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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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17 アルスランのお忍び


 一の月の中旬、私はうちの家の敷地内にある使用人棟の前に立っていた。

 

 ああ……ついにこの日が来ちゃったよ。アルスラン様、実行するの早すぎ。

 

 私の格好はいつも商業区域にお忍びで行く時の平民の格好だ。安い厚手のロングの上着に厚手のズボンにブーツ。頭も厚めのスカーフをぐるぐるに巻き、エルフの耳もその中に突っ込んでいる。貴族として商業区域や平民区域に行く時は貴族の格好で耳も出すが、お忍びで行く時はいつもこんな感じなのだ。

 もちろん、ルザやイシークも同じような格好をしている。イシークは元平民の特殊貴族なので、平民の格好をしていても意外と様になっていた。ルザも監察官の訓練で変装などをするらしく、こちらも違和感がない。

 

 私の側近ってそういう意味でも優秀だよね。

 

 ちなみにいつもスカーフの中にいるパンムーは、昔ファリシュタに作ってもらったマフラーを巻いて私の頭の上に乗っている。彼は寒い地域で生まれ育ったので寒さには強いのだ。

 私の格好を確認していたイシュラルが、心配そうに口を開く。

 

「ディアナ様、寒くはございませんか?」

「うん。イシュラルが貸してくれた上着、本当にあったかいねぇ」

「平民の冬支度の一環で作る服なのです。けれど……まさか私の私服をお貸しすることになるとは……」

「話が急だったからね。私サイズの服を調達するのも面倒だろうし。これで十分だよ。ありがとね、イシュラル」

 

 実はみんなで商業区域にお忍びで行くことは、二日前に知らされた。アルスラン様が丸一日フリーのお休みを取れる日がそこしかなかったらしい。

 こんな真冬にお忍びに行ったことがなかったので、真冬用の平民服を持っていなかった私は、急遽イシュラルから服を借りた。この服は彼女が思春期のころに着ていた服で、自分の子どもにいつか着せようと思ってとっておいたものだという。生地が分厚くて少々動きにくいが、中綿も入っていてとても暖かい。

 

「ディアナ様、くれぐれも迷子などにならないようお気をつけください」

「うん、わかってる。行き先は決まってるから大丈夫だよ。夕方には戻るね」

 

 イシュラルはいつも私が商業区域にお忍びで行くのを過剰に心配する。人の多さも治安の悪さも貴族区域とは大違いなので当然だろう。

 

 まあ……今回ばかりは私もイシュラルと同じ気分だよ。

 

 いつもはもっと心が軽いのに、今日は朝から緊張しっぱなしで心が重い。何事もなければいいが……と思いながら待っていると、使用人棟の方に本館のロータリーの方からガラガラと一台の馬車がやってきた。うちの馬車ではなく、騎士棟が所有している馬車だ。その馬車が見えたところでイシュラルや他のトカルたちがその場から離れていく。

 今回お忍びするにあたって、騎士棟から馬車を派遣し、いつも私が王の塔に行くために使っている秘密の通路を使って、アルスラン様はその馬車にこっそりと乗り込んだ。そしてそのままうちの家までやってきて、正面玄関前を通り越してここまでやってきたのだ。

 

 騎士棟の馬車が王宮騎士団長の家にやって来るのは不自然じゃないからね。うちからならこっそり歩いて商業区域行きの乗合馬車に乗るのも簡単だし。

 

 馬車はスピードを落とすと、私たちの前で止まる。御者は王宮騎士団の騎士で、私の護衛隊の隊長を務めていたクーンだ。こういう秘密のミッションに体よく使われている気がするが、彼は私の顔を見てにこりと笑う。

 キイっと音がして馬車の扉が開き、中から平民の格好をしたクィルガーとソヤリが出てきた。

 

「予定通りか?」

「はい。こちらは大丈夫です、お父様」

 

 彼らが地面に降り立つと、馬車の奥からもう一人出てくる。裕福な商人が着ていそうなゆったりとした服に、白と柄が入り混じった布で目以外を覆っている。変装をしたアルスラン様だ。髪は結んでいるのか、表からは全く見えない。

 彼の前で跪こうとした私たちを止めて、アルスラン様は目を細める。

 

「待たせたな」

「……本当に、行かれるのですか?」

「ここまで来て、まだ反対するのか?」

「いえ……お父様とソヤリさんがいいのならいいのですけど」

 

