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娯楽革命Ⅱ 〜熱狂はここに咲く〜  作者: 藤田 麓(旧九雨里)
第一幕 北西街代表選

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13 二人のヤンギ・イル


 私がアルスラン様にしがみついて彼の手が私の背中に回されると、白い光が私たちを包み込む。その様子をソヤリが黙って見守っていた。

 

「ではソヤリさん、行ってきます」

「『サリク』上へ」

 

 とアルスラン様が命じると、白い光が黄色に変わって、私たちの体は上へと飛んだ。

 

 う——————っ久しぶりだぁ——————うひぃっ。

 

 何度も経験して、飛ぶことに対する恐怖は薄れてきたが、この独特な上昇感覚に全く慣れない。もちろんこれは下に降りる時も一緒だ。むしろ下降する時の方が気持ちが悪い。

 白い光に包まれている間は互いの感情が相手に伝わってしまうので、アルスラン様には申し訳ないとは思うのだが、こればっかりはどうしようもない。

 上昇が終わって足が固い地面に着くと、私は目を開けて塔の先端の部屋に着いたことにホッと息を吐く。あらかじめ暖房灯をつけていたらしく、部屋は暖かい。

 しがみついていた腕を離すと、私たちを包む白い光がシュンっと消えた。

 

「自分の魔石術で飛んだ方が、気持ち悪さは軽減されると思うぞ?」

「ううー……それでも途中で魔石術が切れて下に落ちちゃったらどうしようっていう怖さが勝つので……ダメです」

「魔石術は途中で失敗するとその反動を喰らうからな……落ちる前に気を失うので怖いと思う暇もないのではないか?」

「さらに怖いこと言わないでください!」

 

 だから嫌なのだ。この魔石術だけはソヤリさんに何度ため息を吐かれようが覚える気は微塵もない。

 

 そんなことを思いながら、私は塔の先端の部屋にぐるりと張られた窓の先を眺める。王都の中で一番高い位置にあるこの塔の先端からは、街の先まで見渡すことができる。

 

 今は夜だから家の明かりが見えるだけだけどね……て、ん?

 

「アルスラン様、あれはなんですか? 王都の先の方で強い光が上へ向かって伸びてますけど」

「そちらだけではない。王都の東西南北のそれぞれに目印を用意した」

「あ、本当だ。こっちにも、あっちにもありますね。なんの目印ですか?」

「あの場所に、透明の魔石を設置してある。今日はその目印にある透明の魔石に繋いでくれ」

「え……! 王都の城壁のもっと先にありますよね? あれ」

「ああ。ヤンギ・イルの範囲を今年から広げることにしたのだ」

 

 今まで、ヤンギ・イルと呼ばれる水の引き上げの魔石術は、王都を囲む城壁までの範囲でかけていた。私が手伝った去年もその城壁に設置した透明の魔石に繋げたのだ。

 

「なぜ範囲を広げるのですか?」

「王都の外側まで緑地を広げるためだ。今までは王都の中を豊かにすることに注力していたが、これからは王都外にも徐々に緑化を広げていこうと思ってな」

 

 水の引き上げの魔石術は、王都の深い場所に張り巡らされた地下水路から水を引き上げることができる。そのおかげで王都内の井戸からは水が溢れ、緑地化が進み、人が住める状態になった。今では王都内の農地で様々な農作物が育っている。

 

「人が増えたおかげで住宅地が手狭になり、農地にも家を建てたいという要望が出てきたのだ。故に、農地自体を広げられぬかと考えた。それが理由だ」

「封鎖街の開発の他にも、住宅問題の対策をしようと?」

「まあそういうことだ。しかしヤンギ・イルを行っても、王都外の緑地化はしばらく時間がかかること故、まだ誰にも言ってはならぬ」

「……わかりました。ていうか、私のお手伝いなしでもヤンギ・イルはできるのですから、そうした方が良かったのではないですか?」


 アルスラン様は一人でもこの魔石術を使えるのだ。自分だけでやった方が秘密の施策を私に知られなくて済むのではと思ったが、彼は私の問いにしれっと答える。

 

「其方がいた方が、楽にできるのでな」

「それは……そうですけど……」

「其方は私の体の負担をいつも気にしているではないか」

「そりゃアルスラン様のお体が一番大事ですよ?」

「ならばなんの問題もない」

 

 アルスラン様はそう言って北側の方へ足を向ける。

 

 言い方はアレだけど、これって多分私に甘えてるってことなのかな? もしくは頼りにしてる?

