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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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18 シル婆さんの昔話


 二人にアティラ様のことを話していい、と言ったアルスラン様を見て、シル婆さんが目を糸のように細めた。

 

「我が王がそう仰るなら、アタシは構いませんよ。それにこの部屋は外に声が漏れない作りになっていますから、偽名を使わなくても大丈夫です」

 

 シル婆さんの説明に頷いたアルスラン様は、クィルガーとソヤリに自分の母親が砂の部族の生き残りであったこと、奉納場の地下に住んでいたこと、砂の部族の血を引くシル婆さんを頼って王都の街に来たことなどを話した。シル婆さんもアティラ様と出会った時のことを二人に話す。

 

「なんと……砂の部族はテルヴァの他にも生き残っていたのですか」

「シル婆さんが砂の部族と風の部族の子ども……」

 

 ソヤリとクィルガーはそう言って唖然としている。アルスラン様はアティラ様の出自を話しただけで、先代のジャヒード王と奉納場の最奥の部屋に行ったことや、強引に結婚を勧めた理由については話さなかった。

 

 エルフの結び子や、秘術に関してはやっぱり秘密にするんだね。

 

 私がそう思ったのがわかったのか、アルスラン様はチラリと私の方を見て僅かに頷く。

 私たちには誰にも言えないことがいくつかある。この世界の勢力図を簡単に変えてしまう特級の魔石使いを産む秘術の話や、ウヌア様に教えられたこの大陸の創世の話、それに私たちが寿命を分け合ったことも二人にはまだ言っていない。

 それらのことをいつ、誰に話すかはアルスラン様に一任している。私では判断できないからだ。

 

 そう思うと、二人だけの秘密の話ってまだ結構あるね。

 

 ソヤリとクィルガーにアティラ様のことを話したところで、アルスラン様が改めてシル婆さんに問いかける。

 

「特別なことが聞きたいというわけではない。私は母上と過ごした時間が少なかったからな……どういう人であったのか知りたいだけなのだ」

「そうですねぇ……アタシと出会ったころのアティラ様は、若くてはつらつとしていましたよ。まだ十代で、この先どうやって生きていけばいいか迷いながらも、瞳に力がありました……ずっと地下遺跡で暮らしていたわりに明るくて聡明で、いい子でしたよ」

 

 シル婆さんは懐かしそうに語り出す。

 アティラ様はずっと祖母と二人きりで暮らしていたとは思えないくらい人と接することに抵抗がなく、それどころか自分から声をかけたり、困った人を助けたりしていたこと。優しい娘かと思いきや、意外と気が強く、頑固で、これと決めたことは絶対曲げなかったこと。新しい街での生活にもすぐ馴染んで、砂の部族で受け継がれてきた薬の知識を使って商売をしようとしていたこと。

 それは虚弱に生まれたアルスラン様のお世話を付きっきりでしていた優しい母、というイメージと違っていて、私は目を丸くした。

 

「……アティラ様って、意外とたくましい方だったんですね」

「ヒヒヒ、そうだよ。アタシの店も手伝ってくれてね、掃除やら料理やら洗濯やら色々やってくれていた。アタシと口喧嘩しても負けないんだよ。大した娘だった」

 

 シル婆さんの語るアティラ様からは、砂の部族の最後の一人という悲壮感も、奉納場を守らなければいけないという重責を苦にしていた感じもない。それはとても生き生きとした、普通の女の子の話だった。

 

「でもね、ジャヒード様と出会ってからあの子は変わったよ。悪い意味じゃなくてね。ただの恋する一人の女の子になった。アタシはそのお相手がとんでもない人で言葉が出なかったけどね、ヒヒヒ。そのあといつものように揶揄(からか)ってやろうと思ったんだが……そんな暇もなくお嫁にいっちまったからね」

 

 少しだけ声に寂しさを乗せて、シル婆さんがお茶をズズっと飲む。

 私がしんみりしていると、彼女の話を聞いて黙っていたアルスラン様が口を開いた。

 

「母上は……こちらで暮らしていた時は幸せだったのだな」

「そうですねぇ……アタシが覚えているのは、彼女の笑った顔や怒った顔ばかりです。衰退していた王都の空気を明るくしてくれていましたよ」

「……そうか……」

 

 そう言って目を伏せるアルスラン様に、私は明るい声で話しかける。

 

「アルスラン様って……意外とアティラ様に似ているのですね」

「む? どこがだ?」

「困った人を助けようとするところとか、これと決めたことは実行する頑固なところとか」

 

 私が「今回のお忍びみたいに」という意味を込めてそう言うと、後ろのクィルガーとソヤリが僅かに咽せた。

 

