11 売れっ子変人小説家
ヤティリを見送って、その日も新メンバーの指導をしていると、お昼になるころにトカルのスティラが困った顔をして私の元へやってきた。
「ディアナ様、ヤティリ様が戻ってこられたのですが……」
「ん? なんかあったの?」
「それが……お連れの方もいらっしゃっていまして。ヤティリ様からディアナ様の許可がないと館の中には入れないと思うから、呼んで来てほしいと頼まれまして……」
「は? 連れ⁉ ……って、まさか!」
「お連れの方は、ラティシ様と名乗っておいででした」
は————————⁉ どういうことなのヤティリ!
私は口をあんぐりとさせたまま、ルザとイシークに視線を移す。
「ディアナ様の許可なくこの館に連れて来るとは……」
「ディアナ様、我々が対応してきましょうか? イシークの力があれば追い返すことができると思いますが」
憤慨しているイシークを指差しながら、ルザが冷静に答える。イシークはカタルーゴ人でカラバッリに鍛えられたため、成人男性でも担いで移動させることができる。
「いや、一応ヤティリの親戚の人で貴族だし、いきなり力尽くで追い返すことはできないよ。とりあえずなんで連れてきたのか聞きにいこう」
新メンバーたちにお昼休憩に入るように言って、私はルザとイシークとともにスティラのあとを付いていく。高位貴族の館より小さめなので、玄関までは割とすぐだ。
やってきた玄関ホールには、ヤティリと彼のトレルと警備の兵士、そしてひょろりとした背の高い男性が立っていた。彼は私に気づくとハッと目を見開き、わかりやすく興味津々な眼差しを向けてくる。それを見てルザとイシークがサッと彼から私を隠した。
彼らの元にいくと、ヤティリがズザーっと恭順の礼をとる。
「ご、ごめんなさい! ディアナ! 叔父さんがこっちに行くって聞かなくて!」
「ヤティリ、ちゃんと説明してよ。あと一応紹介も」
私がそう言うと、彼はガバッと立ち上がって隣にいる男性を紹介する。
「こ、こっちが、僕の叔父のラティシです。叔父さん、こちらが僕を雇ってくれた劇団長のディアナ様だよ」
「ほぉ〜、と言いたいところだが、全然姿が見えないな?」
「ルザ、イシーク、もういいから」
私の命令で二人が前から少し体をずらした。彼が他国の貴族だからか、完全に対面させるつもりはないらしい。
その隙間から見えたラティシは、猫背のヤティリと違って背がかなり高かった。服は貴族服ではなく平民服で薄汚れている。彼は私と目が合うと軽く恭順の礼をとりながらニカっと笑う。
「やっとよく見えた。初めまして、ディアナ様。噂はかねがねヤティリから聞いていましたよ。甥がお世話になってるようで」
長くて派手な紫色の癖毛を後ろで一つにくくり、大きな目を半眼にしてヘラヘラとしている。両目が金と銀のオッドアイであることに気づいて、私は目をパチパチとさせた。
「初めまして、ディアナです。金色と銀色の瞳は初めて見ました」
「あ〜これ、目立つから嫌なんですよ。変装とかしてもバレるから。ところで今日はこっちにクィルガー様は?」
「父ですか? いえ、こちらに来る予定はありませんが。もしかしてお父様に用事が?」
彼は昔「砂漠の騎士クィルガー物語」を書いた。その時にクィルガーとも会っているのだ。
しかし彼は思いっきり首を振って「とんでもない! 会ったら殺されちゃいますよ!」と言ってシーっというジェスチャーをする。その様子を見て、ヤティリが「叔父さん……クィルガー様になにか迷惑を……?」と顔を青くした。
「迷惑っていうかぁ……ちょっとあの小説書く時に彼との約束を破っちゃったっていうか……実は本人からはクィルガーって名前を出さないのなら小説にしてもいいって言われてたんだけど……」
「ええええ! めちゃくちゃ書いてるじゃない! タイトルから!」
驚くヤティリに向かって、ラティシは「いやぁ、本人の名前で書いたら筆が乗っちゃってさ、結局そのまま出版しちゃったんだよね」と悪戯っぽい笑みを見せる。全く悪いと思っていない顔だ。
なんというか……思ってた以上に変わった人だね……。
