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05 貴族専用劇場


「お待たせいたしましたわ」

「遅くなりました」

 

 その後、イリーナとファリシュタが部屋の確認を終えて中庭に下りてきた。女性は男性より気になるところが多いらしく、部屋の隅から隅までチェックしていたようだ。イリーナは本館にある衣装作り部屋も見に行ったのだという。

 

「縫製機も改良された新しいものが入っていましたし、完成した衣装を掛けられる場所も用意されていたので大満足ですわ。早く生地を仕入れて、あそこで服作りをしたいです」

「女性館の部屋もとっても可愛い内装で興奮しちゃった」

「イリーナもファリシュタも満足してくれて良かったよ。特に女性側の部屋はこだわったからね」

 

 特に派手にはしなかったが、ヴァレーリアと相談して女性部屋の内装は可愛らしさ、清潔さをテーマにして注文したのだ。ちなみに男性部屋は大体落ち着いた雰囲気でまとめたため、どの部屋も似たような感じになっている。

 

「よし。じゃあみんな揃ったことだし、劇場の方へ行くか」

 

 ハンカルのその言葉に、みんな席を立って小上がりから降りる。

 さあ、いよいよ劇場の案内だ。現状を話すという気の重いミッションはあるが、みんなに劇場を見てもらえるということに、ちょっとワクワクしてくる。

 

「劇場ってどこにあるんだ? 館の裏側って言ってたからここから見えると思ったんだけど」

「裏側の劇場とこっちの館の間に一応境界として塀を建てたんだけど、その境界塀の周りに木々をたくさん植えたから、こっちからは見えなくなってるの。劇場からはこっちの建物の上の方だけ見えるけどね」

 

 ラクスにそう説明して、私は中庭から裏へ向かう道を歩き出す。馬を使う程の距離ではないため、ゾロゾロとみんなを引き連れて歩くが、裏の劇場まではそこそこ時間が掛かる。

 

「この先に見えてくる通用門を抜けて劇場へ行くんだけど、そこには門番もちゃんといて、関係者以外は通れないようにしてるから。これからみんなに渡す通行証をちゃんと持っててね。失くすと入れなくなるよ」

「げ、そうなのか。気をつけないと……」

「ラクスはよく忘れ物するからな。ディアナ、今日も劇場は裏口から入るのか?」

「ううん、今日はみんなに劇場の全部を見て欲しいと思ってるから、まずは正面まで回り込むよ」

 

 ハンカルにそう答えて、私はズンズンと進む。中庭から真っ直ぐ館の裏側に進んで、途中で左に曲がり、しばらく進んだあと、右へ曲がる。道の両側に植えた木々たちがよく茂っていて、夏の日差しを遮ってくれていた。

 

「あ、見えてきた。あそこが通用門だよ」

 

 通用門は白いアクハク石で作られたアーチ型の門で、鉄製の格子扉が付いている。館側と劇場側にそれぞれ門番がいて、私たちが近づくと、彼らはサッと恭順の礼をとる。私はルザに、用意した通行証をみんなに渡すように言って、自分の通行証を門番に見せた。

 

「確かに、確認いたしました」

 

 それから全員の確認が終わり、さらに進むと、右手側の木々の間から白い建物が見えてきた。劇場の建物の裏側だ。

 

「おお、思ったよりデカいな」

「まあ、なんて立派な建物ですの!」

「これは……ザガルディの建物に雰囲気が似てないか?」

「あ、みんな正面に着くまであまり建物の方は見ないでね。驚いて欲しいから」

 

 みんなの声を聞いてニヤニヤとしながら、私は建物の横にある道を歩いて、表へと向かう。

 

 ふっふっふん。やっとみんなに劇場を見せれるよ。

 

 そうして回り込んで建物の正面に着いた私は、くるりと建物を振り返ってジャジャーン! と手をかざす。

 

「これが、これから劇団の皆さんが活躍する夢の建物、貴族劇場です!」

 

 私の合図で顔を上げたメンバーたちは、目を見開いて口をポカンとさせた。

 

「な……」

「まぁ……!」

「なんだこれ、すげぇ!」

 

 ケヴィン、イリーナ、ラクスが声を上げ、他のメンバーも次々と感嘆の声を漏らす。

 目の前には、巨大な柱が並ぶ立派な建物がそびえ立っていた。白いアクハク石で作られた四角い建物は、正面に大きな階段があり、二階が正面玄関になっている。そこまではアルタカシークによくある作りだが、他と違うのは二階部分から屋根までを支える巨大な柱の数々だ。列柱がここまで並ぶ建物はアルタカシークにはあまりない。

 柱を支える土台や壁面には植物や動物をかたどった立体的な装飾が施されている。

 

「この装飾や柱の並びは、ザガルディでよく見るやつだよね? ディアナ」

「そうだよ、エルノ。柱の作りや立体装飾の形はザガルディの貴族の建物を参考にしたの。あ、でもアーチ型の窓があるところはアルタカシークっぽいでしょ。あとアクハク石だから輝くような白だしね」

「すごいね……こんな豪華な建物、アルタカシークでもあまり見たことないよ」

 

 ファリシュタの言葉に私はふふふ、と微笑む。

 実はこの建物は、パリのオペラ座をモデルにしている。貴族が好みそうな劇場と考えて浮かんだのがオペラ座だったのだ。

 前世の記憶を総動員して、なんとかそれっぽく見える建物にデザインした。

 

 実際に行ったことはないから、似て非なるもの、だけどね。

 

 オペラ座は演劇をやる者にとっては憧れの劇場だ。前世では特集された記事や動画を何度も見たし、そこで演じる自分を想像したことだって何度もある。中の間取り図だって穴が開くほど見てきた。

