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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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27 初めての観劇② アンビシア視点


 ド——ン! という大きな音が響き、続けて様々な音が会場に鳴り響いた。同時に体にビリビリと振動が伝わる。

 

 え、なに?

 

 それに驚いているうちに人の声が聞こえ、その声が音に乗っていく。

 

「わ、いきなり歌だ。すごい」

 

 隣でクヤンが小声で呟いた言葉に、私は目を見開いた。

 

 これが……歌?

 

 開演前にディアナが前に出てきて公演中の注意事項を話して下がっていった。その後会場内が暗くなり、拡声筒の声で今回の劇の冒頭の説明が流れて……それからいきなり音が鳴り出したのだ。

 大きくなる音に合わせて、歌声も徐々に大きくなり、緞帳がゆっくりと開いていく。歌は男性の声で、苦しめられている現状を説明していた。

 

 ここは まるで牢獄

 自由のない牢獄

 俺たちは死ぬまで

 ここで働く

 

 夢もない

 喜びもない

 閉じ込められて

 死んでいくだけ

 

 ああ なんて地獄だ

 希望のない地獄だ

 けれどここでは

 飢えることはない

 

 そう歌いながら出てきたのは見すぼらしい格好をした四人の男女だった。彼らは歌いながら布を洗濯し、干して、整える作業を延々と繰り返す。どうやらこの話は、貧しい労働者の物語らしい。

 最初の音出しの音と歌に驚いているうちに、物語は進んでいく。

 主人公は赤髪の青年ルアン。彼やここにいる労働者たちには借金があり、それを返済するために洗濯専門店の大きな作業場で働かされていた。毎日毎日朝から晩まで働かされ、こき使われる。食事は用意されているが、作業場から外に出ることを禁じられていて、雇い主から厳しく管理されていた。

 

 架空の世界の話と言っていたけれど……随分と生々しいわね。

 

 アルタカシークにも他の国にも労働者の一番底辺という存在はいる。その扱われ方はその地域や雇っている人によるのだが、こんな風に奴隷のように使われる人たちもいるのだ。人権も自由もない。ただ死なせるわけにはいかないので食事だけは用意される。

 しかし希望もない暗い暮らしの中で、赤髪の青年ルアンは一つの夢を持っていた。

 

「俺はいつか借金を返して、この外に出て、やりたいことをやるんだ」

「やりたいことってなんなの? ルアン」

「それは……この街の警備隊だ。俺は弱い人たちを守れる兵士になりたいんだ」

「あはははは! なに言ってるの。私たちはこの街で一番弱い存在なのよ。そんな人に守ってもらいたいなんて人、いるわけないわ」

「そうだぞ、ルアン。夢見るのはよせ。どうせ俺たちはここから出られないんだから」

 

 借金は日に日に利息が加算されていくもので、借金の返済は遅々として進まない。この店主との契約はとても悪どいもので、多くの労働者は年老いるまで働かされるか、病気になって死んでいくかの二択だった。

 夢も希望も失った仲間たちはそう言ってルアンの夢を馬鹿にする。その様子を見て、私の脳裏にとある光景が浮かんだ。

 

 ……アルヒンを出る時も、同じように反対したり馬鹿にしたりする人たちがいたわね。

 

 彼らはアルタカシークに移住しようとする父母のことを応援しようとはせず、絶対に上手くいかない、無謀な挑戦はよせ、と止めてきた。「私たちの建設技術は絶対に成功する」とそれらを振り切って、父母は新天地へ希望を持ってやってきたのだ。しかし、それは甘い考えだった。

 

「なぜみんな飛び立とうとする人の足を掴むんだ。俺は一生ここで暮らすなんて嫌だ。絶対に自由を手に入れて、警備隊に入るんだ」

 

 ルアンはそう言って仕事に励むが、心が荒んだ同僚たちに嫌がらせを受けたり、はめられて店主から折檻されたりする。理不尽な目に合う度、悔しい思いをする度、ルアンは歌って踊る。心の中にある希望を消さないように、誰にも盗られないように。

