14 紹介冊子とカメラもどき
ヤンギ・イルが行われて年越しが終わった数日後、うちの家の中広間にアリム家の派閥の人たちが集まった。
「んまぁ——! なんて素敵な小冊子なのでしょう!」
「キジーニ様、中を見てくださいませ!」
「んまぁ! この文章はなんて熱くて素敵な…………、え……ラティシ? まさかこの方は……」
「あの『砂漠の騎士クィルガー物語』の作者ではございませんこと⁉」
「なんということでしょう! あの有名小説家様から寄稿していただきましたの⁉ 信じられませんわ!」
中広間に集まった夫人たちが席を立つ勢いで大盛り上がりしている。今日までにラティシにもらった文章を加えた劇団の新パンフレットを作って、さっき出席者に配ったのだ。ここにいる夫人たちは劇団の常連になってくれた人たちばかりなので、新しいパンフレットへの食いつきがすごい。
うん、思った通りラティシ様の推薦文は大好評だね。
中にはパンフレットの冒頭にあるその文章を見て、口元を押さえて震えている人もいる。社交中なので涙は流さないが、十分彼女たちの心に響いているようだ。
「初公演の時に売り出した小冊子は急いで作ったものだったので、少々荒削りのものでした。こちらは、二の月の公演の紹介も兼ねて、新たに作り直したものです。皆さまが、次の公演まで楽しめるよう中身も充実させました」
「本当ですわ。劇団員の紹介ページも増えていて……あら、新しいメンバーもいらっしゃるのね」
「まあ、ジャノーブ様にモイナ様⁉ いつの間に劇団に入られたの!」
「は! ケヴィン様の紹介も大きくなっていますわ! ああ……! 新情報もあるだなんて聞いていませんわ……!」
ケヴィンの大ファンであるキジーニが彼の紹介ページを凝視して胸を押さえている。劇団員の紹介ページには顔写真も載せたかったのだが、こちらの世界にそれはないので、文字の情報だけだ。簡単な自己紹介と、Q&A形式で得意なものや次の役柄について答えているのでとても読みやすい。夫人たちにはこちらも好評のようだ。
私はパンフレットで盛り上がる夫人たちに向かって、笑顔で話しかける。
「実は本日は、とあるお願いがあってこのお茶会を開催いたしました。今お配りしたこの小冊子は、劇団の常連である皆さまには無料で差し上げます。初公演を盛り上げていただいたお礼です。ただ、これを皆さまだけにお配りするだけでは少しもったいないとも思ったのです」
「ええ、ええ。そうですわ。このような素晴らしいものを私たちだけで楽しむなんて」
「もっとたくさんの方々に読んでほしいですわね」
私の言葉に夫人たちが興奮しながら賛同してくれる。
「もちろんうちの馴染みの本商人にも頼んで、王都内の貴族の方々にも売り込んでいただくよう頼んでいるのですけれど、やはりこういうものは劇団の良さを知っている方に広めて欲しいとも思うのです。その方がより熱意が伝わるでしょう?」
頬に手を添えて私が首を傾げると、さらに夫人たちが前のめりになった。
「その通りですわ。こういうものは、直接広めたいですもの」
「わたくしたちが、流行りの最先端をいっていると証明したいですしね」
私の近くに座っている高位貴族の夫人たちがそう言って頷く。貴族は流行りに敏感だが、その流行は社交での口伝えで広まっていくのがほとんどだ。宣伝媒体である新聞やラジオ、テレビ、ネットなどがないので当たり前なのだが、圧倒的な口コミ文化なのである。
私はニコリと笑って話を続ける。
「そう言っていただけて嬉しいです。お願いというのは、この小冊子を皆さまの手でお友達に広めてほしい、というお願いなのです。ご協力していただけますか?」
情報というのは、まず高位貴族から同派閥へ広がり、その後別派閥の人や他の街の人たちへ広がっていく。その同派閥への広がりと、別派閥への広がりをここにいる夫人たちにお願いしようというわけなのだ。
