーケストラがスタンバイして演奏していた。生演奏ではない場合は穴を塞ぎ、その上に客席を設置することもできる。

 これもオペラ座を参考にして作った場所だ。

 

「結構広いけど……今は私しか演奏者はいないよ?」

「これはある程度音出し隊メンバーが増えてから使うことになるかな。今はエルノしかいないから、録音筒を使って上演するしかないし。今日はみんなに見せたくて開けただけだから、ちょっと蓋するね」

 

 私はそう言って、会場の端に立てかけられていた床材を移動の魔石術で動かして、ピットの上に被せていく。それが終わると、私はまた移動の魔石術を唱えて、舞台の上に設置されている木製の緞帳を開けた。真ん中からパカっと滑らかに横にスライドした緞帳は、そのまま舞台の左右にある壁の中へ入っていく。

 そうして現れた舞台に、ラクスが感激の声を上げた。

 

「おお! 綺麗だな! 上に行っていいか?」

「もちろんだよ。ラクスが踊れるかどうか、確かめてくれる?」

「任せとけ!」

 

 ラクスは目を輝かせて、舞台正面に設置された木の階段を上って舞台へと上がり、そこで床の感触を確かめながら、ふわりと跳んだ。

 ダン! と着地してまたふわりと跳ぶ。

 

「おお、いいな! 跳びやすい!」

 

 彼は何度か跳ぶと、次にくるくるとその場で回転したり、ステップを踏む。最後にジャーンとポーズを決めて、そして目を見開いた。

 

「うわぁ! すげぇな、この景色」

 

 彼が見ているのは私たちがいる客席だ。舞台からは一階席から四階席まで一気に見渡せる。今までの客席とは違い、天井に近い場所から下まで席で埋まっているのだ。大教室の舞台とも、古代劇場の舞台とも違った景色が目の前に広がっている。

 他のメンバーたちもみんな舞台に上がって、そこからの眺めに驚きの声を上げた。

 

 

 それから舞台裏、照明が設置された屋根裏、舞台袖やその奥にある楽屋を一通り案内し、私たちは再び舞台に戻ってきて、思い思いにその場に座る。

 初めて会場を見た興奮が、ある程度落ち着いたのを見計らって、ケヴィンが口を開いた。


「其方の作った劇場がすごいのはわかった。よくここまで独創性のある豪華な建物を造ったと思う。……それで? なぜ私たち以外に貴族のメンバーがいない事態になってるんだ?」

 

 舞台の端や最前席に座ったみんなの間に立っていた私は、目を瞑ってふう、と息を吐く。

 

「……貴族の追加メンバーがいない理由は二つあります。一つは、アルタカシークの大人の貴族が、思った以上に私を警戒していたこと。もう一つは、この劇場を作るために、私に余裕がなくなったことです」

 

 私は学院を卒業してから四ヶ月の間に起こったことを、順番に説明し始める。

 まず五の月、この月は貴族の結婚式が行われ、その続きで社交シーズンが始まる。私も成人した貴族ということで家族の向かう社交に同行した。もちろん、世界唯一の禁忌のエルフである私を、忌避的とまではいかなくても、怪訝な目で見てくる人たちもまだたくさんいる。ただ学院を最優秀で卒業し、アルスラン様や各国の学生から魔石使いの一員としてきちんと認められた私を、あからさまに避ける人はいなかった。

 

「なんというか、じっと遠目から様子を窺っている人がほとんどでした」

「……それはそうだろうな。学院で其方を見ていた学生ならともかく、成人している貴族たちは、まだ其方のことをよく知らないだろうから」

 

 ケヴィンの言葉にラクスが首を傾げる。

 

「そうなのか? 俺はてっきり学生から親に話や噂が広がってると思ってたから、もっと好意的にディアナを受け入れてくれてると思ってたけど」

「ラクスは楽天的すぎだ。そもそもディアナが作った演劇やミュージカルというものは、実際にその目で見ないとどんなものかわからないからな」

「そうなんだよ、ハンカル。そこが思った以上にネックだったみたいで……社交で頑張って劇団の宣伝とメンバーの募集をやったんだけど、申し込みどころか、話を聞きにくる人もいなかったんだよね」

 

 うちの家はアルタカシークでは有名で影響力のある家柄だ。お父様やおじい様の信用だって十二分にある。それでも、私の声はあまり貴族たちには響かなかった。

 

「噂には聞いているし、アルタカシーク王にも認められているが、実際どのような人物なのかわからない。普通の貴族としては様子見だな。私がその立場でもそうする」

「ケヴィン様のいう通りだな。俺でもそうするよ」

 

 高位貴族のケヴィンとハンカルは揃ってそう言う。社交の中で重要な高位貴族の人たちがこういう態度を取ったら、その下の貴族たちは勝手には動けない。それが階級社会だ。そのため、私の社交デビューは劇団の観点から見ると、見事に失敗に終わったのだった。

 

「うーん……厳しいな。俺の国だったらもうちょっとどうにかなったと思うけど」

「ジャヌビは緩いもんねぇ。私も、ここまで貴族の態度が頑なだとは思わなかったよ。まあ、あまり込み入った話をする時間がなかったっていうのもあるんだけど」

 

 ラクスの呟きに答えながら、私はもう一つの理由を話し出す。

 

「二つ目は、この劇場の建設が、思った以上に大変だったことです。もちろん今までにない建物を作ろうとしていたので、時間がかかるだろうなとは思っていたんですけど……」

 