 

 どちらにしろ、彼から頼まれて嬉しくないわけがない。特にヤンギ・イルや砂の大移動の魔石術は特級である私たちしかできないことだ。その大事な行事のお手伝いができるのなら、喜んでしよう。

 私はアルスラン様のあとを追いかけて北側の窓際に並び立ち、胸元から透明の魔石のネックレスを引っ張り出した。

 

「そろそろ時間だな。始めよう」

「はい。……『シャファフ』目印にある透明の魔石に繋いで」

 

 アルスラン様にもわかりやすいように口に出して命じると、透明の魔石からカッと白い光が真上に放たれ、そこから東西南北にある目印の方へと飛んでいく。それを見て私が右手を差し出すと、アルスラン様がその手にそっと触れる。二人の体が白い光に包まれたところで、アルスラン様が黄の魔石に命じた。

 

「『サリク』水の引き上げを」

 

 彼の魔石が入っている腰袋から黄色い光が放たれ、それがアルスラン様から私、私から放たれている白い光へと移っていく。そして真上へと上がると、塔の上で巨大な黄の光の球を作り出した。

 

 ……うー眩しい。街が見えない。

 

 去年より繋がりの魔石術の範囲が広がったが、私自身に大きな負担はない。特級は本気を出せば王都どころかアルタカシークの全土まで魔石術の範囲を広げることができるので、これくらいなら特に問題はないのだ。

 街の中からは、王都の外側まで広がった白い光の上を、黄色い光が滑るように走っていく様子や、それが範囲全体に広がり、そこから黄色いキラキラした光が街へ降ってくる様子も見れるだろう。真上の光が強すぎてその様子が見えないのが残念である。

 そんなことを思っていると、私の体の中になにかがグッと流れてくる感覚があって、思わず目を閉じた。

 

 ……体中の水分が引き上げてくるこの感じ……不思議だなぁ……。

 

 しばらくすると、引き上げられる感覚はなくなり、アルスラン様から「もう良いぞ」という声がかかる。私はそっと目を開けて、繋がりの魔石術を解除した。繋いでいた手を離して、アルスラン様が私の顔を覗き込む。

 

「……気分は?」

「大丈夫です。なんともありません。去年も思いましたけど、やっぱり変な感じですね。引き上げられるのって」

「引き上げの対象は地下水路の水にしているのだがな……水分のある生物にも影響してしまうのだ」

「そうなんですね……。王都の外まで上手くいけたでしょうか?」

「いつもよりわずかに黄の力を使った感覚があった。大丈夫であろう」

「もし緑地が拡大していけば、王都を囲んでる城壁も外へ広げるのですか?」

「そうだな……人口の増加に伴って広げていくしかあるまい」

「城壁の工事も大変そうですね……って、こっちには魔石術があるからそこまで大変じゃないか」

「まあ……するとしても何年も先の話だ。まずは封鎖街の開発からだな」

 

 アルスラン様はそう言って、ヤンギ・イル後のお祝いの花火が上がり始めた王都を眺めている。その横顔には儀式が無事に終わった安堵と、民への想いが浮かんでいた。子どものころからずっと、彼はアルタカシークという国を背負い、国のために生きているのだ。それこそ、自分の命を懸けて。

 

「そういえば、初めての巡回はどうでしたか? 城の外に出たのは初めてだったのですよね?」

「……ああ、不思議な気分だったな。いつもここから見るだけだった街に、自分がいるというのは」

「馬車の窓が開けられなくて残念でしたね。街の様子も凄かったんですよ」

「民たちの声はこちらまで届いていた。貴族区域ではそこまでだったが、商業区域や平民区域では大きな声や音が聞こえて……」

「やっぱりそうだったんですね。私も劇団のメンバーともっと騒ぎたかったんですけどねぇ。今度は商業区域に忍び込んで見送ろうかな」

「其方はすぐに商業区域へ行こうとするのだな」

「だって面白いんですもん。貴族区域と違っていろんな人がいますし。みんな活気があって、たくさんの商品が売ってて、変化に富んでて。アルスラン様にも見てほしいですよ、あの街の中を」

