22 招待状とカメラもどき
ハンカルと話をしたその夜、私は家の内密部屋でクィルガーとヴァレーリアにとある話をした。
「はぁ? 移住民の貴族たちに公演会の招待状を送る?」
「そうです。私の目的は劇団を……エンタメを広げることです。そのためには移住民にもお客さんになってもらわないと話になりません。地元民の暗黙のルールからは外れてしまうかもしれませんけど、そうしてはいけませんか?」
「いや、うーん……ダメってことはないが。アリム家は自分のやりたいことを貫けって家訓だからな。しかし、地元民たちからの印象は確実に悪くなるぞ」
「……おじい様たちにも迷惑がかかるでしょうか?」
「そうじゃない。おまえが志があってやりたいと思うことを父上が迷惑に思うことはないさ。ただ、封鎖街の開発案を通すためには地元民の協力も必要じゃないのか?」
クィルガーの質問に、私は眉を下げる。
「必要ですけど、私にとって大事なのはそこじゃないんです。開発案云々の前に、私は劇団をどんな人にも観に来てもらえる存在にしたいんです。貴族の中で地元民しか観に行かないもの、にはしたくないんですよ」
「開発案を通すことよりも、そっちが大事ってことか」
「はい。もし移住民にも広めることで開発案の方がダメになったとしても、いいんです。将来のお客さんの層を狭めてしまう方が劇団にとっては痛手なので」
お客さんの間口は広ければ広い方がいい。そこに条件や制限が加われば、その業界は成長しなくなってしまう。
「本当なら平民にも観てほしいくらいなんです。それは今は無理なので一旦置いてますが……だからせめて貴族の中では平等に楽しむものにしたくて……」
私が力を込めてそう言うと、クィルガー「おまえがそこまで思ってるなら反対しないが……」と頭を掻く。そこで彼の隣に座ってるヴァレーリアが口を開いた。
「移住民を招待することで、劇団の常連になっている人たちに影響はないの? そのせいで劇団からお客さんが離れてしまったら元も子もないわよ」
「あ……それは確かに……。お母様、地元民の奥様方はそんなに移住民と一緒の空間にいるのは嫌がるものですか?」
「うーん……私も他国出身だからねぇ。クィルガーと結婚したから地元民として認められてるけど、気持ちとしては移住民に近いから、正直に言うと私は嫌じゃないのよ」
彼女の言葉に、クィルガーが「そうなのか?」と片眉を上げる。
「でも元々地元民の家で生まれ育った夫人たちにとっては面白くないかもね。同じ会場で一緒に演劇を観るというのは」
「うーん……そうですか。困ったなぁ……あ、じゃあ移住民だけ招待する日っていうのを作ればいいかな」
「ディアナ、移住民のお客さんだけで会場を埋められるの? 人があまり来なかったら劇団は大赤字じゃない?」
「う、それはそうですね。どれくらいの人が来てくれるかわからないですし……これはダメかぁ」
どうにか、地元民の常連と移住民が仲良く観劇する方法はないものか。
そこで私は、今のヴァレーリアの言葉に注目した。移住民を嫌がらない人が、地元民の中にもいる。
「お母様、知り合いの中で他国から嫁いできた人や、移住民だったけど地元民に嫁いだ人はいますか?」
「え? まあ……もちろん何人かいるわよ。自分と同じ立場の人となら話も弾むから。ああ、キジーニ様もそうよ。確か彼女はカリム国から嫁いできたはず」
「え! キジーニ様がですか⁉」
「黄光の奇跡があったすぐあとに、親とともにアルタカシークへ移住して……そしてすぐにこちらの中位貴族に嫁入りしたって言ってたわ。だから彼女は移住民ではなく地元民として認められた人ね」
遊牧民と定住民が混在する時代が長かったアルタカシークの民は、古の時代から身内をなにより大事にする。勢力がすぐに動く社会では、身内の結束が一番大事だったからだ。そのため、外の人を受け入れるのに嫁入りという手段をよく使った。他民族と血の繋がりを作り、そこで結束力を高めたのだ。
