12 推薦文と大晦日
その後、ハンカルに説明して了承を得て、私とヤティリは劇団の館と劇場をラティシに見せて回った。彼はまず役者組の練習を見て目を輝かせ、次に衣装係の作業を見て興奮し、音出し隊の演奏を聴いて感動の涙を流した。ずっと平民と一緒にいて感情表現がオーバなのかと思ったがそれだけでなく、なんというか、驚くほどに感受性が強いのだ。
これが天才作家か……。
と感心していたのだが、彼の表情は劇場に入った瞬間、真剣なものに変わった。キョロキョロと視線を巡らせ、建物の隅々にまで目に焼き付けるように凝視する。会場の中に入ってからは舞台正面の座席に座り、私が開けた緞帳の奥、舞台の方をじっと見てしばらく動かなくなったのだ。
「……ヤティリ、あれ大丈夫なの?」
「うん。叔父さんいつも物語考える時はあんな感じなるから。しばらく放っておいていいよ」
「人の話が聞こえないほど集中するのはヤティリも一緒だけど……表情まで変わるんだね」
「叔父さんが真面目な顔してるの、この時だけだから」
ラティシは頬杖をつきながら舞台の方をジッと見ている。不思議なことに顔に渋みまで出てきた。さっきまでは子どもみたいだったのに。
「……ラティシ様って何歳なんだっけ?」
「ええと……僕と二十違うから……四十前だよ」
「今なら年相応に見えるね」
「本当にね。普段からこんな感じで落ち着いてくれてたらいいんだけど……」
そんなことを二人でコソコソ話していると、ラティシが前を向いたまま「ヤティリ、次の公演の脚本くれ」と言ってきた。驚いたヤティリが慌てて持っていた脚本をラティシに渡すと、彼はそれをものすごい速さで読んでいく。
うわっすごいスピード!
「……もしかして、速読の方法も叔父さんから教わったの? ヤティリ」
「うん、そう。でもやっぱり叔父さんの方が速いね」
そしてあっという間に脚本を読んだラティシは再び舞台を見つめて、徐にメモ用紙を取り出してなにやら書き出した。静かな劇場にペンが滑る音が響く。
「……ん、できた」
しばらくしてラティシがそう呟いて、ペンを仕舞って立ち上がる。そして私たちのいる方へ歩いてくると、数枚の紙をヤティリに手渡した。
「約束は果たした。小説の方は出来たらまた送る。悪いが貴族区域の門まで馬車出してくれるか?」
「え? ええ! もう書いたの叔父さん!」
「え! ウソ!」
もしかしてこれ、推薦文⁉
驚く私たちを置いて、ラティシはさっさと扉を開けて出ていく。スティラに彼を追いかけてもらって、私たちは渡された紙を覗き込んだ。そこにはこう書いてあった。
『奇跡の日から時は過ぎ、獅子が守る都には世界中の全てが集まってくる。人、物、金、そこに行けばなんでも揃う。ただこの街には、一つだけ足りないものがある。それが花だ。夜の花ではない、光の花。心を華やかにする、熱い花。どれだけ着飾っても、豪華な建物で美味しいものを食べても、人の心には闇が住む。その闇を光に変えるには、熱い花を受け取るしかない。
知っているか? 劇場にはその花が咲いている。見たことがあるか? 全てを溶かす熱い花を。はるか昔に我々が見つけた花は、ずっとずっと隠されて、儚く消えようとしていた。だが今この街に、その花が咲いている。
さあ、想像するのだ。静寂が包むその中で私は受け取る。命が跳ねて輝く、その波動を。打ち付ける感情に支配される快感を。ここには身分も性別も人であることも関係ない。その花を受け取った者は思うだろう。なぜ今まで忘れていたのか。どうして忘れることができたのか、と。受け取った体は熱を帯びて、喜びに震えるだろう。何度も何度でも。もう知らなかった自分には戻れない。光の花が、そこに咲いている——』
「……」
「……」
私とヤティリはその文章に目を通して、無言になる。何度も読み直して、その言の葉の意味を噛み締める。ごくり、と喉が鳴った。
……ここに、私が言いたこと、全部入ってる……私ここまで説明してないのに。
しばらくしてヤティリがため息を吐いた。
「やっぱり叔父さんはすごいよ……こんな文章、僕には書けない」
「ねぇ、ヤティリ……練習風景を見ただけなのに、本番の劇を見たわけじゃないのに、なんでここまで書けるの?」
「叔父さんは多分、ここで全部想像したんだよ。劇団のみんながやってることをこの会場で披露すれば、自分がどんな気持ちになるのか。お客さんの気持ちを我が事のように想像して、その時感じたことを言葉にしたんだと思う。僕もそうだからわかる。でも叔父さんの方が想像の精度が高いんだ」