 そう言ってチラリと二人の顔を窺うと、クィルガーは仕方なさそうにため息を吐くし、ソヤリに至っては能面みたいな顔になっている。あれはかなりご機嫌斜めな顔だ。二人ともアルスラン様の要望を止めたけど止められなかったという感じなのだろう。探究心をくすぐられたアルスラン様は本当に頑固なのだ。

 それから私たちにクィルガーから注意事項を告げられた。今日はあらかじめ決めた場所にしか行かないこと、常に私たちが前に立って歩くこと、予定外の動きはしないこと、人通りが多い場所はできるだけ避けること。

 

「特にこの一行は裕福な商人とその親戚とお付きの護衛という設定でいくからな。スリやら強盗やらに目を付けられないよう気をつけてくれ」

「気をつけろと言われても難しいですけどね……」

 

 ちなみにアルスラン様が裕福な商人、私がその親戚の子ども、ソヤリとルザが従業員、クィルガーとイシークが護衛の兵士という感じである。もっと普通の平民の一行に変装できれば良かったのだが、アルスラン様に貧しい格好をさせるわけにはいかないとソヤリが猛反対してこうなった。

 

「お父様、呼び名はどうすればいいのですか? 街中でいつものように呼んではバレてしまうでしょう?」

「あ……そういえば決めてなかったな」

 

 クィルガーはそう言って顔を顰めてから、アルスラン様の方を振り向いて「どうしましょうか?」と問いかける。

 

「小声で呼ぶくらいならバレないのではないか?」

「いえ、商業区域は人が多く賑やかなので、話す言葉も自然と大きくなるのです。アルスラン様のお名前は王族にしか使えないものですし……」

「我が国の偉大なる王の名前に反応しない民はいません、アルスラン様」

 

 クィルガーとソヤリに言われて、アルスラン様は「ふむ……」と腕を組んだ。

 

「ではアル、で良い。これならよくいる名であろう?」

「アル……様、ですか」

「かしこまりました。アル様」

 

 二人はそう言って了承する。私も間違えないようにしなければ。

 御者のクーンにはそのままうちに待機してもらい、私たちは使用人たちが使う通用門を通って外に出る。そこからいつものように乗合馬車の停留所まで歩き、やってきた馬車に乗り込んだ。ソヤリやルザは自然な態度で私とアルスラン様の側に控えているが、クィルガーとイシークの空気が重い。二人の緊張感がこちらにまで伝わってくる。

 

 まあ……アルスラン様がこんなところにいるんだもんね。そりゃ緊張するよ。

 

 私もアルスラン様の隣に座りつつ、自分の髪や手が彼に触れないよう注意する。

 

 お互いに触れると繋がりの魔石術が発動しちゃうの、こういう時は不便だね。

 

 ガラガラと乗合馬車に揺られながら、アルスラン様は一言も喋らず、じっと窓から街の様子を見つめていた。

 貴族区域を抜け、商業区域に入った馬車は、乗り換えの停留所で止まる。私たちはそこで一旦降車し、再び違う馬車に乗り込んだ。目的地は日用品店が並ぶ通りの奥に行った場所にある。ここにはサモルの店もあるのだが、そこを通り越してさらに奥へと進んでいった。

 そしてとある通りの前で下車し、私はアルスラン様を誘導するように細い路地へと入っていく。人通りの多い場所から、生活感の溢れる住宅地を歩いて、私はとある家の前で足を止めた。その家は白い壁にぐるりと囲まれていて、外から中の様子は一切見えない。私は周りに人がいないのを確かめて、玄関の一部分に触れた。すると壁の一部がガコッと奥にずれて横にスライドしていく。その中には紐のようなものがぶら下がっていた。

 私がその紐を一度引っ張ると、内側で鐘の鳴る音がして、しばらくすると中から声をかけられた。

 

「お名前は?」

「金の鷹です」

 

 そう答えると、壁の一部が内側に開いていき、中から地味な顔立ちの小柄の女性が現れる。

 

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 彼女の案内で中に入ると、内側に開いていた扉が勝手に元に戻っていく。平民が使う仕掛け扉らしいのだが、どんな仕組みなのかは知らない。

 ここは、情報屋シル婆さんの店だ。表向きはただの住宅だが、ここでひっそりと情報屋の仕事をしている。前の店はテルヴァによって破壊されてしまったため、新たな場所で店を開くことになった。彼女は私と密接に関わっていた砂の部族の生き残りで、その縁から私はちょこちょこ遊びに来ているのだ。