一応高位貴族の私に敬語は使っているが、なんか軽い。痩せ型で背が高いのもあるが、飄々としていて妙に馴れ馴れしいのだ。こんなタイプの貴族には今まで会ったことがない。ヤティリと似ているところは癖毛と片方の金色の瞳だけである。
「それでは、ラティシ様はなぜこちらに?」
「いやぁ、当面の生活費と食べ物はヤティリにもらったんですけどね、どうしても彼が所属している劇団というものを見学してみたくて」
「そんな急に言ってもダメだって、叔父さん! 部外者は入れないことになってるんだから」
「ヤティリの言う通りですね。劇団の見学は今は受け付けてないです」
私がズバッとそう言うと、ラティシは私の方を見てニコリと笑い、次の瞬間ズサーッと跪いて恭順の礼をとった。それと同時におでこを床にぶつける。
「お願いします! 一生のお願い‼ 人生最大の危機なんです!」
「お、叔父さんんんん⁉」
「こんなに書けなくなるのは初めてで……! 今の俺にはなにかすんごい刺激が必要なんです! 全く新しい劇団というものを、見せてください‼」
「叔父さんっそんなことしても迷惑になるだけだからやめて!」
「いいや、いいって言われるまで俺はここから動かない!」
「さっきと同じことしないでよ!」
二人のやり取りを聞きながら、なるほどさっき門でもこういうやり取りをしていたのかと気付く。
恭順の礼をする動作がめちゃくちゃ綺麗だった。さてはこの人、し慣れてるね。
それがわかって半眼になっていると、イシークが振り返って「やはり力尽くで追い返しましょうか?」と聞いてくる。私はそれに首を振って、ラティシに質問した。
「なにか刺激が必要なのでしたら、私を見るだけでいいのではないですか? 他国の成人男性でエルフを間近で見た人は少ないですよ?」
「そりゃ、突然アルタカシークに現れた話題のエルフに会えたっていうのは刺激的ですけど……う〜ん……どっちかっていうと、俺は人がなにを成すかに興味があるんです。その人の外見とかはどうでもよくて……」
「どうでもいい……だと」
彼の言葉にイシークが目の前でプルプルと震え出すが、私はその発言に少し興味を惹かれた。私がエルフということはどうでもいい、やってることに興味があるという。この外見でずっと嫌な思いをしてきた私にとって、こういう人は貴重だ。
「私がやっていることを知りたいのですか?」
「ええ、とても。ヤティリから聞いていた演劇クラブの話も、この劇団の話も非常に興味深い。彼の書いた脚本や小説を俺も読みましたが、これが劇となるとどうなるのか……特に歌や踊りのところは想像もつかなくて……」
跪きながらラティシはぶつぶつと独り言を言っている。その姿が脚本を考えている時のヤティリと重なる。喋りながら深い思考に入っていってしまうのだ。
「……こういうところは、ヤティリと似てるんだね」
「ええ?」
戸惑うヤティリを置いて、私はラティシに語りかけた。
「ラティシ様、正直言うと劇団となんの関係もない方に劇団の内部をお見せするのは嫌なんです。特にラティシ様は家出してきたとはいえ、他国の貴族ですし。内情をどこかで暴露される危険もあります。なんせ貴方は有名な小説家なのですから」
「……それは……まあ、確かに」
「もし見学を許可するのなら、それ相応のメリットがこちらになくては話になりません」
「メリット……」
「なにかこちらの利になる材料はありますか?」
私が冷静に問いかけると、ラティシは膝をついたままうーん、と考え込む。しばらく待つと、ハッと目を見開いてこちらを見上げた。
「こちらの劇団を参考にして、演劇を扱う小説を書けば……劇団の知名度は上がると思いますが」
お?
「うちの劇団の小説を書くのですか? どのようなものを?」
「まず劇団や演劇がどういうものか、面白おかしく書く必要はありますね。それから魅力的なキャラクターを作って読者を引き込ませて……最後まで読むと『自分も演劇を見てみたい!』と思ってしまう、そういう内容にしたいです」
なにそれ! めちゃくちゃいいじゃない!
