19 屋台街の揉め事
平民区域を見て回った私たちは、商業区域の大通りにある屋台街に戻ってきた。
「無事に終わってホッとしました。あとは美味しいものを食べて帰るだけですね!」
「ディアナ、顔に出過ぎだ」
後ろかクィルガーに注意されて、私は一瞬顔を引き締めるが、すぐにふにゃっと力が抜けてしまう。
だって屋台のシャリク食べるの久しぶりなんだもん。
「……そうだ、さっきシル婆さんに教えてもらったラグメンの美味しい店はどうしますか? 行きますか?」
「屋台街からそんなに離れていないんだよな?」
「そうですね。馴染みの食堂から少し裏に入ったところにあるみたいです」
「路地裏か……」
私の答えにクィルガーがソヤリと目を合わせて眉を寄せている。安全が確保できない場所へアルスラン様を連れていくのが嫌らしい。そこでルザが「私がその店の様子を見てきましょうか?」と手を上げる。
「お願いできる? ルザ」
「かしこまりました。ディアナ様はイシークの側から離れないでください」
「ルザ、行くのなら周りの道も調べてきてください」
「心得ております、ソヤリ様」
ルザはそう答えて音もなく私たちの側から足早に離れていく。彼女の調べを待つ間、私たちは馴染みのオープン型の食堂へ入って座れる席を探した。屋根はあるが壁はなく、大通りがよく見えるその食堂には薪ストーブが焚かれていて、通りより少しだけ暖かい。
その店内を移動していると、突然、大通りの方から男性の怒鳴り声とガシャン! となにかが倒れる大きな音が響いて、私はビクリと肩を揺らす。
「な、なに?」
「ディアナ様、少しお下がりください」
店の中から大通りまでは少し距離があるのだが、イシークが私を、クィルガーとソヤリがアルスラン様を守ろうとサッと動く。大通りを見ると、大きな体のおじさんが、地面に転がった若い男性を蹴りながら怒鳴っていた。
「誰の許可を得てここで商売してんだ! この余所者がぁ!」
「余所者じゃねぇ! 俺はアルタカシークの人間だ! 俺はここで商売する許可を貰ってる。文句言われる筋合いはねぇ!」
「うるせぇ! こっちのルール守れねぇ奴がアルタカシークの民を名乗るな!」
「地元民が勝手に作ってるルールなんて知るかよ!」
そう言って若い男性が起き上がっておじさんに掴み掛かっていくが、体格差がかなりあるので、若い男性は軽々と持ち上げられて再び地面に転がった。
人通りの多い場所で言い合いや喧嘩が始まることはたまにあるのだが、彼らの話している内容が今までとは違う。喧嘩の様子を見ながらイシークが眉を寄せた。
「地元民と余所者……移住民との喧嘩でしょうか」
「若者の方が一方的にやられてるね……イシーク、あれ止められない?」
「ルザがいない今、私がここを離れるわけにはいきません、ディアナ様」
そんな会話をしている間に、喧嘩はヒートアップして周りに野次馬が集まり始めた。食堂の中の客たちも食事をしながら大通りを覗きこんでいる。さっきより周りに人が増えたのを見て、ソヤリがアルスラン様に耳打ちをした。
「アル様、店の奥に参りましょう。ここは危険です」
「いや、良い。クィルガー、いけるか?」
「は? しかし……」
「あの二人か、もしくは一人だけでも良い。彼らから話が聞きたい」
アルスラン様の真剣な眼差しを受けて一瞬考えていたクィルガーだったが、すぐにイシークに「ここを任せる」と言ってオープン席から大通りに向かって出ていった。
なんだなんだ? と騒ぐ野次馬たちをかき分けて、彼は喧嘩をしている二人の間に入っていく。
「そこまでだ。もういいだろう。勝負はもう着いた」
「なんだ、テメェは⁉ 部外者は引っ込んでろ!」
頭に血が上ったままのおじさんが青筋を立てて、間に入ったクィルガーの肩をグッと押そうとするが、彼の体はピクリとも動かない。
「な……⁉」
「やり過ぎだって言ってんだ。これじゃ喧嘩じゃなくていじめだ。地元民だと威張るのなら、引き際を見極めろ」
「なにを……! テメェは何者だ」
「俺も地元民だよ。だから止めてる」
「……ああ?」
おじさんはクィルガーの胸ぐらを掴みながら凄むが、クィルガーは全く動じない。至近距離で睨み合っている二人の足元で、ボコボコにされた若者が「俺だって……まだ負けてない……っ」と喚いた。その言葉を聞いたクィルガーがおじさんの手を服から剥がし、腰をかがめて若者の頭をいきなり鷲掴みにした。
