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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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28 第二回公演の成功


 劇団の第二回公演『自由の歌』は、牢獄のような場所で働かされる貧しい労働者たちが自由と権利を求めて奮起する話だ。民衆が革命を起こすような大きな話ではないが、それでも観る人を惹きつける物語になっている。

 厳しい環境でただ一人、希望を捨てなかったルアン。ラクス演じるルアンは小さなころからこの場所で働き、いつか警備隊の兵士になることを夢見ていた。

 そこに現れたファリシュタ演じる病弱な少女セト。彼女の指導係になったことでルアンの運命は動き出した。そして彼女や同僚たちを守るため、彼は一人で走り出す。

 ルアンがクライマックスで歌う『自由の歌』はエルノのおかげで素晴らしい歌になり、その力強い歌詞は何度聞いても胸が熱くなるものになった。どうやら劇場のお客さんにもその熱は伝わったらしく、最後まで演じ切って役者のみんなが舞台の中央に集まると、お客さんたちが立ち上がって大きな拍手を送ってくれた。

 

 おお、スタンディングオベーションだ。やった。

 

 その拍手を聞きながら、私は舞台の天井裏でハンカルと頷き合う。

 

「……無事に終わったね、ハンカル」

「ああ、ホッとした。今回は三階席まで埋まったから、この勢いのままいってほしいな」

 

 移住民、そして他の街の貴族も観劇に来てくれたおかげで、初公演よりお客さんの数は増えた。あとはリピーターをどれだけ増やせるか、そんなことを考えて観劇後の社交用大広間に向かったのだが、その心配は杞憂に終わった。

 お客さんの反応が初公演の時よりも熱かったのだ。今回は貴族の話ではなかったにも関わらず、主人公が置かれた状況に感情移入してくれたようで、特にラクスがクライマックスで歌った『自由の歌』が彼らの心に刺さったらしい。

 それから来てくれたお客さんに個別に話を聞いて回っていると、途中でアンビシアに声をかけられた。彼女はいつもと違って少し気まずそうな顔をしながら「よかったわ」と感想を伝えてくれた。

 

「正直言って……驚いたわ。こんな気持ちにさせられるなんて思ってなかった……」

「楽しんでいただけましたか?」

「そんな余裕なかった。貴女、どうしてくれるの」

「え?」

「私をこんなにやる気にさせて。体が熱くて仕方ない。今すぐ走り出したい気分よ」

「あ、姉上?」

 

 アンビシアの言葉に隣にいるクヤンが口を引き攣らせている。彼女の目に燃えるような熱が宿っているのに気づいて、私は「ああ……」と口の端を上げた。

 

「アンビシア様がそのような状態になっているのは、今日の劇の世界観に没入できた証拠なのですよ」

「どういうこと?」

「物語の登場人物に共感し、感情移入し、主人公がたどる道をドキドキワクワクしながら見守る。その没入感が強ければ強いほど、最後まで見終わった時の感情がそのあとも続くことになるんです。つまり、アンビシア様は今見た劇に『ハマった』のですよ」

「ハマった……?」

「めちゃくちゃ楽しんでくれたってことです!」

 

 私がそう言ってにっこりと笑うと、アンビシアは唖然とした顔になって固まった。

 

「アンビシア様、今までこのような経験をしたことは?」

「……ないわよ」

「劇を観て驚きましたか?」

「……」

「ワクワクしましたか?」

「……」

「熱くなりましたか?」

「……」

「面白かったですか?」

「……」

 

 私がぐいぐいと顔を近づけながら問いかけると、アンビシアは顔を顰めたままフイッと横を向き、「…………面白かった……と、思う」と呟いた。それを聞いて、私は口角を思いっきり上げる。

 

「そう言ってもらえて嬉しいです! よかったら、グッズも買っていってくださいね!」

 

 にこにこしたまま彼らにグッズの説明をして、リピートや紹介特典があることを告げ、私は次のお客さんの元へ向かった。軽くスキップして。

 

 やった、やったよ。あれだけ頑なだったアンビシア様が面白かったって! くう——! こういう瞬間が一番たまんないね。それもこれも劇団のみんなのおかげだよ! 最高!