「想像の精度……」
すごいな……言葉が生み出す熱って……すごい。これを使って劇団の紹介冊子を作ったら、きっとたくさんの人を動かせるよ。
私はそのあとも無言でその文章を見つめた。自分の中にも熱が宿るのがわかった。
それから数日後、大晦日になり、私は家族と早めの晩ご飯を食べたあと、城に上がった。今年のヤンギ・イルも私と共同で行いたいとアルスラン様が言ったからだ。年越しを一緒に過ごせなくて文句を言う弟妹たちを宥めて、私はこっそりと王の塔へと向かう。
秘密の通路を通って王の書斎に辿り着くと、そこにはクィルガーとソヤリが待機していた。
「お父様まいりました。あれ、アルスラン様は?」
「上だ。最終確認をしに行っておられる」
「最終確認?」
「ちょうど戻られましたよ」
ソヤリの声に上を向くと、塔の吹き抜けの先からアルスラン様が黄の光に包まれてふわりと降りてきた。彼は私の姿を確認すると少し口の端を上げる。
そこで私が声をかける前にソヤリが口を開いた。
「アルスラン様、どうでしたか?」
「目印の光は確認できた故、繋がることはできるであろう。クィルガー、騎士たちにそのまま待機と指示を」
「は!」
アルスラン様に命じられてクィルガーが書斎から出ていく。
「アルスラン様、最終確認とは……去年とやり方を変えるのですか?」
「あとで上に行けばわかる。其方は去年と同じように繋がりの魔石術を使うだけで良い」
「……わかりました」
日が変わるまでの少しの時間はアルスラン様の貴重な読書時間になっているらしい。リラックスした様子で本を読み始めたアルスラン様を見つつ、私は書斎から出た廊下でソヤリから最近の様子を聞く。
実はアルスラン様はここ二ヶ月、地方巡回に行っていた。この塔から出られなかったアルスラン様が、初めて城の外に出たのだ。もちろん、初めからいきなり遠方には行けないため、王都からそれほど遠くない場所を選んで回ってきたらしい。
「一箇所に行く度に一度こちらに戻ってきて、そこからまた他の場所へ行くという行程でしたら、お身体の調子もいいままで巡回を終えることができました」
「無事に戻ってこられてよかったです。ホッとしました。寒さは大丈夫でしたか?」
「ええ。常に暖房灯を持ち歩いていきましたし、防寒具も着込んでいきましたから。ご本人は重いと言って嫌がっていらっしゃいましたが」
「街も凄かったですよ。みんな大盛り上がりで」
「そのようですね。馬車の中からもよく声が聞こえていました」
アルスラン様を乗せた馬車は城から降りて、各大通りを通って行ったのだが、初めてアルスラン様が街に降りてきたということで、貴族や平民たちが大通りまで出てきてお見送りやお迎えをしたのだ。私も一度だけ劇団のみんなと一緒に大通りまで行って馬車の行列を見学した。本当はミニ国旗を持って振りたかったのだが、そんなものはこちらにはないので、全員で「アルスラン様〜!」と声を送った。
まあ、巡回だし、パレードでもないからいいんだけど。本当は音出しとか鳴らして盛り上げたかったよ。
馬車の窓は閉め切られていたため、アルスラン様の姿は見れなかったが、王専用の馬車を見るだけでみんな大盛り上がりだった。平民区域の方はもっとすごい騒ぎになっていただろう。
なんにせよ、あれだけ虚弱だったアルスラン様が地方へ行って元気に戻ってきったのだから、ものすごい進歩である。
「本当に、健康同盟の一員としては嬉しい知らせですよ。五大老にもお知らせしたいくらいです」
「ああ、五大老といえば、ヤルギリ様からのお話に許可が出ました」
「ヤルギリ様のお話?」
「封鎖街の開発の代表選のお話です。投票の集計係に監察官を使うという件ですよ。ヤルギリ様から聞きましたが、貴女が提案したのでしょう?」
「あ! それですか。え、許可されたのですか?」
「ええ。投票という慣れないことをするのに、集計で混乱が起きてはならないとアルスラン様が判断されました。まあ監察官向きの仕事ではありますし。私の部下に行かせることにしました。他の街も同様です」
「え……他の街も紙の投票をすることになっていたのですか?」
「いえ、貴女の案を聞いたアルスラン様が、それなら他の街の投票の仕方もそれで統一した方がいいと仰って、他の三街にも通達したのです。おかげでうちの部署の仕事が増えましたが」