「いだだだだだだ!」
「なにが負けてない、だ。威勢だけ張るのもいい加減にしろ。こんな大通りでみっともない喧嘩すんな。周りに迷惑だ」
「お、俺はなんも悪くねぇよ! そこのジジイが勝手に怒って……!」
「はぁ⁉ なに言ってんだテメェ! ここでは商売始める前に地元民に許可取るのがルールなんだよ!」
「そんなの知らねぇって!」
「わかった。詳しい理由は俺が聞く。おっさん、あんたはこの辺のまとめ役か?」
「あ? ああ、そうだよ。俺ぁこの辺りの屋台をまとめてる者だ。あっちに俺の店もある」
「じゃあ、あとでそっちに説明しに行くから、こいつは一旦俺が預かる。いいな?」
「……あんた何者だ?」
「それもあとで説明する。ほら、行くぞ」
「いだだだだだ! あ、頭がもげる……!」
おじさんを宥めたクィルガーは、若者の頭を鷲掴みにしたままこちらに戻ってくる。喧嘩が終わった様子に野次馬たちが「なんだ、もう終わったのか」と言いながら離れていった。
喧嘩を収めたお父様は格好いいんだけど……あの頭ぐわしはやめてあげてほしい。私の頭まで痛くなっちゃうよ……。
思わず自分の頭を押さえながらクィルガーがこちらに歩いてくる様子を見ていたら、後ろから「お嬢さん、これ……」と声を掛けられた。振り返ると、フードを目深に被った男性が地面に落ちていたものを拾って私に差し出してくる。彼の手を見ると、私のスカーフ留めが握られていた。
「あ、すみません。落ちちゃったんですね」
スカーフを確かめて私がそれを受け取ろうとすると、その間にすかさずイシークが入ってきて男性からスカーフ留めを受け取る。
「お嬢様、直接はいけません」
「あ、ごめんつい……。あの、拾ってくれてありがとうございます」
「……いや、大したことじゃないさ」
男性は少しだけ顔を上げてフッと口の端を上げる。その時フードが少し動き、彼の細められた目が一瞬見えた。
……あ、ヘーゼルアイだ。アルスラン様と同じ……。
「お嬢様、あちらの席へ行きますよ」
「あ、はい」
声をかけてきたソヤリに向かってそう返事をして視線を戻すと、もうフードの人は店の奥へといってしまっていた。私はイシークから「ディアナ様……迂闊に平民から物を受け取らないでください」と小言を言われながらソヤリとアルスラン様が座る席へと移動する。
店の人に料理を注文している間に、クィルガーとボコボコにされた若者とルザが同時に到着した。若者は私たち一行を見て目を丸くしているし、ルザは「私が離れている間に一体なにが……」と首を傾げる。
「とりあえず、これで傷治せ」
「あ……はい……どうも……」
「こちらは俺の主人だ。喧嘩の理由を知りたいと仰っていたのでお前を連れてきた。飯奢ってやるから、全部話せ」
「へ? は、はい……」
クィルガーに傷薬を渡され、それをペトペトと顔に塗りたくりながら、若者はポツポツと事情を話した。
自分は移住政策が行われていた十五年前にジャヌビからアルタカシークにやってきたこと。当時は親と一緒に農業の仕事についていたが、趣味の料理好きが高じて料理人になったこと。そしてこの冬から自分の屋台を持つことができたことを、出てきたピラフを食べながら話す。
「ちゃんと商業ギルドにも料理人ギルドにも許可はもらったんだ。それなのに、屋台の準備してたらあのおっさんがやってきて……」
「あのおっさんはこの辺りの屋台をまとめてるって言ってたぞ。そこに挨拶には行ったのか?」
「いや、だって……知らなかったんだよ。そんな人がいるなんて。だって商業ギルドには商売の許可があればどこでも店を開いていいって言われたし」
「なんだと? ……はぁ。あいつら、説明省いたな」
「え?」
クィルガーはそこで若者に、アルタカシークで商売をするためにはギルドの許可の他に、必ず地域の者に「顔通し」をしなければならない決まりがあると告げる。顔通しとは簡単にいうと挨拶だ。屋台を出すなら屋台をまとめている人と、そこで屋台を出している人全員に仲間入りをお願いしなければならないらしい。もちろんこれには、お金も必要になる。
「え……! そんなの知らないよ! それにお金が必要だなんて……屋台代に持っていかれてそんな金ないし」
