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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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21 情報と決意


 私がお願いしてからすぐに、イシークは商業区域の広場の情報を集めに行ってくれた。彼からの報告に、私は目を丸くする。

 

「……え、めちゃくちゃ大きい建物が立ってた?」

「はい。ただの広場だと思って行ったのですが、そこには平民が使うものとは思えないほど立派な建物が立っていました。闘技場を小規模にした感じといいますか……その中では格闘技の試合が行われていたようです」

「格闘技? もしかして、ザガルディの闘技場みたいに人同士や魔獣を相手に戦う感じなの?」

「いえ、そのような生死が関わるものではなく、ルールが決まった競技でした。少しだけ試合を見ましたが、選手は力自慢の平民で、それぞれに応援団のようなものもあり、とても盛り上がっていました。観客のほとんどが男です」

 

 イシークの説明を聞くと、どうやら相撲と柔道を足して割ったようなスポーツのようだ。アルタカシークの平民の間では昔からあった競技らしく、古くは嫁取りの勝負で行われていたものなのだそうだ。その話にルザが頷く。

 

「アルタカシークは魔女時代のころは広大な平原が広がっていて、遊牧民と定住民が混在していた社会でしたから、勢力図も頻繁に入れ替わっていました。民族間での争いも多かったと聞きます。そのころにあった文化なのでしょうね」

「こういう勝負をして有力者のお嫁さんをもらってたってことかぁ……この競技、貴族は知らないよね?」

「魔石術が発見されて貴族と平民がキッパリとわかれてからは、貴族の間では廃れたのでしょう。貴族の婚姻に必要なのは力ではなく、魔石使いとして強い階級と経済力ですから」

 

 一級、二級、三級という魔石術の階級に振り分けられ、高位、中位、下位と経済力でも区切られた。そんな貴族の社会に嫁取り競技は必要ない。

 なるほど、と納得していると、ルザが眉を寄せて首を傾げる。

 

「それよりも、その立派な建物の方が気になりますね。ディアナ様が卒業後商業区域に行くことが増えたので、その時に街のことを調べたのですが……そのような建物があるという情報は得ていません」

「ああ、それについては建物を管理する者に聞いたのだが、その建物は去年の夏に造られたばかりなのだそうだ。ルザが調べた時にはまだ出来ていなかったのだろう」

「え、そんなに新しいの?」

 

 私の問いにイシークがコクリと頷いて、一枚のメモ書きを机の上に置く。

 

「この闘技場は元はかなり劣化が進んでいて危険な状態だったそうです。そこで改修してくれる工房を募ったところ、最終的に一番安く請け負ってくれる工房に決まって、造り直したようです。ただ出来上がったものが想像以上に立派なもので、持ち主は驚いたそうですが。ディアナ様が興味を持たれるかと思い、その工房の名前も聞いてきました」

「おお、ありがとイシーク。ええと……第一工房所属、タジャシス工房……か。ん? 聞いたことないね」

 

 去年の夏に劇場を造ろうとした際、うちの馴染みの第一工房のリストをもらった。経営している貴族の名前とともに、そこが抱えている平民の工房の名前も書いてあったのだが、このタジャシス工房は見た覚えがない。

 

 あ……ということは。

 

「もしかしてこの工房、移住民の?」

「……! まさか」

「ルザ、私の棚の引き出しから工房のリスト持って来てくれる?」

「はい」

 

 そこで改めて調べてみると、やはりうちの馴染みのリストにその工房名はなかった。

 

「イシーク、その建物の様子もっと詳しく聞かせて」

「はい。そう言われるかと思い、管理人から建物の設計図の写しをもらってきました。このタジャシス工房は自分たちの技術を隠すのではなく、公開することで宣伝をしているそうです」

「そうなんだ……設計図を公開するってすごい自信だね……」

 

 イシークが机の上に広げた設計図を覗き込んで、私はまた目を瞠る。

 闘技場は貴族の建物と比べると小さな方だが、平民が使う建物にしては十分すぎる豪華さだった。太い柱に、美しいアーチの窓。壁には立体装飾もある。驚いたのは、その設計の細かさだ。柱のデザインも天井のデザインも客席の並び方もひたすらに美しい。繊細な技術を持つ職人がいなければ絶対にできない。

 

 これを……大型の建物でやってしまうなんて……。

 

 デザインの繊細さで見れば、うちの劇場よりレベルが高く見える。

 

「さすが第一工房の所属だね……貴族の求める技術力に見合ってる。移住民の工房の技術もすごいんだねぇ」

「……認めたくはありませんが、そのようですね」

 

 ルザも設計図を覗き込みながら渋い顔をする。

 