ソヤリはそう言って無表情のまま私をチラリと見る。
「それは……すみません。前の世界の記憶があったもので、思わず提案してしまったんです」
「まぁ……アルスラン様は貴女のその話を聞いて、今回の投票というやり方を思いついたようですから、仕方ありませんね。アルスラン様が目指される社会に近付くためには必要なことですから」
アルスラン様が前に私にだけ話してくれた長年の夢、今後魔石使いがいなくなる時に貴族と平民の間で起こる軋轢を小さなものにしたい、という願いは、ソヤリとクィルガーにも伝えられていた。彼らも最初は驚き、戸惑っていたようだが、最終的にはアルスラン様の夢を支えることに決めたらしい。
「アルスラン様の願いが貴族の人たちに届くといいのですが……」
「……時間はかかるでしょうね。これまでの社会を大きく変えるのですから」
そんなことを話しているうちに、アルスラン様が本を読み終えたのか私たちに声をかけてきた。お茶のセットを持って私が中へ入っていくと、彼は少しだけ片眉を上げる。
「なんの話をしていたのだ?」
「今回の巡業の話と、投票の話ですよ。アルスラン様、監察官の派遣を許可してくださり、ありがとう存じます」
「ああ、あれか。いや……投票の仕方まで考えが及んでいなかった私のミスだ。其方が提案してくれたお陰で、平等な投票ができそうだな」
「まぁ……そうだといいんですけど。匿名にしても高位貴族の圧から逃れられない人はいると思うので、本当の平等かは微妙なところです」
「それでもこれまでとは違う結果にはなるであろう。我が国にとっては大きな一歩だ」
アルスラン様は私が出したお茶を一口飲んで、今まで読んでいた本を机に置く。
「話は変わるが……この本も難解であったな。どうにも、若い女性の思考が読めぬ」
「あ、これですか。平民の女性たちの間で話題の恋愛小説ですね。やっぱり語り手が女性だとわかりにくいですか?」
「そうだな……もう少し落ち着いた文章であれば読めるのだが……これは少々勢いが良すぎてな……」
アルスラン様が読んでいたのは短編の恋愛小説で、作者が平民のため文体が貴族のものよりわかりやすい。その上主人公女性の相手役となる男性のイケメン描写に力を入れているため、平民の若い女性にバカ受けしている。キャラクターの表現も貴族用と比べて直接的で、感情表現も豊かなのでどんどん読み進めていけるのだ。
確かに、アルスラン様向けではないかもね。
私は苦笑しながら、その本に出てくる表現や展開をアルスラン様に解説していく。彼は私の話を聞きながら「ああ、そこはそういう意味なのか」「ここにその台詞を入れる意味は?」と感想を口にした。
「で、ここで主人公が泣いているのは、婚約者にこう言われて嬉しかったからです」
「そこがわからなかったのだ。嬉しくて泣いているようには思えなかったのでな」
「表向きはつれない態度でしたからね。裏腹ってやつですよ」
「裏腹……」
私が説明とすると、アルスラン様は眉を寄せて首を傾げる。裏腹な態度というのがわかりにくいらしい。
「それに、嬉しくて泣くというのも実はよくわからぬ。嬉しくて泣いたことなどないからな」
「嬉し泣きかぁ……私はよくしてますね」
私はアルスラン様の前で何度も泣いたことがある。数えると嬉しくて泣いたことの方が多いだろう。特に最近は。
「……そうか。そうであったな」
「アルスラン様は、実際にご自分で体験しないとわからないのかもしれないですね。そういうタイプの方もいますよ」
私がそう言うと、なぜかアルスラン様は不服そうな顔をする。研究肌で何事も探究しなくては気が済まない彼にとって、わからないことがあるというのが嫌らしい。
でも、こればっかりはどうしようもないからねぇ。
彼の反応に困っていると、ソヤリがやってきて「そろそろヤンギ・イルのお時間です」とアルスラン様に告げた。本の感想会はここまでだ。
「もう時間か。では行くか」
「はい、ではよろしくお願いします」
私が立ち上がってはい、と両手を広げると、アルスラン様は腰を上げながら呆れた声を出す。
「そろそろ、其方も上への移動の魔石術を覚えぬか?」
「嫌です。無理です。怖くてできません」
私の即答に、後ろにいたソヤリがため息を吐いた。
ラティシの推薦文と大晦日の王の書斎の様子でした。
次は 二人のヤンギ・イル、です。




