20 路地裏のラグメン店
クィルガーが戻ってくるまでの間、私たちはその店の名物のシャリクを食べならが、ルザからラグメンの店について聞いた。店の場所はここからそう遠くなく、お昼を過ぎた今の時間だと比較的客も少なかったそうだ。ただそこに行くまでの道が古くて狭く、少々怪しげな空気が漂っているらしい。
その話を聞いたソヤリが眉をわずかに寄せる。
「……あまり、アル様をそういう場所に案内したくはないですね」
「変な人が現れても嫌ですもんねぇ……。ルザ、店の中は見てみた?」
「はい。店内は大きくはないのですが、奥に個室がありまして、店の主人に聞くとそこは別途席代が必要らしく、あまり利用する人はいないとのこと。個室の中を確かめましたが、店内よりは綺麗に掃除されていて清潔でした。たまにくる裕福な商人たちが利用するのだそうです」
ルザの説明を聞いて、ソヤリは「個室は店内の奥ですか……いざという時に逃げ場がありませんね」と懸念点を話す。しかし彼の隣でアルスラン様は少しだけ首を傾げた。
「個室があるのなら行けるのではないか? そのような場所で危険はなかろう」
「先ほどのような喧嘩が起こったらどうするのですか?」
「クィルガーがいるではないか。魔石術を使った争いでない限り、大きな問題にはならぬ」
「それはそうですが……はぁ。アル様が平民のラグメンを召し上がるなど……歴代の王族の方々に申し訳が立ちません」
「今は平民の商人だ。なんの問題もない」
しれっとそう言ってアルスラン様は周囲を見回す。人の多い食堂の中でも、アルスラン様の正体に気づいている人は誰もいない。そんな状況がどうやら気に入ったらしい。ソヤリはそんな彼の様子を見て、わざとらしくため息を吐いた。ソヤリもなんだかんだアルスラン様には弱いのだ。
その後、しばらくしてクィルガーが戻ってきた。どうやら話は上手くいったらしく、まとめ役のおじさんが急遽この辺の屋台の人たちを集めて、若者が作った新作スイーツを食べる会を開くことになったそうだ。そこで認められれば、あの若者はここで屋台を始められるのだという。仲間入りに必要なお金は分割で払っていくらしい。
「認められたらいいですね。聞いてるだけで美味しそうなお菓子でしたし」
「……おまえ、いつか食べに行こうと思ってるだろ」
「街の流行りを調べるのもプロデュースの大事な仕事ですから」
「貴族相手の劇団の仕事に平民の流行りは関係ないだろ。ただ食べたいだけだな」
クィルガーに看破された私はニコリと笑みを作り、「ではラグメンのお店に行きましょう!」と席を立った。
ラグメンの店は食堂から奥へ続く道を進み、その先の建物を左に曲がった路地裏の中にあった。確かに道は狭くて暗いため、いい雰囲気ではない。
でもこういう路地裏に隠れた名店があるんだよねぇ。これは前世と変わらないな。
物陰から変な人がふらりと出てきそうではあるが、イシークとクィルガーが殺気を放ちながら歩いているので、そういう心配もなさそうだ。
カタルーゴ人の威圧って便利なバリアみたいだね。
辿り着いた店はこぢんまりとした大きさで、看板も小さく、目立つ感じではない。古びた扉を開けて中に入ると、むわっとした暖かさと、いい出汁の香りが鼻をくすぐる。ルザが店主と話をして、私たちは奥の個室へと通された。個室の中は狭く、四人ほどしか入れない。
「ルザとイシークはカウンターで先に食べていろ。あとで俺とソヤリが交代する」
「は? 我々も食べるのですか?」
クィルガーの指示にイシークが目を見開く。個室に腰掛けようとしていた私は、二人の顔を見上げた。
「え、二人とも食べないの?」
「ディアナ様が召し上がるのでしたら……我々は特に」
「ええー、あのシル婆さんがお勧めしてくれた店だよ? 絶対に美味しいよ?」
「いえ、しかし……」
「私も食べるつもりはありませんよ」
戸惑うルザたちにソヤリまでそう言い出す。
「なに言ってるんですか。ソヤリさんが味を知っておかないと、今後再現する時に困るではないですか。アル様、ここのラグメン帰ってからも食べたいですよね?」
「気に入ればな。其方らも食べたら良い。この人数で押しかけて注文しないのも店に悪いであろう?」
「そうですよ。ちゃんと人数分頼みましょう」
私とアルスラン様に言われて、三人は戸惑いながら食べることを了承した。個室には私とアルスラン様、ソヤリとクィルガーが座り、個室のすぐ側にある席にルザとイシークが座って注文と支払いを済ます。
しばらく待つと、個室に私とアルスラン様のラグメンが運ばれてきた。ドロっとした鶏がらスープに分厚いお肉がどどんと乗っていて、野菜もたっぷり麺に絡んでいる。
おお……! ガッツリ系だ。美味しそう!