 

 守るんだ

 自分の心を

 守るんだ

 悪意の手から

 

 権利を 自由を

 俺から奪うことはできない

 他人の手には渡さない

 怒りも 苦しみも

 悔しさも 喜びも

 全て自分のものだ

 

 誰にも渡さない

 

 ルアンはそう歌いながら足をダンダン! と床を踏み鳴らし、高く飛び上がり、体を捻る。連続する速い動きに視線が追いつかない。

 

 これが……踊りというものなの。

 

 前まで禁忌だと言われていたもの。実際に見たら忌避感が湧き上がると思っていたが、そんな思いを抱く暇もなく圧倒される。音に合わせて踊っているのか、彼の踊りに合わせて音が鳴っているのかわからない。

 彼が発する熱に、ぶるり、と体が震えるのがわかった。隣のクヤンも息を呑んでいる。

 そんなルアンの元に、新しい労働者が連れてこられた。病気がちの少女セト。彼女の教育をするように言われたルアンは彼女に仕事のやり方を教えるが、体が弱いセトはその速さについていけない。セトの仕事が遅れるとルアンも一緒に怒られ、食事の量を減らされた。

 

「ごめんなさい、ルアン……私のせいで……」

「俺は食事の量が減っても大丈夫だ。体力あるし、神経も図太いから。それよりセトの方が心配だ。このままじゃ病気が悪化してしまう」

「私はいいの……もう先がないってわかってるから。借金も返せないだろうし、きっとこのままここで死ぬんだわ」

「セト……! そんなこと言うな。生きていればどうにかなる。自分の人生を諦めちゃダメだ」

「……ルアンはなぜそんな風に言えるの。ここには希望もなにもないのでしょう?」

 

 そこでルアンは自分の夢をセトに教えた。いつもみんなに馬鹿にされる夢。しかしセトはそこで初めて笑顔を見せた。

 

「警備隊か……いいね。私のお父さんも兵士だったんだよ」

「え、本当か⁉ すごいじゃないか」

「でも前の戦争で死んじゃった。それからはお母さんと二人きりで貧しい暮らししてた。そのお母さんも……」

「……そうなのか……」

「でもお母さんは死んだお父さんのことをとても誇りに思ってた。街も家族も守るんだっていつも言ってたんだ。力も強くてね、格好良かったんだよ。ルアンも、きっと格好良い兵士になれるよ」

 

 初めて自分の夢を認めてくれたセトに、ルアンは心を開いた。小さなころからここで働いていたルアンにとって、初めての恋だった。ルアンはセトを守りたくて彼女のために仕事量を調整したり、自分の食事を与えたりするが、すぐに管理者にバレて折檻される。しかしルアンは諦めない。

 管理者の目を盗んでセトを守ろうとするルアンの姿に、同僚たちも徐々に(ほだ)され始め、協力するようになる。

 そんなことを三ヶ月ほど繰り返していたある日、同僚の一人が管理者の部屋からとある情報誌を見つけてきた。そこには『労働者を非人権的な契約で縛ることを禁じる』という知らせが載っていた。しかもその情報誌はふた月も前に発行されたものだったのだ。

 

「この法律がもう執行されているのなら、俺たちをここに縛る契約は無効になってるってことじゃないのか?」

「ああ、その通りだ。管理者め、知ってて隠していやがったな」

 

 作業場にいるルアンと同僚たちはそこで話し合い、暴動を起こして全員で脱走するか、誰か力のある人に助けを求めるか決めることになった。

 

