25 猛烈な勧誘と通し稽古
いきなり黙り込んでしまった二人に、私とハンカルは首を傾げる。
「……なにかあったのですか?」
「……いえ、別になんでもないわ」
「姉上……」
思いっきり眉を下げたクヤンの顔を見れば、なんでもなくはないことは明白だ。
移住民の方でなんかあった? 確か最近は動きも静かになって、すでに開発案の方向性は移住民の間では決まったのだと思ってたんだけど。違うのかな?
そう思っていると、アンビシアが顔を上げて私を見る。
「……貴女は、地元民とあまり交流していないって聞いたけれど、本当なの?」
「そうですね。劇団のファンの方々とはお茶会はしていますけど、開発案についてのお茶会は開いていませんし、呼ばれてもいません。おそらく、若輩者の私は相手にされていないんだと思いますよ? 地元民の人たちから」
「ディアナ様、そのようなことを……」
ルザに注意されるが、それくらいの情報はこの人たちも知っているだろう。情報収集は高位貴族の得意とするところなのだから。
「相手にされていないってことはないと思うわ。アリム家は北西街の中でも大きな派閥なのだから。おそらく様子見されているのね。貴女のことを探ろうと思うと、カラバッリ様に話を聞かなくてはいけなくなるから」
「……ああ、なるほど。おじい様に直接話は聞き辛いですもんね」
「そうよ。伝説の元王宮騎士団長と対等に話ができるのはヤルギリ様くらいでしょう?」
「他にもおじい様と仲のいい人はいますけど……私の情報は流さないって知ってるんでしょうね」
アリム家の養子になってから、カラバッリとターナは私を守ることを第一に考えてくれていた。使用人の採用も彼らが行い、私の情報も決して外に漏らさないようにしてくれていたのだ。最大の敵であったテルヴァがいなくなった今でも、その姿勢は変わっていない。
じゃあ、地元民の他の派閥の人たちは私のことが気にはなっているけど、私からアクションがないから様子見するしかない状態になってるってことか。ちょっと動かなさすぎたかな。
そんなことを考えていると、クヤンがボソリと「その影響もあるのかな……」と呟くが、アンビシアに睨まれて俯いてしまう。そんな二人を見て、私は正直に問いかけた。
「……私は、今のままでは開発案は進められないという理由で止まっているだけなのですが、もしかしてそちらもなにか問題が発生したのですか?」
「……問題が起こっているのは事実だけど……言えないわ。今日は貴女がその問題を引き起こしだんじゃないかって思って、それを確かめに来たんだけど、どうやら違うようだし……」
アンビシアはそう言って、はあ……とため息を吐く。どうやらその問題の原因を知ろうという目的があって、今日ここに来たらしい。しかし私に他意がないと知って当てが外れたのだろう。
移住民たちの結束は強いって思ってたけど、そうじゃなかったってこと?
彼らの動きは気になるが、アンビシアの態度を見ると教えてくれる気はないようだ。それならばこれ以上開発案について考えても仕方がない。
私は気持ちを切り替えて、二人に今後の予定を聞く。
「では話を招待状に戻しますが、お二人は劇団の公演に来てもらえますか? 私としては絶対観てほしいんですけど」
「え? ああ……私は是非観たいと思ってるよ。仕事が休みの日にしか行けないけど」
「……私は別に、興味がないからいいわ。地元民と同じ空間にいるのも腹が立つし」
アンビシアの素直な答えに私は眉を下げる。
「今さら地元民と同じように楽しんでって言われても困りますよね」
「そうよ。私たちが長年どんな思いを……」
「でも私は観てほしいんですよ」
「貴女私の話聞いてる?」
「だって本当に面白いものなので! アンビシア様も一度見れば演劇の魅力に気づいてくださると思います」
「聞いてないわね」
「お願いします、アンビシア様!」
「行かないって言っているでしょう?」
「そこをなんとか!」
「行かない」
「一回だけでいいので!」
「なぜそんなにしつこく勧めるのよっ」
「だってアンビシア様が悲しい顔してるから!」
「……は?」
ローテーブルに前のめりになってそう言うと、アンビシアが再び目を丸くして固まった。よく固まる人だ。
「私が演劇や娯楽を広めるのは、この世界で生きている人たちにひと時でも楽しい時間を過ごしてほしいからです。演劇を見ている間は、苦しいことや悲しいことから離れてほしい。違う世界に没頭して、日常とは違う時間軸を生きて、あったかい気持ちを蓄えてほしいんです。だからアンビシア様のように苦しい顔をしている人にも観てほしいんですよ」
私が熱を込めてそう語ると、アンビシアは少し体を引きつつ眉を寄せる。