その文化は今でも脈々と受け継がれていて、地元民に認められるには婚姻が一番手っ取り早いと言われている。貴族の会議中に起こった喧嘩で、地元民が「我らに認めてもらいたければ、婚姻関係を結べ」と言っていたのはそのためだ。
現在、この王都で移住民として暮らしている人たちは、その婚姻関係を結ばなかった人たち、ということなのである。
「じゃあ……キジーニ様もお母様と同じように移住民のことを嫌だとは思わないのでしょうか?」
「そうねぇ……保守的な考えを持つ人ではあるけど、元々自分も移住民なんだもの。彼女の家は親戚一同アルタカシークに来たって言ってたから、親戚に移住民のままの人もいるだろうし、特に嫌がるってことはないんじゃないかしら」
その言葉に私はパッと顔を上げた。
「じゃあ、そういう人たちから移住民に招待状を広げるってことはできませんか? もちろん、キジーニ様が地元民のくせにって言われないように、私が招待を推し進めてるってことにしますから」
「嫁入りで移住民から地元民になった人たちに緩衝材になってもらうってこと?」
「そうです。うちの常連の人たちはすでに『演劇のファン』という関係で繋がっているので、同じものを楽しむことができたなら、仲間だと思ってくれるかもしれません」
私が勢いよくそう言うと、ヴァレーリアは顎に手を当てて考え込む。
「……そうね。でも席は考えた方がいいと思うわ。地元民と同じ席に移住民が当然のように居ると、心象が悪いから。ディアナが平等に演劇を観てほしいって気持ちはわかるけれど」
「席ですか……ううーん……確かに。あ、じゃあ招待席を作るか」
「招待席?」
前世では演劇の主催の関係者などが招待されて座る席というのが用意されていた。その席は大体舞台から見て正面の奥の方にあって、見やすくはあるが一等席ではない。演劇の座席は最前列の正面が一番良い席なので、常連はみんなここを取りたがる。
そんな説明をすると、ヴァレーリアは「一等席ではないのなら、いいかもしれないわ」と頷く。
「よし、じゃあそんな感じで動いてみます。お母様にも手伝ってもらっていいですか?」
「もちろんよ。私の知り合いの元移住民に話をしてみるわ」
「ありがとうございます! お父様もそれでいいですか?」
「俺には夫人間のことはわからないからな。俺は反対しないが、父上と母上にも話を通しておけよ。アリム家の当主はまだあっちだから」
「わかりました! ……って、ん? まだっていうのは……」
クィルガーの言葉に私が首を傾げると、彼は「ああ、今度話そうを思ってたんだが……」と口を開く。
「近いうちに、俺がアリム家の当主を継ぐことになった。継承式が済めばこっちが本家になる」
「ええ! そうなんですか? おじい様は引退しちゃうんですか?」
「引退というか、隠居だな。本当はもっと前に俺が継ぐはずだったんだが、テルヴァのこととかがあって、なかなか話が進まなかったんだよ」
「ああ……それで。お父様が当主かぁ。なんだか新鮮ですね。おじい様が隠居というのも想像できませんけど」
「隠居しても隠居しないだろうな……父上は」
「まだまだお元気ですもんねぇ。じゃあ招待状の話をしに行く時に、その話もしてみます」
そうして、私はそれからおじい様とおばあ様にも許可をもらい、色々と根回しをして、移住民宛ての招待状を作成した。それをお母様やキジーニに渡し、そして個人的に観てほしい人にも送る。
そんなことをしている間に、私に魔石装具工房から手紙が届いた。そこには「カメラもどきの複製品ができたからすぐに来て!」と書かれてあった。
翌日、魔石装具工房に行くと、ラギナの研究室に当人とテクナ先生が待ち構えていた。
「あ、テクナ先生も。お久しぶりです」
「おう。相変わらずおまえとラギナは変なもん作ろうとしてんだな」
「劇団のための魔石装具ですから。それよりカメラもどきの複製品ができたって手紙にありましたけど」
私がそう言うと、ラギナがニカッと笑って「これこれ、見て!」と四角いものを机の上に置く。