「こんなクソみたいなところ、さっさと逃げ出そうぜ、ルアン。俺たちはもう十分働いたろ?」

「でも借金は残ってるし借用書だってある。俺たちが外へ逃げても、そこで生きていけるのか?」

「借用書ごと燃やしちまったらいいじゃねぇか」

「そんな危ないことできないよ。火の回りが早ければみんな死んでしまう」

「ルアンの言う通りよ。私もここから出たいけど、もっと穏便に、確実にいける方法はないの?」

「俺に言うなよ。頭悪いんだから」

 

 話し合いはなかなか進ま合い。そこでセトが手を挙げた。

 

「法律を扱う仕事をしている人を知ってるわ。昔お父さんが護衛していたマクレン様。とてもいい人だったから、彼なら話を聞いてくれるかもしれない」

「おお、それはいいな。だがどうやってその人の元まで行くんだ?」

 

 この作業場には管理者に雇われた見張りがいる。今までも脱走する者を捕まえては折檻部屋に放り込んできた。作業場の外には高い塀も巡らされている。普通の人はまず外に出られない。

 

「……俺が行ってくる」

「ルアン」

「この中じゃお前が一番体力があるが……しかし危険だぞ?」

「みんなの協力があれば行けると思う。いや、絶対に行く。セト、紹介状を書いてくれるか? その手紙を持って行ってくる」

「……わかったわ。気をつけてね、ルアン」

 

 そうして、ルアンの脱走計画が練られた。長い間この作業場で暮らしてきたルアンたちは見張りの数や性格、癖も把握している。外の塀を越えるための方法も仕事をしながら考え、この場所にたくさんある布を使えば可能であることに気づいた。ルアンは見張りの目を盗んで、脱走のために体を鍛える。

 しかしそんな中でセトの体はどんどんと弱っていった。元々病弱な彼女にとってこの作業場での暮らしは過酷すぎたのだ。それでもセトは、辛い体を押して一生懸命働く。ここで彼女がミスをしたら、その分ルアンまで辛い目に遭うから。

 

 

 少しでいい

 今の間だけ

 私に力をください

 

 彼は希望

 みんなの希望

 力を溜めて

 走り出してほしい

 

 私はどうなってもいい

 彼を みんなを

 助けられるなら

 この先がなくてもいい

 

 生きているから

 今 私は

 生きているから

 

 どうか私に

 力をください

 

 

 その彼女の歌声を聴いた途端、踊りを見た時とは違う震えが私の体を貫いた。

 

 なに……この声……今までと全然違う。

 

 ルアンや他の人が歌った時とは明らかになにかが違った。目を閉じてその声に縋りつきたくなるような、祈りたくなるような、不思議な高揚感が自分を包み込む。

 セトは力を振り絞るように歌い、そのあとも働き続けた。

 そして計画実行の日、ルアンは同僚たちの助けを借りて見張りの目を掻いくぐり、少し危機があったものの、無事に塀を超えた。それを見届けたあと、セトはその場に倒れ込んで意識を失う。彼女が倒れた瞬間、観客から悲鳴のようなものが上がった。

 その後ルアンは慣れない街中を走り、セトの知り合いがいる場所へと向かう。しかし途中で作業場から見張りたちが追ってきた。ルアンがいなくなったことにすぐに気づいたのだ。彼はその見張りからの攻撃をかわしながらなんとか先へと進んでいくが、あともう少しというところで捕まってしまう。

 地面に倒され、体を押さえつけられながら、ルアンは最後まで抵抗する。

 

 

 諦めるな

 まだ終わらない

 望みを捨てるな

 ここで終われない

 

 守るんだ

 自分の心を

 守るんだ

 彼女もみんなも

 

 権利を 自由を

 他人の手には渡さない

 怒りも 苦しみも

 悔しさも 喜びも

 奪う権利は誰にもない

 

 長い時間抑えられていた

 どれだけ真面目に働いても

 報われることはなかった

 望みも情熱も

 踏みにじられた

 前を向けないよう

 下を向かされた

 

 だから守った

 自分の心を

 いつか必ず

 立ち上がる日が来ると

 

 諦めるな

 まだ終わらない

 望みを捨てるな

 ここで終われない

 