 顔見知りの従業員のロウネのあとを付いて家の中に入ると、暖炉によって暖められた空気が頬を撫でた。

 

 あ〜あったか……平民の家には魔石装具はないけど、暖炉で十分あったまるね。

 

 シル婆さんの店内は玄関から入ってすぐに待合室があり、その先の廊下の奥に彼女の仕事場がある。その間には数々の仕掛けがあり、変なお客が来るとすぐにシル婆さんの部屋が隔離されるようになっているらしい。

 ロウネは待合室から奥の廊下を進み、私たちに中に入るよう促した。

 

「中は広くはありませんので……四名様だけでお願いします」

「じゃあルザとイシークはここで待機してて」

「は!」

「承知しました」

 

 側近の二人が扉の前で控えるのを見て、私は一度アルスラン様に目で合図をして扉を開ける。

 部屋の中は前の店とあまり変わらない。狭い部屋に資料や本が詰まった棚、床には絨毯が敷かれ、独特な香が焚かれていた。

 部屋に入ったすぐそこに、ちょこんと老女が座っていた。しわしわの顔にターバンをぐるぐる巻きにした大きな頭、丸まった背中はとても小さく弱々しく見えるが、クィルガーが「殺しても死なない」と評するほど本人はしぶとくて賢い。

 彼女は部屋に入ってきた私たちを見て目を三日月の形にする。

 

「ほうほう……まさかこんな日が来るなんてね。……初めてお目にかかります、王都で情報屋を営んでいる、シルと申します。お会いできて光栄ですよ、我が偉大なる王」

 

 シル婆さんはアルスラン様の方を見てうんうんと頷いて、並べてある奥のヤパンに座るように言う。

 

「本来ならばもっと広くて立派な部屋に席を設けるべきなんですけどねぇ……ここが一番内密な話をするのに向いてるものですから」

「いや、ここで構わぬ」

 

 アルスラン様はそう言って一番奥の席に座った。クィルガーとソヤリが彼の後ろに控え、私がシル婆さんとアルスラン様の間に座る。ロウネがお茶を持ってきてシル婆さんの前に置き、すぐに部屋から出て行って扉を閉めた。本来ならシル婆さんがお茶を配るべきなのだが、彼女の体を思って私がささっとそれを全員に配る。

 

「ヒヒヒ、一昨日エルフのお嬢ちゃんから手紙が届いた時は驚きましたよ。まさか貴方様がこちらに直接おいでくださるとは……長く生きるものですねぇ。それで、今日はどういったご用件で?」

「叔父上から話を聞いたのだが、先代……父が、世話になったそうだな」

「いいえ、アタシは何も特別なことはしていませんよ。たまにうちの店にくる国想いの若者と、しばしお茶を楽しんでいただけです」

 

 シル婆さんはそう言ってくすりと笑う。貴族に対して敬語を使わなかった彼女でも、さすがにアルスラン様に対しては丁寧な言葉を使っていた。

 

 まあ、それにしても平民が王に対してする喋り方じゃないけどね。

 

 クィルガーもソヤリも後ろで大人しくしているが、内心ヒヤヒヤしているのが空気で伝わってくる。アルスラン様は特に気にする様子もなく、話を続けた。

 

「今日は、そのころの話を聞きたいと思ってきたのだ。父上と……母上のことを」

 

 彼がそう言うと、後ろの二人が怪訝な顔をする。

 

「……アル様、アティラ様のことをなぜシル婆さんに?」

「シル婆さん、アティラ様と面識が?」

 

 ソヤリとクィルガーの問いに、アルスラン様が口を開いた。

 

「父上と叔父上がよく平民区域に行っていたことは二人も知っているであろう? そこで父上と母上は出会った。そして母上は元々、彼女と知り合いだったのだ」

「なんと……!」

「そうだったのですか?」

 

 私はその会話を内心ソワソワしながら見守る。そういえば、シル婆さんが砂の部族の末裔であることも、アティラ様が砂の部族の生き残りであったことも二人は知らないのだ。

 

「あの……アル様」

 

 私がそう言ってアルスラン様の方を見ると、彼はこちらに視線を向けて目を細めた。

 

「良いのだ。今日は二人にも母上のことを知ってもらおうと思ってきたのだから」


 その言葉に私は目をパチパチと瞬いた。

 

 

 

 

アルスランのお忍び回

まずはシル婆さんの元へ行きました。

王を前にしてもシル婆さんはいつも通りです。


次は シル婆さんの昔話、です。

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