「似ているか?」

「似ていますよ。口喧嘩とまでは言いませんけど、アルスラン様もああ言えばこう言いますし。あと顔立ちはティムール様にそっくりですけど、髪の色はアティラ様と同じなのではないですか?」


 私の言葉に、アルスラン様は頭に被っている布の中に手を入れる。

 アルスラン様のマギアコアの中で見たアティラ様の髪の色はヒマヤと同じだった。あの黒髪は私にとっては懐かしい色なのだ。

 

「ふむ……そうか。確かに、そこは母上に似ているのかもしれぬ」

「嬉しいですか?」

「……そうだな。叔父上ばかりに似ているのは不本意だったからな」

 

 その言葉に、シル婆さんが吹き出して思いっきり笑う。

 

「ヒヒヒヒ……ああ、失礼。ヒヒヒ……不本意とは。ティムール様は我が王にとっては困った方なのですねぇ。いやぁ、寝たきりになったと聞いていたものですから……相変わらずなようで安心しました」

「あ、シル婆さんはティムール様とも会ってるんでしたね。それにおじい様やソヤリさんのお父さんにも」

「ああ。懐かしいねぇ……ついこの間の話のようだ。ついでに、サケン様の昔話でもしようか?」

 

 ニヤリと笑ってシル婆さんがそう言うと、ソヤリが珍しく嫌な顔をして「結構です。父の話は面白くありませんから」と首を振った。

 それからアルスラン様はシル婆さんに感謝の言葉を伝え、情報料はいくらかと訊ねる。

 

「まさか、我が王からお金などいただけませんよ。今日は昔話をしただけですから」

「いや、今回のことだけでなく、テルヴァの情報も提供してくれたであろう。その礼も兼ねている」

「あれはテルヴァの脅威を避けてくださったことで、対価はいただいております」

「しかし……」

 

 そう言って困惑しているアルスラン様に、シル婆さんは悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「……ならば、一つだけ情報をいただきたい。それが対価ということでいかがでしょう?」

「シル婆さん……! アルスラン様に向かってなにを」

 

 眉間に皺を寄せて警戒するクィルガーを無視して、シル婆さんはなぜか私を見て口を開いた。

 

「なに、簡単な質問をするだけですよ」

「どのようなことだ?」

「アルスラン様の……好物はなんでしょうか?」

「む、好物?」

「あ! シル婆さん、それ私の時と同じ……」

 

 初めてシル婆さんに会った時、彼女が私に聞いてきたのも「エルフの好物」だった。彼女は予想外な情報を得るのが好きなのだ。その質問を聞いたクィルガーが呆れたようにため息を吐く。

 

「ふむ、好物とは……」

「アルスラン様、正直に言っても大丈夫ですよ。彼女は変な情報が好きなだけですから」

「そうなのか。……ディアナ、あのラグメンはなんという料理名なのだ? いつも食べる……」

「鶏ガラスープのお肉たっぷりラグメンですか? 確かに、アルスラン様はあれがお好きですよね」

「だそうだ」

 

 私の言葉に続けてアルスラン様がそう言うと、シル婆さんは膝を叩いて大喜びする。

 

「ヒヒヒヒヒ! ラグメン! なんと王族の方がラグメンがお好きとは……! しかも平民がよく食べる味を……これは良いことを聞いた」

「シル婆さん、アルスラン様が召し上がっているのは特別仕様のラグメンです。勘違いしないように」

 

 ソヤリがすかさずフォローするが、シル婆さんは笑いっぱなしだ。

 

 意外すぎる答えが返ってきたからツボに入っちゃったね。私の好物がシャリクだって言った時より喜んでる。

 

 シル婆さんは笑うだけ笑って、「良い情報が聞けたから」という理由でこちらにもおまけの情報をくれた。

 

「鶏がらスープの美味しいラグメンが食べられる店があるんだよ。そこに行くなり、誰かに食べに行かせて味を再現するなりしたらいい」

 

 その店の場所を書いたメモを私に渡して、シル婆さんは最後にアルスラン様に向き合う。

 

「この国を救ってくださったこと……感謝してもしきれません。それにテルヴァの脅威を払い、砂の部族の希望であるお嬢ちゃんを助けてくださった。アタシはもう先は長くはないですが、この身が朽ちるまで、我が王に尽くすことを誓います」

「これからも、民の安寧のために力を貸してくれ」

「御意に。……国に力が戻り、今この街にはいろんな者たちがやってきます。時には王の心を掻き乱そうとする者が現れるかもしれません。そういう者たちに惑わされず、真なる願いを貫いてくださいませ」

「……ああ、心に留めておこう」 

 