ラグメンはつゆ少なめのものが多いのだが、ここのラグメンはスープたっぷり具もたっぷりで、ボリューム満点だ。向かいに座っているアルスラン様が興味深そうにそれを眺めている。
「アル様、食べられそうですか? 麺が長いのがアレなら、切りますけど……」
「……いや、まずはこのまま食べてみよう」
アルスラン様が手をつける前にソヤリがまず毒味をし、そこから食事開始だ。私はアルスラン様が口をつけるまで食べられないので、彼が顔を覆っている布を下にずらしてスープを味わうところをじっと見つめる。
「……どうですか?」
「……これは……今まで味わったことのない深い味だ。其方も食べなさい」
「はい! いただきます!」
そう返事をして私もスープからいただく。口に入れた途端、鶏ガラの濃厚な香りと味が広がって、私は思わず目を閉じた。
んん〜……! 美味しい! これはヤバい!
感動に震えながら次に麺を啜る。濃いスープが麺に絡まって、噛めば噛むほど美味しさが広がった。
「ん〜! 美味しい! 旨みがすごいですねぇ。あ、お肉も柔らかくて味がギュッとしてて美味しいですよ。これコモラに食べてほしいな。いや、もう知ってるかも?」
「ディアナ、ゆっくり食え。アル様の前ではしたないぞ」
「だって美味しすぎて……こういう熱いものは早く食べたほうが美味しいですし」
そうこうしているうちに、サイドメニューのパイ包み揚げや餃子によく似たマンティも出てきて、私はアルスラン様に取り分けたあとそちらにもかぶりつく。ここで食べる時は貴族の作法をあまり気にしなくていいのでとても気楽だ。
アルスラン様はそんな私の食べっぷりを見て呆れたように笑う。考えてみたら個室でないとアルスラン様は口元を出して食べられないことに今さら気づく。公衆の面前で顔を出すことはできないのだから。
この店に来て正解だったかも。シル婆さん、ありがとう!
普段は食べない長い麺をアルスラン様もなんとか工夫して食べている。私と違ってその食べ方もとても上品だ。さすが王族である。
「アルスラン様、どうですか? ここの味は気に入りましたか?」
「ああ、そうだな。食べれば食べるほど、深い味わいに驚いた。この味は再現できるのか?」
「コモラに食べてもらったら再現できるんじゃないでしょうか。完全に一緒は無理だと思いますけど」
「ならば頼んでくれるか。帰っても食べたいからな」
どうやらアルスラン様もかなり気に入ってくれたようだ。平民の食べ物が好物になっていくアルスラン様を見て、ソヤリが複雑な顔をしていたが、あのご飯嫌いだったアルスラン様がこれだけよく食べるのだ。きっと嬉しさの方が上回っているだろう。
その後ソヤリとクィルガーが個室から出て行き、急いで食べ終えたルザとイシークが入ってきた。彼らはアルスラン様の食べる姿を見るわけにはいかないと、私たちに背を向けて控える。
こうしてアルスラン様と食べていると、いつもの王の書斎での食事の時と変わらない雰囲気になる。それをルザとイシークにはあまり見せない方がいいのだが、アルスラン様はあまり気にしていないようだったので、私も普段通りに接した。
料理を全て平らげて大満足した私たちは、行きと同じ道を辿って帰路についた。商業区域から貴族区域に入る門では、クィルガーが門番の騎士に話をつけに行って、すんなり通ることができた。乗合馬車に乗って貴族区域に入る平民には厳重なチェック入るのだ。
「お父様、門番になんて説明したのですか?」
「俺とおまえの名前を出して、あとは護衛仲間だと言ってある。騎士たちには俺の顔は知られてるからな。俺たちが貴族とわかれば詳しい説明なんていらないさ」