「平民の間だと、移住民にもちゃんと仕事は回されるんだね」

「一番安かったというのが理由ではないでしょうか? 平民は貴族と違って、決まりより自分の損得で判断することが多いですから」

「なるほど……でもこんなすごい工房が一番安い値段で引き受けるなんて……本当に貴族からの仕事がないのかな」

 

 私はルザにそう答えながら去年の夏を思い出す。あの時タジャシス工房のことを知っていたら、そこに頼むことができたなら、もっといい劇場ができたかもしれない。

 

「ルザ、このタジャシス工房のこと調べられる?」

「もちろん可能ですが……なぜですか?」

「こんなに腕がいい工房を抱えてる貴族が誰なのか知りたいんだよ」

「……承知しました」

 

 それから時間もかからず、ルザがタジャシス工房の情報を集めて帰ってきた。イシークもルザも本当に優秀だ。劇団の館の事務室で、ルザは真剣な面持ちで私に報告する。

 

「……ディアナ様、タジャシス工房を抱えているのは、アンビシア様の家でした」

「な……! それは本当なのか? ルザ」

「……やっぱりね」

 

 驚くイシークとは反対に納得した表情を作る私に、ルザが首を傾げた。

 

「ディアナ様は予想されていたのですか?」

「……前にアンビシア様について調べてもらったことがあったでしょ? その時に出身国のアルヒンについて書かれた資料の中に『アルヒンには優秀な建築の技術が受け継がれている』ってあったんだよ。アンビシア様も自分の工房については自信がありそうだったし。もしかして……とは思ったんだ」

「そうだったのですか」

「なんと、さすがディアナ様です」

 

 素晴らしい建築技術を持つ移住民の工房は……彼女の家とともにアルヒン国からやってきた人たちで構成されているのか。

 

「……マズイね」

「ディアナ様?」

「それだけ優秀な建築技術を持っているなら、アンビシア様が考えている封鎖街の開発案はかなり具体的なものになるんじゃない?」

「……そうですね。建築の専門家ですから、実現可能な、それでいて誰にも出せない案を出してくる可能性はあります」

「あー……私のふんわりした案と対照的だぁ……」

 

 貴族の人たちが住んでみたいと思う街。その感情をくすぐれる施設を作りたいと私は思っているが、具体的な作業工程まで考えているかと言えば、それはノーだ。劇場を自分で作ったとはいえ、その時は自分の希望を伝えて、設計図や工程計画などは全て職人に任せるだけだった。専門的なことは私には全くわからない。

 

「ルザ……移住民の動きってどうなってる?」

「最近はめぼしい噂は聞きません。少し静かすぎるくらいです」

「もう移住民の方で方針は決まったってことかな」

「そうかもしれません。もう少し調べましょうか?」

「ううん、いいよ。こっちは劇団を成長させるしか道はないんだし……」

 

 そう言って私は少し耳を下げる。アンビシア率いる移住民たちの案、他の地元民の貴族が考えている案、それらと私は対等に戦えるのだろうか。

 

 古代劇場を本拠地にしたくて、代表者に立候補したいと思ってたけど……それも無茶な話だったのかな。

 

 あまりに自分の考えが甘いような気がして、少し自信がなくなってきた。もちろん劇団の育成は順調にいっているし、新メンバーを入れての練習もすでに最終段階に入っている。日々成長しているメンバーを見るのは楽しいし、公演を成功させる自信もある。それなのにモヤモヤとした気持ちがどうしても晴れない。

 そんなことを考えて唸っていると、部屋にハンカルが入ってきた。

 

「どうした? すごい顔してるぞ」

「ハンカルぅ……頭がなんかうにょうにょする」

「は?」

 

 そこで私はハンカルに今考えていたことを話す。すると彼は呆れるように口の端を上げた。

 

「珍しいな。ディアナが自信をなくすなんて。まだなにも始まっていないのに」

「そうなんだよ。始まっていないからなんかモヤモヤするというか」

「劇団の育成は時間がかかるしな。なにも結果が出せてないことに焦りがあるんだろう。でもまあ、それも二の月に入れば終わるじゃないか。公演はもうすぐなんだし」

「そうなんだけど……」

「それに戦う相手の持っている武器がはっきりとわかって、少しビビったんじゃないか?」

「あ……それはあるかも」

 

 私が素直にそう言うと、ハンカルはフッと笑って手に持っていた小包を私の机に置いた。

 

「さっき廊下でスティラから受け取った。劇団長宛に、贈り物だ」

「贈り物?」

 

 なんだろうと思って差出人の名前を見ると、そこにラティシの文字があった。

 

「え! あ、もしかして小説?」

 

