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03 予想外の現状


 宴が始まったところで、イリーナの隣に座っていたヤティリがやれやれとため息をこぼした。

 

「ああ〜……これからやっと劇場のある館へ移れるんだね……よかったよ」

 

 心底ホッとしたという顔で料理を口に運ぶヤティリを見て、彼の左に座っていたエルノがパチパチと目を瞬く。

 

「そういえば、珍しくヤティリは姿を消してないんだね。もしかしてディアナの家に滞在している間、ずっとそうだったの?」

「うう……そうだよ。王宮騎士団長の家で気配を消すと面倒なことになるからするなって言われて……この四ヶ月ずっとこのままだったんだよ。疲れた……」

「ヤティリ、人は普通気配は消さずに過ごすんだよ」

 

 私がそうツッコむと、ヤティリは「ディアナみたいな陽の人にはわかんないよ。この辛さは」とぐちぐちし始めた。

 ヤティリは北連合国のジムリア出身の中位貴族で、クリクリとした黒の長髪を垂れ流していて、その長い前髪の隙間から金色の目を覗かせている。貴族としてはあり得ないほど社交下手で、人と面と向かって話すのが苦手なため、よく気配を消して——物理的に姿も見えなくして——周囲をこっそりと観察しているのだ。

 彼は物語を書くのが得意で、演劇クラブでは数々の名脚本を書き上げた。その唯一無二な才能を劇団でも活かしてほしいと思っているが、その独特な性格は変わっておらず、うちでも隙あらば姿を消そうとするので、お父様から「警備上良くないからするな」と禁止令が出たのだ。

 隣で陰気なオーラを放つヤティリに、イリーナが呆れた声を出す。

 

「お世話になるディアナやアリム家の方々の指示に従うのは当たり前のことですわ。それにジムリアに帰るつもりはないと言って、こちらに残ったのはヤティリでしょう?」

「だ、だって……自国に帰っても僕のやりたいことを認めてくれない親が待ってるだけなんだもん。結局怒られて、アルタカシーク行きを邪魔されて終わるだけだよ。唯一の味方のラティシ伯父さんもすでに家出しちゃってるし……」

「それでも自分のやりたい事なのですから、まずは正々堂々と親と対話をすべきですわ」

「ぼ、僕にそんなことができると思ってるの?」

「それは思いませんけれど」

 

 その言葉にズコッとヤティリがずっこける。

 

「ごめんねヤティリ。本当は卒業したすぐあとに、劇場含めたみんなの暮らす館を用意する予定だったんだけど、それが大幅に遅れちゃってさ……でもこの前ようやく完成したから、そっちでは肩の力抜いて過ごせるから」

「い、いや、ディアナが謝ることじゃないよ。こっちでたっぷり過ごせたおかげで高位貴族の生活描写には困らなくなったし、ネタも浮かんだから……」

「そう? ならいいんだけど」

「まあまあ、こうしてみんなで再会できたんだからいいじゃないか。今日はこのご馳走を楽しもうぜ」

 

 場を明るくするようにラクスがそう言い、今日到着したばかりのケヴィンとエルノにうちの料理を勧め始めた。ラクスは少し前にアルタカシークに到着していたので、すでに自分の家のように寛いでいる。そのマイペースさは昔から変わらない。

 天性のツッコミ気質で喜劇役者として活躍する予定のケヴィンと、作曲の才能を開花して音楽を作るエルノ、そして今紹介したハンカル、ラクス、ファリシュタ、イリーナ、ヤティリ……上座からその顔ぶれを眺めて、私は再びニマニマと顔を緩ませた。

 

 何事もなく、みんなと再会できてよかった。これから頑張らなきゃね。

 

「パムー!」

「ニーニー!」

 

 みんなと食事を楽しんでいると、後方の扉から私の筆頭トカルのイシュラルに連れられて、パンムーとアルニーが入ってきた。垂れ耳を持った超小型の白いサルのパンムーと、体毛が金色の太ったペンギンみたいなアルニーである。

 最近この二匹は私といるより弟妹たちと遊んでいる時間が長いのだが、宴と聞いてやってきたようだ。

 

「ディアナ、パンムーはわかるけど、こっちの金色の子は?」

「アダハイトだよ、エルノ」

「え! あの希少な愛玩動物の?」

「そう。おじい様とおばあ様が贈ってくれたの。今ではパンムーの良い相棒になってるよ」

「パムー!」

「ニー」

 

 私の紹介に二匹は得意気な顔でふんぞり返る。彼らを見てケヴィンも感心したように腕を組んだ。

 

「ザガルディでも飼っている家は少ないな。アダハイトは昔から神出鬼没で、特定の場所で生息しないから捕まえることも難しいらしい。確か、ドラゴンの一族でもあるはず……」

「え! こんな姿なのにドラゴンなのか?」

 

 ケヴィンの説明にラクスが目を見開いてアルニーを凝視する。それに気づいた二匹はさらに得意気にふんぞり返って、そのまま後ろにすっ転んだ。

 その後、久しぶりにとラクスが踊ってみせたり、ファリシュタが歌を歌ってくれたり、パンムーとアルニーがアクロバティック芸を披露したりして宴は盛り上がった。

 そうして時間は過ぎ、宴も終盤に入ったところで、ラクスが私に話を振る。

 

「じゃあそろそろ、劇団の代表者であるディアナから挨拶してくれよ。今後の抱負とか聞きたいし」

「そうだな、私も今後の劇団の流れについては聞きたいと思っていた」

 

 ラクスに続いてケヴィンもそう言って頷く。その言葉に私はチラリとハンカルの方を見る。彼は私と目が合うと、途端にジトっとした視線を向けた。

 