 挨拶を終えて、アルスラン様が立ち上がり、私たちは部屋から退出する。その時、シル婆さんがソヤリだけ部屋に残した。そのまま待合室で待っていると、すぐにソヤリが部屋から出てくる。

 

「シル婆さんとなにか?」

「……いえ、大したことはありません。アル様、お待たせいたしました。では行きましょうか」

 

 それから私たちは商業区域のメインの通りへと戻り、そこでアルスラン様に街の様子を見せた。食料品店や衣料品店、本屋、日用品店というお店だけでなく、布通りや鍛治通りなどの主要な通りも見学する。アルスラン様が本屋から全然出てこなくなるというハプニングがあったが、概ね予定通りに回れた。

 

「アル様、お疲れではございませんか?」

「いや、大丈夫だ。次が最後か?」

「はい。商業区域と平民区域の間にある通りから、平民の住宅地へ入ります。こちらが例の住宅地が不足しているという地域ですね。通りが狭く、人も多いので特に注意が必要です。あまり時間をかけて見ることはできません」

「わかった。立ち止まらずに歩きながら様子を見よう」

 

 そうソヤリと打ち合わせをして、馬車に乗ってその地域の近くまで向かう。本当は平民区域のさらに奥の方が住宅が密集していて、問題が起こっているのがよくわかるらしいのだが、そこに裕福な商人の格好をしたアルスラン様が行くと目立ってしまうため、今日はそちらは避けた。

 

 私も……この辺りに来るのは初めてだな。

 

 いつもはお店のある場所や市場のある農業区域に行くことが多いので、平民が生活している場所を目的もなく歩くのは初めてだ。

 

 うわ……道が狭い。

 

 大きな通りから一歩中に入れば、平民の住宅路は本当に道が狭く、入り組んでいた。その細い道を親子連れや子どもたちが賑やかに通っていき、そこかしこの家の二階から物干し竿が飛び出ていて、そこに洗濯物が干されていた。道には生活用水を流す溝が掘られている。

 シル婆さんのお店がある商業区域内の住宅街は比較的大きくて清潔だったが、ここはそうではない。

 

「生活感満載ですねぇ」

「このあたりは商業区域の隣なだけあって、まだ綺麗な方です。農業区域に近くなればなるほど、家はもっと密集してきますし、ホジャの臭いもキツくなります」

 

 ホジャとはこの世界での汲み取り式のトイレのことだ。水を井戸水に頼って生きるアルタカシークでは、下水道は整備されていない。平民はホジャで用を足し、それを肥料として農家に買い取ってもらうシステムになっていた。しかし人口が密集すればホジャの数も多くなり、処理が追いつかなくなるので、町全体が臭うのだそうだ。

 まだマシな地域と言われても住宅地の密集具合は結構なものだし、滞在費を浮かす旅商人のための安宿もあって治安も良くなさそうだ。裕福な商人一行の私たちのことを胡乱な目で見てくる人もいて、クィルガーとイシークが警戒心を露わにする。

 ソヤリの説明を聞きながら住宅地をぐるりと周り、再び商業区域との間の通りに戻ってきた。

 

「住宅地の密集さは思った以上だったな」

「移住者だけでなく、他国からやってくる商売人たちも多いですからね。住宅だけでなく宿不足も問題になっているようです」

 

 アルスラン様とソヤリがそんな話をしていると、通りの奥から賑やかな男性の一行がやってきて、コソコソと喋りながら商業区域の中へと急ぐように走っていく。

 

「もう試合は始まってるのか?」

「わかんねぇ。でも声は聞こえるぜ」

「お前がぐうたらするから遅れちまったじゃねぇか」

 

 その様子を見ていた私は後ろのソヤリを振り返った。

 

「なにかあるんでしょうか?」

「この先には……確か大きな広場があるはずです。そこでなにか催し物をしているのではないですか?」

「催し物……今試合って言ってましたよね? なにかスポーツでもやってるのかな……」

「ディアナ、今日はそちらには行きませんよ。住宅地の視察はこれで終わりです」

「わかってますよ。ちょっと気になっただけです」

 

 そう言って、私はチラリとその広場があるという方向に目を向ける。ここからはなにも見えないが、スカーフに隠した耳には人々の歓声のようなものが聞こえてきた。

 

 ……なんだろ。気になるなぁ。

 

 後ろ髪を引かれつつ、私は予定通り停留所がある方へと歩いていった。

 

 

 

 

ディアナは卒業してからシル婆さんの所へ何度か遊びにいっているので彼女の扱いは慣れたものです。

アルスランの母のことが少し知れました。

ソヤリとの内緒話の内容はまあ、あの二人のことです。


次は 屋台街の揉め事、です。

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