「本来なら、商業ギルドから説明があるはずなんだがな」
「う……クソ。俺が移住民だからってあいつら……」
男性はそう言って顔を赤くしながらピラフをガツガツと食べる。この食べっぷりを見るに、お金がないというのは本当のことなのだろう。
要は、移住民だからってギルドの人から差別を受けたんだ。それは酷いな……。
私は若者の待遇に胸を痛めつつ、疑問を口にする。
「あの……その顔通しをしてお金を渡せば、誰にでも商売の許可は降りるんですか?」
「どうだろうな……その辺はそこで商売している人たちに寄る。比較的緩いところもあれば、移住民を受け入れないところもある。あのおっさんは、まあやりやすい方だと思うが」
「え! あのおっさんが⁉」
クィルガーの答えに若者が目を剥いて叫ぶ。彼の口から飛び散ったご飯の粒にクィルガー以外の人が体を引いた。
「屋台の奴らは、商売敵が現れたら警戒はするが、それ以上に新しい料理に興味があるんだ。変わったメニューを次々と作り出してこの屋台街を大きくしてきたからな。おまえ、屋台でなにを出す予定だったんだ?」
「え? えっと……食べ歩きのできる菓子だけど……」
若者の考えたものは、棒状になったドーナツに地元のフルーツのクリームを乗せたスイーツだった。
え……それってもしかしてチュロスじゃない? 某テーマパークで売ってたあの名物の!
「こっちにはドライフルーツがたくさんあるから、それを入れたクリームをたくさん作ったんだ。他に生地にもナッツを入れたり、シナモンを入れたり工夫してる」
「お、美味しそう! 私食べたいです!」
「本当? お嬢さん買ってくれるかい?」
「買います買います!」
思わずそう返事をすると、クィルガーから思いっきり睨まれて私は口を閉じる。
「そういう菓子はあまり見たことがないな……よし、おまえその商品持ってあのおっさんのところに行け」
「ええ!」
「商業ギルドから手順を教わらなかったから知らなかったと説明して、自分がなぜここでこの菓子を売ろうと思ったのか、そういう熱意を伝えるんだ。大丈夫だよ、ああいう血の気の多いおっさんは一度懐に飛び込んだら案外話を聞いてくれるから」
「ええー……そうかなぁ……」
「あの……あんな怖いおじさんのところに、一人じゃいけないと思いますけど」
ね? と私が言うと、若者はうんうんと頷く。
「おまえ、さっきは威勢のいいこと言ってたじゃねぇか」
「あ、あの時は俺も頭に血が上ってて……売り言葉に買い言葉というか……」
「はぁ……なんだそれは」
そう言ってクィルガーが呆れていると、隣にいたアルスラン様が口を開いた。
「其方も一緒に、今からその若者と話を付けにいってはどうだ?」
「……! アル様、今からですか?」
「その機会は今しかあるまい。それに、其方があとで説明をしに行くとさっきの男に言っていたであろう?」
「あ……まあ、そうですが……しかしアル様のお側を離れるわけには」
「私はここから動かぬ故、問題ない」
アルスラン様がそう言うと、ソヤリがその隣でため息を吐きながらクィルガーに向かって頷く。
「……そうですか。では急いで行ってまいります」
その言葉に若者はパッと顔を輝かせてクィルガーを見る。アルスラン様の一声で、クィルガーはさっきのおじさんの店へ向かうことになった。二人を見送ったあと、私たちはようやく飲み物に手をつける。
「……ふむ、興味深い話が聞けたな」
「商業ギルドがそのようなことをしていたとは……」
「平民区域はまだ調査が甘いようだ」
「申し訳ありません、アル様。我々の監督不足です」
「直接見にきて正解であったな」
アルスラン様とソヤリの会話を聞きながら、私はカップに口をつけて大通りを眺める。話が早急に解決してよかったが、おかげであの若者に頼み忘れたことが一つあった。
ああ……クリームたっぷりのチュロス、食べたかったなぁ。
屋台街で思わぬハプニングがありました。
クィルガーの名前も表では出せないので(アルスランと同じくらい有名)其方という言い方しかできません。若者は「大層な話し方をする人だなぁ」と思いながらアルスランのことを見てます。
ディアナの頭の中は某チュロスでいっぱいです。
次は 路地裏のラグメン店、です。