 そもそも劇団の事業計画書に合格が出たのが、五年生の冬だ。そこから物件を決めて建設準備に入る予定が、アルスラン様が倒れてしまい、それどころではなくなった。彼が意識をとり戻し、状況が落ち着いたのが六年生の冬。つまり今年の一の月である。

 そこから改めて物件を決めて建設する工房を決め、その人たちと設計し、工事に入るのだが、そこでまた問題が発生した。

 

「設計から完成までの期間が短すぎて、請け負ってくれる工房が見つからなかったんです」

 

 この国の建設工房は二つに分けられる。貴族が主導して魔石術も使って短時間で仕上げる高額な『第一工房』と、平民の工房が主導して時間はかかるが安く済ませる『第二工房』だ。設計から完成まで時間がなかった私には『第一工房』しか選択肢がなかった。

 

「でも依頼しようと動き出した時には、アリム家と馴染みのところは全部仕事が埋まってて……頼めなかったんです」

「貴族が関わる建設はもっと前から動くものだからな。それも頷ける。完成日を伸ばすことは考えなかったのか?」

「みんなが来るまでにどうしても完成させたかったんですよ、ケヴィン様。それに、劇団には達成しなくてはならない売上目標があるので、公演の時期もずらしたくなかったんです」

 

 劇団は王立で、その運営費用は国のお金から賄われる。だが事業計画書に、一年の売上目標とそのうちの何パーセントを国に収める、という数字が書いてある。その目標値に到達するには秋から公演をしないと間に合わない。事業計画書に記した数値を達成できないと、すぐに劇団は見限られてしまう。

 

「それで……色々と考えた結果、自分で造ることにしたんです」

「造るってなにをだ?」

「この劇場を、ですよ。ケヴィン様」

「は?」

 

 『第一工房』が高くて早いのは、工事現場に何人かの貴族を投入できるからだ。黄の魔石術を使って石を削り、資材を運び、設計通りに設置していく。魔石術が使えない平民の職人が作るより遥かに早く、簡単にできる。ただ、貴族の人件費は恐ろしく高い。そしてその仕事をする貴族たちが今はいないと言われた。そこで私は、

 

 じゃあ、自分がやればいいのでは?

 

 と閃いたのだ。私は選択授業で黄の魔石術をとっていたし、砂の大移動の魔石術も成功させた。アルスラン様には劣るが、一応黄色は得意な魔石術となっている。

 

「ですので、第一工房の方にお願いして、お抱えや知り合いの平民の設計士さんを紹介してもらって、現場作業に私が向かうことにしたんですよ」

「な……! そ、其方は建設に関しては素人ではないか!」

「大事なところは平民の職人さんがわかってますから、私は言われた通り資材を動かしたり、石を削るだけですもん。それくらいなら誰でもできますよ」

「誰もはできないぞ、ディアナ。一級で、黄の魔石術が得意なものでないと不可能だ」

 

 呆れて口をパクパクとさせるケヴィンの隣で、ハンカルが冷静にツッコむ。確かに大きな石を同時にいくつも動かすのは、他の階級には難しいかもしれない。

 

「それでも、特に資格が必要な仕事ではないので、いけましたよ。まあ、そのおかげで私が夏の間中こちらに付きっきりになってしまって……劇団メンバーの募集が全くできなくなったんですけど」

「それが二つ目の理由か……なるほどな」

「社交の失敗に、劇場の無茶な建設かぁ……」

 

 ケヴィンに続いて、ラクスがそう言って頬をポリポリと掻く。それを見て、ファリシュタが眉を下げた。

 

「ディアナ、本当に頑張ってたんだよ。普通の人は休む夏の暑い日でも、早朝からここに来て劇場を作って……私は三級で魔石術では何の役にも立てなかったから、見てるしかなかったの」

「ファリシュタは癒しを使ってくれたり、歌も歌ってくれたでしょ。だから体調も崩さずこの劇場を完成させることができたんだよ。ありがとね」

「私もお役に立てず……情けなく思いました」

「く……私が一級であれば、ディアナ様をお助けできたのに……!」

 

 ファリシュタに続いて、側近のルザとイシークまでそう言い出して凹んでいる。二人とも二級で、黄の魔石術もそこまで得意ではないため、今回は私の補助に回ってくれた。私はそれだけで十分だと思っている。

 

 といっても、たまに一級のおばあ様や、暇を持て余した五大老が手伝いに来てくれたから、思ったより早くは進んだんだよね。

 

「はぁ……理由はわかった。まあ、準備期間が短かったことを考えると、劇場が出来ただけ良かったのかもしれん。問題は、秋の公演をどうするか、だな」

 

 ケヴィンの言葉に、私はみんなを見回して頷く。

 

「はい。では、これから十一の月の公演をどうするか、お話ししますね」

 

 

 

 

貴族メンバーを増やせなかった事情でした。

ちなみにディアナは劇場を一緒に作った工房の職人と

かなり仲良くなりました。

魔石術を詳しく知りたい方は前作を読んでください。是非


次は 動き出した劇団と王の書斎、です。

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更新ありがとうございます メンバーで話しているだけでも楽しいですが、だんだん現状が見えてきましたね 仕方ないですがまだまだ学院以外では知られていないのでは、国営とは言っても就職先としてはなかなか難…
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