「あ、うん……そうだね。それじゃあ私から、今後の話をしようと思います」

 

 私はそう言って立ち上がり、コホンと咳払いをしてみんなを見回した。急にかしこまった私に、メンバーたちが怪訝そうな顔を向ける。

 

「ええと……まず、皆さんには明日から早速、本拠地となる劇場がある館へ移動してもらおうと思います。場所は北西街の中位貴族の館が並ぶ地域にあります。皆さんが暮らす館はうちより狭いですが、内装は高位貴族の人が住んでも大丈夫なように整えました」

「中位貴族の家に手を加えたとは聞いていたが、結構きちんとしたのだな。劇場は同じ敷地内に建てたと聞いたが?」

 

 ケヴィンの質問に私は頷く。

 

「はい、位置的には裏の方になりますが、そちらに新たに劇場用の門を作って、お客さんはそちらから入れるようにしました。まあそこは、明日案内しながら説明しますね。それで、その劇場なんですけど、これがほんっとうに素敵なものになりました。まさに豪華絢爛、今まで誰も見たことがない、すんばらしい建物になってます!」

「ディアナ様、興奮されるのはまだ早いです」


 目を輝かせて拳を握ると、後ろで控えていたルザからすかさず注意されたが、劇場のこととなると止まれない。

 

「劇場の広さは学院のものより小さくなりますけど、その分客席や内装にとことんこだわったんです。職人とも何度も話し合って……試行錯誤して。この夏の間ずっと造ってきた劇場がようやく完成したので、皆さんにはぜひ見て驚いてほしいと思います! 本当にすごいんですから!」

「へぇ、そんなにすごいのか。話には聞いてたけど、早く見たいな」

 

 私の話にワクワクとした表情を見せるラクスとは対照的に、隣のハンカルの顔がどんどん険しくなっていく。いや、どちらかというとあれは呆れている。

 ラクスと同じように感心していたケヴィンが、ふむ、と言ってこちらを見上げた。

 

「劇場がすごいのはわかった。我々は明日その劇場と館に行って、自分の部屋を整えたらいいのだな。それで、その後はどうなるんだ? 劇団の初演やその練習については決まっているのか?」

「はい! それはもちろん、すでにハンカルと予定を立てました。ではここで……劇団の予定を発表します!」

 

 私がそう言うと、パンムーが棒を持って床をダララララ……ッと叩き始めた。ドラムロールのつもりらしい。そのあとアルニーがおもちゃのシンバルを持ってきて、ジャーン! と大きな音を鳴らすと、私はピッと指を立ててみんなに宣言する。

 

「劇団の記念すべき第一回公演は、ふた月後の十一の月に行います!」

「え! 十一の月⁉」

「えええ!」

 

 ラクスとエルノが声を出して驚き、ケヴィンが「早くないか?」と眉間に皺を寄せる。

 

「演劇クラブの時は八ヶ月かけて一つの劇を作っていってたのだぞ?」

「大丈夫ですよ、ケヴィン様。演劇クラブの時は初心者が多くて、しかも放課後しか練習できなかったので、年に一度しか公演ができませんでしたけど、本来はふた月もあれば公演は可能なんです。もう皆さんも経験を積んでますし、脚本さえできていれば問題ないですよ」

「そ、そうなのか? しかし……」

 

 困惑するケヴィンの隣で、今度はイリーナが首を傾げた。

 

「役者の皆さまはそれでいけるかもしれませんけれど、衣装はそうはいきませんわ。すぐに出来るものではありませんし、数もそれなりにいるのでしょう? そういえば衣装係は他に誰がいらっしゃいますの? メンバー集めはこの夏の間にすると伺っていましたけれど」

「あー……うん、裏方のメンバーについては決まってるよ。その……貴族の人たちはまだいないんだけど、平民の職人さんには来てもらえることになったから」

「平民の……職人?」

「その、イリーナは戸惑うかもしれないけど、みんなとてもやる気があっていい人たちだから……!」

 

 そう言いつつ、曖昧な感じで笑うと、ケヴィンが半眼になって私を睨む。

 

「ちょっと待て、嫌な予感がするぞ。ディアナ、なにか予想外のことが起こってるんじゃないのか?」

「う……」

「確かこの四ヶ月の間に我々の他にも貴族の劇団メンバーを募集して、基礎練習まではしておくという話じゃなかったか?」

「……」

 

 私がなにも答えずにいると、ケヴィンは他のメンバーを見回して眉を寄せる。

 

「ハンカルはなにか知ってるんだろう? ヤティリとファリシュタも知ってるな?」

「……」

 

 ケヴィンに名指しされたメンバーはそう問い詰められてサッと視線を外すが、ハンカルだけは一度ため息を吐いて口を開いた。

 

「劇団の運営については、大きな問題は起こってません。劇場は私も確認しましたが、ちゃんと完成していました。ただ……」

 

 ハンカルはそこで言葉を切って、私を静かな目で見上げる。

 

「肝心の劇団の貴族メンバーが、私たち以外誰もいないという事態になってます」

 

 その一言に、ケヴィンとイリーナ、エルノ、ラクスが束の間、動きを止めた。

 

「………………は?」


 浮かれた空気に満ちていた小広間に、ケヴィンの呟きと、ひんやりとした風が通り抜けた。

 

 

 

 

宴の続き。メンバーと盛り上がったところでディアナから今後の発表。

公演はふた月後。結構すぐです。

そして劇団メンバーが今の八人しかいないことが発覚しました。

どうなるんでしょうか


次は 劇場と館へ、です。

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