それは本物のカメラもどきを少し大きくしたもので、前世で使っていたタブレットを思い出す形だった。木枠の中にハマっているガラスの中にはすでに水が満たされているらしく、少しだけ空気の泡が見える。カメラもどきの下部にあるカートリッジのようなものはないが、木枠にはそれを嵌められる穴が空いていた。
「おお……すごい精密に作られてますね。ガラスの中の泡がアレですけど……」
「これねぇ、どう頑張ってもガラスの中の空気をゼロにするのは無理だったみたい。職人が悔しがってた」
それは仕方ないだろう。薄いガラスの中に空気を入れずに水を満たして閉じるというのは前世でも難しそうだ。
「木枠の中には本物と同じように黄のミニ魔石と透明のミニ魔石がはまってるよ。あとはディアナが持ってる本物のカメラもどきの下についてるやつをはめて試すだけだから、待ってたの」
「わかりました。じゃあ早速やってみましょうか」
私はカバンの中から頑丈に包まれたカメラもどきを出すと、そこにはまっている保存カートリッジを外して、レプリカの方のカメラもどきにはめてみる。本物より若干引っ掛かりはあったが、なんとかくっ付いた。
「じゃあ起動してみますよ」
「うん……」
ラギナが覗き込むように前屈みになったところで、私は木枠の右上にある黄のミニ魔石に手を触れる。するとガラスがパアっと輝き、しばらく待つと映像が浮かび上がった。前に見た私の生まれてからの成長記録だ。
「やった! 映ったぁ!」
「すごい、映りましたね。画像は少しぼんやりしてますけど」
「へ? うわ、本当だ。なんで?」
「ガラスの面が本物より大きくなっちゃったからかもしれません」
本物のカメラもどきで見ていたものより、画像を一回り引き伸ばしたようなものになっている。
「……この本物のカメラもどきの大きさでないと、綺麗に映らないのかもしれないですね」
「ええー……今のガラス工房の技術じゃここまでの大きさが限界なんだよぉ。これ以上は小さくできない」
そう言ってラギナはガックリと肩を落とす。
「でもガラスとマギア水で再現できるってわかっただけすごいことですよ。本物の方はマギア水含めて奇石だったので黄のミニ魔石の力を流すことができましたけど、ガラスでもそれができるかはわかりませんでしたから」
「ああ、それはね、職人にお願いしてガラスを作る工程の途中でマギア水を使ってもらったんだよ」
ラギナによると、ガラスの材料となる砂や石を窯で高温で溶かし、それを成形して冷やす時にマギア水を吹き付けてもらったんだそうだ。そうやって冷やされたガラスにはマギアを通す特性が加わったのだという。
「へえ……そうやって物の性質を変えることもできるんですね。そこに気づくなんて、さすがラギナ」
「シシシ、まあね。これでも一応魔石装具の専門家だから」
えっへんと胸を張るラギナに向かって、テクナ先生が呆れた声を出す。
「それくらい気づいて当然だ。自慢することか、アホ娘」
「アホ娘ってなによ! 適当なこと言って職人を困らせる父さんに言われたくない!」
「俺は適当なことを言ったことなんてねぇよ。性格が適当なだけで」
「それが一番困るんでしょうが!」
「はいはい、喧嘩はその辺にしてください。止めるのも面倒なので」
「ディアナ、最近私たちの扱い、雑じゃない?」
「これだけ毎回喧嘩してたらこっちも飽きますよ。それで、テクナ先生はなぜ今日はここに? この複製品を見たかっただけではないんですよね?」
私がそう問うと、テクナ先生はニヤリと口の端を上げる。
「もちろん、これだけが目的じゃねぇ。ラギナからそのカメラもどきの構造を聞いて、わかったことがあるんだよ」
そう言って彼は後ろの机からとある物を手に取って、こちらの机の上に乗せた。それは、今ラギナが作った複製品と瓜二つのものだった。
やることがはっきりしたディアナは、移住民に公演の招待状を送りました。
広げ方にも工夫を凝らします。
そしてラギナからはカメラもどきのレプリカ完成の知らせが。
ただ綺麗には映らなくて……そこでテクナがあるものを持ってきます。
次は カメラの誕生、です。