 ザガルディの文化は前世のヨーロッパと似ているところがあるので、そこの建物を参考にして、アルタカシークの様式も取り入れた。我ながら、ものすごく満足度の高い建物になったと思う。

 

「さあさあ、中に入ろう!」

 

 呆然とするメンバーたちを促して、正面の階段を上り、二階の巨大な柱の間を抜けて劇場の正面玄関に向かう。もちろん、正面玄関にも立派な立体装飾が施されていて、訪れた人たちを釘付けにする美しさを持っている。

 

「おわ……獅子と鷹が描かれてるのか? これ、すげえ格好いい……」

「いいでしょ、ラクス。アルタカシーク王家の紋章である獅子と、うちの紋章である鷹を描いたんだよ。貴族劇場は王立で、その運営を私がやるからね」

「な、なるほど……そういう意味で……しかし派手だね」

 

 私の説明にヤティリがそう呟きながらメモを取る。こういう意匠を凝らした物は、彼のようなクリエイターにはたまらないものだろう。

 劇場の方にはまだ人は雇い入れていないため、イシークとハンカルに正面玄関の扉を開けてもらう。

 

「おお……うおお……! すげぇー!」

「ほう、これは立派だな」

「なんて大きな階段ですの!」

「うわぁ……なにあの天井」

 

 玄関から入ったホールには、正面に大階段があり、その床部分には豪華な刺繍の入った絨毯が敷き詰められている。大階段は先で末広がりに分かれていて、その奥には観客席への扉がある。天井や壁には煌びやかな刺繍が施された布が飾られており、吹き抜けの空間を色彩豊かに彩っていた。

 こちらの柱や壁にも立体装飾が施されていて、大きなアーチ窓から入ってくる光に照らされて、純白に輝いている。まさに豪華絢爛、超エレガント、圧倒される美しさである。

 

「ん〜ここは何度見ても壮観だね。最高」

 

 私はそう言ってスーハーと深呼吸をするが、ハンカル以外のメンバーはみんな口を開けたまま呆然としていた。私はそんなみんなに建物の構造を説明する。

 

「ここから観客席へはこのまま真っ直ぐ奥の扉から行くのと、この大階段を上った先から行くのとふた通りあります。それから、幕間(まくあい)や観劇後に貴族のお客さんたちが社交をする大広間も作りました。そちらへはこの階の左右の扉から行けます。大広間を二ヶ所も作ったんですよ、すごいでしょう」

「ま、待て。社交だと? 劇場は劇を観にくるだけではないのか?」

「そうですよ、ケヴィン様。せっかく貴族のお客さんたちが集まるんですから、ついでに社交もできた方がいいでしょう? 飲み物や食事も出さずに帰すのもどうかと思いますし」

 

 ちなみに社交用の大広間はオペラ座にもある。前世の劇場は一種の社交場であった。それと同じことをこちらでもやってみようと思ったのだ。アルタカシークの貴族はもてなして社交するのが当たり前の文化なので、すぐに馴染むだろう。

 社交場用のホールはあとで案内するとして、私はそのまま大階段を上り、その奥にある観客席へとみんなを案内する。

 

「じゃあ入るね」

 

 その重い扉を開けた先にあったのは、舞台を下に見下ろすことができるバルコニー席だった。入った場所は三階席で、上に四階席、下を見下ろせば二階席と一階アリーナ席がずらりと並んでいる。ここからだと一階席よりも天井の方が距離が近い。

 その作りに今度こそみんな一言も話さなくなった。

 

「会場の観客席は舞台から馬蹄型に広がっていて、四階席まであります。一階は後方に向かって高くなっているので、後ろの人でもちゃんと舞台が見えるようになってますよ。あ、座席は全部で二〇〇〇席ほどです。舞台は演劇クラブのものより少し小さいですが、こちらにもベリシュ工房に頼んで木製の緞帳を作ってもらいました」

 

 私が指差す舞台には、ベリシュ工房の職人が作った立派な木製の緞帳が設置されていた。こちらは学院のものと違って移動したり片付ける必要がないため、可能な限り大きな板を組み合わせてもらった。依頼するのが二度目だからか、職人たちがかなり張り切って作ってくれたらしい。学院のものよりさらに洗練されたデザインになっている。

 しばらく無言だったみんなの中から、ケヴィンがなんとか口を開く。

 

「ベリシュ工房に……頼めたのか。彼らは学院の専属ではなかったか?」

「ベリシュ工房は王家専属ですよ、ケヴィン様。王であるアルスラン様の許可があれば依頼できます。なんせ、この劇場は王立ですから!」

 

 えっへん、と胸を張って私が答えると、ヤティリが気の抜けたような声で呟いた。

 

「……アルタカシーク王から劇団の許可を貰ったディアナって本当……何者なの」

「え、普通のアルタカシークの貴族だけど?」

「普通じゃないでしょ」

「普通ではないな」

「違いますわね」

 

 ケヴィンやイリーナまでそう言って、妙な空気が会場に流れる。

 

 むう、許可が貰えるまで何度も事業計画書を練り直したんだから、他の貴族と同じ手順は踏んでるよ。まあ……直接アルスラン様とやり取りしたのは、ちょっと特別だったかもしれないけど。

 

 心の中でそう独りごちて、私は来た道を戻り、みんなを舞台の方へと案内した。

 

 

 

 

ディアナが作った劇場はオペラもどきでした。

オペラ・ガルニエ宮と検索すれば出てきます。イメージの参考にしてください。


次は メンバーがいない理由、です。

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