「……私、アルヒンにいたころ、旅芸人の劇を観たわ。貴女が言うような特別感なんて別に感じなかった」
「うちの劇は旅芸人のものとは全く違うんです! そうだよね? クヤン」
「う、うん……というか、僕は旅芸人の劇を観たことないけど。ディアナの作る劇は音もすごくて、派手で……踊りと歌もあるんだよ、姉上」
「そうです! それに特別感が感じられる劇場も作りましたし! そこも是非観てもらいたいんです!」
「例の貴女が作ったという劇場? そんなの、見るだけでキレそうになるんだけど」
「キレないで! そこはなんとか堪えてください」
「嫌よ。私もう我慢するの嫌なの」
そう言ってフンッと鼻を鳴らすアンビシアに、私はぐぬぬ、と拳を握る。
手強い。こんなに勧誘に手こずるなんて初めてだ。学生たちは素直に乗ってくれてたのに。どうすればこの人に劇を観てもらるんだろう。
……あ、そうだ。
「……アンビシア様は、私が考える開発案には興味があるのですよね?」
「……そりゃね。クヤンから貴女が学生時代に演劇クラブを成功させたことは聞いていたし、新しいことを始める力がある人、と思っていたから」
「そんな風に思ってもらえるだけでも嬉しいですね。じゃあ、劇団の公演を観れば、私がどんな開発案を考えているのかわかるかもしれない、と言えば?」
「……! どういうこと?」
「実際に観劇すれば、それがどんなものなのかその身で感じられます。そこに、私がやりたいことの全てが詰まってるってことです」
私がそう言ってにっこりと笑うと、アンビシアは腕を組んで眉根を寄せた。思った通り、開発案と繋げるだけで興味が湧いたようだ。
「別に、観劇してなにも感じなければそれでもいいんです。アンビシア様が損することはありません」
「姉上、行こうよ。本当にあれは体験しないとわからないから」
「……」
前のめりになった私とクヤンに言われて、アンビシアはしばらく考えてから、「はぁ……わかったわ」と頷く。
「でも、もし観にいって不快な思いをしたら、すぐに帰るからね」
「わかりました! ありがとうございます。劇場でお待ちしていますね!」
なんとか彼女からオッケーをもらって、私は心の中でガッツポーズをした。初めは移住民の中でも影響力が高いであろうアンビシアを誘うことで、移住民の人たちに広く劇団を知ってもらえるかもしれないという魂胆があったのだが、結局表情が沈んでいる彼女を見て、我慢できなくなって熱く誘ってしまった。
元気がない人を見ると、エンタメを体験してほしいって強く思っちゃうんだよね。前世の私が、そうやってエンタメに助けられてきたから。
最初の夢であるミュージカル俳優になるという目標を失った時、激しく凹んでいた私は、音楽や映画、漫画、小説、ゲーム、スポーツ、テーマパークとありとあらゆるエンタメを体験することで立ち直れた。そして新たに「エンタメのプロデュースをする」という夢まで見つけることができたのだ。
エンタメの力はすごいんだよ。それを伝えたい。私の思いはあのころから変わってないから。
アンビシアとのお茶会はそうして無事に終わり、私は笑顔で彼女を見送った。気がつけばパンムーはローテーブルの上でお腹丸出しで爆睡していた。どうやらアンビシアを敵とは判断しなかったようだ。
それから公演初日まで、劇団の練習に励んだ。
いよいよ劇場での通し稽古も始まり、私も照明役としてそれに参加する。今回大変なのは、なんといっても音出し隊だ。たった六人、しかもそのうち五人が平民のおじさん。彼らは会場内のオーケストラピット改め、音出しピットに入るだけでガチガチになっていた。
「ディアナ、照明より彼らのサポートに行った方がよくないか?」
「……そうだね。ちょっと様子見てくるよ」
ハンカルにそう言って、私は舞台を降りてピットの出入り口がある地下へ向かう。舞台の前に空いた半地下のオーケストラピットには、舞台の地下部分から入っていけるように出入り口と階段が作られているのだ。
ピット内は大人が立ち上がっても十分な深さがあり、最前列の座席との間にはお客さんが落ちないように低い柵が設置されている。今は六人しかいないためスカスカに見えるが、これも本番は暗くなるので気になることはないだろう。
私はそこで音出しの準備をしているエルノに声をかけた。
「エルノ、どう?」
「うん、さっき音を鳴らしてみたけど十分後ろまで響くね。そこは安心したよ」
「いやそっちじゃなくて、メンバーの方」
「ああ……まあ、仕方ないよね。まさか貴族の前で演奏することになるなんて思ってなかっただろうし。慣れてもらうしかないかなって思ってるんだけど」
「そうだねぇ……一回、演奏してもらっていい?」