 急いで包みを開けると、中から束になった紙と手紙が出てきた。手紙には「初稿ができたから確認してほしい。原稿はこれしかないから、あとで送り返して」という乱れた筆跡の一文と、そのあとに彼の専属の商人であるらしい人からの言葉が長文で書かれていた。

 文は初めましての挨拶から始まり、いきなり送りつけた無礼を詫び、ラティシの突撃取材を詫び、ものすごい低姿勢な言葉遣いで小説のチェックをお願いしたいと書かれてあった。ラティシと比べてとてもちゃんとした、常識のある人の文章だ。それを読んで少しその商人に同情する。

 

 ラティシ様の専属の商人って……大変そうだね。

 

「まさかこんなに早く小説が届くなんて……」

「時間があるなら今から読んでみたらどうだ? 事務の仕事は今日はもうないし」

「うん、そうする」

 

 それから私は机の上を片付けてお茶を入れてもらい、読書体勢に入った。ラティシの字は綺麗というほどではないのだが、不思議とスルスルと読み進めていける。

 冒頭から、私の意識は小説の中へと潜り込んでいった。

 

 


 小説の最後のページを捲って、私は思わず長く息を吐く。体が熱くなっているのわかる。

 ラティシの小説は、悔しいくらいに面白かった。内容は自分の生まれや育ちに不満を持っている主人公が、演劇というものに出会い、劇団に入って変わっていくという話だ。

 

 ストーリーはありふれたものだけど……でもその表現力がすごいよ。

 

 主人公は最初に一観客として演劇を観る。その時主人公が感じた驚きや感動が、こちらまでグッと伝わってくるのだ。心をどう動かされ、自分もそこへ入りたいと思うまでに至るのか、その変化が手に取るようにわかる。演劇を観たことのない人たちにも伝わるような(えが)き方なのだ。

 その圧倒的な文章に惹き込まれていくうちに、ストーリーはどんどんと深まっていき、目が離せなくなる。

 そうして気づけば、最後のページを読み終わっていた。

 

「はぁ……すごいな。変な人だけど……間違いなく天才だよ」

「ディアナ様、そろそろ帰る時間です」

 

 ルザの声に顔を上げると、窓からは夕焼けの空が見えていた。思った以上に集中していたようだ。私が読み終わったのを見て、ハンカルが自分のヤパンから腰を上げてこちらにやってくる。

 

「どうやら面白かったようだな」

「うん……すごく面白かった。この本、絶対売れるよ」

「そうか。それは劇団にとってはありがたいな。それに、ディアナに元気が戻ったみたいだし」

「やっぱりわかる?」

「顔を見ればわかる。耳も元気いっぱいだ」

 

 私はピコピコと動く自分の耳に手を当てながら、ふふ、と笑う。そう、私の心は今、とてもポカポカしていた。ラティシの推薦文を読んだ時と同じくらい、熱い気持ちが湧き上がっているのだ。

 

「こんな熱い演劇の話読まされたら、こうなっちゃうよ。やっぱり演劇ってすごいんだって、思っちゃった。そんなのわかりきってたことなのに」

「ディアナの武器が、はっきり見えたか?」

「え?」

「戦う相手にも武器はあるが、ディアナだって持っているだろう? しかも向こうが思い付かないような特別な武器を持ってる」

「あ……」

 

 そこでさっきの話を思い出す。思った以上に優秀な武器が向こうにはある。けれど……。

 

 そうだ、自分にもあるのだ。この手で作った、最高の武器が。

 私は、その力を信じるだけでいいんだ……。

 

 ラティシの小説のおかげで、頭の中にあったモヤモヤがどこかへ飛んでいった。

 

 開発案のことを心配するから道が見えなくなるんだ。私の目的はなに? 古代劇場を手に入れたいと思った動機はなに?

 ——もっとたくさんの人に、演劇を見てほしい。エンタメを広めたい。それが私の目的。だったら、私のやるべきことは決まってる。

 

「……ハンカル、次の公演に招待したい人がいるんだけど、いいかな?」

「もちろん、客層が広まるのなら、俺は反対しない。ただ一応クィルガー様には相談してくれ。こっちの国の事情に関しては、俺は判断できないからな」

「わかった」

 

 私はそう返事をして、にんまりと笑う。

 

 地元民だとか移住民だとか、そんなのエンタメには関係ない。私はこの王都にいるどんな人にも、演劇を届けたいんだから。

 

 

 

 

リアルに感じたアンビシアの武器の凄さに少し自信が揺らいだディアナでしたが、ラティシの小説のおかげで立て直すことができました。

エンタメの力はすごいですね。


次は 招待状とカメラもどき、です。

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