 

 いやったぁ〜! と叫びたい気持ちを抑えて、私はそれからもお客さんに挨拶して回った。

 

 

 それ後も劇団の公演は続き、連日お客さんで賑わった。まだ満席とまではいかないが、初公演よりも確実にチケットは売れている。それにグッズの売れ行きも好調だ。

 第二回公演初日から数日が経って、事務室でハンカルと売り上げについての報告を受ける。

 

「依然としてチケットの売り上げも伸びてる。招待した人たちがその後リピートしたり、他の人を紹介してくれているみたいだな」

「常連さんたちはどう? 移住民の人たちが来て、減っていったりはしてない?」

「ああ。チケット販売とともに、劇団長であるディアナのメッセージを伝えたからな。『ディアナ劇団は、素晴らしい演劇を全ての人に届けることを理念としています』って」

「あとお母様やキジーニ様のような地元民と移住民の間に入ってくれた人たちの協力のおかげだね。クヤンが教えてくれたけど、地元民から視線を向けられることはあったけど、不快な思いはしなかったって」

「劇を観終えたあとは、お客さん同士で盛り上がることもあったみたいだ」

「あ、それも聞いた。それが一番嬉しいな」

 

 どうやらこちらが橋渡しせずとも、お客さん同士で同じ公演を観た仲間という連帯感が生まれたようだ。ファンに国境はないとはよく言うけれど、今回はそれを少し体験できた気がする。

 

 うんうん、やっぱり考える方向を戻して正解だった。やっぱり私は演劇やエンタメを広げることだけ考えていればいいんだ。そうすれば自ずと道は繋がっていくから。

 

「じゃあ、とにかく今は公演の千穐楽まで継続して頑張っていくってことで」

「そうだな。特典やグッズが不足しないように気をつけよう。劇団のみんなはどうだ?」

「お客さんが増えたから喜んでたよ。拍手の大きさが違うって。音出し隊のおじさんたちもどんどん上手くなってるし」

 

 最初こそガチガチで緊張をほぐすのに苦労したおじさんたちも、本番を経験するうちに度胸がついたのか、上達が早くなっていた。もっと体力をつけるためにと、みんなで運動も始めたらしい。

 

「あ、そうそう。ラクスのファンも増えたみたいで、差し入れとか手紙が届いてたよ」

「ああ、それは本人から聞いた。喜びまくってたからな」

「ケヴィン様のファンもキジーニ様の布教のおかげでさらに増えてるし。ファリシュタにもすごい数の花束が届いてた」

「……そうか」

 

 私が含みを持たせて言った言葉に、ハンカルは間を開けて返事をする。

 

「……ハンカル、気になる?」

「なにがだ」

「ファリシュタのファン層」

「……変な奴がいるのか?」

「ううん、全然。みんないい人たちだよ。女性が多いしね」

「そうか。それなら心配ないな」

 

 ハンカルはそう言って手元の資料に視線を移す。

 

「でも男性のファンもいるにはいるよ」

「…………はぁ、ディアナ。一体なにが言いたいんだ?」

「別に。ただこれからファリシュタはもっともっと人気が出て来るだろうから、大丈夫かなって思っただけ。そのうちファリシュタに求婚する人も現れたりするかもよ?」

「……その懸念は予想済みだ。だがまだ話は進められない」


 ハンカルはそう言ってため息を吐く。彼とファリシュタは実は思い合っているのだが、かなりの身分差があって結婚するのがかなり難しい。ハンカルは今故郷の家族の説得のために根回しをしている段階で、そのことをファリシュタは知らないのだ。


「ハンカルの性格はわかってるから、そんなに急かさないけど。でも準備が全部整うまで黙っておくのもどうかと思うよ?」

「こちらの受け入れが整っていないうちに話をする方が不誠実だろう? 心配事を先になくしておきたいんだよ」

「それはわかるけど、気持ちの問題っていうか。そもそもハンカルがそうやって動いてること、ファリシュタは知らないんだし」

 