私のお願いを聞いた夫人たちは「もちろんですわ!」と頷き、小冊子をまとめ買いして、各自社交で配って劇団を紹介すると約束してくれた。
「ありがとうございます。皆さまは劇団の救世主です……! 二の月の公演に向けてより一層励みますね!」
「次の公演も楽しみにしていますわ」
「応援していますわよ!」
「ケヴィン様にまた差し入れをいたします!」
そうして夫人たちとの社交も無事に終わり、新しいパンプレットは夫人たちの熱意とともに北西街の貴族たちに広まっていくこととなった。
ただ、社交を終えて自室に戻った私は、そこで一つため息を吐く。
できれば移住民の貴族にも広めたいんだけどな……。
うちの社交に招待したのは地元民の貴族ばかりだ。私には移住民との接点がないので仕方ないのだが、移住民の数は地元民とそう変わらないくらい多い。その人たちをお客さんにできていないのは正直痛すぎる。
地元民の人たちから見れば、移住民を誘うなんてあり得ないって感じなんだろうけど……エンタメにはそんなの関係ない。私はこの世界にいる全ての人にエンタメを届けたいんだから。
そこでふと、貴族たちの会議で出会ったアンビシアのことを思い出した。移住民の工房に頼まず、自分で劇場を作ってしまった私に対して、彼女は怒っていた。向こうの立場を思えば、そういう気持ちになるのもわかる。貴女の存在は目に入っていませんよ、と言っているようなものだ。きっとアルタカシークにやってきて今までずっとそんな扱いを受けてきたのだろう。
……彼女と、和解できないかな。お父様やおじい様に反対されるかな……。
他の地元民の貴族たちがどんな開発案を練っているのかも気になるが、建設工房を営む彼女の開発案も気になるのだ。一体どんな街づくりをしようとしているのか。
でもまあ……ものすごく気が強そうな人だったから……話をするのも無理かも。
すでに大いに嫌われているのだ。私からは彼女には近づかない方がいい気がする。ただ、彼女は私のことを禁忌のエルフとしてではなく、一人の地元民の貴族として見ていた。ラティシもそうだが、私をそんな風に見る人は貴重なのだ。
……移住民に広げることは一旦置いといて、他の街に劇団を広める方法を考えるか。
そしてその数日後、私の姿は城の上にある魔石装具工房の中にあった。今日は久しぶりに聖火とお喋りする日だ。
聖火とは、この大陸の創成期から生きる火で、魔石装具作りに欠かせない超高温の炎を作り出す存在なのだが、私と繋がりの魔石術で繋がれば会話ができることがわかり、そこから彼の話し相手をするようになった。
口調は自由奔放な少年のようで、百年ほどのサイクルで記憶を消していくため、「ん〜覚えてない」が口癖である。
魔石装具工房の門から中へ入り、受付で要件を伝えていると、奥の扉からラギナが現れた。
「あれ、ラギナ。高炉場で待ち合わせじゃ?」
「久しぶり、ディアナ。今日は高炉場が忙しくなっちゃってさ。火守りのおっさんたちも相手できないからって、聖火様をこっちに預けていったんだよ。だから私の研究室で聖火様のお相手してたの」
「え、あの研究室に聖火様がいるんですか? 色々危ないような……」
「燃えるようなものはザーッと片付けたから大丈夫。じゃあ行こっか」
そう言って彼女のあとを付いていく。ラギナはこの魔石装具工房の工房長であるテクナの娘で、魔石装具という便利道具のようなものを作る貴族の職人だ。テクナは学院で魔石装具学を教える教師でもあるので、その縁で彼女と知り合った。貴族とは思えない気さくなやり取りをする親子で、私も彼女たちといる時はなんとなく肩の力を抜ける。
ラギナの研究室に着くと、本当にザーッと適当に片付けられた机の上に、聖火が入った六角形の筒のような箱が置かれていた。