「おお、さすがお父様。顔パスの威力がすごいですね」
「……ちなみにおまえはお忍びの時はなんて言っていつも門を通ってるんだ?」
「え? 私も普通に名乗ってますよ。アリム家のディアナですって。耳も見せたら一発ですよ」
「おまえ……エルフであることを利用してるのか」
「ここまで貴族に知られているんですから、使えるものは使わないと損じゃないですか」
好意的でも忌避的でもエルフの私がこの王都に住んでいて、貴族であることはみんな知っている。貴族の証明が必要な場面では、耳を見せるのが一番早いのだ。テルヴァがいなくなって、自分の存在をオープンにできるようになったのは、結構ありがたい。
「そのおかげか、ここの門番の人とは顔見知りになりましたよ」
「……おまえも顔パスじゃねぇか」
私の言葉にクィルガーは複雑な顔をして、ため息を吐いた。
その後、クィルガー邸の近くの馬車の停留所で降りて歩いて戻ってきた私たちは、使用人の門から中へ入って、そこで待機していたクーンが乗る馬車の方まで歩いていく。
「今日は案内役ご苦労であった。おかげで有意義な一日となった。このあとはゆるりと休むが良い」
「アル様もゆっくり休んでくださいね。今日はたくさん歩きましたし」
私がそう言うと、アルスラン様は静かに頷いて馬車へ乗り込んだ。これだけ一日中歩いてもまだ余裕のある足取りに、自然と笑みが溢れる。
本当にアルスラン様が健康になってよかった。こんな一日が過ごせるなんて思ってなかったよ。
城へ戻っていく馬車を見送って、私は本館の方へ戻りながらうーん、と伸びをした。なにはともあれ、アルスラン様のお忍びは無事に終わった。自分がお忍びで行く時とは違って、さすがに疲れが体に出ている。
「ディアナ様、今日はお疲れでしょう。すぐにお風呂に入られますか?」
「そうだねぇ。そうしたいところだけど……ルザ、イシーク、ちょっといい?」
「なんでしょうか?」
後ろから付いてきている二人を振り返って、私はにこりと笑った。
「二人に頼みたいことだあるんだ」
「頼みたいこと、とは?」
「あの商業区域と平民区域の通りで見たおじさんたちいたでしょ? あの人たちが向かおうとしていた場所を調べてきてほしんだけど」
私がルザとイシークに頼みたいこと。それは商業区域にある広場についての情報収集だった。
「平民たちが急ぎ足で向かっていた広場ですか?」
「そう。あのおじさんたちの会話が気になったんだよ。試合があるとかなんとか。盛り上がる声も聞こえたし」
「平民の催し物を調べてどうするのですか?」
「平民の間で流行ってるスポーツがあるのなら知りたいなって。それを参考に貴族にも受けるものが作れるかもしれないでしょ?」
「貴族は平民の文化を受け入れないと思いますが……」
ルザとそんな会話をしていると、イシークがピッと姿勢を正す。
「ならば私が様子を見にいってきます。あの辺りは商業区域の中でも平民区域に近い場所ですから、治安もよくないでしょう。男が集まる催し物をしているのであれば、なおさらです」
「じゃあお願いできる? イシーク」
「は! 喜んで!」
イシークは顔を輝かせて軽い恭順の礼をとる。久しぶりに柴犬のような耳と尻尾の幻が見えた。
シル婆さんおすすめのラグメン店に行ってアルスランのお忍びは終わりました。
まさか王が食事しているところに同席するとは思っていなかったルザとイシークは内心めちゃくちゃ驚いています。
ディアナはいつも通りですね。パンムーはディアナが持ってきた果物をもぐもぐと食べてました。
次は 情報と決意、です。