即答でオッケーを出しそうになって、私は慌ててコホンと咳払いをする。簡単に話に乗ってはダメだ。
「でもそのお話を書けるかどうか確証はありませんよね? 今書けない状態だと言ってしましたし、内容についても気になりますし」
「内容が気になるのなら、出版前に原稿を提出しますんで、確認してください。あと、小説は必ず完成します」
「なぜそう言えるのですか?」
「俺が今、ここ数年の中で一番興奮してるからです。この状態になって書けないわけがありません」
「まだ劇団の中を見てもいないですけど?」
「いや、ここにいるだけですでにいい予感がしてる。この勘は外れたことはない」
ラティシはそう断言してニヤリと笑う。ヤティリに視線を向けると、彼はラティシの方を見ながらコクリと頷いた。嘘は言っていないらしい。
うーん……どうしよう。なんだか提示されているものがふわふわしてるね。もう一つ、確かなものが欲しいな。
「その小説ができたとして、売り出すのはもっと先の話になりますよね?」
「そうですね……早くても一の月の終わりか、二の月になるか……」
そこから出版されて市井に広まるまでには時間のラグがある。それでは二の月の公演には間に合わない。彼の協力が得られのなら、次の公演までに使えるものが欲しい。
「では、小説とは別に、劇団の推薦文を作ってくれませんか?」
「推薦文?」
「それを読んだ人が思わず劇場に足を運びたくなるような、想像が掻き立てられるような、売れっ子小説家のラティシ様がここまで言うのだから、きっと素晴らしいものなのだろうと、そう思わせることのできる文章のことです。それをこちらで印刷して貴族たちに配りまくるんですよ」
これも宣伝の一つだ。前世では作品や商品のプロモーションをテレビCMやネット広告、新聞やチラシ、ラジオ、いろんな媒体を使って行っていた。この世界では印刷物はあるが他の手段は使えない。しかもチラシは平民が使うもので貴族たちは好まないため、口コミに頼るしかなかった。
しかしラティシの名前を使って、彼の書いた文章を配れば、劇団の知名度を確実に上げることができる。
私の提案に、ラティシは私をポカンと見上げながら「なるほど……」と言ったあと、破顔した。
「ははは、そうか、俺の知名度を大いに利用するのか。はははは、いや、面白い人だな、あんたは」
「あんた……」
「ああ、すみません、ちょっと楽しくて言葉が悪くなりました。毎日平民と一緒にいるもんでね。わかりました。劇団を見せていただけたら、推薦文を書きましょう。ただし、いい文章になるかは保証しませんが」
「大丈夫ですよ。うちの劇団は今までにない新しい、素晴らしいものなので。ラティシ様の五感を大いに刺激するでしょうから」
そう言って今度は私がニヤリと笑ってみせる。ラティシは膝をパンっと叩いて「気に入った! では全力で取材させてもらおう!」と言って立ち上がった。
それを見て、ルザがサッと私の前へ進み出る。
「中に入るのでしたら、洗浄をかけてください。臭いが酷いので」
「あ? ああ……そういえば全然洗浄してなかったな。平民の中で生活してると、忘れちゃうんだよなぁ」
彼はそう言って自分に洗浄の魔石術をかけた。その時、魔石の光が腰袋から出たことに、私は首を傾げる。
「魔石は腕輪にはないのですか?」
「あー、魔石を出していると貴族ってバレるから、いつも袋に隠してるんですよ。ほら」
そう言って彼は腰袋からシャラリとネックレスを取り出す。そこに嵌っていた魔石の大きさを見て、私とルザとイシークは目を見開いた。
「ラティシ様って、一級なんですか⁉」
「うん、そう」
「一級なのに家出しちゃったんですか?」
「だって小説家になりたかったから」
一級の中位貴族なんて、一族からしたら出世コース間違いなしの人材だ。それなのに彼はその家を捨てて小説家になったのだという。
なんて人だ……。
「叔父さんって、本当に変わってるよね。ディアナといい勝負じゃない?」
「ヤティリ……この人と一緒にしないで」
笑いながら頭をボリボリと掻くラティシを見ながら、私は全力で首を振った。
ヤティリの叔父で有名小説家ラティシが押しかけてきました。
ヤティリがいたので貴族区域に入れましたが、
こんな平民の格好をした人は普通は入れません。門前払いです
次は 推薦文と大晦日、です。