太古の存在である聖火をこんなところに放って、一人で出て行ってしまうラギナにちょっと呆れてしまう。
「今日は聖火様に聞きたいことがあって……ちょっと長くなるかもしれないです」
「わかった。じゃあその間ルザたちとお茶してる」
「……お茶を入れろということですね」
ラギナの言葉にルザが呆れたようにため息を吐く。以前ここでルザにお茶を入れてもらったラギナは、その美味しさに驚いて、それから彼女のお茶を所望するようになった。今回はイシークもいるので、四人分のお茶をルザが用意し始める。それを察したパンムーが私のスカーフから出てきて、彼女の肩にぴょーんと飛び乗った。彼も一緒におやつタイムを楽しむらしい。
それを横目で見ながら、私は六角形の入れ物の蓋をそっと開けた。すると中からふわりと火の玉が現れ、私の目の前でくるくると回り出す。
『シャファフ』聖火様と繋げて
心の中でそう命じると、私の胸元にある透明の魔石が反応し、白い光が飛び出して浮かんでいる聖火にぶつかる。
「聖火様、お久しぶりです」
『久しぶり? かな? かわい子ちゃん』
「聖火様にとってはあっという間でしたかね。今日は昔話をしようと思ってきました」
『昔っていつのこと? 僕、覚えてるかなぁ』
「聖火様が私のかあさま……ラトーナと過ごしていた時のことなんですけど」
『ああ、綺麗なラトーナの話か。どんなこと?』
「聖火様はその時、かあさまや他のエルフたちがこれを使っていたというのは覚えてないんですよね?」
私はそう言って鞄から頑丈な革袋を取り出して、その中に入っているものを彼に見せた。それは、かつてエルフが使っていたカメラもどきだった。これが私の私物だとわかってから、私の手元で保管している。
『これ……前にも見せてもらったやつだね。ええと……ディアナが映ってたんだっけ』
「そうです。これは映像を記録するエルフの道具で、私のエルフのとうさまが持っていたものなんですけど……この映像を映しているガラスのような奇石について聞きたいんです。この石がどういうものか聖火様は知っていますか?」
私が聞きたいのは、このカメラもどきに使われている奇石の正体だ。春になってからラギナとともにこのカメラもどきを軽く調べてみたのだが、どうやって映像を撮り、どんな仕組みで動いているのか全くわからなかった。カメラもどきがこの一台しかないため無茶な実験もできず、ラギナが似たような奇石がないか調べてみると言ったところで忙しい夏に入り、研究は止まっていたのだ。
このカメラもどきみたいに、映像を映す魔石装具ができれば、宣伝にも使えると思うんだよね。
ここには新聞もテレビもない。チラシは貴族は読まないということで、パンフレットのような小冊子でしか劇団の宣伝ができないのだが、映像を映すことのできるものがあれば、新しい宣伝媒体ができる。真新しいものでの宣伝ということで、他の街でも話題になるのではと思ったのだ。
しばらくカメラもどきを見ていた聖火は、その場でくるくると自転すると、クネっと体を捻った。
『うーんと……エルフがそれを使っていたのはやっぱり覚えてない。でも、その透明の四角い石はどこかで見たような気がする……』
「本当ですか! どこで見たか覚えてませんか⁉」
『どこだったかなぁ? 暗いところだったような気がするけど、昔過ぎて覚えてないよ』
「ああー……覚えてませんかぁ……」
『でもその石がどういう構造なのかは多分わかるよ』
「え! 本当ですか?」
私がパッと顔を上げると、聖火は楽しげにその場でくるりと回転し、笑うようにポワッと小さな炎を吐いた。
紹介冊子の配布でキジーニ様大興奮。強い味方ができました。
そして久しぶりにラギナと聖火様が登場。
魔石装具工房やカメラもどきについては、前作に詳しくあります。
次は 聖火の分析、です。