 この世界の貴族の結婚は、家族の許しが一番に必要になる。家族にまず根回しをして許しを得て、準備をして妻を迎え入れるのだ。その準備が整ったところで初めて相手に求婚をすることも珍しくない。ただそれだと女性側はずっと待たなくてはいけない。本当に自分を妻にしてくれるのか確証がないまま。

 

「せめてハンカルの気持ちだけでも伝えたら?」

「今の段階では無理だ」

「だから、準備中だけど、気持ちはファリシュタにあるよって言うだけでも……」

「そんな恥ずかしことできるか」

 

 ハンカルはそう言い切って席を立ち、「少し休憩してくる」と言って出ていってしまった。

 

 逃げられたか……。恥ずかしいっていうのは気持ちを伝えるのがってことと、準備が整ってないのに告白することがってことかな。ハンカルは本当に真面目だからなぁ。

 

 この世界には恋人になりましょう、という告白がない。告白はイコール求婚で、それが受け入れられればすぐに婚約という形になるのだ。ほとんどが政略結婚なので、好きな者同士で結婚というのも珍しいのである。

 私は後ろに控えているルザとイシークに問いかける。

 

「でもさあ、そういう告白がなかったらファリシュタも不安になるよね?」

「……そうですね。ファリシュタは特に特殊貴族という立場ですから、最初から諦めている節がありますし」

「同じ劇団に入ってからも、特に仲良くしてる感じじゃないもんねぇ」

 

 ファリシュタもハンカルと一緒にいられて嬉しいはずなのだが、練習中はもちろん他の時間でさえ、ハンカルとは少し距離を置いている。学生の時とは違って気軽に接することができないのかもしれないが、事情を知っている身としてはとてももどかしい。

 最近は私も劇団の宣伝が忙しくて、彼女との時間があまり取れていないのだ。

 

「ハンカルも、その辺はイシークを見習ってほしいね」

「は、私ですか?」

「イシークはみんながいる前でザリナに求婚したでしょ」

「……! それは……はい。しましたが」

 

 その時のことを思い出したのか、イシークが顔を赤くする。

 

「今さら恥ずかしがらなくても」

「あの時は今よりも未熟でしたし、周りが見えていなかったので」

「見えてなかったんだ……あれだけ人がいたのに」

「それしか見えなくなるのは、イシークの悪い癖ですね。カタルーゴ人らしいですが」

 

 私とルザにツッコまれて、イシークはいたたまれない顔をした。

 それから数日後、劇団の館にアンビシアが父親とともにやってきた。前もって彼女から込み入った話があるから再びここを訪れたいと申し出があったのだ。以前と同じように談話室に通してヤパンに座ると、先に父親が口を開いた。

 

「改めて、昨年娘が失礼なことをいたしまして、申し訳ありませんでした」

「いえ、私も無知でしたし、それについてはアンビシア様とお話もできたので気にしていません。今日はどのようなご用件があってここに?」

「それは私から説明するわ。父は私に粗相があってはいけないと思って付いてきただけだから」

「あ、アンビシア……本当に失礼なことを言うつもりではないのか?」

「そんなことしないって言っているでしょう? 今日はこの子が前に言った『劇団の公演を観れば、どんな開発案を考えているのかわかる』っていう言葉の意味がわかったから来たのよ」

「この子……」

 

 アンビシアの言葉に私以外の人が固まるが、彼女は気にせずに自信ありげに私を見る。その目には、まだ公演終わりのあの熱が宿っている気がした。

 

「劇団の公演を観てから、ずっと考えていたのよ。あなたが立ち上げた劇団と、封鎖街の開発になんの繋がりがあるのか……って。それで家に帰って封鎖街の地図をもう一度見たの。そこに、答えがあった」

「……答えとは?」

「貴女……封鎖街にある古代劇場を使うつもりなのでしょう?」

 

 彼女の問いに、私はゆっくりと微笑んだ。

 

 

 

 

劇団の第二回公演も順調にスタートしました。

アンビシアが楽しんでくれてガッツポーズのディアナ。

人気が出てきたファリシュタとハンカルの仲にはヤキモキ。

そして後日アンビシアが訪問してきました。


次は 手の内の見せ合い、です。

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