 守りたいものは

 もう自分だけじゃない

 

 戦え

 怒りを力に変えて

 叫べ

 声に魂を入れて

 抗え

 自分を縛るあらゆるものに

 

 行け どこまでも

 行け 俺たちは自由だ

 

 

 まるで魂の叫びのようだった。ルアンの歌が自分の胸に深く突き刺さる。前へむかって走り出したいという気持ちが、私の心臓を掴んで離さない。

 

 そうよ……私だって行きたい。もっと前へ。もっと高みへ。もう進まないのは嫌なの。これ以上ここにいたくないの。前に、進みたいのよ……!

 

 熱い歌を歌ったあと、ルアンはそのまま引きずられるように連れていかれようとするが、そこに年配の男性が二人現れた。彼らはルアンたちを見ると眉を顰める。

 

「私の家の前でなにをやっている」

「いえ、すみません。こいつが仕事場から逃げ出したもので。すぐに連れていきますから」

 

 見張りがそう言って少し手を緩めた瞬間、ルアンは男の腕を振り切って年配の男性の元へ駆け寄った。

 

「お、おい!」

「マクレン様ですか⁉ 俺はセトって子の同僚で、彼女から手紙を預かりました! これを読んでください!」

「やめないか!」

「待ちなさい。セト、とはアルディの娘のことか?」

「はい! 彼女は父親と母親を亡くし、母の病気を治すためにした借金が原因で酷いところで働かされています!」

「……!」

 

 マクレンはルアンから手紙を受け取り、その内容にザッと目を通す。

 

「……なんということだ。この洗濯屋は明らかに法律違反を犯している。このようなところにセトがいるというのか」

 

 手紙を懐に入れると、マクレンはお付きの男性にすぐにその洗濯場に警備隊を向かわせよと命令する。

 こうして、悪どい契約で労働者を縛っていた洗濯屋は摘発され、店主は捕まり、店は潰れることになった。店が持っていた借用書はマクレンの手で適正なものに書き換えられ、ルアンたちはまともな店で働き、残った借金を返していくことになった。

 そして数年後……。

 

「ただいま、セト! 聞いてくれ、ついに警備隊に合格できたんだ!」

「まあ、おめでとうルアン。夢が叶ったわね」

「いいや、俺の夢はこれからさ。セトの体が丈夫になるように、たくさん稼いで、いい薬を買うからな」

「無理はしないでね。私が生きているのはルアンのおかげなのだから」

 

 マクレンが派遣した警備隊によって助けられ、セトは命を落とさずに済んだ。ただ無理がたたってベッドから起き上がれない体になっていた。それでもルアンは彼女に求婚し、一緒に暮らすことを望んだ。

 最後に二人は歌う。得られた自由とその喜びを。自分たちはもうどこへでも行けるのだ、という希望の歌を。

 

 

 私たちは手に入れた

 自分の生きる道を

 責任を果たし

 足枷は消えた

 

 ここには選択肢がある

 寝る場所も食べるものも

 選べるという自由がある

 

 行くのだ どこまでも

 行くのだ 私たちは自由だ

 

 

 歌は徐々に盛り上がっていき、音出しの音も大きく響き渡る。二人が最後の言葉を歌い終えたあと、一呼吸置いて拍手がワッと鳴り響いた。中には立ち上がって拍手を送る人もいる。

 その声援に応えるように役者たちが出てきて手を振り、軽い恭順の礼をとる。隣のクヤンが立ち上がって拍手をする様子を視界の端に捉えながら、私は身動き一つできなかった。

 

 頭の中に、ルアンが歌った魂の歌がずっとこだましていた。

 

 

 

 

アンビシア視点での劇団の第二回公演。

少々駆け足でしたがフィニッシュまでいきました。

彼女はなにを感じたでしょうか。


次は 第二回公演の成功、です。ディアナ視点に戻ります。

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