 

 私が暖房灯を消しながらそう言って笑うと、アルスラン様は「ふむ……」と言って考え込む。

 

「それも、いいかも知れぬな」

「え?」

「もう少しじっくりと街の様子を見たいと思っていたのだ。住宅不足による問題を実際にこの目で確かめたいしな」

「え、ええ⁉ ちょっと待ってください! アルスラン様が街を視察するなんてことになったら、街中が大騒ぎになるし警備が大変なことになりますよっ」

「公務で行くわけではない。其方やクィルガーもよく『お忍び』とやらで行くのであろう?」

「お、お忍びで⁉ そんなのお父様やソヤリさんが許すはずないです! もし正体がバレたらどうするんですか」

「変装とやらをすればいいのではないか? 毒湧き病もなくなった故、街を歩き回っても倒れることはない。それに……かつては父上もしていたことだからな」

「……!」

「それを考えると不可能ではないであろう? ふむ、あとでクィルガーとソヤリに提案しよう」

 

 アルスラン様はそう言って口の端を上げる。いいことを思いついた、という表情に私は顔を青くした。

 

「待ってください。シル婆さんが言ってましたけど、ジャヒード様とティムール様のお忍びは街の人にはバレていたそうですから! みんな知ってたけど黙っていたんですよ。だからアルスラン様も絶対にバレますって! なにか危険なことが起こったら……」

「そうならないように対策はする故、心配ない」

「いやいやいや! アルスラン様は商業区域の人の多さとか知らないじゃないですか! もしお父様たちとはぐれたらどうするんですか?」

「通信の魔石装具があるではないか。其方なぜそのように反対する」

 

 自分はよくお忍びで行っているのに、とアルスラン様は言う。

 

「私とアルスラン様とでは立場が全く違いますよね?」

「一国の王と、世界唯一のエルフでは、比べようもないと思うが?」

「私はエルフですけど普通の高位貴族ですよ!」

「普通の高位貴族は商業区域になど行かぬであろう。そういう意味ではクィルガーも変わっているからな」

「んんんもうー! ああ言ったらこう言う!」

 

 私はそう喚いて頭を抱える。純王宮育ちでこの前まで虚弱だった人が、いきなり商業区域に行くなんて無茶が過ぎる。

 

「商業区域の街はものすごく汚いですよ? 洗浄の魔石術とか使えないんですから」

「別に構わぬ。汚くても人は死なぬ」

「臭いも酷いですよ? 気持ち悪くなっちゃうかも」

「それも一つの経験だな」

「屋台の食べ物でお腹壊しちゃうかも!」

「ソヤリが先に毒味するであろう」

 

 私がなにを言っても、この調子で返してくる。

 

 ダメだ……お手上げだ……なんかどんどん楽しそうな顔になっていってるし……。

 

「其方が言ったのだぞ。私にも街の中を見てほしい、と。なぜそこまで反対するのだ」

「心配だからに決まってるじゃないですか。アルスラン様にもしものことがあったらって思うと……」

「だったら其方も一緒に来ればいいのではないか?」

「へ?」

「商業区域には行き慣れているのであろう? では案内役を其方に頼もう」

「えええ! そんな無茶な!」

「前に言っていた美味しいシャリクを売っている屋台とやらにも、行ってみたいと思っていたのだ」

 

 アルスラン様はそう言ってもう一度街の方へ視線を移す。研究肌の彼は、一度興味が向いたものについては反対されても追求しようとする。魔石術の実験でそのことを痛感していた私は、もうこれ以上なにを言っても止められないと悟り、肩を落として彼に一つお願いをした。

 

「……アルスラン様が街を見に行きたいって思ったの、私の一言がきっかけだってあの二人には言わないでください……絶対怒られるので」

 

 しょんぼりと耳を下げる私を見て、アルスラン様は「……わかった」と言って笑った。

 

 

 

 

二人のヤンギ・イルが終わったあとにお喋りをしていたら

妙なことになりました。

ディアナの心配をよそに、アルスランはやる気です。


次は 紹介冊子とカメラもどき、です。

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