「もちろん。ディアナがここで見てくれると心強いよ」
エルノはそう言ってメンバーたちに声をかけ、配置についてもらって劇のオープニングの曲を演奏し始めた。
お、おお……すごい。めちゃくちゃ固いね。
おじさんたちの緊張が伝わるのか音がいつもと全然違う。太鼓も笛もなんとも辿々しい。いつもは絶対間違えない箇所で音が跳ねたり、リズムが飛んだりしている。そんな失敗をする度におじさんたちの顔がどんどん青くなっていった。
あまりの出来にエルノが途中で演奏を止める。彼もさすがに苦笑いするしかない。
「も、申し訳ありません……!」
「お許しください……っ」
おじさんたちは言い訳もせずひたすら平伏している。貴族が平気で平民を処分する社会であるここでは、貴族の前で平民が失敗するなんてあり得ないことなのだ。それが彼らがここまで緊張している理由でもある。
練習の時はもっとリラックスできてたのにな。劇場の中に入って、実際にここで演奏するってわかって、急にその恐ろしさを実感したのかもしれないね。ちょっと私、やっちゃったかも。
私はエルノの横に並んで、まずみんなを席に座らせて怒ってないことを笑顔で伝える。
「練習通り演奏すれば大丈夫ですよ。ここで失敗してもクビになることはありませんし、罰を受けることもないです。いつも通り、練習室でやっている感じで演奏してみてください」
なるべく優しい声でそう言ってみるが、おじさんたちは顔を見合わせるだけで縮こまっている。毎日一緒にいるエルノの方から声かけた方がいいかな? と思って隣を見ると、なぜかエルノはおじさんたちに立ち上がるように言った。
「ん? なにするの? エルノ」
「いつもディアナがやってることだよ」
エルノはそう言ってくすりと笑うと、そこでいきなり準備運動を始めた。私が役者たちに教えている基礎練習のメニューで、チッチが刻む一定のリズムに合わせてまずストレッチをして体を伸ばし、そこから軽い体操を始める。
最初は戸惑っていたおじさんたちも、エルノが真面目に動くのを見て慌ててそれに合わせていく。自分だけやっていないのも変なので、私もついでに体を動かした。
そのうち体が温まってきたのか、おじさんたちの顔から緊張が少しだけ解けていく。
ああ、そういうことね。
エルノは体操を終えると、私に「これ以外にできること、ある?」と聞いてくる。私は少し考えたあと、よしと頷いて口を開いた。
「声出しをしてみましょう。私の真似をして、声を出してください」
役者組と同じように、彼らにも発声練習のやり方を教える。「あーあーあーあーあー」と音階に乗せて声を出し、彼らにもやってもらう。
「もっとお腹から声を出しましょう。恥ずかしがらなくて大丈夫。誰も聞いてませんから。はい、もう一度」
「あ……あーあーあーあーあー……」
「もっと大きく!」
「あーあーあーあーあー」
「頭の先に声が抜けるように! はい!」
「あーあーあーあーあー!」
「いいですよその調子!」
ピット内におじさんたちの渋い大声が響き渡る。私に真剣に指導されて必死になってきたのか、声に張りも出てきた。
おお、音出しが得意なだけあって、歌の方もいけるんじゃない? ちゃんと音程取れてるよ。
おじさんたちの才能に気づいて、私まで楽しくなってきた。しかしここで歌の練習を始めるわけにはいかず、十分に声が出たところで止める。
「どうですか? 体、少し解れましたか?」
「はぁ……はぁ……はい。こんなに大きな声を出したのは久しぶりです」
「喉が……ヒリヒリします」
おじさんたちは息を切らせてヤパンに手をつく。
「ではその状態でもう一度やってみましょう。失敗しても大丈夫ですから。今日の目的は、この場所での演奏にビビらないことです」
「……! は、はい」
それからやり直してもらった演奏は、さっきのものとは比べ物にならないくらい柔らかい音になっていた。今日の目標を伝えたのが良かったのか、おじさんたちの集中力が増している。
うん、よしよし。かなり良くなってきたよ。人生経験が豊富だからか力の抜き方が上手い。
「ディアナ、そろそろ通し稽古始めていいか?」
舞台の上からラクスにそう声をかけられ、私は頷く。あとは実践あるのみである。
「今の感じでいきましょう。間違えても焦らず、エルノの指揮を落ち着いて見てください」
「わかりました……!」
「ありがとう存じます、劇団長様……!」
それから天井裏へと戻り、通し稽古を開始した。
公演本番まであと少しだ。
開発案のことはさておき、悩めるアンビシアに観劇を勧めたディアナ。
我慢できませんでした。
そして劇団は通し稽古を経て第二回公演へ。
次は 初めての観劇 アンビシア視点、です。




